雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

Fireworks

2017-08-18 00:25:31 | 感謝
伝えによると、明治時代に千住大橋の落成を祝って
花火を打ち上げたのが最初とも言われている「足立の花火」。
そこから考えると既に100年以上の歴史を持っていて、今や、
打ち上げ玉数も一時間で1万2000発以上という、
東京屈指の花火大会の一つともなっている様です。

そんな花火大会の一部を演出プロデュースさせてもらったのが昨年で。
なかなか良い雰囲気で終わることができたということもあり、
今年も引き続き同じ仕事を依頼されていました。

昨年は初めての仕事ということもあり、個人的にはかなり「様子見」的な部分があって、
今年はそんな昨年の事を踏まえ、
明確になっていた反省点を区長さんを中心に区の職員の皆さんと幾度も話し合い、
ソレを職員の皆さんが事前にしっかりと潰すこともしてくれて。
昨年より、より万全な準備を持って開催日を迎える事が出来ました。

宣伝戦略に関しても今年はかなり突っ込んで参加させてもらい、
突然組まれた区長さんとのTV対談やらなんやらも一通りこなしてみたり......と、
足立区スタッフの方々の様々な努力の結果、動員は昨年の55万人に対し66万人!
という過去最高の記録を達成。大盛況で終わることができました。
11万人以上もの数字の伸びは前回の印象から生まれた口コミや、
様々な宣伝努力が結実した結果ではないかと、晴れ晴れしく思いつつも、特に今年は、
肝心の「花火の内容」が質、見せ方、共に、格段に良くなったと思います。
新しく迎えた花火師さん達の技術が一際光っていました。

なんにせよ、完璧な天気に恵まれたことが何よりだったなぁ、と。
」が続いている今年の他の花火大会を見るにつけ思ったりもします。
ラッキーさんでした(^^)



そんな花火大会で、訪れた皆さんの顔を見ていると、
幾つか強く思うコトというのもあったりして。
それは、とても当たり前なことなのですが......
皆、一緒に、同じ方角を向いていて、一心に、一つのものを見ている......ということ。
勿論、ステージモノである音楽や映画、演劇、
エンターテイメント系の様々なイベントなどでは当たり前の光景ではありますが、
花火にはそれを「特に強く」感じられるのです。
花火というのは、それらとはまた違った感触と雰囲気とがある様に思えるのです。
多分、
「一瞬の出来事も見逃さない」
という集中力にも似た皆の気持ちの強さ。
それと、人為的な「創作物を見る」というより、創作物ではあるけれど
「自然の風景に近いものを見るんだ」
というニュアンスに寄った心持ち。
それはまるで海や山の景色を見る様な、そんな感覚に近い皆の持つ空気感、感触......
そんなことが僕には感じられます。



そして、例えば若いカップルさん。

二人して憧憬とも、満足とも言えそうな顔をして夜空の花火を見上げている。

花火が消え、フト、横を見ると......

大好きな人がいる。

しかも......

笑って。

友達同士も、家族の皆さんもそう。

皆で大空を満足そうに、楽しそうに見上げていて、

フト、横を見ると、

大切な人達と目が合う。

それは、なんだか、

僕にはとても大切な風景に見えていて。

もしかしたら、

本当に近しい人との関係というのは、向き合うより、

こういうふうな形が最善なのではないか......

と。

そんなことも思うのです。

普段、なかなか接点のない人との付き合いは、

時間がなかなか取れない、少ない、という故に、文字どおり「向き合う」ことが重要で、

でも毎日顔を合わせられる様な、いつもすぐ側にいてくれる様な人とは、

花火を見る時のように、

向き合うより、前後左右に並んで、

同じ方角、同じもの、同じ風景を見て、

そうして、

フトした時に向き合って、

お互いに見えているものを確認する。

それが笑顔なら最高で。

悲しい顔ならば、

その時こそは向き合って。

しっかりと話し、共有して......また、側に戻って。

そんな歩み方。

大切な人とは向き合うのではなく、並んで歩く。

向き合って歩くと......ぶつかっちゃうし(^^)

そんな感じ。



花火からはいつも、
そんなことを教わったりもするのです。



好きであれば、自由にしてあげてください。

大切であれば、同じものを見てあげてください。

正しいも間違っているもなく、ただ、一緒に見ればいいのです。

ただ、一緒に味わえばいいのです。

ただ、一緒に歩めばいいのです。

それだけで、

皆、孤独と決別できるはずです。

それだけでも、人は道を外したりはしないはずです。

好きであれば、隣にいてあげてください。

ただ、それだけで、

人は繋がることも、理解し合うこともできるのです。



————————いつも花火は煌びやかで、大きく、雄弁の様に思えます。



2015年。この仕事のオファーを受け、
初めて会場視察に行った時には、こんな巨大で美しい虹が......





二本の虹のウチの一本はスカイツリーの真上から......
この仕事はやらないといけないのだろうな......と、そう思った事をよく覚えています。



昨年も......



今年は朝から荒川の龍神さんが!?来てくれて(^^)



いつもの!?日輪......



他にもたくさん......



やはり時折、虹......彩雲も。



いつも一人、ひっそりと、必ずご挨拶に行く、花火大会会場のすぐ側、
荒川土手沿いにある「大川 氷川神社」。勿論、虹の主、スサノオさんです。



本殿裏の富士塚の上に、天に届きますように......と。お酒なんぞを(^^)



お終いに、去年の演出に使った曲、
ツカヘイさんの好きな「セカイノオワリ」さんの「ドラゴン・ナイト」を。
花火を見ているといつもこの曲が頭を巡るので......今一度記しておきます(^^)



Dragon Night
歌:SEKAI NO OWARI
作詞:Fukase 作曲:Fukase

今宵は百万年に一度太陽が沈んで夜が訪れる日
終わりの来ないような戦いも今宵は休戦して祝杯をあげる

人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の嫌いな「彼」も彼なりの理由があるとおもうんだ

ドラゴンナイト 今宵、僕たちは友達のように歌うだろう
ムーンライト、スターリースカイ、ファイアーバード
今宵、僕たちは友達のように踊るんだ


今宵は百万年に一度太陽が夜に遊びに訪れる日
終わりの来ないような戦いも今宵は休戦の証の炎をともす

人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の「正義」がきっと彼を傷付けていたんだね

ドラゴンナイト 今宵、僕たちは友達のように歌うだろう
コングラッチュレイション、グラッチュレイション、グラッチュレイション
今宵、僕たちの戦いは「終わる」んだ


ドラゴンナイト 今宵、僕たちは友達のように歌うだろう
ムーンライト、スターリースカイ、ファイアーバード
今宵、僕たちは友達のように踊るんだ
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特別だと、思ってます。

2017-02-23 00:17:31 | 感謝
ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、オランダ語、英語......
ヨーロッパではお隣の国と言語が全く違うということが当たり前のようです。
日本で言えば、隣り合う都道府県で公用語が違う、と言った状態でしょうか。

そんな地域において作られるプロダクトというのは必然的に多言語や多文化を
マーケットとしていくこととなり、
それは様々な背景を持った人々にも直感的に理解出来て、
使うことも出来る様なデザインが生まれ、育って行く土壌ともなり得ます。

例えば、ヨーロッパ車のスイッチ類のアイコン・デザインなどはとても典型的で、
見た瞬間、そのスイッチの意味や使い方等が直感的に理解出来る様になっています。
最近では日本車もそうなってはいますが、アメリカやヨーロッパの車においてはもう、
かなり前から、そういったデザインが完成されていた様に思います。

そんなヨーロッパのグローバルでユニバーサルなデザインの潮流は近代に端を発していて、
その時期のヨーロッパではフランス革命を初めとする市民革命が各地で相次いで起こり、
王侯貴族の階級的社会から市民主導の社会が広く構築されていきました。
すると、それまで一部特権階級の人々のモノであった贅沢品や、
様々なモノモノが一般にも広く行き渡る様になっていき、そこで、
沢山の人々に受け入れられるプロダクトやデザインが求められるようにもなっていきます。
そんな時、トドメ!とも言える「産業革命」なるものも起こりました。

産業革命によって機械化されたプロダクトメイクは、
それまでの一部特権階級が好んだ華美な虚飾が省かれ、簡素で合理化されたデザインとなり、
無機質化もしていきます。
そんな中、合理的で無機質なプロダクトにもデザインの力によって
様々なアクセントや付加価値を加えよう......という動きも高まっていき、
やがてシンプルなデザインの中にも「美」や「思想」「センス」を込められたモノも
生まれて来ました。
デザインにおけるそんな流れは、アートシーンにおける「抽象画」や「ポップアート
などのムーブメントともリンクして、一部のプロダクトを高尚な「芸術作品」
とも呼べるような領域にまで高めていったのです。

これが所謂「モダンデザイン」という潮流。

この潮流は「バウハウス」などによってミッドセンチュリーに栄華を極め、
今に至るまで続いているデザインの一大潮流でもあります。

「大衆のための大量生産可能な家具」

と言ったのはドイツの家具職人トーネットさんですが、この言葉も、
モダンデザインの「一部分」を的確に表現していると思います。現在、その流れは一部
「ユニバーサルデザイン=Universal Design」
というものにも引き継がれていて、他にも「ピクトグラム」と呼ばれる
「絵文字」「絵単語」的デザインなどにもその影響が見て取れます。
わかりやすく言えば標識とか、スマホアプリのアイコンデザインなどもそうです。
無駄が省かれた、直感的でシンプルなデザイン。





「モダンデザイン」「ユニバーサルデザイン」「ピクトグラム」......
アートにおいては「ポップアート」......
それらには、多くの人に瞬時に理解されやすいという利点とともに、当然、
相反的に抱えるリスクもあって。それは何か?と言えば、
上記もしたようにシンプルで合理的、直線的な部分も多いデザインなので、
コピーされやすかったり、無機質で温かみがないものになってしまいがち......
ということでしょうか。
作者の思いや表現したいことなどが限りなく入れ込みづらくもなります。
それは、アートからは遠くなりがちなものにもなりやすい......ということでもあるのしょうか。



僕が愛してやまないミッフィーさん。またの名は「うさこ」ちゃん。
ミッフィーとは、キャラクターでありながら、実は、
この様なデザインやアートの潮流の中にあるモノだったりもするのです。

ただし!

