雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

子、いわく 2

2016-11-07 00:05:26 | サブ・タイトルの話
「よぉ。( ̄ー ̄) uzmet。ちー。
今、部屋出たらさ、下に明かりがついてたから誰かと思ってさ。
お前ら、こんな日に、、まーだいたのか」


「あ!!!?
しゃちょー!!Σ(゜ロ゜ノ)ノ 
M子さんまで!
ドーーーしたんすか?こんな時間まで。
今日、ビル最後の日っすよ!?なんかあったんすか!?」


「おー。
そーだよな。もう最後の日だな。
最後だからさ、俺も色々片付けごとがあってさ。
その日ももうこんな時間だしな。
このビルのこんな時間まで仕事やってるっつーのはさ、やっぱりよ、
お前らなんだよな。そーだよな。
お前らいつも遅くまでやってるもんな。そーだ。そーだ。
嬉しいよな。ほんと。サイコーだ。
こんな最後の最後に、ココでお前ら二人に会えるなんてさ。サイコーだよ。
なぁ!?M子」


「そーですね(^^)」


突然現れたN社長と秘書のM子さんは、
ガランとしたオフィスで侃々諤々(かんかんガクガク)とやりとりをしていた
僕と女性デザイナーのチーさんにそんな言葉をかけてくれました。
勿論、N社長特有の持ち上げトークであるとも思いましたが、
率直で正直な物言いのN社長にそんなふうに言われると、
僕らはなんだかとても嬉しくもありました。


「M子さ。上の冷蔵庫にさ、お客さん用のビールあったろ?
何本か。あれさ、全部持ってこいよ。もう今日が最後だしよ。
ココで飲もうぜ。4人で。な!乾杯しよう。
サイコーだ。そーしよう。な。サイコーだ(^^)」


「いいですね。わかりました。すぐ取ってきます。。」


そう言って、秘書のM子さんは缶ビールを取りに行ってくれて、その後、
僕ら二人が打ち合わせをしていたガランとしたオフィスフロアの真ん中のテーブルで、
4人で缶ビールを開けました。


「よし。じゃあ、乾杯だ。
そーだな。これからの会社に、未来に乾杯だ(^^)いいか?」


「はい!」


僕ら三人はN社長の言葉に少し、感激しながら、同意しました。


「おー(^^)。じゃ、乾杯!」


「カンパーーーーーーーーイ!」


それからのひと時は......多分、深夜12時ぐらいまでの40分ぐらい、だったでしょうか。
社長と僕ら3人は、結構色んな話をしていたと思います。
N社長はやたらとサイコーだ、という言葉を使っていました。
全てを覚えているわけではありませんが、
僕は、なんだか、寂しくもなって、こんなことをN社長に言いました。
この部分は明瞭に覚えています。


「いや、シャチョー。。
俺、なんだかとても寂しいっす。このビル離れるの。
ツーか、このビルで働くのが好きなんすよ。
ココが好きだったっす。なんか、寂しいっす。ここ離れるの。。」


チーさんとM子さんは僕の話にウンウン......と頷いてくれていました。
ビールは......本当は美味しいはずですが、なんだか、
その時の僕には味がわからなく、水のような感じがしていました。


「俺、このビルが出来た時はマダ大阪支店だったんす。
だから、この本社ビルには最初は会議の時ぐらいしか来れなくて。
来ても、みんな暖かく迎えてくれるけど、でも、自分のデスクとか、椅子とか、
この綺麗なビルには無かったんすよ。
同じ会社なのに、本社のみんながうらやましかったんす。
支店て、沢山の他社レーベルとか店舗営業のみなさんとかと
一緒のフロアに入ってるじゃないっすか。他社さんに間借りしてるわけで。
だからこんなスゲービルの、クリエイティブな雰囲気とかはマッタクないんですよ。
椅子にしてもデスクにしても営業所全体に合わせないといけないし。
そうするとなんか自然と古びちゃったりもして。
それで、東京で、このビルで、こんな風に働けた時って、俺、とても嬉しかったんす。
それはエリアから来たヤツしかわからない話かもしれないっすけど。
だから余計にこのビルには愛着があるんすよね。
ここで働けることにとても誇りも喜びもあったんす。。」


「おー、おー。そーか(^^)
まぁ、な。そーだよな。俺も寂しいよ。寂しい。もちろんな」


N社長が寂しくないわけがありません。
全てを自分で背負って造ったビルです。
この世界の誰よりも辛くて、悲しい思いも、借金とか金策とか、人間関係とか、
このビルだけでなく、
会社が外資系企業に買収されるまでの間だってとんでもなく大変なことが沢山あったはずです。
そんな事々もこの時は、未だ何もカタがついているハズなどなくて。
それでもこうやって、僕らのような現場のスタッフに気さくに、
いつも声をかけてくれて、一緒に物作りを考えてくれる人です。
ビルを失う、そんな日に、これからの未来へ乾杯!......なんて言ってくれる人です。


「なんか、マダこのビル出たくないっす。俺。。」


4人は、少し黙り込みました。
この時が一番、ビルの天井の高さと、空間の広さをズシンと、感じました。


「こんな広かったっけ、このビル......」


僕はほんの少し出来た4人の空白の中で、そんなことを思っていました。
そこに、N社長がこんなことを言いました。


「uzmetよ。あのさ。俺もこのビルは好きだ。愛着もある。
だけどよ。それは愛着だ。執着じゃない。
似てるけどな。愛着と執着は違うんだよ。
俺はよ、このビルに愛着はあっても執着はない。
だから、めでたいんだよ。俺たちには未来がある。
また渋谷のビルに行ってもやってやろうぜ。な。(^^)」


「......」


それから、僕ら4人は、
もうしばらくそのガランとしたオフィスフロアのど真ん中のデスクで飲んで、
そして、深夜12時ぐらいに、そろそろ帰ろうか......と、缶ビールを片付け、
長年親しんだ我が家のように思えるビルを出て行きました。
デザイナーのチーさんと僕との仕事は未だ途中ではありましたが、
その日、その時は、もう再び仕事をしようとする気持ちは起きず、
社長と一緒にこのビルを出ていくことが一番なんだと、二人してそう思いました。
この4人でこのビル最後の時間を過ごせて本当に良かった、と。僕はそう思いました。

社長についてフロアの出口に向かって、M子さんとチーさんも出て行き、
僕はダーーーーレもいなくなったフロアの方を振り返って、
一度、フロアの全てを見渡して、ちょっと涙が溢れそうになって.....
それをこらえながら、出口のそばにあった照明のスイッチを消しました。

フロアは、なんだか、
永遠の眠りについたような暗さに包まれました。

僕らはそのまま社長について行って、ビルの通用口から外に出て、
その通用口付近の明かりの電気も、最後に、僕は消しました。



「いつか、この明かりを、俺がもう一度つけてやる」



その時僕は、そう強く思いました。
それは、自分の力があまりにも不足していて、結局全く叶わなかったことでしたが、
その時の想いだけは今もしっかりと思い出せます。

今でも僕は、
N社長や敬愛する先輩方が造った美しいビルの中に入るイメージを、
働いているイメージを、
有り有りと思い浮かべるコトが出来ます。

僕らがあの素晴らしいビルで働くことはもう二度とありませんし、
同じメンバーで思いや目的を共有できるようなことも無いかもしれません。
あのビルは、最高のレコード会社が最高の仕事をする為に作ったビルです。
家族の様なスタッフが、苦楽を共にする為に作った空間です。
僕ら以外には、絶対に使いこなせません。
〇〇部、〇〇課.......そんなふうにフロアを壁やパーティションで仕切っただけで、
階と階とに違う目的や夢を持った組織や会社が入っただけで、
あのビルのは損なわれるのです。
ビルの構造を見て、そんなことがわからない人達がいくら頑張って使ったところで、
あのビルは目を覚ますはずもありません。
現在のビルの前を通りかかっても、僕の目には、ビルは眠っている様にしか見えません。
僕は、犬の遠吠えの様ですが、今も、これからも、そんなコトを思っています。
でも、僕は一つ、4人で過ごしたこのビルの最後の夜のひと時から
とても大きなものを受け取って、そして、
それを継承していこうという挑戦と努力を毎日しています。


その大きなものとは、ism。


イズム、


です。


皆が愛したビルやスタジオや会社がなくなろうとも、
愛着のあった暖炉や椅子やテーブルがなくなろうとも、
この世界から音楽産業というものがなくなろうとも、その形態が変わろうとも、
色々な人々が去っていこうとも、
世界が滅びようとも、
僕がN社長から頂いたものは、決して滅びないものです。

