雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

鍔とアイヌ 5

2017-09-23 00:06:54 | 不思議...パワスポ寺社
さて、安土城。

天下人、織田信長の日本統一への拠点でもあったこの城は、
信長臣下で「羽柴」性を名乗っていた頃の秀吉さんが住んでいた城でもあります。
お城ですから......
個人的には書いた様に八幡城同様、決死の覚悟で行くワケなんスけども......
城に着くと、目前には血だらけの、様々な見えない人達が......たーーっくさん......で......
これ迄なら立ち入らず、
「また来るねー。。( ̄▽ ̄;)/」
とスルーする所を、僕はまたまた秀吉さんの「鍔」をギュッ!と握りしめ、
山頂の天守閣跡へと向かいました。
そしてこの城で、僕はまた新たな「モノ」と出会うこととなったのです——————




石垣がスゲーのです。ええ。ええ。
全国に名を轟かせる近江の石工、穴太衆(あのうしゅう)。彼らあっての信長さんで。



秀吉さんの住居跡もあります。



頂上。天守閣跡。





琵琶湖を見晴らす景色。



この木が......っと。



心ばかりのお酒をお持ちしました。
信長さんと、秀吉さんと、それと......
利休さんをはじめ、この地に縁のある、この地に棲まいます、全ての皆さんへ......っと。



でわわっ!降ります!(`_´)ゞビシッ!



現在も残るお寺さん......摠見寺(そうけんじ=総見寺)と言うそうです。



どこと無く、強者どもが夢の跡......僕は秀吉さんの鍔をギュッと、握りしめます......

ああああああああああっ!

テッペンにカラスでとーじょぉぉーーーっ!?

信長さぁぁーーーーん!(`・∀・´)/お疲れ様でしたぁぁーーっ!



と手を振りながら降りた安土城。お城ですから、
前回記事で記した様に僕さん的には決死の覚悟で来たわけなんスけども......
ココでも例によってちゃんと!?「オチ」が待っていまして。
目的は全て済ますことが出来て、城を降り、敷地を出ようかという時、
出口の所に有る小さなおみやげ屋さんで直立不動となってしまった......

こんなモノが!!!Σ(゚д゚lll)

売っていたのです......



織田信長の刀の鍔......


ま、また......


つば......


わ、わちき......


ちょっと、タチクラミ......クラクラ......


「あ、あ、あのぉぉぉぉ......こ、これって......売ってます?よね?」


「2100円ですぅぅ( ̄▽ ̄)お高めですけど良いものですよぉぉ。買ってけドロボー♪」


「か、買いますドロボー......」


気が付けば、刀の鍔(つば)が2つ。


僕さんのお手元に......( ̄▽ ̄;)


それも、アノ、秀吉さんと信長さんの鍔......


勿論ですが、ここから、もう少し、物語は続いていくわけです。


アイヌの神様から頂いた鍔は、
秀吉さんのモノから信長さんのモノに綺麗に!?バトンタッチ。


早速、真新しい信長さんの鍔は、僕に、


「この鍔を持ってもう一度アイヌの地、北海道へ行け!」


と。


「おめーさんわ!彼の地に未だやり残しがあるのだ!」


と。


「今度は厳しいトコだ。が、俺様がこの鍔で守ってやるからトニカク行ってこいやぁぁ!」


と。


「その後わ、俺様の氏神 “〇神社” にも顔ダシィヤァァ!用があるのじゃ!」


と。


この「鍔とアイヌ」の物語は、


アイヌ、秀吉、信長を貫く繋がりが未だ謎なまま、
この後も中々の長編となっていくのでございます。


しかも、まだ結構先になるであろうグランドファイナルは、意外なことに......


前回記事の途中でも少し触れた、アノ!!!


富士山!


だったりも......


するわけなのです.......


次回は、信長さんの鍔に「厳しい所」と言われた北海道の地から話を始めます。
その地は、「鍔」だけでなく、アノ、
直木賞作家の「佐藤愛子」さんも「えらい目にあった」と、
自らの著書「私の遺言」に書き記してもいる知る人ぞ知る場所......


浦河町。

ソノ道では神と言われるほどの昭和の大神人「相曾誠治=あいそせいじ=相曽誠治」さん
でも何かと手こずったという、いわく付きの場所。
再び!因縁渦巻くアイヌの地。
「雲完ブログ」業務提携!?ポンチキ預言者の「プリリンねーさん」に至っては、
そんな所と知っていながらも、


「◯◯の神が、襟裳の手前の浦河と言ってた(^ν^)」
「佐藤愛子さんの別荘近くの浦河神社と言ってる(^ν^)」


......なんて。とてーもポップ♪におっしゃってこられます......