です。

個人的にはミッフィーは特別だと思っています。

愛してやまない、それなりの理由と凄みを僕は感じていたりするからです。

ただの」子供向け絵本、キャラクターなどではではない!と思っているのです。

それはきっと、見た人全てが本能的に感じていることではないか......と、
僕には思えているのです。



まるで一筆書きのようにシンプルな線で描かれているミッフィー。
それはまさにモダンデザインのよう。
しかし、実は、ミッフィーには一つとして「直線」は存在していません。
それは、絵の全てが「手書き」で描かれているからであって、
手書きにしても、物差しや定規などの道具は一切使われていないためです。
もちろんコンピュータも使っていません。

そして、そんな線は、よく見てみると、
手書きであるが故に輪郭がギザギザと、ユラユラと、不規則に波打っています。
人の手というのは何かを書く時にも必ず揺れているからです。
さらに、その手の揺れがシッカリと線に滲み出る様に、
こだわり抜いた筆やサインペンを選び、使い、描かれています。
だから波打っているミッフィーの線の輪郭とは、
描いている人の「手の揺れ」そのものなのです。
印刷ものやコンピューターソフトで描かれる綺麗でまっすぐな線の輪郭とは
全く違うものなのです。

そういう意味でも、

ミッフィーには一つとして「直線」は存在していないのです。

シンプルな線を軸に描かれているのに、です。

自然界に直線は「ほぼ」存在しません。

ミッフィーもそうなのです。

合理的で無機質になりがちなモダンデザインの悪いところを、
「手書き」「筆」というシンプルな絵画的魔法でもって、どこか温もりのある、
どこか手触り感のある絵に仕上げているのです。
心のこもったそんな線を何本も何本も書き直しながら、
その膨大な数の線の中からしっくりくる一本だけを選び、仕上げられているのです。







想像してみてください。
定規で線を描かれたミッフィーを。
線の輪郭が揺れていない、ピシッ!としたエクセルシートの様な線のミッフィーを。

それはミッフィーではありません。

偽物です。

ライツコントロールの甘かった昔は、時たまそんなニセ・ミッフィーを見かけましたが......

そして、その色使いも、線の描き方と同様にいたってシンプル。
しかし、自由で自在な組み合わせ方。使い方。
色環標における対色、補色、同系色、中間色......
色使いの基本とも言えるような形をしっかりと踏まえながら、
時に驚くような意外な組み合わせや崩し、壊しもあります。
色使いの基本がしっかりと印象付けられるベースがある故に、
その「崩し」は時に驚くような効果を生み出したりもします。

一度だけ、ミッフィーの誕生日のお話の回で、
オシャレして柄物の服を着ているミッフィーが登場します。その衝撃たるや.....
「み、みっふぃーが、、が、ガラモノの服を着てる......」



あまりに似合わなくて!?なのか?作者もそれ以降二度と描いていないのですが......
僕らマニアはこれを「ガラミッフィー」と呼び、伝説として祀り上げました。。
しかし、そんな衝撃もシンプルな色使いや考え抜かれた構図あってのもの。
それらにおいてミッフィーは教科書的な価値や輝きすらも持っているのです。
それは、本当に完成されていて、一分の隙もない完璧さ。
僕には感動的ですらあります。



だから、僕は、デザインのアイデアに迷った時、悩んだ時は、ジーーーっと、
ミッフィーを見つめるのです。
それは、そこに、多くの答えがあるからです。
ミッフィーは、いつも、僕に必ず何かを気づかせてくれます。
何かを正してくれます。



いいかい。
物事はシンプルでなくちゃいけないよ。
みんなにわかりやすくなければいけないよ。
でもね、そういう方向を突き詰めすぎると無機質で冷たいものになっちゃうんだ。
それもダメだよね。
合理だけだと悲劇も沢山生まれるんだ。
そういう合理化されたシンプルさの中にも必ず温かさを入れないと。
心を入れないと。
魂を入れないと。
ダメだよ。
自然にはならないよ。
完成されないよ。
完全にならないよ。
完全ってね、崩しも含まれてこそ完全なんだ。
ユガミをさ、ユガミと見せない形。
歪みを美と魅せる形。
歪みもあって完成されているということ。
uzmetさん。そーなってる?
あなたの今作ってるものは、ちゃんとそーなってる?
自然、自ら然(しかり)となっていく、そんなふうになってる?
その作品は生きてるのかな?
大丈夫?
頑張ってね!



ミッフィーはオランダで生まれて、
世界中で多くの人々に受け入れられたキャラクターでもあります。
絵本としても一級品。
キャラクター、商品としても一級品。
デザインの観点から見ても一級品。
自己表現をどこまで突き詰められるか?
といった領域にある「アート=美術、芸術」の観点から見ても一級品。

そんなものって、世界にどれだけあるのでしょうか?

ネズミーランドやチビ猫さんなど、キャラクターとして一級品のモノは沢山あると思います。
四次元ポケット猫だって、あのアニメだって、あの漫画だって。。
でも、ミッフィーは立っているステージが違うように思っています。
これを生み出した人は、きっと、そんな次元で生きていた人ではないかと、そう思うのです。
ミッフィーは、いつも僕に、そんな生みの親の話を聞かせてくれるのです。



つい先日。2月16日。
ミッフィーの生みの親、作者のディック・ブルーナ(Dick Bruna)さんがこの世を去りました。
89歳だったそうです。



お会いする夢は叶わなかったのですが、
これまでも、これからも、そばにミッフィーがいる限り、彼の絵や本がある限り、
僕は毎日ブルーナさんの教えを受けていくのだと思います。

ブルーナさん。

ミッフィーは傑作中の傑作です。

少なくとも、僕1人だけでも、そう思っています。

宝物をありがとうございます。

心から感謝をしています。

どうか、少しユックリと、お休みください。



生まれたてのミッフィー。最初はこんな感じだったのですね(^^)
そして......以前も載せましたが、ミッフィーの絵本達の中でもひときわ大好きな1ページ。



抽象画の巨匠、「ピエト・モンドリアン」の絵の前でたたずむミッフィー。
少しだけ首を傾けて、何か、考えています。
ブルーナさんはピカソやレンブラント、マティスにも強く影響を受けたと語っていましたが、
ミッフィーに関しては、モンドリアンとの並びがとても合うように思えます(^^)
どちらの絵も、抽象化を推し進めたシンプルさの中に魂を込めた作品。
相反する要素を高次なところでまとめ上げている作品。
そんな二つが一緒に描かれている貴重な1ページ。
ミッフィーがアートの魂も持っていることを表している絵のように、僕には思えているのです。
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2014-10-17 03:03:21 | 感謝
T部長さんは
「某メジャー系エンターテイメント会社の人のイメージを描いてみて下さい......」
というお題が出された時に、
きっと描かれるであろう人物像そのままの人。

「いわゆるエンタメ系のギョーカイ人ってどんなイメージ!?」

なんて質問の答えの見本の様な人。
プロミスのCMに出したいくらい。。。


「キャスティングまってるおっ!(=゜ω゜)ノ 」


パーマがかった茶髪でロン毛で大柄で、チョット異国感のある顔の濃さ。
ソレ等を上回るトレードマークの浅黒い肌は
日焼けサロンで丹精込めて日々丁寧に焼き上げられています。
切れ込みのないタキシード風の襟を持つジャケットや薄手のヒラヒラ系コートを好みます。


「おそらくEXILEを意識してるおっ(=゜ω゜)ノ 」


女子にも決して訴えられることのないエロエロ系トークも得意技。見事。素敵。
夜な夜な繰り出すダンス系クラブも大好きで、
時々早起きしてはゴルフもやっちゃいます。
暑い夏の日にはリゾート感満載!のショートパンツでスネ毛をヒラヒラと見せつけながら
颯爽とオフィスに現れます。
人事部の不評を買うパンツルックながら一部マニアの間でついたアダ名は

「すね毛部長 ( ̄ー ̄) 」

敬愛すべき、される、キャラクターでございまつ。。
そんな大学サークルノリのライフスタイルがとても眩しいT部長さんが、
つい最近、大きな組織改編に伴い部署を移動することになりました。
ある程度の規模を持つ会社などではしょっちゅう起こることで、
こんな時の僕の心持ちというのは以前記したこの「女神の言葉」のような感じで。。。

「よし!ミンナでT部長とT部長チームの感謝食事会をやるっぺよ!(=゜ω゜)ノ」

「任意で隠れプレゼント有り!高い値段は禁止!T部長には内緒!」

「ヒラヒラコートは入場禁止!のドレスコードで!」

と、相成りました。
そんな送別会にはT部長を慕う沢山のメンバーが集まり、
任意だったのに全員が持ってきた!
心温まるチープハッピーなプレゼントも盛り沢山。
タクシーのトランクに詰め込まないと持って帰れないくらいの量。
そして、そんな会も終盤となりました――――――


「T部長!最後に一言!......の前に......uzmetさん!なんか一言お願いっす!( ̄^ ̄)ゞ」


という司会者からの類稀なるイヤがらせ。。


「おぉ!?おーーーううぅぅ。。(◎_◎;)」


「ヨロシクっす!( ̄^ ̄)ゞ カモーン」



――――――それで、その後、
敬愛するT部長さんと仲間達に僕はだいたいこんな話をしました。
サブタイトルにある通り、ココにも記しておこうと思います。



「、、これね、Tさんと、
Tさんに象徴されるチームみんなに対するイメージの話しとして
聞いて欲しいことなんだけどね......
うんとね......
.......Tさんてさ、、、真っ黒!やんか。見た目。

でね。でもね。
俺が最初にTさんと会った時の印象ってね、
個人的にはマッタク違っていて、俺にはTさんて真っ白で、純粋で、ピュアっていうか、、
そんな感じに見えていたのね。
で、それはその時から今に至るまでズーーーーっと変わらなくて。
今でも真っ白で純白で。

でもそれって本来多くの人もそうだろうし、
幼い頃や若い時なんかそういう人はとても多いように思えるし。

それで、大人になって、社会に出て、働きだしたりなんかもして、
好きな人も、あまり合わないなーーと思うような人も、
一緒になって仕事したりなんかもして。
色んなコトが毎日毎日起こって、
辛いことも嬉しいこともナンダカンダと大変で。