それは「ism」です。
それ以外のナニモノでもありません。

それだけは今も、働いている時には御守りのようにして僕の心奥にあります。
そんなモノを一人でも多くの
今の僕のスタッフさん達に感じ取ってもらえればいいなぁ、と。
受け取ってもらえればいいなぁ、と。
そんなことも毎日頑張っていたりします。
明かりは、また必ず灯せると思っています。


「師、曰く。またやってやろうぜ。」


です。孔子も真っ青!?なのです(^^)



昔、この自社ビルは「小田ビル」なんて呼ばれてもいましたが......
決して「ラブ・ストーリーは突然に」だけで建ったビルではないのです。けど。。ね。
写真はその曲が入った小田和正さんのミリオンヒットアルバム「Oh! Yeah!」
小田さんの活動は、今も、N社長のビルで苦楽を共にした仲間が支えています。

N社長は勿論、この会社の皆さんとお会いする時は、今でも僕は、いつでも、
どこまでいっても、「永遠にクソ生意気な若手社員」となります。
本当は、僕らの世代や立場でしか話せない、見えない様な事や、
故郷のみんなに話したいお土産話しの様なものも沢山あったりはするのですが、
ソコは、やはり皆の期待は裏切れないので、
昔ながらの大人気ない傍若無人なキャラクターをしっかりと演じきって!?おります。
それもまたよし、かと。(^^)ええ。ええ。とても幸せなことです。

このブログのサブ・タイトルに嘘はありません。

いつの日か、愛する誰かが
アイツはこんな事考えて生きていたのか。。
と見つけてもらえたら。僕は、いつも、そんな思いで書き記しています。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

子、いわく

2016-11-03 17:07:01 | サブ・タイトルの話
孔子の「論語」なる本に、以下のような有名な一節があります。

「子曰、知之者不如好之者、好之者不如樂之者。」

書き下すと......

「子いわく、
これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」

さらに、現代語風に書き下せば、

「孔子は言いました。
コレを知る人も、コレを好む人には勝てない。
コレを好む人も、コレを楽しむ人には勝てない。」



以前、そんな論語の一節を理念として、
そのまま会社組織にした様な理想郷的な音楽レーベルカンパニーがありました。
今はもう無いその会社は、大学生だった僕が憧れ、大好きだった会社。
チョイと荒くれていた!?僕のようなチッポケな男が、
世間に出て、最初に働かせてもらった故郷のような会社。場所。
このブログではこれまでも時折、ちょぼちょぼと......記していたとも思いますが、
つい先日、そんな伝説の会社の!?何十年ぶり!かの大同窓会があったので、
今日はまた一つ、そのパーティ会場で思い出していたことを書き記しておこうかと思います。

今回ちょっと記したくなったのは、
上に書いたような理念を持つ会社が建てた「自社ビル」のこと。
その自社ビルは、経営が厳しくなって来た時に渋谷や札幌に持っていた
大きなレコーディングスタジオと共に
どうしても売り払わざるをえなくなってしまったビルでしたが、
その後もいくつかの会社やオーナーの手の中を転々としながら、今も変わらず、
建てられた時と同じ場所に同じ様な姿で佇んでいます。



仕事は楽しくなければいけない。
楽しければ、無理も無理とは感じない。
厳しいことも厳しいとは思わないし、乗り越えられる。
この会社ではそんな仕事をしよう。
寝食を忘れて没頭出来るようなことを頑張ろう。
頑張って結果を出している人にはとことん居やすく、
そうでない人にはトコトンいずらい、そんな会社にしよう。
だからこそ苦労を共にしている社員のみんなは、
もう一つの家族の様であって欲しい。
そんな家族の集まる会社は、
もう一つの家の様なものであって欲しい。



N社長の、そんな理念を柱とする会社が建てた自社ビルは、
それをそのまま形にしたような建物でした。
地上3階、地下3階に等しい2階!建て。
居心地を考えて天井を高くしよう。空調が最も大事だ。
働く仲間の顔が見えるようにフロアはなるべく仕切らないようにしよう。
違う階で働く人の顔も少しでも見えるように、ガラス張りの吹き抜けの空間を広く取ろう。
最高の機材を揃えた録音スタジオも、ライブも出来る大きなホールも。
バーカウンターをしつらえた広いレセプションロビーも作ろう。
泊まり込みになってしまう人の為に仮眠室も作ろう。

レコード会社が、レコード会社の仕事のために本気で作ったビル。

ビルの外観は上質な漆喰の様な素材で覆われていて、
然りげ無い、ベージュがかった茶白色に輝いていました。
そんな外壁の所々には天然木材も美しく組み合わされていて、
洋風モダンでありながらドコカ「和」の風合いを併せ持ち、
メイン・エントランスに至ってはそんな和風レトロモダンの大きな格子扉!
になっていました。
車二台が並んで入れそうな広くて大きな間口の格子扉全体にも、
設計者のきめ細やかなセンスを感じさせる上品なカーブがついていたりして。
そんな淡い「R」を描くエントランスの、格子の向こう側に目をやると、
地下階から空までビルのフロアを吹き抜ける円形の中庭があって。
京都の祇園を思わせる様な竹やらなんやらの植木がワサワサと空に向かって茂っていました。
ビルの受付に辿り着くにはそんな吹き抜けの中庭をぐるりと回り込むことになりますが、
そんな受付にたどり着いた暁には、
真っ先に目に飛び込んでくるのはカワユイ受付のオネーさん......でわなく!?
エントランスロビーのド真ん中にドン!と構える、
ナニカの映画で見たような?天然木材を燃料にしたドデカイ暖炉さん!( ̄。 ̄;)
フロアのアチコチに置かれているソファーやチェアやテーブルは全てアルフレックス。。



どっから見ても.......



オ、オフィスビルに見えない......(・・;)



つーか、思えない。。



ほ、ホテル!?



りょ、料亭!?



に、2名様ですが。。



空いてます!?席.....( ̄▽ ̄;)



みたいな。。



あちこちで、人によっては
「クレイジーでバブリーなビルだな......」
なんてコトを山ほど言われたり、色々な非難を浴びたりもしましたが、
中にいる僕ら社員は、冒頭に記した社長Nさんの思いと理念、
会社創立以来の夢も心底理解していたので、皆は、みんなの家の様なビル......
まるで我が家が建ったかの様に......誇らしく思えていたと思います。
そうで無いとしても、少なくとも僕は、そう思っていました。



「サイコーにバカやんけ」



「やってくれたな。オヤジ」



「もっと頑張らなあかんな」



都心に今もあるそのビルの前を通りかかると、
今でも僕は危うくその中に入りたくなってしまいます。
昔、学生の頃に住んでいたアパートマンションを久々に見た時の感慨の様なものが
胸に湧き上がってきたりもするのです。
普通、自分の働いている、いた、
会社なんてものは見るのも嫌なものですが......とてもおかしな話です。



そのビルと会社には沢山の思いと愛着が僕にはあって、
そのビルの向こう見ずなおバカさ加減をいつも圧倒的に上回ってしまいます。



冒頭記したその会社の大同窓会には日本全国や、人によっては海外から、
100何十人もの元社員が集まっていました。
都合が合わず来れなかった方々からもちゃんとメッセージなどが寄せられていて。
確か、当時の社員は200人ぐらいだったはずで......
無くなってから20年以上経つ会社の大同窓会にこれほどの人が集まるなんて、
こんな会社、他にどれくらいあるのだろうか?と。



とてもおかしな話です。



さて、そんな会社を象徴するビルが無くなってしまう日。
次のオーナーに建物を引き渡さなければいけない、その最後の最後の日。
実は、僕は、
そのビルのオフィスに灯る最後の明かりを消させてもらいました。

誰もいなくなって、
しつらえのオフィスデスクやチェアなどの他には何もなくなったガランとしたフロアに、
最後までいた人の一人となりました。
それは仕事の都合上、偶然にも、そうなってしまった訳でもあるのですが、
その時のことは今も鮮明に覚えています。



もはや、次のビルへの引っ越しも全て完了していて、
ダーーーーーーーーーーレもいなくなったそのビルのメインのワークフロアで、
僕はアルバムのジャケットを仕上げるべく、エース女性デザイナーのチーさんと二人で
「あーでもねーこーでもねー......」
と、入稿締め切りとの戦いの作業をしていました。
レコーディング終わり後の作業。
時間は夜の11時を少し回ったぐらいだったでしょうか。
そこに、もうビルにはいないかと思っていたN社長と秘書のM子さんが、プラリと、
突然現れたのです。



「よぉ。( ̄ー ̄) uzmet。ちー。
今、部屋出たらさ、下に明かりがついてたから誰かと思ってさ。
お前ら、こんな日に、、まーだいたのか」



......つづく



僕が「このビルで全ての作業を完結させた」作品はこれが最後だったと思います。
レーベルを移籍する直前だった斉藤和義さんのアルバム「Collection “B”」

「このアルバムだけは絶対に、
このビルとこのビルのスタッフだけで完成させてやる......」

その時、僕はそう思ってました。
なので、ブックレットクレジットの一番最後には、想像できるN社長や、
今も敬愛してやまない先輩方の思いも込めて、こんなふうに記しました。

—————We will keep Supporting you, Kazuyoshi!