......そんな北海道、浦河町。


前回記した理由もあって、その地名を聞くだけでビビってしまう僕さんは、
今度は信長さんの鍔をギュッと握りしめ、おパンツを無意味にキュッ!と引き上げつつ、
物語は「6」へと続いて行くのです(*´ー`*) オハズカチィ......



壮麗なる在りし日の安土城、天守閣。
城主、織田信長さんの刀の鍔というのは、上に載せた写真の通り、
「永楽通宝(えいらくつうほう)」という当時の通貨がそのまま
あしらってあるというモノ。
通称「まけずの鍔=負けずの鍔」と言われているそうです。
最初見たときは、

「ホントにこんなだったの!?」

と、疑ってしまったほど奇抜なデザイン。そんなデザインの由来は、
信長さんの天下統一への道を決定づけた「桶狭間の戦い」にある様で、
2万5000人とも言われた今川義元軍に対し、
信長軍は2500人あまりの兵で大勝したという奇跡の戦いの裏にあった物語でした。
その辺りの詳細が「鍔」に同封されていた解説書に書かれていましたので、以下に、
読みやすく若干の文言整理をして記しておきます(^^)


=======================================
戦国時代の歴史は信長の出現によって塗り更えられた。

東海の雄、今川義元をこの世から消し、
青年武将、織田信長をして京都へ上らせる好機を掴ましめた「桶狭間の戦い」
その出陣に先立ち信長は、日頃信仰する熱田神宮に詣で、戦勝の祈願を込めた。

時に神宮から流れ来る鈴の音と異様な響き。

信長は
「神様がお受けくださった」
とさらに声を張り上げ、
「神様。願わくば、我が軍必勝を目に物見せ給え」
と永楽通宝の一握りをパッと空高く投げ上ぐ。
「結果いかに?」
と目を見張れば、通宝全部表を向けて地上にあり、
「神感応あり。我が軍勝てり」
と呼ばはる。
三千の将兵、皆、天祐神助を信じ、勇気百倍。遂に今川を滅ぼし、大戦果を仰ぐ。

これより信長は、
己が愛刀の鉄鍔の表裏に永楽通宝を銀象嵌(ぎんぞうがん)にて現したり。
信長の向かう所敵なく、連戦連勝天下の名城、安土城を築き、覇業の基をつくる。
よって、世の人伝え「まけずの鍔」と云う。

この名鍔は重要文化財の指定を受け、滋賀県安土の総見寺に蔵す。
=======================================
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鍔とアイヌ 4

2017-09-19 00:05:42 | 不思議...パワスポ寺社
なぜ?

アイヌから秀吉、信長......へと続くのか?

そんなことも少しだけ、僕は神々から学ばせてもらうことができたのです。




アイヌの神様からお守りとして頂いた豊臣秀吉の鍔(つば)のレプリカには、
みゆきちゃんと僕の中にあるイメージの通りに、革紐を通して、
首からも下げれるようにしました。

僕はこの鍔をバッグの中に大切に忍ばせながら、堺にある利休さんの生家や京都の大徳寺、
さらには秀吉さんの秀吉廟と回ったのでした。それは「喫茶去 2」に記した通りです。
この道中では、確かに、アイヌの伝承通り、
鍔から強力な魔除けの守護を頂いていたように思います。

そして、そんな秀吉さんの鍔から次に伝わってきたビジョンというのが、滋賀県、
近江八幡市にある「日牟禮八幡宮=ひむれはちまんぐう」

しかし、おそらく、僕が本当に行くべきところは、
この神社の神体山でもある「八幡山」の方で、その山にある八幡城の方。
別名「近江八幡城=おうみはちまんじょう」

山頂にあった城の天守閣は、現在「瑞龍寺(ずいりゅうじ)」というお寺になっていて、
ここを菩提寺として眠られている人物が......秀吉の姉「日秀尼=にっしゅうに」さんと、
彼女の息子であり、
子供のいなかった秀吉さんに養子として迎えられた豊臣秀次(とよとみひでつぐ)。
秀吉に次ぐ二代目「関白」をも務めた「秀吉の後継者となるハズであった」大名武将。