気がつくと自分のどこかが汚れていたり、白じゃなくなっていたり。
だいたい白や純粋なモノってワザワザ汚しに来たり、
穢しに来たりする様な連中なんかも沢山いて。
相手にそんなつもりなど無いんだけど、そういうことになっていたりすることもあるし。
そんな世界で白や純粋さを保つことって本当に難しく思うんだよね。俺。

でね、俺のとても個人的な話をするとね、
10代で欲しかったもの、価値があったもの、憧れていたものって20代では違っていて。
20代でそんな風うに思っていたものは30代ではまた違っていて。
30代と40代ではまた違っていて。
コレから先も変るのかなぁ、、とは思うけど。
40代になって俺が一番欲しかったり大切に思えるものって、
実は「人としての強さ」なんだよね。

でね、「強さ」ってさ、
どうも腕っ節が強いとか、ケンカが強いとか、
自分の弱さを見せれることが強いとか、
優しさこそが強さだとか、
いろんなこと言われたりするけど、
俺は今はこんな風に思ってるんだよね。

白さや純粋さを失わないまま働くことも社会的な生活も出来ているのか?って。
お金もちゃんと稼いで生活も出来ているのか?って。

“ 強さ” って今はそんなふうに思ってるんだよね。

子供の頃の純粋さや想いを保ったままいっぱしの大人生活が出来ているか、どうか。
そんな「白」さを失わないまま頑張れてるか?って。
ソレが出来ている人ってさ、
俺にとってはとても “強い人” に思えるんだよね。
この世知辛い世界でその純粋さと白さを保ってることがとても強いことに思えるんだよ。

だからね、
俺はTさんはとても強い人に思えているのね。

とても強い。

その強さってさ、コレから先も、移動した先の職場なんかでも、
きっとソコにいる人達や職場の空気なんかに必ず素晴らしい影響を与えていくと思うんだよね。
コレ迄もそうだった様に、
コレからもきっとそうなると思うんだ。
Tさんはそんな強さを持ってると思うんだ。
そんな強さを持っているTさんは大好きだし、俺はとても尊敬出来る人だと思ってます。


俺はTさんを尊敬してます。


これからもその強さで多くの人に素晴らしい力を与えていって下さい。
色々とお疲れさまでした!」




この夜、僕がTさんに 贈ったプレゼント。
マニア向け!貴重なるミッフィー60周年記念ステッカーも付けたのだ!



勿論!
ミッフィーわ大切な仲間にしかあげない珠玉のプレゼントなのだ!
何と言われようとそーなのだ!(*'へ'*)ナノダヨ!
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ダニエルキイスに花束を

2014-06-23 22:18:00 | 感謝
「アルジャーノンに花束を=Flowers for Algernon」という
最早知らない人はいない!?というくらい世界中の人々に読み継がれている
アメリカの小説があって、
その作品の作者である「ダニエル・キイス=Daniel Keyes」さんがつい先日
フロリダの自宅で亡くなったそうです。
ワールドカップやらなんやらのザワメク様々なニュースに混じって
とてもヒッソリと伝えられていました。
享年86歳だったそうです。



TVドラマや映画、舞台にもされて来たこの小説は、
32才になってもまだ幼児の知能しかないパン屋さんで働く
「チャーリィ・ゴードン」の物語で、
とあることから最新の医療を施される様になったチャーリィは
その後奇跡の知能回復を遂げ、天才的な「IQ」を獲得していき......そして......


......もしかしたらまだこの作品に触れていない人もいるかもしれないので、
これ以上のストーリーは書きませんが、
IQが低かった時のチャーリィの言葉使いと高くなった時のニュアンスの違い等、
翻訳者の方も訳するのがカナリ難しかったのではないのかなぁ......
などと思えるような所も多々あって、
そんな部分も含めてとてもよく出来ている作品で心底感服してしまいます。

もし僕が「小説家」「作家」なんて職業を選んでいて粛々と
物書きなどをしていたとしたら、
この作品こそが最も嫉妬を感じてしまうものだとも思います。
いや......もう「ジェラシー!!・°°・(>_<)・°°・。」なんてレベルのものではなく、
「こんなスゲーもの書けるわけないやろ。。」
「どうやったら書けるんだ!?これ!?」
なんていう完全な諦めも入った尊敬や敬愛といった領域でもって輝く作品でしょうか。

コノ小説を読んだ時に、一読者として、一人の人間として問い掛けられたことは
今でも鮮烈な「光の玉」のようなものとして僕の中に残っていて、
その「光の玉」は心の奥の方にある引出しの中にそっと仕舞われてもいて。
時折、必要な時にその引き出しをそっと開け、
仕舞われているその玉を眺めて見たりもします。

この小説には多角的で様々なメッセージや意味が含まれていると思いますが、
僕の引き出しに仕舞われたそんな「光の玉」から投げかけられて来ることは
いつもだいたいこんなことです......



「慣れるなよ」



「それを当たり前と思うなよ」



「足るコトを知れ」



そして......



「思いやりだ」
「思い遣りこそが善なのだ」



最初感謝できていたようなコトも繰り返し受け続けていると、
いつの間にか当たり前のこととなって、
感謝も忘れ、
自分の生活や仕事も誰かに何かをしてもらっていて成り立っている
というようなコトも忘れる。

特別なコトは当たり前のコトとすり替えられて、
そこには「もっと、もっと、、」という欲がうごめいていて、
僕は目が見えなくなって、
足りていることも忘れ、
そして......
何かを、力を貸してくれている人々やモノへの思いやりを忘れ.......



アルジャーノンの光の玉は時折こんなコトも僕に問いかけてきます。



「純粋さも時に罪となるのだ」



「だから気をつけなさい」



「だからどんな時も思い遣りだけは忘れないようにしなさい。
その純粋さが罪とならぬように。気をつけなさい。」



腹が立ってどうしようもないようなコトも、
その理由を深く深く探って行けば、
きっとその奥底には感謝の欠如があるのでしょう。

だから腹が立つ。

誰かに何かをしてもらっているコトが、
何かに何かを恵んでもらっているコトが当たり前になりすぎて、真実も消えて。
特別なコトに慣れてしまい、不足が生まれ、
その不足に腹が立つ。



立派!だ、凄い!だ、ヤバイ!だ、なんだ。。
愛だ、恋だ、友情だ、仕事だ、遊びだ。。と言う前に、先ずそこに有るもの。



ダニエル・キイスさんから頂いた光の玉は、
取り出して眺めるたびにそんなコトを問い掛けて来てくれます。



ダニエルさん。
本当にありがとうございます。
僕はあなたの作品からとても大切なものを頂きました。
この玉はこれからも大切に持っていようと思います。

頑張ります。

どうぞ、
安らかにお眠りください。
とても感謝しています。

ダニエル・キイスさんにも美しき花束を。
沢山。
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何処へいこうか?

2013-06-30 00:37:01 | 感謝
ひと仕事終わって、
最近やたらと綺麗になっている東京駅近くの、
丸の内のオフィス街を通る広ぉーーーい石畳の道さんを、
気持ちよーーーく歩いていたら......
なにやら向こう側から、スノッブな丸の内らしく無い!?
ヨレタ雰囲気の茶系のジャケットとグレーのパンツを着込んだ
おじさんが近づいてきます。。
そのおじさんは気持ちよさそ~に口笛で
「変なおじさん♪」を吹きながら......
僕の横を通り過ぎて行きました。。



「こ、この、心と体のザワメキは何だ!?( ̄◇ ̄;)」



「ま、ま、、丸の内も色々ですな。。」



今日は近所の街で
「ちりーーんちりーーん♪」
と、向こう側から高校生ぐらいの4、5人の男女チャリ集団がやってきて、
すれ違う時に



「なーーーっ!? 今日はどこいくー!?」



......っと、楽しげに話す声が聞こえてきました。



「今日はどこにいこうか?」



確かに、昔、
仲の良い仲間達と自転車で集まったりすると必ず言っていた言葉です。
そんな記憶があパァァァぁーー.......と、
彼らの言葉を聞いた瞬間、頭の中に浮かんできました。



「今日は何処へ行こうか?」



なんだか、凄くいい言葉だったんだな......と。

うん。

なんだか、改めて......ですが。

そこそこの大人になって、
こんな感じでこの言葉を使うことって実はあまり無いかもしれない。
そんな感じでしょうか。



それからなんとなく、
もう一つ思い出したのが友人の「K様」が以前さりげなく言っていた一言。



K様とは大学時代からの友人で、その大学時代、
彼と幾人かの友達が集まってスキーに「ド」はまりしていたような時期があって、
それが高じて「サル・チーム」なんて名前のスキーを無邪気に愛する連中が集まった
チームを組んでいたことがありました。

その頃はもう......
冬になると時間さえあれば雪山にこもっていたようなのめり込み方。明け暮れ方。
アルバイトで稼いだお金も全て「冬」につぎ込んでいた様な気がします。

そんな連中も社会人になって、仕事が忙しくなって、それぞれ家庭も持って。。
そうやって生きれることはとても幸運で幸せな事でありますが、
皆で集まれる様な事もナカナカ無くなって。
ちょっとした食事やゴルフなんかでもソウソウ集れるようなことはないのに、
ましてや泊まりで行く様な「スキー」なんて、
当たり前ですが、気がつくと全く行けなくなっていました。



そんな中、数年前。
ひょんなことからK様の音頭で、懐かしのサルチーム......仲のいい数人で......
久々に雪山に行く事となりました。

昔から段取りのプロ!でもあるK様はドンドンと細かい事を決めていって、
気がつくと久々に、数年ぶりに......
皆で真っ白な雪山の上に立っていました。
社会人になって初めて!
スキーを愛する「サル・チーム」のメンバーとゲレンデに立つ事が出来ていました。

それは本当に久しぶりで、楽しくて楽しくてたまらない時間でした。
もしかしたら学生の頃より楽しかったかもしれません。

その時K様が言っていた言葉、
きっと彼は忘れていると思いますが、僕は、ちゃんと覚えているのです。



「あのさ、社会人になってさ、みんな忙しくなって。。
なかなか集まれなかったけど、、やっぱいいよな。こういうの。
ソレゾレがさ、ソレゾレ少しづつ無理をしあって。。
それでこう出来る。
そういう無理って大事だよね」