今も僕の心に残る一枚です。
コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

大丈夫

2016-08-07 00:00:30 | サブ・タイトルの話
「辛いことがあるとね、
僕はレンガを積むんだ。

裏切られたり、イジメられたり、酷く傷つけられたり、
この世界に絶望して、生きるのも嫌になっちゃう時に、
僕はレンガを積むんだ。

それはね、弱い自分をこのヒドイ世界から守るためなんだ。
そんなひどい世界に立ち向かうために、
僕は僕の周りにレンガの壁を作るんだ。

しっかりと、固く。
そんなひどい奴らに簡単に壊されない様に、
一つずつ、一生懸命、硬いレンガの壁を積み上げるんだ。

積み上げるのはね、それはそれで大変なんだよ。
だって、自分の周り全部に積むんだ。
一部の隙も無い様に。びっしりと積み上げるんだ。
右も左も、前にも後ろにも。丸く、穴も無い様に、
どこからどんなひどいことをされても大丈夫な様に、
僕は僕の周りを高く、厚く、強いレンガで覆うんだ。
これはこれで大変な作業なんだよ。

でもね、上だけは、空だけは開けておくんだ。
だって、息ができなくなっちゃうからね。
太陽も見れなくなるから。
せめて空ぐらいは見えないと、なんだか壁の中で落ち込んでしまいそうだから。
だから、空は開けておくんだ。

そして、その積み上げた壁の中から見える空が僕の全てなんだよ。
僕の世界そのものなんだ。
誰にも邪魔されない、汚されない、綺麗な世界なんだ。

時々、僕の作ったその壁を、誰かが叩くんだ。
ドンドンと。
壊そうとしてるのか?
わからない。
でも、僕は思ったんだ。
もっと固くしてやる。壊されるもんか!ってね。
この美しい世界を守るんだ。絶対に守るんだ。
だから、また、僕の壁は強くなったよ。
叩かれれば叩かれるほど、強くなったよ。

僕は強いんだ。
誰にも負けない。
強くなったんだ。
これで、ひどい世界とも戦えるんだ。。」



「オイ!
あのレンガの壁はなんだ!
往来の邪魔になるじゃないか!目障りだ!
人!?何を言ってるんだ、アレは壁じゃないか。
なに?人がいるのか?
あの壁の中に人がいるのか?
そうなのか?
見えないじゃないか。

本当にいるのか?あの中に?
だとしたらあの壁は、その人みたいなものなのか?
その人は壁なのか?そうじゃないはずだ。
でも、出てこなければ、壁にしか見えないぞ。
そいつはあのレンガの壁の中でいったい何をしているんだ?
声は届くのか?
オイ!
お前はそこで何をしてるんだ!?」



「なんだよ!
見ればわかるじゃないか!
僕は戦ってるんだ!
僕は、このひどい世界と戦ってるんだ!
なぜそれがわからないんだ!」



「わからないな。
だって、壁しか見えないからな」



「壁?」



「そう。壁。
俺には今、レンガの壁しか見えない。
やけに分厚くて、ひどく硬い壁だ」



「そうか。。
僕は、壁に見えてるのか。。」



「壁の中に人がいるなんて、俺にはわからなかったけどな」



「そうか、僕は、
いつの間にか、壁になってたんだ。。」



「そうだな。君は壁だ。
そのぶ厚いレンガの壁は、いったい、誰が作ったんだ?
ひどいじゃないか。そんな壁。まるで牢獄だ。
君の姿も見えない。君には世界も見えないだろう。
そんなんじゃ君は何処へも行けないじゃないか。
ひどいな。ひどすぎる。
俺が出してあげよう。
待っててくれ。今、壁を壊す道具を持ってくるから」



「待って!
わかったよ!
僕、今わかった。
僕は、いつの間にか壁になっていたんだ。
そうか。そうなのか。

この壁は僕が作ったんだ。
自分で、自分のために作ったんだ。
だから、壊し方は僕が一番よく知ってる。
だから心配いらないよ。
僕が自分で壊すよ。大丈夫だよ。ありがとう。
あなたは声は大きいけど......優しんだね。
この世界にあなたのような人がいるなんて思わなかったんだ」



「そうか。。
じゃ、何もしないが。。
いいかい。壁の中の君。
ここから見たら君は、君が自分で言っている通りのレンガの壁だ。
高くて厚い、硬い壁にしか見えない。
こうして君と話していても、俺は壁と話しているみたいに思える。
だから、どうか、たのむよ。
その壁を壊してくれ。
そうでないと、俺は君のことが人間とは思えないんだ。
人と話している気がしないんだ。
だから、たのむよ。
そんな壁はいらない。
もし君がこの壁をこれから取り払おうとするのなら、
今度はもう壁など作らないで欲しい」



「わかったよ。。
そうするよ」



「君はもう一度本当の自分を世界に表すべきだ。
レンガの壁なんていらない。
もしまたそんな壁が必要なことがあったら、今度は、
それは自分の中に強さとして積んでいけばいい。
しっかりと、強い自分を内側に作り上げるんだ。
戦い方を間違えないで欲しいんだ。
外に壁を作るというのは、自分の弱さに負けることと同じだ。
だから、負けないで欲しいんだ。
弱い自分自身のままでいいんだ。
弱い自分のまま進めるような強さを自分の中に作り上げるんだ。

わかるかい?

君は、いったいどれくらいその壁の中にいたんだ?
その時間は、きっと、
君の時間ではないんだよ。
自分で作りあげた偽りの自分で過ごした時間だ。
それは偽りの自分を生きていたってことかもしれない。
俺は君に本当の自分を生きて欲しいと思うんだ。
自ら作り出した自分の姿を、本当の自分の姿と思わないで欲しいんだ。
君は、そんな壁なんかじゃないはずだ。
俺はそう思うよ」



「うん。壁は壊すよ。
もう一度自分を取り戻してみる。
わかったよ。
どうやら僕は僕でなくなっていたみたいだ。
もう一度本当の自分を生きてみるよ。
もう一度本当の自分で厳しい世界と向き合ってみるよ。
今自分で感じられる、そのままの弱い自分で、もう一回頑張ってみるよ。
でも......もう長いことこんな感じだったから......
ちょっと不安もあるんだ。。」



「そうか。
でも大丈夫だ。
ゆっくりと時間をかければいいんだ。
どんな人でも時間はかかるものだ。
強くなるためだ。必要な時間はある。
必要な時間を必要なだけかければいい。
大丈夫。
君は本当はちゃんと強いんだ。弱いという強さを持ってるんだ。
弱さも強さなんだ。
自分の弱さを認め、ちゃんとそれと向き合える力こそが強さなんだ。
落胆や恐怖や力と弱さを結びつけちゃダメだ。
それらは本来結びつかない別のものだ。それをちゃんと理解するんだ。
そうすれば壁の中にいた時間もきっと無駄でなくなる。役に立つ。

君は悲しみの受け止め方をチョット間違っていただけだ。
強い壁を作る受け止め方のほうが少し楽だったから、それを続けていただけなんだ。
そんなこと誰にでもある。人は、誰でも、楽な方を選ぶものだからな。
楽っていうのは、常に自分が正しいと思うことだ。
その時々の自分を変えないで世界に対応していこうとすることだ。
自分を変えないというのはとても楽なことだからな。
だから周りの方を変えたりするんだ。
でも、その周りを変えることしかしない自分というのは、それこそが壁のような、
自分で作り上げた偽物の自分なんだよ。
化け物のような自分なんだよ。

だから大丈夫だ。

その化け物のような壁がなくなれば、君はまた本来の自分に戻れる。
また自由に、何処にでもいける。
広い、大きなこの世界の何処へでも行ける。
そしてきっと、君にしか見つけられない場所があるんだ。
壁さえなければ、君はきっとそこを見つけられるんだ。
その場所は、その場所の方が君を待ってるんだ。そんなもんだ。
だから大丈夫。君は大丈夫だ」



辛いトラブルが続いていたあるスタッフさんと、先日、カフェでちょっと話をしました。
そのスタッフさんは女性で、困難が続く中で会社や組織、
時に社会にまで不信と不満を募らせていて、それは僕から見ていても、確かに、
得体の知れない化け物からキツイ仕打ちを受けているようなところもありました。