秀次さんは、現在の近江八幡市の発展の基礎を作り、
民衆にも慕われた優れた武人だったようなのですが、
秀吉に思わぬ実子が出来た時から様々な世継ぎ問題に巻き込まれ、
最後は養父である秀吉から切腹を命じられる......という、非業の死に追い込まれた人物。
その理不尽さはやはり、利休さんの死とも似た形であり、
秀吉からしても、利休さんとともに死して尚、大きな後悔と詫び、
辛身の気持ちが残っていた人だったのかもしれません。

時代とは、なんと残酷で、
人とは、なんと強欲で、
権力とは、なんと悲しいものなのでしょうか。



「鍔」に導かれた、日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)。
「虚偽の心にて顔を水に写すと池に没す」!?という鏡池。



ココで自らの姿を映し出した後、横に見える本殿裏の御岩にも挨拶をして、
境内前から出ているロープウェイで八幡山の頂上へと向かいました。



山頂にある「瑞龍寺」別名「村雲御所=むらくもごしょ」





ここには、有料の見学ゾーンに豊臣秀次さんの実物大の銅像が置かれています。
上記もした歴史を考えると、とても怖いことでもあったのですが、
僕は秀吉さんの鍔を握りしめて、その像の元へと行きました。
今回に関しては、利休さんの出来事を無事乗り越えられた後だったということと、
アイヌの神々から守護していただいている感覚も常に強くあったので頑張れた感じで。
きっと秀次さんに関しても、利休さんと同様、
秀吉さんとの和解へのキッカケを作らないといけないのだろう、と。
それがこの地に来た意味なのだろうと。
そんな気持ちで、思い切って銅像の前まで行ってみました。

僕は秀吉さんの鍔を固く握りしめたまま、

決死の思いで英次さんの像の前に立ちました。

すると......

僕の中には、様々な複雑な思いとともに懺悔の念が湧き上がり、それで......

ワケも分からず、自然と涙が溢れ出てきました。

すまなかった。すまなかった。すまなかった........

すまない、すまない、すまない......

涙が止まりません。

僕は像と正面から向き合ったまま、しばらくその場を動けませんでした。

......なんとなく、ですが、

秀吉さんと秀次さんが話しをしているような......

そんな感覚が溢れる自分の涙の中に強くあり、

僕は僅かにも動くことが出来ませんでした。

僕はその二人の姿を少し遠くから、

まるでテレビを見ているかの様な感覚で静かに見ている......

そんな感じなのです......



......ある瞬間。



そんな感覚がプツッと......



途切れます。



胸の奥に暖かい火種のようなモノが宿り、体が動けるようになります。



僕はホノ暖かい、その小さな種を胸に宿しながら、次に鍔が
「行って欲しい」
と言っている場所へと向かうことにしました。
それは、この八幡城、瑞龍寺のスグ目前にあるもう一つのお城。
秀吉が仕えた師でもあり、戦国を最初に統一した天下人「織田信長」の居城。

安土城。

秀吉さんも、利休さんも、この信長さんが取り立てて、世に送り出したとも言えます。

秀吉さんと利休さんの共通の師でもあった様なお方。親方様。

アイヌの神様から頂いた秀吉さんの鍔は、どーも、
この地に強烈に行きたがっているのです。



ここで告白すると、そもそも僕はお城が大の苦手でした。
一部ヨーロッパの地域なども。
地図を見ているだけでも真っ赤っかの血みどろ!で、地獄絵も付いちゃうヨ!
ってな感じに見えたりもして......!?
「メッチャ行きたくねーな......この辺......」
なんて。勿論、「古戦場跡」なんていう系もダメ。
寺社にしても、ホテルなどにしても、少し前に記した、腹を決めて
「行く!」
ということにした網走刑務所ナドにしても、過去記事に記した通りで。
何かと因縁深いところは持って生まれた天然パーマ的不可思議体質故に、
10年ほど前までは基本、避けていました。
とにかく、間違って、間違った場所に入ってしまうと、個人的に大変なことになるのです。
人様に言えない、相談も出来ない、
こんなトコでもあまり書けない......様な事態になってしまうわけです。

ただ、数年前。
未だ記録される「富士山の最遠望記録!」が達成された日。
富士山の裾野にあるトアル家で、素敵で不可思議な女性「SZ」さんにお会いした以降、
不思議とその辺りにもポフーン......と、行ける様になりました。
SZさんには、お会いした、と言うより、説教された......
といってもいいかもしれませんが......(*´ω`*)......ぽふーん......