Kさんよぉ。。その通りだよぉ。。うん。



「それぞれが少しづつ無理をし合って、一つの事をする」



遊びだけどね、今回は。。
でも、ホント、そう思うわ。
いいこと言うね(^^)Kさんよ。



このブログ。。たまに見てるのかな?K様。



一応ね、俺、覚えてんだな。ずっと。
君のこの言葉。

あれ以来、とても好きな言葉なのだよ。実は。
「ソレゾレが少しづつ無理をしあう」
さんきゅう。

たまにね、
「俺、今ちゃんと無理してっかな?」
なんて自問する事もケッコウあってね。

さんきゅう。

また、君とも、
たまには「無理」でもし合いましょうかね!?(^_^)ィェィ♪



「今日は何処へ行こうか!?」



タマにそんな、
年齢にそぐわないバカな事を言う「変なおじさん」になるのもいいものかもしれない。
うん。



スキーは大好き......いや、僕にとってはとても「大切」なスポーツ。
勿論、スノーボードも。
日本のスキー場であれば小さい所迄ホボ全て、探検してます (^^)b
この写真は......白馬かな。。

遥か昔に、
小学校の授業で転ぶ練習!?を数日やっただけの「かすかな記憶」しか無くて、
大学生の時にやむを得ず!お付き合いで!
初めてマトモなスキーに同行する「ハメ」となったのですが......
その時一緒に行った連中で、いや、
ゲレンデを滑っていた全ての連中の中でも抜群に上手かったのがK様と
もう一人の友、HAYAぽん。
雪国で生まれ育ったコヤツ等はもぅ......半端無く上手い。。

ボーゲンすら出来ない超!初心者の僕を、
まるで子犬をもて遊ぶかの様に楽しげに山の頂上まで無理やり上げ放ち、
その時、真っ白な雪山の山頂でコヤツ等はこう言いました。。


「先ずは山頂で山にちゃんと挨拶しなきゃダメなんだよ。
スキーは死ぬスポーツだからさ。。。」


その後、下に降りるまで......死ぬ思いしたわ。ほんまに。。(T.T)
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パリスのペン

2013-05-28 00:02:51 | 感謝
先日までアメリカ「ラス・ベガス=Las Vegas」にチロリと
行かせてもらっていたのですが、
写真のペンはそのベガスのストリップ沿いにある「パリス=Paris」という
大きなカジノ・ホテルのスタッフペンさん。

滞在中はずっとレンタカーを借りていて、
そのレンタカー屋さんのオフィスが入っていたホテルがパリス。
この写真の真ん中に佇んでいる「プチ」エッフェル塔と
バルーン・オブジェのあるホテルさん。



オフィスは夕方には締まってしまうのですが、
べガスでは殆どのレンタカー屋さんが営業時間外での車の返却を郵便受けの様な
「返却専用ボックス」で24時間!受け付けてくれていて、
ソコにキーと一緒に返却書類を入れればOK!!なシステム。

流石に眠らない街。とても便利です(^^)

今回泊まっていたホテルは「モンテ・カルロ=Monte Carlo」というホテルで、
パリスから少し歩いた所に在ったのですが、
翌朝早くの便で帰国予定だったくせに、
「シルク・ド・ソレイユ=Cirque du Soleil」の新しいショウを見て、
その後も深夜までノコノコと街やらカジノやらを徘徊してしまい......
車を返却しようと思ったのは深夜二時過ぎ。。べガスでは

「本番はコレからだぜぇーーぃ!ダ━━━━(`∀´)ノ━━━━━━!!!」

ってな時間ですが、すっかり眠たくなった僕は「ブイイイーーン!!」と、
パリスの返却ボックスに車さんと一緒に向かいました。
パリスの駐車場内にあるレンタカー屋さんのパーキングロットに車を停めて、

「ありがとよぉーーぉぉ、、君ともお別れだぁよ、、(´;ω;`)グスン...」

と、お世話になった愛しいお車さんに挨拶をして、
ヒト気の無いホテル裏にある返却ボックスにキーと書類を入れようとしたソノ時に......
その規定の返却用紙に走行距離や返却日時、GAS量......等を書き込むのを
すっかり忘れていたことに気付きました。

「車を返すだけだからなぁ、、」

と、お金以外は何も持って来ていなかった僕はちょっとしたお困りモード。。
べガスのストリップ沿いのホテルというのはドコも皆「巨大」で、
しかも返却ボックスのあるホテルの駐車場というのは殆どが建物の裏の方にあって、
そこからカウンターに行くだけでもとても歩かされます。
大抵が長い廊下を通り、ショップ、レストランエリアを通らされ、
だだっ広いカジノを抜けてやっと辿り着く構造。
通りすがりでもカジノでシッカリお金を使ってもらおうかねぇ......
というような造り(´。` )

それでもしょうがないのでホテルのフロント方面に向かいつつ、
途中の通路沿いで24h営業のホテルの「小さな」コンビニ店が目に留まったので、
そこでペンが売ってないかどうか立ち寄って探してみました。。。が、ありません。。
歩くのがウザくなっていた僕は念のため

「ペンなんておいてないですよねぇ、、!?」

と、アジア系の人柄の良さそうな若い女性店員さんに聞いてみました。


「無いです。。」

「そーですかぁ。。。分かりまちた。。」


と僕が残念そうに答えた時、彼女はおもむろに僕に背を向けて、
レジ下に備え付けてあるお店の引き出しを開けだし、
ゴソゴソ...とその中を探リ出しました。
そして、一本のボールペンを見つけて、取り出し、
僕にハニカンダ様な笑顔と一緒に差し出してくれました。


「(@゜o゜)にょにょにょ!?  いいんですか?」

「差し上げます......」


僕はとても助かったし、とても嬉しかったので、素直にソレを受け取り、
そしてなんとか「感謝の気持ち」を表したくて
失礼の無い様な感じ......所作でもって少しばかりのチップを渡そうとしたのですが......
彼女はそのハニカンダ様な、申し訳無さそうな笑顔でナカナカ受け取ってくれません。
暫く

「ドゾドゾ、、イエイエ、、」

というような押し引きを繰り返した後、もう一度

「とにかく僕の気持ちで、感謝の印というだけなんだけど......」

と話すと、最後はなんだかとても嬉しそうな笑顔をして受け取ってくれました。
見ていた僕もなんだかとても嬉しくなるようなとても素敵な笑顔でした。



返却を済ました僕は、帰りにまたそのお店に寄って、
彼女はその時もまた可愛らしい笑顔と澄んだ瞳で迎えてくれて、
それで僕はミネラル・ウォーターを一本買って、

「君とお店の写真を撮りたいんだけど、、よいかなぁ、、?」

と聞いたのですが、彼女は、彼女特有の少しハニカンダ、何処か?少しスマナソウな笑顔で

「YES」

と答えてくれました。



旅を宝物にしてくれるのは、
いつだってこんな素晴らしい人々に触れた記憶だったりします。

綺麗な風景やおいしい食事、お目当ての遊びや体験ごとも、
そこに素敵な人との触れ合いが加わったりすると、
そんな出来事達がさらに素晴らしい「宝」にまで磨き上げられるような感じがします。

異国の地では特に、
異文化の中にいるという不安や心配などが心身に「潜在的」にある為か、
何かの助けを受けたような出来事というのは
自分の国で過ごす日常ではあまり気にならない様な「ちょっとしたこと」でも、
とても有り難く、嬉しい気持ちになったりすることがあります。

そんなワケで、
冒頭の写真......一見「何の変哲も無い」ホテルのボールペンさんは、
僕にとってはこの旅で何物にも勝る最高のお土産......いや......
「宝物」となっているモノです(゜ー゜)


きっと、ずーーと、大切に持っていると思います。



返却したレンタカーさんと一緒に走ったプチ・トリップもとても楽しかったです。
その旅を楽しくしてくれたのはこの二人の女性スタッフ。H嬢とF嬢。
ため息が出るほど美しいセドナの自然の中で遊んでおります(^^)
後ろに見えるのは「カセドラル・ロック」。。「大聖堂」と言われる岩山。

二人とも車の旅を「宝物」にしてくれたとても素敵な女性達です。
普段は仕事もバリバリとこなすスーパーな二人。

特にビッグアーティストを抱えるF嬢はこの時もトテモ忙しく、
LA(Los Angels=ロサンジェルス)から僕らと合流したのですが、
移動の車中でもずーーっと、、端末でセカセカと仕事してました。。偉しっ!(><)/

二人にも心からの感謝をココに記しておきます(^_^)アリガトー☆

彼女達と走ったセドナグランド・キャニオンのお話はまた今度、あらためて。。
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涙をこぼす理由

2013-05-01 00:01:36 | 感謝
「メッセージ欄が見つからなかったのでこちらに......」

と、先日とある漫画家さんからFacebookの方にメッセージを頂きました。
このブログは偶然見つけてくれたのだと思いますが、
いつもこのウダウダぷーな記事を見ていてくれるようで、
そのことだけでもなんだかとても有難く、嬉しいメッセージでした。
特にこの記事......「ソーダ水の物語」が好きだと。。おっしゃって下さいました。

なんだかとてもありがたいっす(><)!合掌。。

これまでも珈琲好きの方やミュージシャン、大学教授、
知る人ぞ知る凄い霊能者!?(@.@)の方や、
小説を書きながらも学びきれなかった学校に改て通い直して学んでいる......
というような方々からも嬉しいメッセージを頂いたこともありましたが、
そんなメッセージをくれる方々が創っている作品やお勧めしてくれる本、
漫画、映画、音楽......などはいつも直ぐにチェックしてみたくなります。

先日のその漫画家さんは既に自分の作品を単行本で出版していらっしゃったので、
コレまでと同様にその本も直ぐに買って読ませて頂きました。

内容は、YOGA=ヨガにまつわる自らの体験を中心に描かれたような作品で、
多分、大筋では、ヨガの素晴らしさを伝える目的があると思われる感じ......
でした......が......
僕は、ナンダカ、トコロドコロ......
読んでいて涙がコボレてしまいました。



「ヨガの話しなのに何で涙なんかでるの? んん?(・・*)!?!」

「そんな意図で書かれている漫画じゃないハズだけど......」

「いや、、そんな部分もあるのかなぁ......」



......その本を読み終えた後、
僕はそんな「涙をコボシてしまっていた自分」を少し不思議に思い、
それが「何故なのか?」をしばらく考えていました。。



それで、今日のこの記事となるのです、が......