「こんなの、、真綿で首を絞められているようなものじゃないですか、、」

そう、真っ赤な目で言っていた彼女。

僕も、そう思います。

でも、だから、

負けられないと思うのです。

世界は、厳しいと思います。

だから、負けられないのです。

本当に辛い時というのは、好きな人やものすら遠ざけてしまったりします。
時折、音楽が励ましてくれた......と言う様な話など聞くこともありますが、
どん底の底まで落ちた時は、
そんな好きな音楽を聞く気力すらも失せてしまう様にも思えます。
音楽など、物音など、聞こえているうちは落ち込んでるうちに入らないのかもしれません。
歌を忘れ、言葉を忘れ、我を忘れ......
だから、そんなスタッフさんの元気が少しだけ戻ったら、
かすかな物音から人の声、音楽まで聞こえて来るようになったら......
その時に「もし」このブログを見つけてくれたら......ここに一曲置いておこうと思います。
サブ・タイトルに嘘はありません。



「レイチェル・プラッテン」さんのアルバム「WILDFIRE=ワイルドファイア」
「ファイト・ソング」という僕の好きな曲が入ってます。
彼女は幼少時代から音楽を始め、プロを目指し、
そこから鳴かず飛ばずの不遇の時代を長く過ごし、インディーズのまま30代に突入。
全ての夢を諦めかけ、悩み、そんな時に、自分で自分を励ますために作った曲。
作り始めてから完成まで二年の月日がかかったとも聞いています。
彼女はこの曲で、見事、世界に出て行きました。


「Fight Song/Rachel Platten」

Like a small boat on the ocean
Sending big waves into motion
Like how a single word
Can make a heart open
I might only have one match
but I can make an explosion

海に浮かぶ小さな小船が 動きながら大きな波を送り出す様に
たった一つの言葉が 人の心を開くことが出来る様に
私にはたった一本のマッチしか残っていないけど
でも、それで爆発を起こすことだってできる

And all those things I didn't say
Wrecking balls inside my brain
I will scream them loud tonight
Can you hear my voice this time

口に出せなかったことの全てが 鉄球になって私の頭の中を打ちつける
でも今夜、私はそれを大きな声で叫ぶの
今度は、私の声が聞こえるかしら

This is my fight song
Take back my life song
Prove I'm alright song
My power's turned on
Starting right now I'll be strong
I'll play my fight song
And I don't really care if nobody else believes
Cause I've still got a lot of fight left in me

これは私の闘いの歌
私の人生を取り戻すための歌
私は大丈夫なんだって、証明するための歌
私の力はみなぎってる
今すぐ始めるの 私は強くなるの
私のファイトソングを響かせるの
誰も信じてくれなくても私は気にしない
だって、私にはまだ頑張れる力が残っているから


Losing friends and I'm chasing sleep
Everybody's worried about me
In too deep, Say I'm in too deep,
And it's been two years
I miss my home
But there's a fire burning in my bones
And I still believe
Yeah I still believe

友達を失って 眠れない夜を過ごして
みんなが私を心配する
私はどん底まで落ちて とても深く落ちこんで
それから2年
寂しく故郷を想うこともあるけど
でも私の骨の奥にはまだ燃え上がる炎があるの
私はまだ信じているの
そう、私はまだ信じているの

And all those things I didn't say
Wrecking balls inside my brain
I will scream them loud tonight
Can you hear my voice this time

口に出せなかったことの全てが 鉄球になって私の頭の中を打ちつける
でも今夜、私はそれを大きな声で叫ぶの
今度は、私の声が聞こえるかしら

This is my fight song
Take back my life song
Prove I'm alright song
My power's turned on
Starting right now I'll be strong
I'll play my fight song
And I don't really care if nobody else believes
Cause I've still got a lot of fight left in me

これは私の闘いの歌
私の人生を取り戻すための歌
私は大丈夫なんだって、証明するための歌
私の力はみなぎってる
今すぐ始めるの 私は強くなるの
私のファイトソングを響かせるの
誰も信じてくれなくても私は気にしない
だって、私にはまだ頑張れる力が残っているから


A lot of fight left in me

まだ戦える力があるの


Like a small boat on the ocean
Sending big waves into motion
Like how a single word
Can make a heart open
I might only have one match
but I can make an explosion

海に浮かぶ小さな小船が 動きながら大きな波を送り出す様に
たった一つの言葉が 人の心を開くことが出来る様に
私にはたった一本のマッチしか残っていないけど
でも、それで爆発を起こすことだってできる

This is my fight song
Take back my life song
Prove I'm alright song
My power's turned on
Starting right now I'll be strong
I'll play my fight song
And I don't really care if nobody else believes
Cause I've still got a lot of fight left in me

これは私の闘いの歌
私の人生を取り戻すための歌
私は大丈夫なんだって、証明するための歌
私の力はみなぎってる
今すぐ始めるの 私は強くなるの
私のファイトソングを響かせるの
誰も信じてくれなくても私は気にしない
だって、私にはまだ頑張れる力が残っているから


Now I've still got a lot of fight left in me

私にはまだ戦える力があるの


Rachel Platten - Fight Song (Japanese Subtitles)


コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

意図満載

2015-06-14 22:14:51 | サブ・タイトルの話
まだ若い彼女は「あるモノ」の制作を主な仕事としていましたが、
なかなか個性的で、
好きなものと嫌いなものとをハッキリと分けるタイプ。


で、
それが外にも伝わる。


ハッキリと顔や雰囲気に出てしまう。


本人は気付いていないのだけれど......いや、正確には
「気づいてはいるのだけれど、それを変える事は自分否定に思える状態になっている」
という感じ。
そんな形の業務言動を長年続けていたところ、
ソレは自然と体に染み渡ってしまい、
自分の仕事領域だけでなく彼女が時々に思っていることの多くも不思議と
「そのまま外に感じとらせてしまう」
そんな個性となって現れていた様に僕には見えていました。


特に否定的な感情や拒絶的な気持ちなどは強く人に伝わったりもするもので......


多くの仕事相手や仲間を信じるコトも少々難しくなっていたようで......


もちろんソレは、友人を信じる様なコトとは違う「信」で良いのですが......


そんな個性は体面する人々に「彼女の真実」とは異なる「誤解」を生んでしまい、
その誤解はやがて周囲の「事実」となり、
その事実と彼女の中にある真実とのギャップ
時に彼女に辛い思いをさせていたりもしている様でした。

そんな自分の状況も彼女は冷静に把握できていないような感じもあって......
ケレドモ、
そんなことはもしかしたら「素直」といっても良いことでしょうし、
そうすると、悪いことなど......あるのでしょうか!?


世知辛い実社会という範囲に限って言えば、どーも......
あるようなのです。。


実際、彼女は常にトラブル続きでした。。


「好き嫌い」や時に「主張」となる様なモノなどは
一歩引いてみると個人の趣味的な領域にあって、
決して「対象の否定」という気持ちなどとは一緒にしてはいけないように思います。

しかしながら、
ソレはともするととても一緒にしやすいものなので、
僕達にとっては多分絵に描いたように陥りやすい「罠」なのだとも思います。

相手の食べ物の好き嫌いを知ったところでその人自体を嫌いになる......
なんてことは普段そうそうは無いように、ソレとコレとは全くの別物。
そんなコトは皆わかっています。
チャンと別々に分けて考えることができるもの。
彼女はそんな事々をとかく一緒にしてしまっていたようにも見えていました。


それは、


きっと、


仕事が好きだから。。


なのだと思います。


僕の目にはそんな風に見えていた彼女が少し前、
会社を辞めることを決意しました。


業務領域に自分の趣味領域が重なってくるような仕事では
取り組む際の「意識」の持ち方に少々の注意が必要である様に思えます。
二つの領域を混ぜて捉え「過ぎ」てしまうと
ソレは時に素人的な仕事になってしまったり、感じられてしまったりもします。

「自分の趣味領域」というのは「個性」とも言えて、
「分けて考える領域」というのはクライアントやマーケットの趣味性や嗜好性。
思考、要望、希望、その他制限事項。
社会というメンドーな!?世界における「最大公約数的」事項や
「社会規範」といったようなもの。

ソレらはどうしたって混じっては来ますが、
ちゃんと分けても表現できて、
分けた内にも自分の趣味性や個性を嫌味なく自然に入れられるのがプロ。


そんなプロの現場で時折素人的に感じられてしまう様な出来事が
彼女に関しては多々ありました。


プロのスキルがあるのに、プロの意識を持ち切れていない。


そんな階段の踊り場で悪戦苦闘して、苦悩して、頑張っている......という感じ。


プロとはなんだろう?


僕らは時折そんなことも考えます。


個性を突出させ、
爆発させていくのもプロ!