その時のことは「遠望」という、この記事でも記しています。

自覚している体の感覚としては、この日を境に「激変」です。
体質の強化感は勿論なのですが、そんな厄介な場所に彷徨い込んでも、
なんだか強烈な守護!?の様な不可思議な力も働く様になり、
僕は一気に「体感できる範囲」を広げられる様になりました。
SZさんとは、調子コイて一緒に小田原城とかにもいっちゃいましたし。
そんな日の、記録を叩き出した富士山は、
記録と同様、未だ忘れ得ぬ美しい御姿で僕の目に焼き付いています。



......さて、安土城。



天下人、織田信長の日本統一への拠点でもあったこの城は、
信長臣下で「羽柴」性を名乗っていた頃の秀吉さんが住んでいた城でもあります。
お城ですから......
個人的には書いた様に八幡城同様、決死の覚悟で行くワケなんスけども......
城に着くと、目前には血だらけの、様々な見えない人達が......たーーっくさん......で......
これ迄なら立ち入らず、
「また来るねー。。( ̄▽ ̄;)/」
とスルーする所を、僕はまたまた秀吉さんの「鍔」をギュッ!と握りしめ、
山頂の天守閣跡へと向かいました。
そしてこの城で、僕はまた新たな「モノ」と出会うこととなったのです——————



—————深まりゆく秋の中、
物語は「5」へと続いて行きますのですぅぅ。。(*´ー`*)

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鍔とアイヌ 3

2017-09-15 19:34:17 | 不思議...パワスポ寺社
次に僕は、ヤイタイ島の写真を送りました。
そして、最後に刀の鍔の並んだ本のページ写真を送ると......

「わ!そう!このつばです!本当にあった(*´v`*)ありがとうございます!」

「アイヌの宝なんてわからんだろ。普通。ええ。ええ。」

「カムイワッカの神が大切そうにuzmetさんを見て渡していたので、宝だ!
と思いました(*^ω^*)フルーツポンチキですね!」

——————フルーツポンチキ!?......は、さておいて、
新たな展開に入るこの物語は、もう少し続きます......(^^)




北海道、道東の旅から帰って早々、
こんなポンポンチキな会話をしていた僕とみゆきちゃんですが、その後僕は、
空き時間を見つけては街やネットでイメージの中にある刀の
「鍔(つば)」を探していました。
よく有るコトなのですが、
イメージと似たようなものが現実世界にあったりもするのです。
ソレを実際見つけたり、手にしてみたりすると、
イメージ世界との絆的なモノがより深まる様な気もするので、可能なものであれば、
僕は極力探す様にもしています。
特に今回はの「鍔」ですし、ソックリそのままのモノで無いにしても、
きっと似たものはあるだろうと、そう思ってしばらくの間探していました。
探してみると、まぁ、趣味の品から時代劇の小道具用の用品に至るまで、
べらぼうに沢山の種類があるようなのですが、そんな中で、
僕の中にあるイメージと近いものが四つぐらい見つかって来て、
どれも少しづつ形や文様が違うので、そこで、もう一度みゆきちゃんに御登場を願い、
ソノ四つの中からみゆきちゃんのイメージに近いものを選んでもらうことにしました。
二人で意見が合うものならば、きっとそれが正解であろうと。そういう考えです。
自分のポンチキ力は常に疑っている僕さんとしては至極真っ当な方法。
それで、ある日、彼女にその四つの「鍔(つば)」を見てもらうことにしました。


「ハロハロー。どももーー(^^)
この4っつの中でみゆきちゃんの見たイメージに近いのはどれだろうか?そんなのある?」


僕はそんなラインを彼女に写真付きで送りました。
すると速攻で!返事が来て......


「2番目が気になります( ̄^ ̄)ゞ」


「おお!じゃ、それを買おう。アイヌの神様からもらったものだからね〜。ありがとう」


「大切な宝ですね(*´ `*)届くのが楽しみですね!」


こうして買った鍔のレプリカというのが、
前々回記事の冒頭に載せた写真のものとなるのです......が......もう一度......



この鍔が手元に届いた早々に僕はみゆきちゃんに写真を送りました。すると......


「鍔見て泣きそうになりました(TT)」


そして、


「素敵です!アイヌの神様来てます(*´ー`*)」


みゆきちゃんからこのラインが来たのは休日の昼、12時ぐらい。
同時に、この時、何やら空気の感じが神々しく変わったので、
僕は外に出て空を見上げてみました。
すると......現物としての鍔を受け取れたことに対するいつものサイン!?なのか......