多分、僕は気「だけ?」は強い方の人間だと思っています。自分では。。
「悲しい」とか「痛い」「ショックぅぅーー!」とかでは絶対に泣かないようなタイプ。
ソレは長年に渡る自分自身との付き合いの中でかなり確信的に感じ、思っていることです。

大好きな祖母が旅立った時もトテモ悲しかったのに......
何故か僕はまったく泣けませんでした。
ひどい奴......と思われるのも承知で書き記しておきますが、事実はそうでした。
その時、そんな自分に多少の驚きもありましたし、
「俺という人間は酷いヤツなのかもしれないな、、」
という自責的な気持ちもありました。

そして、多分、
これからやって来る未来の中でも、
僕が大切に思う人々が、
僕より早くこの世界を去って行くようなことが「もし」起ったとしても、
もしかしたら僕の様な酷い人間は泣かないのかもしれない。。。。のか。。。



僕は......最低な人間なのかもしれません。。



それなのに、先日読ませてもらったその漫画ではなぜか?
僕は涙がコボレてしまいました。



「僕が涙をこぼしてしまう」時の原因、理由に関して、
これまでで僕自身の中でハッキリしている事が「一つだけ」あって、
それは「悔しい」という思いや感情がとても大きく強まってしまったような時、ということ。

「悔しい」という気持ちがどうしようもなく強くなってしまった時に、
我慢出来なくなった涙が時折溢れ出てしまうような事がたまにあります。
そんな時は仕事、プライベート、大勢の人の前、独りの時......
結構状況はお構い無しの感じだったりもして......(((*´ε` *)ハズカシィ・・・
ただ、少なくともコノ理由があることだけは自分でもちゃんと分かってはいました。

でも、
今回読ませてもらった漫画で溢(こぼ)してしまった涙にこの理由は当てはまりません。。

「悔しい!」なんて、読む人に思わせちゃおうか!?なんて内容では無いし、
「悲しい」とか「辛い!」とか、「胸が苦しい」とか「感動した!」とか、
そんなハリウッド大作的テーマをドン!と据えたお話というわけでも無いのだろうな......
ということもわかります。。
映画でいえば僕の大好きな「ロードムービー」の様なイメージ。。物語。

それでも、フト、読んでいて所々涙がコボレてしまうのです。

不思議。。。

そして以前から「悔しい!」と思う事以外に
「こんな感じの涙がある」ということも自分自身、気付いてはいました。
だからその時の涙は今回が初めて......というわけでもありません。



だから考えました。。



うーーーーーーーむむむ。。。



で、
新たに気付けたことがありました。
自分自身に関しての新しい発見。
それは、どうも僕は......
純粋さ」というものになにやらとても弱いようなのです。はい。。o( ̄ー ̄;)ゞ ウーム

「pure=ピュア」というものでしょうか。。そんな感じのもの。。
そんなものに僕はとても弱いようなのです。。

その「純粋さ」というものに僕の中にある「何か?」がとても強く揺さぶられるようなのです。。

白が極まったような、透明とでもいえるような、
綺麗な、美しくも儚い、とでもいえるような......
そんな「純粋さ」というようなモノに僕は滅法弱く、
そんな感じの「真っ直ぐさ」に触れてしまった時、
そんなものを強く感じ取ってしまった時に......
どーーも、僕は涙もろくなるようなのです。。

恋愛や友情、夢や希望や優しさや、人間性を鋭く描き出す様な映画、音楽、映像、物語......
そんな内容の話しは沢山ありますが、
ソレ『だけ』ではやっぱり僕は泣けるようなことは全然無くて、
でもそこに「紛れもない純粋さ」や「偽りのない純粋さ」みたいなモノが含まれていたり、
隠れていたりなんかすると......
どーも......
ソコに涙腺が緩むようなのです。。ハイー......^_^;

今迄触れて来た思わず涙をコボシてしまった様々なジャンルの多くの作品達やエンターテイメント。
その涙の原因や謎も、とてもスッキリと解けたような気がしました。
「ワンピース」でも時折泣けてしまうことがありましたが、その謎も解けた気がしまふ。。



よわむち。。



先日読ませていただいたその漫画には、
流れているストーリーの所々にそんな「純粋さ」が入り込んでいて、
それはきっと主人公......作者の持っている「純粋さ」でもあり、
作者の「生きる」ということに対する「純粋さ」と「真剣さ」「真っ直ぐさ」でもあって、
そんなものが所々、話しの端々から伝わってくるので......
それで......
ヨガのストーリーとは関係ないような部分なんかで涙がホロリ......
と溢れてしまっていたようでした。。

よわむち。。( ̄ω ̄;)

先日手にしたその作品から僕はそんなことを教えられました。

それは、
僕が涙をこぼす理由。

僕は、
純粋さと悔しさでもって涙を溢してしまうようです。

それは、多分、
僕はとても汚れていて、とても弱いからだと思います。

その漫画家の方には僕はとても感謝をしています。
ありがとうございます。

また一つ、学ぶ事が出来ました。

また一人、大切な人が増えました。(^.^)



インド帰りのヨガ・インストラクターの知人Rさんも絶賛していたヨガの本2冊。
パタンジャリが編纂したと言われる「インテグラルヨーガ/ヨーガ・スートラ」
「スートラ」とは「教典」の意味だそうです。

もう一冊は、ヨガを知った時にナントナク僕が「一番」興味の湧いた人の本で、
気がついたらカートに入れていた本。
ヨガ・マスターのケン・ハラクマさんが著した「ヨガから始まる」

ヨガはとにかくやってみるのが一番でしょうけど、
時にその奥深い哲学に触れるのもとても面白く、大切なことなんだなぁ......
と僕に感じさせてくれた2冊です。
どちらもトテモ印象的な内容で、その多くの言葉達も鮮明に覚えています。

最初、
「マズは頭とケツを押さえるのが近道でっしゃろ d( ̄  ̄)ブイブイ」 
なんて調子こいて、基本とされるポーズの「太陽礼拝」と、
「王様」とか「女王様」とか言われる逆立ち系ポーズの両方を「ナメタ感じ」でやってみたら......
見事!!首の筋を痛めちまいまちた......(T_T)ぶぇぇ
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ちゃぽーーん

2012-12-26 00:05:36 | 感謝
ぷひー......
東京原宿、表参道の「クリスマス人混み」はちとエグいっす......(^_^;)

そんなクリスマスの夜。
もし退屈している人などいましたら以前記したこんな映画を、
お家でポチッと観るなんてのもオツなものかもしれません。はいー(^^)

そんなクリスマスの夜。
昨日は現在構想中の新企画に関して
「あーでもねーこーでもねー。。」
ってな話しを友人のMさんとメールなどでやり取りしていました。



「えーーっとですね......Mさん。Sかもしれないけど、Mさん。
この件ですね、少し互いに並行して進めていくってのが一番良いのではねーべか。多分......」



と僕はMさんに問いかけます。



「そーですねぇ。。僕もそう思いますよ」



とMさん。



「ですよね!ヽ( ̄▽ ̄) じゃぁ、そーーんな感じでぇぇ!」



......ってな感じの業務的やり取りをひとしきりした後に、話は四方山方向に移りました。。



「......いやぁ......実わ......ですね、、」



と僕。



「僕ですね、しょーじきに言いますけど......
コレ言うときっと “ひく” と思うんですけどね、間違いなく、きっと......ええ......
Mさん、ひかないで下さいね。ええ。。

実は、昔から、、、いつだって僕の望みは、、
人として間違ってるかもしれませんけど、、
勿論、今迄も自分に幾度も幾度も問いかけて来てもいるのですけど、、
でもですね、いつだってその答えは、
自分の心の底にある本音、というか “望み” みたいなものはですね、、

“全て欲しい”

ってことなのです......

れ!?(・_・;)

ひいた!? やっぱ?

少しかっこ良く表現すればですね、
『THE YELLOW MONKEY』の大好きなアルバム『FOUR SEASONS』の一曲目にある
同じタイトルの曲みたいな感じなんですけど。。知ってます!?
個人的には『JAM』と共に彼らの名曲の一つと思ってる曲なんですけど。

吉井和哉。。
昔メディア担当などしていた時にはとても可愛がってもらっていたのですけど。
好きなんですよ。この人。この人の歌、歌詞。本当に。大好き!

誤解なきように!、という事では、
Mさんの言う “バランス” と同義で話していることでもあるんですが......
ここわひとつ!ひかずに!そんな理解で。手打ちを!(><)ぽん!」



「全部欲しい」



あーぁ、言っちゃいましたよ。昨夜。。
ちょっと自己嫌悪、ですが。。( ̄- ̄;)ンー
でも小さい頃から、一人実家を出てから、社会人になってから、
正直、そんな気持ちで頑張って来たって事も僕的な真実ではあります。
それは自分自身を問いつめるに決して否定出来ない言葉でもあります。



「ひいたよなぁーーやっぱ。。こんなこと言っちゃ。。。」



この言葉を投げてしまった後、そんな気持ちのまま少しMさんの返事を待っていました。
......すると、Mさんからメールでこんな返事が返って来ました。。



「 “全て欲しい” ......じゃないですよ、UZMETさん。
自分の場合は全ては既に手に入った!......と、いつも確信しております。
なので、あとは使い方に智恵を使っております(笑)
たくさん夢をみて、たくさん楽しみましょう、お互いに生きている間に。
それではよいクリスマスをお過ごし下さいね~♪」



ふぇ!?......( ̄。 ̄;)



ふうぅぅーーーーーーーーーーん。。。



「自分の場合は全ては既に手に入ったと、いつも確信しております。。」



ふうぅぅーーーーーーーーーーん。。。( ̄~ ̄;)



や、やるやんな。。若いのにな。。



お過ごしくださいね~♪......やって。。
かるーーーくシメちゃったりして。。



い、言うやんな。。
Mさんいつも「さりげなくドギツイ」コト言うやんな。。



で、でも、そうか、も、な......
MさんやっぱSやんな。



......えーーーと、
お風呂入って、
ち、ちょっと自分をみつめなおそーーっと......