という人もいるとは思います、が。。


そういう人は「アーティスト」なんだと思います。


じゃぁ、アーティストとは一言で何だろうか?


芸術家?


それをもっと具体的に言語化すれば「自己表現者」とも言えて、
自己表現を極めんとする人」なんだと思います。
そういう意味では、
人は皆なんらかの形で外に向かって自分を表現しているわけで、
「一億総自己表現者」であり、
そうすると生きとし生けるもの全てが芸術家である様にも僕には思えてきます。


一億総クリエーターです。


だからこそ、
プロフェッショナルって、そことは違うと僕は思うのです。


極論、夢も何も無いことを言えば、
プロかそうで無いかを分けるものは実はたった一つで......


「お金をもらえるか?もらえないか?」


なのだとも思います。
人様から貴重なるお金を1円でも貰えれば、
それが自己表現であろうが何であろうが、アートであろうが落書きであろうが、
その瞬間プロの仕事となりますし、なれると思います。
初めてのお使いのお駄賃だろうが、
アルバイトだろうが、
路上で芸を見せようが、
10歳児だろうが90歳であろうが、
お金を稼げたらその時点でその行為はプロの「仕事」と呼ぶことができるのだと思います。
その先にプロ中のプロ、
「エキスパート」とか「スペシャリスト」などもあるのだと思います。


だからプロの話しをする時には常に夢だけの話にとどまりません。


でも、
だからプロという言葉は職種に関わらず
あらゆる職業人に充てる事の出来る言葉だとも思うのです。
だから、時にお金を生んでしまったアートが
プロの領域に入ってくるようなことも起きるのだと思うのです。


サラリーマンと呼ばれる人々だって、
会社がその人に給与を払う価値を認めている限りは
「会社員という職業のプロ」なのだと思います。
中でも、会社に利益をもたらす事ができる仕事を組織内で中心的に創造できる様な人は
「プロ中のプロ」と言えるのかもしれませんし、
そんな人を「ビジネスマン」と言うのだとも思います。
経営者やウチの父の様な自営業者、個人事業主といった様な職も、
リスクや覚悟の度合い違いなどがありますが、根本的には
「自分はどう生きるか?働くか?稼ぐか?」
「やりたいことをどのような形でやるのか?やれるのか?」
という個人個人のライフテーマや価値観における道選択の違いがあるだけで、
多くのコトがそんなプロ話しと同じ線上にある話の様に思えます。



お金を稼ぐこと。
でも、そのお金に振り回され無い事。

それは、

エゴを消すこと。
でも、自分の本質までは消さ無い事。

意図を消すこと。
でも、意図を消しているのに、
意図満載に見せる事も、伝える事も出来る事。

「プロ」って、
そーいう事なんだと僕は思っています。



彼女の仲間が開いてくれた送別会で、
僕は広い海の様なちょっと茫洋としたイメージで、
皆の前でヒドク輪郭のボヤけたこんな話しをしました......

「ーーーーー自分を信じること。本当に自分を信じ抜くこと。
自分はいつもその真の意味を考えていて、自分に問い詰めて、努力している感じ。
他人や多くのものを信じれるか?どうか?は、
何時もそこにかかっているように思えてるんだよねーーーーーー」

とてもモヤっとした「霧」のような話しでしたが、
そこには沢山の意味を込めたつもりでもあります。
「霧」の中に置いた幾つかの本意の内の一つは、
今迄決して言葉にすることはありませんでしたが実のところこういうコトでもありました。



「いつの日か、プロになってほしい」



そんなことを僕は意図を消しながら、意図満載!で話したつもりです。



「そんな君にいつか会ってみたいんだ......」



と、そんなことを思いながらポヤポヤポヤーーーッ(= ̄ ρ ̄=) ......と話してみました。
そんな、僕にとっては実はチャレンジング!?な送別会の後、
意外にもスマホには彼女からお礼のメールが届いていて、
ソレはなんとなく、彼女の性格を考えるに、
そんなメール一つ打つのもとてもエネルギーが必要だったのではないかとも
感じられるのです。

僕が返信したのはホンノ一行......このブログの過去記事アドレスだけでしたが......
いつだって、人との出会いや別れに際して
僕は返信したこの「女神の言葉」の記事のような気持ちでいたりします。



いつの日か、
愛する誰かが
「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、
そんな思いで今日もココに書き記しておきます。



送別会の翌日に訪れた京都の街で、
裏千家の素敵なお姉さんに心静かにお茶をたてていただきました。
限られた時間の中で作法のエッセンスを凝縮させた御手前を魅せていただき、
プロ!的な心を感じさせられました(^_^)

いつも、人に話す言葉は、
実は自分に向けられているものであって。。

愛すべきこの街の風景は、そんなことも教えてくれます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Sign -サイン-

2015-03-10 00:19:51 | サブ・タイトルの話
サインもらいまちた!(^_^)☆

このブログにも時たま登場する仲の良いH嬢さんの旦那さんは
気鋭の作家さんなのですね。
新刊「あなたの明かりが消えること/柴崎竜人」をリリースした時に
本と共にいただいちゃいまちた。
とてーも嬉しいでやんす(^ω^)



全ての職業の中で「創造の領域」で勝負している人達というのは僕はとても好きなのです。
「職業の中で」です。
「職業」ではありません。
この意味の違いは大きいのです。

僕の個人的世界観では「創造の仕事」というのは職業の種類にはよらず、
全ての仕事、生活、所作、思考......「人」の中に存在していて、
それを多く使っている人、アマリ使わないでいる人に分かれているように
感じられていたりします。



自らの内にある創造の力を使わなすぎるとどうなるか?
作れないので、
産めないので、
奪いに走ります。



創造の力を使って生きている、働いている人というのはだから人から何かを奪ったり、
何かの芽を摘んだりするようなことはありません。
自ら生み出せるのですからそんな必要はないわけです。
むしろ、産めない人たちから奪われ続けます。
それでも、作り続けられるのか?
そういう勝負をしています。

僕はそういう人を敬愛します。

お金?地位?名誉?
とてーーーーーーも大事です。

くれるならおくれっ!(=゜ω゜)ノもらっちゃうよっ!

でも、創造的な仕事をしている人々はそんなモノ以上に尊敬するに値します。
僕はいつもそう思っています。



作家、ミュージシャンエンジニア映画監督、建築家、デザイナー、調理師さん......
そんな肩書きを持つ人の中でも真に創造力のある人というのは
いったいどれくらいいるのでしょうか。
営業、会計、管理職、事務、デスク、主婦にドライバーにカフェの店員さん......
そんな仕事をしている人達の中でも常に想像力を働かせ、
素晴らしい創造的御技を現している人達がどれくらいいるのでしょうか。

子供に作る毎日のお弁当だって、お掃除の工夫だって、エクセルシートの工夫だって、
延々と繰り返される同じ作業や毎日に少しの変化を作り出すことだって、
ちょっとした挨拶だって、人を心地よくする会話一つとったって素晴らしき創造です。

僕はクリエイティブの世界に身を置き生活をして来た人間です。
白地で黒がよく見えるように、
そんな世界であればあるほど、
創造という名の下に他人から何かを奪うことで生きている黒いクリエーターや、
周辺で様々な立場をとり、動く、黒い人々もとても綺麗に見えていたりもします。




創造者は決して奪いません。



ただ生み出すのみです。
ただ創り出すのみです。



創造というテーブルにおいては評価、成果、結果はまた違う所に置かれるのだと思います。



ニュースの向こうでは戦争が沢山。
ナントカ国とナントカ国がナントカな理由で争ってます。
ナントカな理由で沢山の命が軽々と消えていきます。

本当は誰のものでもない、
地球という美しき星が創造した資源を奪い合っています。

そんな現実を眺めている国は、政治家は、人々は、
自分が平和であれば、
何かが損なわれなければ、
それらには関わりたくないと知恵を絞っています。

そんな一見平和な国でも、国民の家々では醜い争いが沢山。
血を分けた者同士で命を奪い合うようなことまでしています。
友達だって平気で殺せたりなんかします。
誰かが作ったものを平気で奪います。
誰かが生み出したものを平気で奪います。



それも、これも、みーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんな。



みーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんな。



自らの内にある創造の力を見失っているからです。
使わなくなっているから......イヤ、「使わなくしている」からです。



それは、自らの才能に対する冒涜です。
天から与えられしモノに対する盲目的行為です。
天からのサインは常に出ているのだと思います。



見て見ぬフリとは、どういうことでしょうか。



何を見ていないのでしょうか。



自らの内にある何かを?見て見ぬフリをしているのでしょうか。



どんな人にでも、その人なりの創造力があるはずなのです。
どんな物事にも、それなりの創造の領域があるはずなのです。
それは知恵や知能といったものだけでなく、
体や力、性格、個性の内にもあるものだと思うのです。
ソレゾレが生み出せるものはソレゾレで、それで十分価値あるものだと思うのです。
価値の大小や上下など付けなくて良いモノだと思うのです。