アイヌの神様のサインにも思えたこの空の様子を僕は直ぐにスマホで撮影。
その場からみゆきちゃんに送りました。


「わからないんですけど、涙がでそうです( ˘ ˘°。)」


北海道、摩周湖から始まったこんな一連の出来事の最中、やっぱり、
プリリンねーさんの方にも神々からいつになく沢山の言の葉が降りていたようで、
ココにも解りやすいものを幾つかまとめて記しておきます。
物語と合わせて、自由に読み解いて頂けたらと(^_^)



===================================
◯◯◯◯◯神だ。
阿寒湖の龍神は、昔、私の使いだったが、しばらく封じられていたな。
uzmetには、ナセの神(国之常立之神)の使いの虹龍がいるからな。
プリリンねーさんには、阿寒湖の龍神が憑いていることになったよ。
みゆきは、胆嚢に固まりがあったので、私が取ったよ。
阿寒湖の龍神は、白龍だから癒しの力が増すと思うよ。



三鷹のアメノウズメ(天宇受売=天鈿女命)です。
uzmetさんが昨日行っていた阿寒湖のツカですよ。あれは、阿寒湖の龍神です。
ずっと封じられていました。
昨日、ウミの神も来ていたでしょう。
ウミの神は、アイヌの産みの親の神です。白老にいると思いますよ。
uzmetさんが、龍神を起こしてくれたので、見に行ったのです。
知多半島の荒熊の神も起こしてくれたし、阿寒湖の龍神も起こしてくれたし、
本当に、霊能が良い使い方になっていますね。

(中略)

阿寒湖の龍神が話したいと言っています。



阿寒湖の龍神だ。
昨日は、酒をありがとう。私は600年寝ていたと思うよ。
かたじけないことだな。
トカラップの龍神と虹龍が来てくれた。
子供がいるのだな。驚いたよ。
私はしばらく寝ていたが、子供は久しぶりに見たよ。
かつて阿寒湖にいたウミの神が来てくれた。
ウミの神はフクロウになっていることが多いよ。軽石の神でもあるのだよ。
マリモはウミの神の子供だからな。
北海道は、零下になる時があるだろう。
マリモは、種子島に出来たのだよ。阿寒湖に連れてきたのが、ウミの神だよ。

(中略)

かつて、暖かかった時のことだな。



クナシリの神だ。
忘れていただろう。
ウミの神は、フクロウになっていることが多いよ。
変わらないで、話が出来て嬉しいよ。
阿寒湖の龍神が、起きたので白龍神社に帰れたらしいよ。民達も喜んでいるよ。
アイヌの守り神のウミの神と、阿寒湖の龍神はペアだったからな。
摩周湖の龍神も待っていたよ。イルクの神(摩周湖の神)もいるからな。
次は北海道だと言われていただろう。
シネの神が、起きてきたからスミが消えてきたようだな。
しいたらさやわだよ。

(中略)

(クナシリの神の系譜の神は)他にはいないよ。ひとりぼっちなのだよ。
だから、国後島にいるのだよ。神社はないからいいのだよ。
知床の自然が、そのままになるようにしてほしいよ。



ウミの神(アイヌの守り神)だ。
シャクシャインは、戦って騙されてかわいそうだったな。
失意の中で、死んでしまったよ。
人間は本来仲良く生まれているのに、だんだんと欲にかられてしまうのだよ。
従わせることに、快感を覚えてしまうのだな。
知多半島にも、行っていたそうだな。今度は北海道にも来てくれよ。
uzmetは、摩周湖と屈斜路湖と阿寒湖に行っていたな。私はずっと見ていたよ。
本当に目立つのだな。沢山の贈り物があるのだな。変わらないでいてくれよ。
(アマテラス祝詞の)言葉がわかったそうだな。知る人ぞ知ることだからな。
見つかっていないことだよ。

(中略)

私達は呪いを掛けられてしまったからな。

(中略)

白老にいることが多いよ。
二風谷(にぶたに)にいることもあるけどな。
知床(しれとこ)にいたり、稚内(わっかない)にいたりもするよ。



【アイヌ神話......おそらくは、アイヌの守護神である「ウミの神=産みの神」の神話か?】
モヤモヤとした氣が集まって一柱の神(カムイ)が生まれ出た。
一方、炎の立つように高く昇ったという清く明るい空の氣からも一柱の神が生まれ、
その神が五色の雲に乗って地上に降って来た。

