雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

鹿島徒然 3

2016-03-16 00:33:13 | 凄い...パワスポ寺社
ただ、
ここに関しても僕には1つ不思議に思っている史実があるのです。


記紀(古事記、日本書紀)を編纂する際に日本中から神社や人々に伝わる書物や由緒、
神話集や史書などが徹底的に集められたそうなのですが、
記紀が書き上げられた後、
それらの集められた書物は何処に行ったのか未だにわからないのだそうです。

何処かに......あるとは思いますが。。

しかも、いわゆる今に伝わる地方史書である「風土記=ふどき」というものは、
古事記の編纂(へんさん)が終わった直後に、
朝廷から全国各地にオーダーが出てまとめられたという書物なのです。
どれも古事記の完成後から733年ぐらいまで日本書紀と一緒に「同時並行」するような形で
まとめられています。



記紀との帳尻合わせが大変だった......のかな!?(´・_・`)



そんな中、現在に残る風土記というのは全部で5冊のみ。
出雲国風土記(いずもこくふどき)、播磨国風土記、肥前国風土記、豊後国風土記、
そして鹿島の地、常陸国風土記(ひたちこくふどき)もそうです。
何故かこちらもほとんどのものが失われています。



???(´・_・`)



他にも興味深いこととして、
鹿島神宮の御敷地には記紀に描かれる「高天原」という地もシッカリとあります。
現在は本宮地と分断され「飛び地扱い」となっているためあまり人々に気付かれませんが、
そこには鬼塚と呼ばれるとても大きな古墳の山もあります。
そもそも、記紀において出雲に派遣され国をアマテラスに譲らせた.....
と書かれる強力無比なる力を持つ二神が鹿島神宮と香取神宮の神様なわけです。
アマテラスの国、高天原は東国にあった......
ということを暗に示しているようなものではないのでしょうか......

「鹿島七家」と呼ばれる「アメノコヤネ」の神から分かれて行った
鹿島を拠点とする氏族達も、この国の歴史に深く関わっている氏族ばかり。
国摩(くになず)、中臣(なかとみ)、卜部(うらべ)、香取(かとり)、岐(くなと)......
残り二氏は......不明......

天孫「ニニギノミコト=瓊瓊杵命」はアメノコヤネを引き連れて鹿児島?宮崎?の
高千穂の峰に天下ったと記紀は言います。

鹿児島と鹿島って......似てね!?(=゜ω゜)ノ

児って、チャイルドだよね!?(=゜ω゜)ノ

先はどっちなのか!?

さらに、出雲の風土記に関しては完成後、
天皇への報告の「奏上=そうじょう」がなされた......なんてことも伝わっています。
出雲国風土記には記紀に最も多くの物語が選ばれ、組み入れられていた為、
そのチェックが一際厳しかったのか......

本当に隠したい事実は実は別のところにあるので、
スサノオ(素戔嗚)さんの出身地でもあり、晩年に隠居した場所でもあったから?
あえて出雲を「ダシ」の様に使って怪しませるように仕向けたのか......

人々の探究心を向かわせるオトリ迷宮としては格好の地でもあったから!?なのか......

大事なことは、青年や壮年期のスサノオさんが権勢を振るっていた地というのは、
必ずしも出雲とは限らないということです。
なにせこの神様の足跡や神社は九州から青森に至るまで日本中に沢山あるのですから。
こんな僕ですら故郷を離れて頑張って生活してますし。稼いでますし。
隠居したら故郷に帰ったり、
もしかしたら大好きな鹿児島とか仙台とか沖縄とかに住むかも知れないですし。
そんな可能性を考えてみるのも普通にアリなのではないかと思うのです。



そうして、そんな発想をしていくと俄然、
高天原や鹿島とともに関東、東海「伊豆=いず」の地名も気になってくるのです。



出雲......IZUMO......IZU...MO......



リチャード三世、ラリーJr......
大抵は二世や息子の方が長い名前となります。
親は色々とつけたくなるからなのでしょうか。。



伊豆と出雲。



日、出ずる国。日本。



富士山や伊豆の周辺には恐ろしく古い神々の名を祀る神社が意外にもとても多くあります。
それは九州や対馬でもナカナカ見ないような、
記紀神話では神代に創造の大元神として書かれているような神々......その祀る配列も独特。
奈良や京都や出雲に散らばるような地名も山も何故か?
一箇所にまとまってあるような場所もあったり......
そんなこんなはまたいつか、書ける時にココに記したく思います。
その時は「伊豆徒然」とでもなるのでしょうか......わかりませんが、
この辺り、僕もまだまだ探求中の身なのでございます。。( ̄^ ̄)ゞビシッ!



三回続いた「鹿島徒然」。最後に、鹿島のお気に入りのスポットでもある太平洋、
日の出に向かって立つ「東一の鳥居」さんを。。
今回行ったら高い防波堤が出来ていて、鳥居の下から海が見えなくなっていました......
ちょっと風情が変わってしまいましたが......以前はこんな感じで(^^)
ココは「レイライン」の東端でもあって、この鳥居の遥か先にはハワイ諸島があったりします。
鳥居の手前には海から昇る太陽を迎えるかの様なこんな石碑も。。



美味しいものも少し、ご紹介。



こちらは参道の外れにあるお蕎麦屋さん「竹やぶ」



こちらの巾着デザインの「湯のみ」がとてもお気に入りなのでやんす(^_^)
気に入りすぎて店主さんに譲ってもらっちゃったりして。。
昔から毎年、鹿島には九州、佐賀、有田焼の卸元さんが参拝と小売にくるのだそうです。



境内、御手洗池前にあるお茶屋さんのアイスコーヒー(^^)「竹炭」のスティックなのです。



参拝の一休みはここでとるのが一番癒やされます。
ところてーん♪(^^)



塩焼きー。



味噌こんにゃくー。



さよならーっ!ヾ(* ̄▽ ̄*)Bye



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2 コメント

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蕎麦湯を飲みながら (twice up)
2017-08-16 12:44:20
ごぶさたしております。
香取までの一休み、ゆるゆる竹やぶさんで蕎麦湯を飲みながら読んでます。
しかし電車はまだまだ先々。すくないのう。
twice upさんへ。 (amenouzmet)
2017-08-16 14:59:29
どもども(^ω^)
鹿島、香取の旅ですね。よいですなー。ユッタリと、味わってくださいませー。

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