しかし、それもこれも仕方ないのかもしれません。
創造より体良く、狡猾に、ズル賢く「見えないように奪う」人を高く評価する、
高い地位につける社会構造が未だ息づいているからです。
残っているからです。



しかし、創造者は、
それでも生むのです。



だから、
奪わずに生き抜くことができればそれだけで「創造者」なのです。



そんな創造力の核力となるものの一つはもしかしたら「家族」なのかもしれません。
家族という社会的コミュニティーの最小単位。
それが多くの創造の「因」となりえているものなのかもしれません。

有り難き「創造者のサイン」入りでいただいた本の内容からは、
僕はそんなことを思うのです。

良き家庭、家族の多い国は幸せな国で創造力のあふれる国。

逆もまた成り立つのか。

良い本でした(^ω^)
親愛なるH嬢夫妻。ありがとうでやんす。
宝物にするでやんす。
ココにしっかりと記しておきます。

サブ・タイトルにある通り
いつの日か、愛する誰かが
「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、
そんな思いで書き記しておきます。



因みに。。
とてーも不思議な出会いから頂いてしまったアノノノッ!
丹波哲郎さんの本とサインなんかも!何故か?持ってたりして。。

だーーーれも......
羨ましがってくれないの!(=゜ω゜)ノ 007にデテルノニッ!
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

何度でも

2014-09-27 00:56:27 | サブ・タイトルの話
時折、
大変な目にあっている人に会います。
壮絶な思いで毎日を過ごしている人に出会います。


誰かが言います。


「アイツはおかしい」


「アイツは終わってる」


「アイツは壊れるな」


時折、
自分もそんな目に遭うこともあります。
大変な思いをしている只中ではこんなことを思うことだってあります。


「死んだほうがマシだ」


馬鹿げていると思っていても、そう考えてしまうのです。


「よく生きてるな。。」


「よく死なないな。死ねないな。。」


そんな風に、
自分を他人の様に眺めるようなこともあります。
そんな思いをしている人を対岸の地から見て、
こんなふうに言う人がいるのです。


「あいつさ、よく居れるよな」


「あいつ壊れるから。もう少しで」


罪は......無いかもしれません。
が、そこには「愛」も「真実」もありません。

最悪なことは、
そんな言葉をその人を追い込んでいる当事者から聞く様なことがあった時。

そんな人は大抵、
自分が間違っているという自覚など微塵もありません。
自分が大きく関わっていると言う自覚すらありません。

そこには、
人の「エゴ」と呼ばれるものだけが頑然と、重たく、暗く、
薄汚れた姿で聳え立っています。

汚れは汚れを自覚しないのです。

僕はそんな「暗さと汚れの固まり」の様なモノをジッ......と見据える時があります。

自分の中にも同じモノがある......

そんな目を背けたくなる様な事実と向き合うような事だってあります。



平然と嘘をつく人。

平然と人の悪口を言う人。

平然と人を裏切る人。

平然と人を陥れる人。

平然と噂を作る人。

平然とメディアで論調を作る人。

平気で人を壊す人。



思い、悩み、苦しみの底でのたうち回っている人は、
自分が壊れていく恐怖や、
壊れそうな自分の弱さと必死の思いで戦っています。
戦っていることがわからないほど戦っています。



壊れない様に。
壊れませんように。

なんとか希望を見出せる様に。
見出せますように。

壊れても、壊してもいいから、自分が生まれ変われる様に。
生まれ変われますように。

途轍も無く尊い戦いをしています。



「あいつはもう終わりだよ」



そんなこと、
誰が?
言えるのでしょうか。
どんな人が?
言えるのでしょうか。



馬鹿げた言葉です。



負けないで下さい。
勝たなくても良いでのす。

自分に負けないで下さい。
引き分けでもいいのです。



この世界は、
勝ち負けだけで語れる様なそんな陳腐な世界ではありません。

星が丸いのは、
上下左右などないと示したいからです。

この広大無辺な宇宙では、
どんな人間でも、上下左右の無い星のカケラに過ぎないのです。
そして、全ての星屑が存在の意味と意義のある、
世界や宇宙に必要なものだから「在る」のです。



馬鹿げた言葉に負けないで下さい。
エゴに覆われた偽の自分などに負けないでください。



世界からポツンと取り残され、切り離され、
孤独の海で打ち震え、
地獄より暗く深い泥沼から這い上がって来た人は皆こう言うのです。



「生きていて良かった」



何度でも言います。



「生きていて良かった」

「生きていて良かった」

「生きていて良かった」

「生きていて良かった」

「生きていて良かった」



そんな日は来るのです。
そんな時間はちゃんと用意されているのです。



そのための苦しみです。
夜明けのための夜です。



死んだ方がマシだ。。



そうです。
その通りです。



「生きていて良かった。。」



だから、
それも、
その通りなのです。



心なき人に傷ついている全ての人に。
理不尽なる出来事に追い込まれている全ての人に。

全てを乗り越えましょう。

僕だってそんなふうに生きてみせます。

僕の愛する全ての人に。
僕が出会った全ての人に。
心なき人や言葉や出来事に突き落とされている全ての人に。

僕だって、頑張ってみせます。



雲は完璧な姿だと思います。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

一緒にな

2013-11-15 01:56:52 | サブ・タイトルの話
あるロックバンドの凄腕ドラマーだったJ君からLINEにメッセージが来ました。



「今朝、◯◯◯が自宅のマンションで自殺したそうです。
uzmetさんには伝えておきたくて連絡しました。
長年彼とは会っていないので詳しいことはわかりません。」



◯◯◯君はまだ30代半ばを過ぎたぐらい。
J君と組んでいた4人組のロックバンドでは作詞作曲とボーカル、ギターまでも担っていた才人。
溢れる才能と繊細な感性は、それ故に彼自身持て余すようなところもあって、
バンドの仲間にも外の人間に対しても、時折激しく接することも多かったような感じで、
ビジネス部分も担うプロデューサーという立場であった僕とも
色々なことでよく衝突していたりもしていました。
そんな彼の激しさと、メンバーそれぞれの人生の歩みや考え方は、
長年活動を共にしていたバンドを分解していきました。
......もう......
かれこれ10年以上も前のことです。。



「、、、そうか、、
わざわざ教えてくれてありがとう。
精一杯の冥福を祈るしかないのかな。。残念すぎる」



そんな返信をJ君にした直後に、
また別の友人から電話がかかってきました。
彼はこんな説明を僕にしてくれました。



「......ちゃんと警察も入って、鑑識もシッカリ調べて、
それでね、明らかに自殺ではないって。
常用していた睡眠薬を少し飲み過ぎてしまっていて、
横になった状態も悪くて、喉に詰まって呼吸困難になってしまったらしい。。」



僕はまたJ君にLINEで連絡をしました。



「......で、、ね、、自殺ではないようだね」

「朝倒れていたと聞いて、、、まだ実感できません」

「......が、、で......ね、、窒息してしまったらしい」

「そうでしたか...
彼には恨みもありますが、全てを許し、あの頃をたくさん思い出そうと思います。
死ぬまでには和解したいと思っていました」



ドラマーの彼と◯◯◯君との間で、
僕などにはとても想像できないような深い葛藤があり、
もう長いこと会っていないということはなんとなく「知って」はいました。
僕はまたJ君に返事を入れました。
今日ここに記していることは、ほぼ一字一句、この時の言葉そのままです。



「。。。もう五年ぐらい前のことかな。。
◯◯◯から会いたいと連絡をもらってね。
ご飯を食べたんだよ。

その後の彼の歩みの中で色々と自らについて考えることが沢山あったようでね、
俺には、、
“あの頃の俺は間違ってました。今、やっとuzmetさんの気持ちがわかります。。”
と、、そんな話をしてくれていてね。

その後俺は△△さんにもそのことを伝えてね。
◯◯◯も大人になって、成長していて、
何より、とても頑張っていたよ。。と。

だから、ね。。

だから、、、ね。

みんなとの間でどれほどのことがあったかは想像もつかないけど、、
きっと、
◯◯◯はJにも色々と詫びる気持ちも、後悔の気持ちも、、
君とまったく同じように仲直りしたいと思うような気持ちも、、
きっと持っていたと思うな。