この二柱の神達が五色の雲の中の青い雲を海の方に投げ入れ
「水になれ」
と言うと海ができた。

そして黄色の雲を投げて
「地上の島を土でおおいつくせ」
と言い、赤い雲をまかれて
「金銀珠玉の宝物になれ」
白い雲で
「草木、鳥、獣、魚、虫になれ」
と言うと、それぞれのモノができあがった。

その後、天神・地神の二柱の神達は、
「この国を統率する神がいなくては困るが、どうしたものだろう」
と考えていられるところへ、一羽のフクロウが飛んで来た。神達は
「何だろう」
と見ると、その鳥が目をパチパチして見せるので、
「これは面白い」
と二柱の神達が何かしらをされ、沢山の神々を産まれたという。

沢山の神々が生まれた中で、
ペケレチュプ(日の神)、クンネチュプ(月の神)という二柱の光り輝く美しい神々は、
この国(タンシリ)の霧(ウララ)の深く暗い所を照らそうと、
ペケレチュプはマツネシリ(雌阿寒岳)から、
クンネチュプはピンネシリ(雄阿寒岳)から、
クンネニシ(黒雲)に乗って天に昇られたのである。
また、この濁ったものが固まってできたモシリ(島根)の始まりが、
今のシリベシの山(後方羊蹄山)である......

......ちなみに、阿寒湖は「雄阿寒岳」と「雌阿寒岳」に囲まれたカルデラ湖です。
===================================



さて、此処から。
僕は僕なりに、神々からの言葉を読み解きながら、
前回記事でも少し書いた「新しい展開」という部分の話に入って行くのですが......
こんな流れの中で手元に来てくれたこの「鍔」のデザインというのは......実は、
ある歴史上の人物が使っていた刀の鍔の「レプリカ・モデル」だったのです。
勿論、みゆきちゃんはそんなことを知らずに選んだわけですが......
その人物というのが、あの......

豊臣秀吉。

......そうなのです。
この秀吉さんの鍔が手元に届いた後から僕は大阪城から堺の地へと導かれ、
利休さんと秀吉さんとの諸々の出来事の間で動くことになっていったのです。
その話というのが、この時記した

「喫茶去(きっさこ)2」

ということになるのです。

この「鍔とアイヌ」という話は、実は、
「喫茶去(きっさこ)2」のスタートの話なのです。

あの話の裏側には、常に、この刀の鍔が僕の手元にあった......というワケなのです。
この鍔が逆風的なモノモノから守っていてくれたから?
動けたような気がしているのです。
もう少し言えば、その「喫茶去(きっさこ)2」の話にも続きがあって、
ソレは当然、この「鍔とアイヌ」の話の続きと重なってもいくわけで、
「同じ」ということでもあるのです。

カンが鋭く歴史に造詣の深い方であればもう、この話の続きが何処に繋がって行くのか?
は既に察しがついているとは思いますが、勿論、この話の次なる展開とは、
千利休さんと豊臣秀吉さんの双方が慕っていた親方様—————

——————織田信長......

「喫茶去 2」で記した、京都、大徳寺〜秀吉廟の旅から帰った僕は、
その後またしばらくたったある日に、
このアイヌの神様から頂いた秀吉さんの刀の「鍔」を持って、
信長さんの天下統一への本拠地であった滋賀県の安土城へと向かうこととなりました。
その城は信長臣下時代の秀吉さんも住んでいた場所......

なぜ?

アイヌから秀吉、信長......へと続くのか?

そんなことも少しだけ、僕は神々から学ばせてもらうことができたのです。

......「4」へ続きます(^^)
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鍔とアイヌ 2

2017-09-11 00:08:58 | 不思議...パワスポ寺社
その島の名は「ヤイタイ島」。
そこには小さな石の社(やしろ)が一つ、ポツンとあります。
先程の稲荷神社の奥宮である白龍神社さんの元となっている御宮。
言わばこの地の「元宮」。アイヌさん達が長年守り通して来た小さな島の小さな社。
僕はこの日、その島に渡った時に、ワケもわからないまま刀の「鍔=つば」のイメージを
強く見せられることになったのです———————




阿寒湖には島が4っつほどある様で、その中で一番大きく、
観光船の湖めぐりのコースともなっているのがチュウルイ島。
島は天然記念物「まりも」の生息地でもあって、
「マリモ展示観察センター」なるものもあります。
ヤイタイ島に行く前にチロッとパトロール......