......ちゃぽーーん。。



写真はつい最近近所にオープンしたムーミンカフェのメニュー。
近所では「ちゃぽーーん。。。」と徐々に波紋が広がっています。。
ミイちゃんのラテをたのんだったわ!(* ̄ー ̄*)ふふん!!
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誇らしい得点

2012-12-08 01:26:47 | 感謝
プロサッカー選手の中山雅史さん、
通称「ゴン中山」さんが先日引退を発表しました。


2014年にブラジルで開かれる次回のサッカーワールドカップ。
サッカー界最大のイベントですが今回の参加国数は203ヶ国だそうです。

オリンピック北京大会の参加国が204ヶ国でしたから、
それが「たった一つの種目」でこの規模というのは
サッカーというスポーツがこの星で如何に特別なスポーツであるのか......
ということが伺い知れると思います。

世界各国のメディアでの露出規模、総視聴率など既にオリンピックを凌ぐ規模
になっているのは周知の事実ですし、
予選から本戦含めた大会期間中に動く広告費などの経済効果に関しても
事実上世界一の金額になる「地球一」の!?
スポーツ大会となっているのではないでしょうか。

この化け物的な大会の本大会に出場出来るチーム、国はわずか32。
開催国に与えられる出場権を含めて考えると先に記した参加国数、
出場枠数それぞれ1つづつ減ることになり、
本大会出場枠の獲得確率は......31/202。
単純に計算しても6~7倍近い倍率でしょうか。
本大会に出るという事だけでもどれくらい難しい事なのか......
感じられるかと思います。


現在ほどの規模ではないですが第一回大会が開かれたのが1930年のウルグアイ大会。
それから4年毎に開催されつつ世界大戦中に幾度か中止されてもいますが
我らが日本がやっと、初めて!
出場出来たのが1998年のフランス大会。
本大会に出場出来るまでなんと68年も!!半世紀以上も!......かかった事になります。

サッカーファンからするとそれだけ憧れの大会でもあり、
初めて出場した時はただそれだけでファンの誰もが涙したのでは、と思います。


その偉大なるワールドカップ本大会で記念すべき日本人初得点!!
を記録したのが中山雅史選手。

その初得点シーンは決して美しく、鮮やか......という形ではなかったのですが、
倒れ込むようにして太ももでガムシャラにボールをゴールに押し込んだ後、
実は右腓骨を骨折してしまっていて、
それでも彼はそのまま試合終了までプレーを続けてました。
骨折が分かったのは試合後の事でした。



中山さんのプレーの根幹にあるのは、
先日の引退発表時に自分でも何度も何度も言っていましたが
「下手だからもっとサッカーがうまくなりたい」ということと
「サッカーを心底愛している」という2つの事。
それは思うに「サッカー少年そのままの純粋な姿」なんだと思います。



日本サッカーのプロ化、現在のJリーグ組織が出来たのは1993年。
中山さんも二十歳を超えていた頃。
ですから中山さんの世代でサッカーをやるという事は
日本では未だプロというものが無かった時代。
会社内クラブ、実業団の時代。
今の様な形でお金が稼げる、夢が持てる......
といったシステムなどまったく無かった時代。

ボクも中山さんとまったく同じ世代でサッカーをやっていた人間なのですが、
この世代で「普通に」サッカーをやっていた人間は僕の様なダメダメプー人間でも
「このスポーツ続ける意味なんてあるのか、、??」
なんてことをある時期に考えてしまっていたし、
だから逆にこの世代でサッカーを「プロになるまで続けていた」人というのは
掛け値無く、
言葉の額面通り、
心底、純粋にサッカーを愛していた人達なのだと思えてしまうのです。
サッカーを好きで好きでたまらなかった人達だと思えてしまうのです。

この世代とそれ以前の全ての日本人プロプレーヤーは
プロのある海外に活躍の場を求めて行った選手も含めて......
奥寺さんやカズさんもそうですが......
僕にとっては日本サッカーの開拓者であって「サッカー偉人」の様に思えています。
そのサッカーに寄せる愛の深さ、純粋さというのは
Jリーグ発足以降の選手達と比べて少し「次元」が違う様に思えます。
本当に尊敬してしまいます。

それ以外の部分、今の世代のテクニックやフィジカル、
全体レベルの高さはこの頃とは「次元」が違いますが。



「キング」カズさん......インタビューで泣いてました。。寂しいって。。
そんな映像を見ていたらボクも泣けてきたりして。。(T.T)ぶぇ



自分でも言ってましたが中山選手は確かに、プロの中では......
下手かもしれません。。
ソレはサッカーを「少し」カジッタ人なら誰でも分かると思います。
でも、
それ以上の素晴らしいものを沢山持っていた人だということも
誰しもが分かっています。

僕にとってトテモ大事に思えている事は、
偉大なるワールドカップ本大会において歴史に残る日本人初得点は
「そんな人によってもたらされたんだ!」という事実。
よくよく調べてみたら、他の国も実はそんなタイプの人が決めていた!?
なんてこともあるかもしれませんが......
決して華麗なプレーが出来る上手い選手が刻んだ歴史ではなかったという事実が
僕にはとてもとても大事な事実の様に思えてなりません。
神様のメッセージの様に思えてなりません。



中山さんでよかったな。。と。

中山さんだったからなんだ。。と。

とても誇らしい日本人初得点だったな。。と、そう思っています。

これからもずーーとそう思っていくと思います。



中山さん
本当にお疲れさまでした。
ありがとうございました。
あなたは日本サッカーファンの誇りです。
これから先も、ずっと。




今も本棚に残る懐かしのフランス大会公式パンフレット。
これはイタリアの紹介ページ。
左下に貼付いてるメモ書きは仲のいい人達と「準優勝国はどこ?」という
毎度お決まりの賭け!?をしていた名残。
あくまで「準」です。優勝国になると面白みが無いので。
この大会ではドイツとイタリアが一番人気でした。
初出場の日本は......



一人賭けていたヤツが!! オオーw(*゜o゜*)w  全て時効!!よろひく!
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火消しのG野

2012-09-22 00:56:47 | 感謝
大阪、阪急梅田駅のほど近く。
少し古びた雑居ビルの高層階......恐らく5、6階でしょうか......
そこにあるアーリーアメリカン調にデザインされた少し広めのバー。
20代の若い人達を中心に人気があって、
カウンターもテーブルも今日も多くの人で賑わっています。
ガヤガヤ......ワイワイ......ガヤガヤ......


そこに、不意にカウンター奥のキッチン方面から大きな火の手が上がります!


ボワワワーーっ!!! メラメラーー!


「きゃーー! か、火事ぃーーーっ!!」
「に、逃げろーーー!! 火事だーーーーーっ!!」
「わんんんきゅあの#$%%$$%&*+!!?!!」


誰が発したかわからないその声をキッカケにお店はちょっとしたパニック状態。
火の手はますます強まり、
煙もモクモク......と、
ドンドン!と広がり店内を覆い尽くそうと迫ってきます。


「エレベーター!」
「非常口!!」「階段はこっちだー!!」


怒声が飛び交い、沢山の人たちが店内からビルの外へと逃げ、惑います。
そんな中、店内で飲んでいた一人の男性客からこんな声が発せられ、
フロアーに響き渡りました。。


「おおーーっ!! ここは任せろーーっ!!
火消しのG野の出番やーーーーっ!!
おりゃーーっ! みんな出口はこっちやー!
身を屈めて出ていけーー! 早く!
ココは任せろーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


......それがG野さん。


この時は
「駆け付けた消防士さんにもG野さんが指示を出していた姿を見た、、」
という人もいました。。
おそらくコレも間違いない話でしょう。
この時から数か月。ついたあだ名が「火消しのG野」


G野さんの体はとても大きく、常にレスラーのように鍛えられています。
昔は大阪ミナミの繁華街で上下真っ白のスーツを着込んで、
アブナイディスコの「セキュリティ」もしていたようなツワモノ。


阪神大震災の時、被災地西宮にあったG野さんの自宅は半壊。
G野さんは身内の安全を確認すると、その後、
近所の家々の瓦礫を掻き分け掻き分け、どかしてどかして......
多くの人を助けていました。
水もパンも大阪から毎日のように運んで近所の人達に分け与えていました。


少し落ち着いた頃、
同様に被災してそれぞれ苦労していた僕達が集まって、
色々な話をしていた時に、G野さんは僕に一言こう言いました。



「あんな、UZMET。男は体鍛えとかなあかんで。いざという時役に立たん」



G野さんはいわゆる「イベンター」という業種で、興業屋さん。
コワーイ修羅場の数々もタフにくぐり抜けて来た男。
歴史ある大きな会社に勤めていて、
今はACPC(全国コンサートプロモーターズ協会)の理事も務める偉い方。

新入社員で、社会人一年目。突然大阪赴任を言い渡されて、
仕事も土地も、まさに右も左もわからなかった僕に、働く会社は全く違えど、
僕の担当するアーティストやライブ、イベントなどを通して
色々なことを会社の壁を越え、取り払った中で教えてくれた大先輩。
いつも怒鳴られ、蹴飛ばされながらも、
もう二十年のお付き合いをさせてもらっている恩人です。
互いに業界も変わらず、二人とも東京で働くようになった今でも、
その関係は変わらずに続いています。



今日、そのG野さんに食事に誘われました。
なかなか互いのスケジュールが合わなくて、
本当に久しぶりにお会いしたのですが、
相変わらずのとても厳しい教え!?
こんな所ではとても書けないような話!?などで盛り上がりました。
そして......