アチラの世界に行くとね、
人の気持ちが手に取るようにわかるんだ。
Jの、、純粋なる気持ちはちゃんと伝わってるよ。

大丈夫。

もう、和解してるよ。大丈夫」



暫くして、、J君から返事が来ました。



「すみません。
言葉が何も出てきません。

ありがとうございます。

uzmetさんの言葉がなければ消化出来なかったかもしれません。
忙しいと思いますが、いつか思い出話に付き合って下さい。
俺達は戦友のようなものですから」



「みんなそう思ってるよ。
◯◯◯も同じだ。

これから先、
君が見るもの、手にするもの、失うもの、無くすもの、、
全て◯◯◯も一緒に味わってる。
戦友とはそういうものです。

君が成長すれば◯◯◯もそうなる。
君が幸せであれば◯◯◯も幸せ。

あの世とこの世はそう出来てる。

大丈夫。

◯◯◯が好きだったものを、思い出しながら食べてあげな。
きっとあいつもJを通して味わってるから。
そういうもんだ。

これからも粛々と一緒に生きよう。

俺は幸せだぜ。
Jもそうのハズだ。

一緒に生きよう」



「その通りですね......
uzmetさん、本当にありがとうございます。
いま、うまく言葉が出てこなくて、うまく感謝を伝えられません。

俺も幸せです。

今度、一緒に奴に乾杯しましょう。
久しぶりにuzmetさんにも会いたいし」



「改めてスケジュール出して、皆も呼んでご飯食べようね。
落ち着いたら仕切るよ」



「すみません。
ありがとうございます。」



「こちらこそ!
君らには昔も今も、これからも、感謝してる。
ありがとう。」



「俺もです。
最後に家に来てくれて泣いてくれたこと。忘れません。
そして、
会った時に直接謝りたいことと、感謝を伝えたいことがあります。
今日、混乱してたんですが、
uzmetさんのおかげで少し素直になれました(^_^; 」



――――――今日の通夜には、
J君も、他のメンバーも、メイン・エンジニアだった仲間も、
当時懸命に流通営業をやってくれていたスタッフの方も久しぶりに皆集まりました。
沢山の溢れる思いが集まりました。
葬儀壇の遺影は、昔みんなであーだこーだ言いながらデザインした
メジャーデビュー盤のジャケット写真でした。

今日の記事は、
不快に思われる方も、
色々な捉えられ方をされるかもしれません。

ただ、
このブログは、
書き出す時に幾つかの決意を自らの内に明確に刻み記し出したブログです。

これ迄も幾度か記して来ましたが、
タイトルやサブタイトルの言葉に偽りはありません。


僕の大切な、愛する人へ。


今日の記事も、
強い意思と意味、明確な覚悟を持って記しておこうと思います。



天国の◯◯◯に。乾杯。
な。好きだろ!?バーボンだぜ。ブッカーズだぜ。
一緒に飲もうな。
これからも、一緒に。
一緒に生きような。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

嫌いなものの中

2013-09-25 04:40:07 | サブ・タイトルの話
HS君は僕の信頼する音楽作家で敏腕のアレンジャーさん。
年齢は30代。男性。毎日音楽業界の一線で活躍している才人。
クラブのDJでもあります。
先日、某メジャーアーティストのライブ後の食事会で、
そんなHS君も加わって大勢でワサワサとヨパラーーーイの与太話を
楽しくウルサクしていたのですが、
その時に彼がみんなの前で僕にこんな話しをしてくれました......



「......uzmetさん!
あのですね、、uzmetさんは多分忘れていると思いますけど、、、
僕は強力に覚えているuzmetさんと話した話しがあってですね、
もうカナリ前の話しですけどね。。。」


「(゜ω゜)!?。。むふむふ。。なに?それ?」


「俺って生意気じゃないっすか!?
今も!?ん!?
なんで?
何でみんなうなずくんだ!?ん!?
まぁいーーや。。まぁ、、、
つーことわ!ですよっ!
昔はもっと生意気であったわけで!、、、間違いなく、、、」


「......(゜゜)ウンウン......一同賛同ナウ...」


「でね!俺の好きな音楽ってマニアックだし、ヒップホップだし。
ジョンレノンも好きだし。
イワユルアーティスティックなものばかり好きだったじゃないっすか!
当時若ゾーだったし。
インディーズで好き勝手やってたし。。」


「......まぁ、確かにね。。(*-ω-)ゥィゥィ......」


「その時にね、
uzmetさんがウチのスタジオに来て俺も色々とメジャーの仕事しだしたじゃないっすか。
メジャーの。。
でね!
ある時uzmetさん俺にこう言ったんスよ!
俺ソレ完璧に覚えてるんっすよ!
言われたときの状況、風景、全てを完璧に覚えてるんスよ!
ソレぐらい、そのこと忘れないんスよ。。。今でも。
そんときの俺にはソレぐらいのインパクトがあったんスよっ!!!」


「な、なにか、、お失礼なことでも言いましたでしょうか、、( ̄。 ̄;)わちき、、」


「ええ!言いました!
衝撃的でしたよ!
それってですね、、
お前は◯◯◯◯◯の音とか聞かないからダメなんだよ。。。って言ったんスよ!
俺の大っ嫌いな音楽を出して、
お前はそういうのを聞かないからダメなんだっ!......て、言ったんスよぉ!」


「......あぁ!....い、言ったね、、うん、、、言った。ね。。( ̄∇ ̄;)」


「それね、、衝撃だったんスよ。俺。
そんなこと言われたこと無かったし。
しかも嫌いなことよく知ってて言ったじゃないっすか!」


「はぃ。。すいませぬ。。。( ̄ー ̄;)ゞ」


「それからっすよ。色々分かったの。俺が色々変ったの」


「ええ、ええ。。変りましたな。。ちみ。確かに、その辺りから、、( ̄。 ̄;A、ええ」


「そうなんすよ。
売れているものには売れている理由があるから、ソレをちゃんと見つけろ!って、
そう言ってたんすよ。
プロなら嫌いなものをただ嫌いって言うだけじゃなくて、
ソコを見つけられなければいけないって、
そういうことだったんスよ」


「は、はぃ、、そ、そうでございまふ。。間違いわありませぬ。。( ̄ー ̄;」


「で、変ったんスよ!よ!俺。
実わさ!
そんな事があったんスよ!
みんな!聞いてんの!?
俺!?
よっぱらってねーーぞぉ! コラァァァーーーッ! o(`ω´*)o ウラウラ!!!!」



......と、
酔っぱらって皆の中でそんなこと言ってました。
僕としてはなんだか今更ながらジワリ......と、嬉しい話しではありましたが、
なんだかとてーも怒られていた感じでもあって......こ、こわひ(T.T)ぶぇ。
このブログは、サブタイトルにある通り――――――

いつの日か、愛する誰かが
「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」
と見つけてもらえたら......そんな思いで書き記してます。。


―――――――というブログなので、
そんな大好きなHS君にその当時の僕の真意をチロッとだけ残しておこうかと。
それはとても個人的な考えで、モノゴトにもよる様な考え方でもあるのですが、
僕が思っていたこととは......実はこんなことなのです。



たまに、
自分に足りないものが、
自分が嫌いなものの中にある様なことがあると思うのです。
自分は、そんな事を思い知らされたことが幾度となくあったもので、
それが、その時、僕がHS君に伝えたかったこと。
それが僕の真意。



それで、実はそれは......
以前この「2種類の音楽」という記事で記した、
生意気だった僕が大好きな恩師から丁寧に教えてもらったことでもあって、
ずっと大切にしている「クリエイティブ定理」の一つ。
この時の状況、風景の全てを僕は今でも完璧に覚えています。
だからこの時の記事も記すことが出来ました。



やんちゃなHS君は、そんな話をしていた時から数年後。
「日本レコード大賞 編曲賞」を受賞するほどの成功を手にしました。



そーだね......



タマには驕ってもらお~うっと ( ̄ー+ ̄)ニヤリ



そんなHS君とメンバーの二人と僕と、
四つ巴のケンカばかりしながら作った「その時」のアルバム。
「mihimalife/mihimaru GT」=「ミヒマライフ/ミヒマルGT」
僕からすると、ケンカ感も満載!で、
そんなHS君の四苦八苦も沢山詰まっている作品です。
HS君やプロジェクト、そしてメンバーが、
熱い摩擦の中で「足りなかった何か」を見つけることが出来たアルバムです(^^)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ありがとう以上

2013-03-17 00:03:25 | サブ・タイトルの話
東京の南の端を流れる多摩川の空は、
今日はとても良く晴れ渡っていました。

川の上に広がる青い空には、気持ち、花でも添えましょうか!?
......なんて思っているかのような小さな白い雲がポツリポツリとある程度。
川の向こうには、遠く、富士山も良く見えています。

風もなく、暖かで穏やかな春の日差しは、
川沿いの桜の木の芽を少しでも大きくしようと降り注いでいました。



午後、二時を少し回った頃、そんな多摩川のほとりに、
小さくて可愛らしいその女性スタッフは、
自宅から地下鉄で30分もかけてワザワザ来てくれました。

彼女は何やら僕に話したいことがあると言います。

エンターテイメント世界の真ん中で毎日日本中を忙しく飛び回っている彼女は、
土曜日の今日も夜7時ぐらいから仕事があるようでした。
そんなスケジュールの中でワザワザ東京の端にある僕の自宅迄来てお話しがしたい......
ということは、
どれだけ大切で、重みのある話しなのか......は、大体想像がつきます。



そもそも、
彼女が「今」抱えているプロジェクトは元々は僕が始めて、創って来たもの。
それを一年半前に「やむをえない理由」で全てを彼女に委ねる事になったわけで、
彼女を取り巻く問題の大体の事は、うぬぼれでなく......離れていても常に、
誰よりもよく分かります。
頑張りやで責任感の強い彼女は
その小さな背中に僕の抱えていた分のバッグもたった一人で背負いながら
この一年半を頑張ってきたのだと思います。



きっとその大きなバッグの話し......