観光船はこんな感じで......



船の乗り場にはソソられる「マリモソフト」なるものが♫一休みがてら、ついつい......



と、ココで!いつもの神様のサインが!
「うおおーいぃ!これからヤイタイ島に渡りますねェェーーーっ!なにとぞーっ!」



ヤイタイ島は地元の方々に手厚く守られている聖地でもあり、浅瀬でもあるので、
大きな観光船のコースからは外されています。
なので島に行くには釣り船や漁船などをチャーターすることとなります。
こちらの阿寒湖の漁業組合さんでもある「フィッシングランド阿寒湖」さんにお願いすると
乗せてくれたりします(^^)



乗り心地はお尻バッキバキのスリリングゥーでございまつ。ええ。
しかし、埋まっていた龍神さんまで導いてくれたお礼をチャントせねば!と......
見えてキマチタ......こちらが阿寒湖の聖地、ヤイタイ島。もう......全然、空気が違うっす......



ツキマチタ!(((o(*゚▽゚*)o)))上陸!



白龍神社さん。決して汚すべからず!



鳥居前、祠の正面にある湖の石。お酒はここかな......と......



「今日はありがとうございましたぁぁ!」



御礼の祝詞(のりと)も捧げ、お祈りもして、撤饌もして。帰り道の船の上。
いよいよ登場!?の、長い髭を生やしたアイヌの神様......カムイさん、が......
薄っすらと光る右目とか出ちゃうし......



伝承では、アイヌの神様は黒雲に乗って現れると言われています。
晴れ渡っていたこの日の広い空の中でも、黒い雲はこの時のコレしか無くて......
そして、アイヌでは、フクロウが神であるとも言われていて......黒雲はまさに......そんな形。



「阿寒湖アイヌコタン」のゲート上にある梟(フクロウ)像。



こんなフクロウの姿というのは、長い髭を生やしたアイヌの酋長さんの形にも似ていて......
髭は威厳を表すとともに、
知恵の神でもあるフクロウを模した様な部分もあったのでしょうか......



船の真上に突然出てきてくれた黒雲さんはどちらにも見える様な感じで......と、その時、
僕の中に何か!?まあるいモノのイメージが降りてきて......

「これは......なんだろう、か......メダル?かな......」

黒雲のアイヌの神様から降りてくるイメージはそんな感じで。
この時はまだ、その丸い、オリンピックのメダルの様なモノが何であるのか?は、
僕にはよくわかりませんでした。

やがてボートは元の湖畔の小屋について、僕は船を降り、
東京に帰るためそのまま空港へと向かいました。
帰りのボートでは、途中、
頑強な体をした男性の船頭さんから色々な話を聞かれたのですが、
どうも、僕の帰りを船で待っている時に祝詞が聞こえてしまっていたようで、

「お客さんはどっから来たの? え? わざわざ!? 1人で? そう。ふーん。。
たまに色んな人来るけどね。女性が多いね。
祝詞が聞こえて来たからさ、驚いたよ。お客さんそんな感じに見えないしな。
イヤさ、俺らもね、毎日、朝一番でこの島に渡った時に祝詞をあげるんだよ。
その時に神社の周りの掃除もするんだ。もう何年も昔からだけどね。
俺達のはさ、龍神祝詞っていうんだけどね。ノリトじゃ無くてノット。ね。もっと長いの。
ま、神さんの島だよ。ここは。
今日はいつになく波が高いんだ。風ないのにさ。お尻痛いだろ!?大丈夫?」

「大丈夫っす。僕の祝詞はちょっと違うので、、すいませんでした。ええ。ええ。」

「また来てくれよ。な。」

空港を飛び立った飛行機の窓からは、またもや......鮮烈で奇跡的な神様のシルシが......



北海道の地から離れる時に出たこのサインには、やっぱり......
とても感動してしまいました。

「お疲れ様......」

と。気のせいか!?アイヌの神様から......そんな言葉が聞こえて来るのです。

信じられないけど、信じるしかない。

飛行機の窓の外の美しい光の輪に神様の姿を重ね見ながら、
その日の出来事を僕はそんなふうに思っていました。

そして東京に着き、自宅近くの駅から家へと向かう帰り道。
この物語は新しい章へと展開されていきました。
それは、荷物を抱え、足早に家路を急いでいた僕が通り過ぎようとした
地元の大きな本屋さんの店頭がキッカケでした。
その本屋の店頭で平台に山積みになっていた雑誌がフト、僕の目にとまったのです。
そのタイトルを見て、僕は思わず、その山積みの本の前に立ち止まり、
呆然と、立ちつくしてしまいました......