「UZMETさ、ちょっと最近お前に勧めたいことがあんねん。マジで。」

「? なんすか? それ!?」

「あのな、、俺も50超えたやろ。子供も二人、もう大学も行かせて自立させたし。。」

「。。。」

「でな、新しく始めたことあんねん。今すっげーはまっててな。。
それとにかくオモロイねん。それ。。それ勧めたいんやけど......
おまえも一緒にやらへんか?」

「???なんですか? それ?」

「ボクシング」

「うぇぇぇぇーーーっ!? ご、50超えてやることっすかーーっ!?」

「アホ言われるから誰にも言わずズーッとだまってたんや! あほ!」

「うぇぇぇぇーーー!? アホやーーー!! アホすぎるーー!」



まぁ。これ以上の話は長くなるのでココでは記しませんが、
とにかく「ボクシングや!!」と。そうのたまわっておりました。。
50にして右のコブシをいくつか潰していて、
何やら左肩の靭帯も痛めていました。。アホや(><)

実はボクシングは昔少しかじっていて、こんなことがあって......
などと、僕は話しつつ、
そのありがたいお誘いは「一旦保留」させてもらいましたが、
たぶん、G野さんの真意はそんなところにはまったく無くて......
言いたかったことはきっとこういうことです。



「おまえ最近元気か!? 大丈夫か?
お前はいつも何かを真剣にやってなあかん人間や。
つーか、人はみんなそうや。
生きている限りそうや。
どんなけ年取ろうが何かやれるうちは何かやらなあかん。
そこ大丈夫か? わかってるか? ん?
ちゃんと頑張ってやっていることあるやろな? ん?
大丈夫か?」



わかってますよ。G野さん。
僕はあなたに仕事のイロハを教わったのですから。
わかってます。



G野さんは明日も伊豆、下田で某大物アーティストのライブイベントがあるらしく、
準備のためそのまま出張荷物を持って下田に出かけていきました。
きっと忙しい中時間を作って食事に誘ってくれたのだと思います。

別れ際、それぞれ反対方面に向かう地下鉄のホームで握手を交わし、
僕はこう言いました。

「色々頑張ってますから、、大丈夫っす!今日はありがとうございました!」

大きな男、G野さんはニコッと笑って、
片手を上げながら反対ホームに消えていきました。



G野さんと見る仕事の風景は大体いつもこんな感じ。。
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ESTEBAN

2012-09-20 00:01:13 | 感謝
ふと気付くと、このブログを記し始めてちょうど二ヶ月が経ちました。
色々と思うことがあって書き始めたものですが、
なんとなく続いているのが嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、少しの驚きもあります。
記している事が良いことなのか、悪いことなのか......たまにそんな事も思ったり。。

今日はなんとなく、記して来たことを見直したい気分になって、
過去記事をボヤッと眺めたりしていたのですが、やはり少しダメダメぷーなところもあって、
自己満足の限りで微修正しました。
みな言葉尻程度ですが。。

ただ、この前記した「散逸構造論」は物理の話しという小難しさもあって、
書きながらかなり「手探り」だった所も多く、
以前にも修正した記事が一つだけありましたが、
コイツは話数を4回に分ける手入れをしました。
写真も「2話」の回にちょこっと足して、、コレ、、ですが、
結果、見ていてやっと少し心地良くなった様に思います。。自己満足♪(´ε` )

見てくれた大切な人に、
少しでも見やすく、分かりやすくなっていてくれればいいな、、と思ってます。
やはり、どこまでいっても、何するにせよ「コレデイイ」なんてことはないようで......



そんな、見直しみたいな、ちょっとリラックスした作業をしている時に、
僕のお部屋ではコイツの、トテモ良い香りが......漂っています。
今迄、幾度となく大切な人達にプレゼントもしてきた「大のお気に入り」ってヤツです。
「ESTEBAN=エステバン」のお香。



お香なのにフランス製なのですが、
普通のお香とかなり違うのが、まずその香りの広がり方。
よく売られているお香などよりは格段に強くて広いです。
そして、そのお部屋いっぱいに広がる香りも上品な香水メーカーが手がけているので、
お香と言いながらも全くお香らしくなく、
それは「綺麗」という表現の方が似合う香水のようで、何だかとても癒されます。
言ってみればお香と香水のハイブリッド。
東洋と西洋の感性のハイブリッド。
本当に落ち着きます。

気に入って、色々な香りを試したのですが、
今はMORNIG ROSE、NOTE MARINE、LAVENDER FLOWER、PIVOINE IMPERIALE...
といったところに落ちついてます。

いつもはお部屋でリラックスしたい時や、寝る前に一本焚いてたりするのですが、
二ヶ月間の記事をツラツラと見直す際にも
いつもの如くとても心地良くサポートしてくれました( ^ ^ )感謝!

何だか、とてーーも魅力的なオネェさんがお家にやって来て、
その残り香をぷわわわ~ん……と、
残して帰っていってくれるようなイメージです。。


れ!?


ソレって落ちつかねぇな。。。
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理不尽の海

2012-09-07 00:01:23 | 感謝
「本当に、、どうしてこんなに理不尽なんでしょう。。」

最近、こんな相談、愚痴を色んなスタッフからかなり沢山聞いています。
気持ちは......僕なりに、本当に良くわかります。。はい。。
僕も人並に同じような気持ち、思いは、味わって来たつもりではあります。

あくまで、そんな個人的な小さな小さな歩みの中での話でしかありませんが、
「理不尽さ」については僕はだいたいこんなふうに考えていて、
時折人に答えたり、話すことがあります。



例えば、野山や公園の草むらで一歩足を踏み出します。
その自分の足の下ではいったい何匹の小さな虫達が踏まれ、
理不尽にも命を落としてるのでしょうか。

例えばハンバーガーを食べます。
それはとても美味しくて、少し幸福な一時が流れます。
ただ、そこには何の理不尽さも無いのでしょうか。

昔......今もそんな家も沢山あると思いますが......
鶏を飼っていた様な家ではよく見受けられであろうトリを「シメル」という行為。
それをどのくらいの人が「実際に」やった、見たことがあるのでしょうか。
命が命の為に命を奪う瞬間。

ハンバーガーは最初からハンバーガーではありません。
見方を変えれば、それは「命そのもの」と言えるのかもしれません。

「命という視点」に立った時、
そういった自分以外の命、生命、
地球、宇宙、良心、良神......神に対して起こしている自らの理不尽さを
人は自分の生活や精神が安定、安心している時は忘れてしまいがちです。
自分が途方もない理不尽さに当たらない限り、
理不尽にも失われた命達が自らの命を育んでくれているというような
「極基本的な事実」すらも忘れてしまいがちです。



ここで考えます。
もし宇宙の真理、神の摂理......「力」の一つが「バランスを取る事」だとしたら、
理不尽さそのものに活かされている僕らが
時に理不尽な問題に巻き込まれてしまうという事も避けれないことなのかもしれません。



命は、命によってもたらされます。
故に、命は命によって育まれるのかもしれません。



いま食しているものは命ではないと言えるのでしょうか。
植物は、野菜は、果物は命ではないと言えるのでしょうか。
育むために削られる、与えられる命は、決して理不尽なことではないんだと、
果たして、そんなふうに言い切れるのでしょうか。



もう一度。
命という視点に立った時、
理不尽なことが起こるその理由は、多分......生きているから。



理不尽なことを無くすにはきっと無生物......
空気や水だけで生きていけるような人にならなければ出来ないことなのかもしれません。
それは仙人のように山奥に駆け込んで
悟りを開く様な生活をするしかないのかもしれません。
それでも、どんな山奥でも一歩踏み出した足下には生き物は沢山いるはずです。
野菜ぐらいは食べるかもしれません。。野菜は生き物では無いのでしょうか?



どうも......無理っぽいです。。



もし僕達が神のように潔白に生きていければ、生きることが出来れば、
理不尽な事も起きないような気もします。。が、
それはこの地球に「命」を持って生きている限り無理な話なのかもしれません。
必ず、生きている限り「何かに対し」理不尽なことを
「知らないうちに」しているような気がします。

だから、理不尽さを避けるという事は「生きている限り」無理なのかもしれません。

理不尽さこそが生きるということ。
理不尽さこそが「命を与え、与えられ、持って、持たれて」生きているという証。



そう。。。だから、
古より賢人達は常にこう教えるしか無かったのだと思います。



「全てに感謝」



失われた命にも感謝。
理不尽な事にも感謝。
理不尽の海の中で溺れそうになって頑張っている自分自身にも感謝。

自分も理不尽によって生かされているのだから、
その理不尽のお返しも等しく受け入れなければいけない。
それは宿命。それ「が」宿命。
命とは時に理不尽さと同じ意味を持つのかもしれません。

恐ろしい理不尽さに対峙したとき、
自分に出来る事はその理不尽さを受け入れて、
それでも自分の芯、心は失わず、いつか、どれだけの時間がかかっても良いから、
その理不尽さを消化し、昇華し、生き抜くエネルギーに変えて行くこと。

「バランスをとる宇宙の摂理」は
そんな頑張りもきっと何時の日か反映させてくれると思います。
その出来事には時間差があるから僕らは「関連付けて」気付けないだけで、
きっと僕達は今までもそうやって生きて来た、来れたのかもしれません。
「理不尽に良い事」、それは「幸運」と呼ばれるものかもしれませんが、
そんなことにもきっと原因があるはずです。



いただきます



こんな言葉がある国に生まれ、暮らせていることに時々僕は幸運を感じ、
誇らしく思えることがあります。



いっただっきま~~~す!ヾ(●´▽`●)ノ

最近よく行く東京、下北沢の絶品お好み焼き屋さん「なんばん亭」
四角く包んで焼かれるお好み焼きは斬新で、なにやらガレット的。
関西風でもあり広島風でもあり.....まさにハイブリッド東京!って感じ。
とにかく美味いのだ!(><)ぶひーっ!
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蝶々の飛ぶ一日

2012-08-15 02:08:43 | 感謝
社会人一年目。22才ぐらいの時。
おばあちゃんが実家の近所にあるとても古くなっていた先祖代々のお墓を
自分のお金で建て替えてました。

僕の父......自分の息子......に迷惑をかけない様に、と、
「生前から準備をするんだ。。」
などと言いながら新しくしていました。
おじいちゃんは戦争で亡くなっていたので、我が家では
そんなお婆ちゃんが中心になってずっと大切に先祖代々のお墓を護って来ていました。

僕はその時、
「俺は長男だしさ、仕事含めてコレからこの家に戻るかどうかは分からないけど、、
何があっても、何をしていて、どこに住んでいても、
このお墓だけはちゃんと守るよ。それだけは安心してくれよ。。」
と、お婆ちゃんと両親や弟にも約束しました。



そのおばあちゃんは今はもういません。



僕は18才から実家を出て暮らしていたのですが、
それから遊びやら仕事やら!?で忙しく......なんていう言い訳のもとに、
正月すら帰らない、帰れない様な年が十年単位で続いていました。

そんな中でも「お盆」の期間だけはどこか一日だけでも
「絶対に帰る!」
と決めていたのにはそんな理由があります。
実際、皆と約束をして以来それはずっと続けてきていて、
今年もなんとか果たすことが出来ました。

それは自分の中にそういう約束と責任感みたいなものもあるからなのでしょうか。
両親の心配もあるのでお彼岸なども出来れば帰れれば良いな......とは思うのですが、
なかなか毎回とはいかず、
なのでお盆だけはたとえ半日だけでも、何としても帰る様にしてます。



そんな家族が大切に護って来たお墓にお参りをすると、
いつも遠い世界に旅立った大切な人、縁のあった多くの人達のことを思い出します。
それは家族以外のお世話になった人達のことも、全て......