僕が彼女に委ねていた仕事の話し......



駅で彼女を迎えると、カフェでひとしきりクダラナイ話しをした後、
二人で多摩川の広い河川敷の方にてくてく......と土手を下って降りていきました。
川の流れの直ぐ傍に延々と敷かれた石堤に腰を掛けて、
そうして、やっと、彼女はポツポツ......と、小さな声で、話しを始めました。

話しを聞いていると、それはやっぱり、彼女にとってとても辛く、厳しい話しで。
彼女の小さな胸の中に、人目には決して触れない様に仕舞い込んでいた多くの思いの話し。
それは段々、少しずつ溢れて来て、
いつしか堰を切った様に激しく......大きく流れ出て来ました。

......気がつくと、
彼女は話しながら、ぐしゃぐしゃに泣いていました。
涙は止めようとも止めようともとめども無く溢れ出て来ます。
その辛さが伝わるので、
傍で聞いていた僕も思わず涙ぐみ、泣きそうになってしまいます。



「本当にすいませんでした......
uzmetさんが離れてから私何も出来ませんでした......」
すいませんでした......すいませんでした......
本当にすいませんでした......」



彼女が謝る必要などいったいどこにあるのでしょうか。。
彼女を荷物の多い大変な環境に追い込んでしまったのはむしろ僕の責任なのです。
彼女が謝る事など微塵も無いのです。



「謝る事なんてひとつもないから、、
俺の方が謝らないといけないんだから、、
本当に、本当にごめんね。。
一年半も、、、俺の分まで頑張ってくれて、、本当にありがとう。
君には本当に感謝しか無いんだ。
本当に。
ありがとう。
君にはそれしか無いんだ。
ありがとう......ありがとう......」



僕は、、その時、それしか言えませんでした。



「ありがとう......ありがとう......」



ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう......
ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう......



「ありがとう」という言葉では全く足りない気持ち。

そんな気持ちは一体何と言ったらいいのでしょうか?

そんな気持ちは一体何だというのでしょうか?

「ありがとう......ありがとう......ありがとう......」

泣きじゃくる彼女に、
僕はそれしか言えませんでした。

気がつくと僕は泣き続ける彼女を抱き寄せて、
頭をクシャクシャに撫でていました。



「ありがとう......ありがとう......」



それでも彼女はひとしきり泣いていて、
それから......少し笑って......



時刻はいつの間にか夕暮れになっていて、
川の向こうに見える富士山の傍に沈んで行こうとしている太陽は、
少し大きくなって、オレンジの色が強くなっていて......
川面にもキラキラと反射しているその日差しの中でまた、
僕らは色々なことを話して.......
そして、河原を後にしました。



今日一つ、確信した事があります。
「ありがとう」という言葉でも、
とても伝えきれないような大きな大きな、、とても大きな感謝の気持ちというのは、
それも「愛」なのではないのかな、ということ。

コノ理解がもし間違っていたとしても、
少なくとも今日だけは僕はそんなふうに思えたということ。

泣いて泣いて泣いて泣いて......
こんなになるまで小さな体で懸命に頑張ってくれていた彼女を、
僕は愛しています。



ありがとう。



その言葉では伝えきれないほどの「ありがとう」ですが、ありがとう。



このブログのタイトルに嘘、偽りはありません。



いつの日か、
愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら......
そんな思いで書き記してます。



愛してます。



駅まで仕事に向かう彼女を送っていって、
その後、また一人、
川沿いの土手を歩きながら家に帰りました。

帰り道、
彼女の前ではこらえていた想いと、涙が、止めども無くあふれてきました。

そして、フト、
泣きはらした情けない目で道の横に目をやると、
そこにはいつもの桜の木が佇んでいました。

桜の枝には花の莟が沢山ついていて、
いまや大きく大きく膨らんでいました。

彼女に「今日はワザワザありがとう、、、」というお礼のメールを打ちました。

そのメールの最後にはこう書きました。

「......桜は、これから咲くのです」



今日彼女と歩いた土手沿の道は、もう少したつとこんな感じになります(^^)

あっ!?

今日の記事......

コニャ(奥さん)用の言い訳を考えとかなアカンかな?そういえば......

失敗か!?(゜_゜i)タラー......
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

勁草を知り、華を知る

2012-09-03 00:06:38 | サブ・タイトルの話
僕も人並みに悩んだり、傷ついたりします。



本当に幸せなことは、
こんな僕にでもそんな時に支えてくれる人が少しだけいて、
もしかしたら、
僕はそんな人達の為に、そんな人達のおかげで、
生きている様なものなのかもしれません。
そんな人達には本当に感謝しても感謝しても......しきれません。



いつだったか、
ずーーと何も言わず、黙って、
ただ美味しいものを食べさせてくれた人がいました。
きっと僕の悩み、問題は分かっているハズなのに、
そのことには一切何も触れず、
ただ普段あまり行かない様な超高級なお寿司屋さんに連れて行ってくれて、
お店のご主人と一緒に一つ一つのネタや調理のコダワリなどの話しを延々としながら、
ずっと笑顔で美味しいお寿司を食べさせてくれました。
帰り際にその人は「一言だけ」僕にこういいました。



「辛い時はさ、美味しいもの食べるんだよ。それだけでいい時もある。」



ある人は、
「覚悟を決めるべきです」
と真っ直ぐに僕に言ってくれました。

その時僕は
「覚悟とは何だろうか?」
と聞き返したのですが、
「それは、、全ての人に対する愛情のことです。」
とその人は言いました。

そう心から思えること、思う様にするという「覚悟」を決めろ、と、
そう言いました。
その覚悟ができていればきっと強くなれると思う、と。
そして、こう付け加えてくれました。



「疾風に勁草を知る」



「後漢書」という古代中国の書物に出てくる言葉だそうです。
勁草(けいそう)とは何の変哲も無い、野原に生い茂る草のことだそうです。

「しっぷうにけいそうをしる」

台風の様な強い風に吹き晒されるような時、
大木や家々、大きいものほど折れたり、吹き飛んだりします。
色々なものも全て吹き飛んでしまいます。
そんな中で何時だって最後に変わらずに立っているのは勁草......草だといいます。

身を低くして、大地に這いつくばって、
でも、上体は力を抜いて楽にする。
ただ吹かれるままにゆらゆらと、楽にしてみる。
風に対して無理に逆らわず、あるがままに靡き、そして、やり過ごす。

そのしなやかさこそが「素直な心」なんだとその人は言いました。

そして、その時に「根」が大事なんだと。
大地に張った根が大事なんだと。
決して「根っこ」だけは揺るがない。
そんな決意と覚悟を胸の奥にしっかりと秘めて立ち尽くす。
ソレを失わなければ表面は彼方此方に揺れていて、
自分を無くしてしまう様に思えたり、外からそんな風に見えていたとしても、
勁草の様にどんな強風もきっとやり過ごせる......とその人は言いました。

その根とは心であり、信念。
周りの人への愛。
そして「覚悟そのものだ」と。

そんな強風がぶち当たった時に初めて自分の根、
芯を知ることも出来るのではないか、と。



またある人は......



......きりがないですね。。



僕はいつも、そんな人達の力で、
弱いながらもなんとなく自分を失わずに歩けています。

いつもありがとう。
ココにも記しておきます。

いつの日か、愛する誰かが、
「アイツはこんなこと考えて生きていたのか。。」
と見つけてくれた時の為に、ここに記しておきます。

本当にいつもありがとう。



この記事の「思い」に合いそうな写真を携帯の中で探していたら、
いつか沖縄、ブセナで大切な人と撮ったこの写真がピンと来ました。
華というのは、もしかしたら「感謝」で咲いているのかもしれません。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加