全ては過ぎ去った遠い時間のことですが、
そこに現れる人達や風景、匂い、音、言葉......は、
いつもどんなことでも何故か大らかな気持ちで受け止められるような感じがします。

やっぱり人並みに思い出したく無いような嫌なこともありますが、
そんな出来事にはきっと起こるべき必然性や何かしらの意味があったのだろうと、
何か学ぶべきことがソコにあることなのだろうと、
なるべく逃げない様に、強くある様に......いつもそんな風に考える努力をしています。



過去を否定することは未来の否定にもなるのかもしれません。



なぜならば、未来はいつも過去の上に存在しているのですから。
だから、どんなことでも、頑張って見つめてみるようにしています。
未来の為にも、自分や家族の為にも、
命をつないで来てくれた縁ある方々にも精一杯の感謝と誠意を込めて、
これからも家族との約束を果たしていきたいと思っています。



今年も両親の背中がまるまって、少し小さくなったような気がしました。



お墓参りの墓前ではいつも色々と考えてしまいます。
バケツに水をたっぷり入れて、ぞうきんをしぼって、
隅から隅まで綺麗に洗い、拭いて、お花を立てて、線香をおいて。。
全て終えるとちょっと清々しい気持ちになります。
なのでうちのお墓は自慢出来るくらいいつもピカピカです。



未来はいつも過去の上に存在しています。



掃除をしていると、よく、
不思議ですがいつも蝶々が飛んできます。
今年も見かけました。



いつも掃除を手伝ってくれる実家のワンコ♀。内気な娘です(^_^)
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グラタンと枝豆

2012-08-06 00:15:02 | 感謝
サッカー五輪代表の永井のケガがトテーも心配な本日。。
何気なくfacebookを眺めていたら先輩が美味しそ~うに茹で上がった
大量の枝豆写真をアップしているのを見つけました。
ヤバい。。大好物(〃▽〃)
本当に美味しそう。。じゅる。。。コメント入れよう。。


「分けて下さい、、」


枝豆を見るといつも思い出すのはおばあちゃんのこと。
もうかなり前にこの世界を旅立っていますが、
生前は埼玉の実家の裏にある趣味の野菜作りをする為にだけ持っていた小さな畑で、
毎年毎年沢山の美味しい枝豆を作ってくれて、子供だった僕に食べさせてくれました。
枝豆が実るのはだいたい夏で、
昔の人だからでしょうか、おばあちゃんの茹でる枝豆は塩味がとても強く、濃い味。
いつも麦茶などの飲み物と一緒にトメドモ無く、気がすむまで食べていました。

その経験があるからなのか、今でも居酒屋などで枝豆が出されると、
お通しだろうが、オーダー品だろうが、目にした瞬間『無意識』に手が延び、
そこからは鬼神のごとく!?(@_@)
怒濤の勢いで、まるでソレが無料サービス品であるかのように......
バクバクと平らげていってしまいます。

あー恥ずかしい。。
あー申し訳ない。。

フッと我に帰り、人知れず照れている......てな事もしょっちゅうあります。
他にも枝豆好きの人がテーブルにいたひには、
かなーーり恐縮でキマズイ雰囲気を生むこともあるくらい、
ほっとくとバクバク食べてしまいます。。
やめられない、止まらない。。あかん(ToT)


おばあちゃんの趣味の畑では、僕はよくその枝豆の収穫を手伝わされたり、
他にもキュウリやトマト、
ホウレン草やトウモロコシなどまで育てるのを手伝わされたりもしてました。
草むしりや土を耕すといった作業もよくやらされました。
そんな畑仕事はいつもお遊び程度で、
お小遣い稼ぎ!という以上、以下ではなかったのですが、
今思うと、畑で作物を作るという貴重な体験、知識を僕は得ていた様に思います。
まぁ、のんびりとした田舎ならではのことでしょうが。。


おばあちゃんはおじいちゃんを戦争でなくし、
戦後の動乱期を文字通り「女手一つ」で僕の父を含めた5人の子供達を育てあげました。
「昔ながらの肝っ玉かあさん」
と近所の皆さんはそうウチのおばあちゃんを表現していましたが、
孫の僕から見てもまさにその通り。

多くの苦労が完璧に身に染みついていたからなのか、
老後になってのんびりと出来るような環境になってからも
贅沢といえるようなことをしているのを僕は一切見たことはありませんでした。
口癖は


「白いご飯があれば、それが何よりの贅沢。幸せだよ。。」


そんなおばあちゃんが唯一の贅沢、御馳走として、
たまに家族で出掛けた時でもいつも決まって食べていたのが「グラタン」でした。
それは今でもハッキリ覚えています。
グラタンを食べてるときのおばあちゃんは何時もとても嬉しそうで、
子供の頃から何度か聞かされた初めてグラタンを食べた時の話も覚えています。



———————なんでも、デパートの屋上にあったレストランで、
一緒に入った友人から「美味しいよ」という勧めを受けて
疑心暗鬼で注文したらしいのですが、初めて口に入れた時に

「世の中にこんな美味しいものがあったのか......」

と、涙が出るほど心底感動したそうです——————————



僕は今もグラタンを食べる時......それはよくよく考えると滅多にありませんが......
そんなおばあちゃんのことを必ず思い出します。
そして、枝豆を食べる時は、おばあちゃんの畑の枝豆と比べて旨いか不味いか......
などと無意識に考えていたりします。

今日、先輩の枝豆写真を見ていたら無性に食べたくなって思わず買ってきてしまった枝豆。
おいなりさんも安かったので衝動買い。。
その枝豆を頬張りながらビールを開けて、
オリンピックをちょこっとチェック......

......そんなおばあちゃんと過ごした暑い夏の日を今日は少しだけ思い出しました。



来週はどこかでグラタンを食べようかな。
おばあちゃんに届くように。。
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現れ、消えて。

2012-07-29 00:16:19 | 感謝
立ち上げから5年間プロデュースしてきた夏フェス、
「TOKAI SUMMIT=東海サミット」が今日、土曜日、
暑い夏の貴重な1日に開催されていました。
6年目の今年は僕の手を離れて運営されています。


もう何ヶ月も、今日の昼まで、名古屋に行こうか行くまいかずっと考えていて、
行かないと決めた後は1日なにもせず家の側を流れる多摩川の土手に坐っていました。


上を見上げると青い空と、そこに程よい量の白い雲が浮かんでいて、
しばらくそれをずっと一人眺めていました。。



——————みんなは元気だろうか。



空を眺めていると、
このブログで一番最初に書いたブログタイトルにもなっている出来事や風景が
鮮やかに目前に浮かんできました。
そして、その時の時間も空気も、匂いみたいな感覚も、
だんだんとリアルに感じられてきて、
少しの間それが『今』という時間と重なって、同化して......
消えていきました。



その後は様々なことが現れ、消えて、現れ、消えて、また現れて......



——————みんなは元気だろうか。。



マクドナルドのハンバーガーが食べたくなって、家に戻り、
近所だというのにわざわざ青色のオープンカーを引っ張り出して、
屋根は閉めたまま右手に多摩川を見ながら土手沿いの道を一人で走り出しました。

走る車のラジオからはフジロックフェスの中継が流れていました。
そうか、今日はフジロックなのか。。
ちょっと景色がボヤケてきて、僕は、
消えて、無くなりたくなります。

マックを出て、今度は涼しくて広いカフェに入りアイスカフェラテを頼みました。
冷たいカフェラテはとても美味しく感じられて、じーーっと、
茶色い珈琲を透かしながら、
沢山の涼しそうな水滴をつけている細長い透明なグラスを眺めていました。



......何かの思いが込み上げて来ます。



......ふと、大好きなカリール・ジブランの詩が頭に浮かんできました。



暑い、本当に暑い夏の一日。
なにもしてないけど、僕はちゃんと闘っています。
毎日、ちゃんと、祈っています。



――― 子どもについて ―――  カリール・ジブラン

あなた達の子は、あなた達の子ではない。
大いなる生命が自分自身に憧れる、その憧れの息子であり、娘たちだ。

あなた達を通して生まれてくるが、あなた達から生まれるのではない。
あなた達と共にいるが、あなた達のものではない。

子供に愛を与えることは出来ても、考えまで与えることは出来ない。
なぜなら、かれらは自分自身の考えをもっているのだから。

子供の体を家におくことは出来ても、魂までおいておくことは出来ない。
子供の魂は明日の家に住んでいて、あなた達は夢の中でさえ、
その家には入れない。

子供の様になりたいと願うのはいい。
しかし、子供を自分のようにしてはいけない。
命は後戻りも、昨日にとどまることも、しない。

あなた達は弓だ。
子供はその弓から、生きた矢として放たれる。
射手は、無限に続く道の先に狙いを定め、矢を速く、遠くへ飛ばそうと、
大いなる力であなた達をたわめる。
大いなる射手の手の中でたわめられている、そのことを喜びとしよう。
飛んで行く矢が愛されているのと同じ様に、手元に残る弓もまた、
愛されているのだから。
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