「今こそ知りたいアイヌ」
タイミングにもほどがあるな......と、僕は少し興奮しながらその本を即買い。
家に着くと、旅の疲れも忘れ、早々にページをめくりました。
すると、その中に、こんな写真と記事が載っていました......







記事を読むと、
アイヌの皆さんは重要な儀式の際には丸い金属の首飾りを下げていた様なのです。
普段は、その祭祀用の首飾りの代用的な意味と、魔除けや心身守護の御守りということで、
の鍔(つば)に紐を通し、首飾りとして大切に身につけていた......とのこと。

「あ、、、これ、、か、な......たぶん。コレだ......湖で見えたものって......」

神様からの贈り物の様にも思えたその本を読み耽りつつ、この後日、
更に驚かされることが起こりました。
それは、友達から届いた一通のラインメールから始まりました。
そのメールはこのブログにも時折登場する、千葉に住む「みゆきちゃん」からのもので、
いつもにも増して、異様なまでに!?ポンチキ力に溢れたメール。
みゆきちゃんに許諾をいただいたので、その時のやり取りをそのまま転記しますと......

「uzmetさん、アイヌの宝?に丸くて平たい様な...
真ん中が開いているようなのってありますか?」

アイヌの旅の話など全くしていなかったみゆきちゃんから来たそのメールに
僕はかなり驚きつつ、
手元にあったアイヌ本のページを撮った写真と一緒に返事をしました。
上の写真は、実はその時のものです。

「あるね。の鍔をアイヌは宝にしていたみたいだ。それが鏡になっていたところもある。
頭痛くならないようにね。強い気持ちで見てね。君の場合。この写真は。」

僕は最初、祭祀用に使われていたアイヌの首飾りが載っているページの写真を送りました。

「あ!これ!お風呂に入る前にすごい眠気に襲われて、
少し寝たらカムイワッカの神がuzmetさんに渡していて、
それを私達に見せてくれたという夢を見たのです。
それで聞きました(^^)頭大丈夫そうです!」

「ここで貰ったのだな」

次に僕は、ヤイタイ島の写真を送りました。
そして、最後に刀の鍔の並んだ本のページ写真を送ると......

「わ!そう!このつばです!本当にあった(*´v`*)ありがとうございます!」

「アイヌの宝なんてわからんだろ。普通。ええ。ええ。」

「カムイワッカの神が大切そうにuzmetさんを見て渡していたので、宝だ!
と思いました(*^ω^*)フルーツポンチキですね!」



——————フルーツポンチキ!?......は、さておいて、
新たな展開に入るこの物語は、もう少し続きます......(^^)
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鍔とアイヌ

2017-09-07 00:08:15 | 不思議...パワスポ寺社
「鍔=つば」と呼ばれるものです。これ。レプリカですけど。



刀の刃と柄(つか)との間についている鉄製の平らなパーツ。
剣闘の際に刃から握り手を守るためにつけられたもの。
なので真ん中にはの刃を通すための刃形の穴が空いていたりします。
こんなものが最近になって我が家の片隅にポツリ......と、置かれているのです。

なぜ?

こんなものが?

と。

僕もそう思うのですが......

実は、コレ、アイヌの神様の「お守り」でもあるそうなのです。

アイヌ民族の、という言い方のほうが正しいかもしれませんが。

昔、アイヌの皆さんはこの「刀の鍔」を魔除けやお守りがわりに首に下げたり、
持ち歩いていたりしたそうで。
そんなこと、当然、僕など全く知らないことだったのですが、
それを少し前にアイヌの神々から教えて頂きつつ、また、
北海道の東の方の地で「見えない贈り物」として有難く頂戴もして......
その僕の中にあるイメージと同じ様なモノを最近探し出して、買ってみた......
というモノが冒頭の鍔のレプリカ......ということなのです。



久々のポンチキ話のスタート!



です。(●´ω`●)ええ。ええ。



気分が優れない方は、どうか、お飛ばし遊ばしますよぉーにぃぃ......何とぞー......



......と。それで、少し前のお話となるのですが、
妙にアイヌの神様のコトが気になってしまう時期というのがありまして。
それがあまりに強く、長く気になってしまうので、
「コリわ例によって何かあるんだろーなぁ、、、」
と。自らの心の内に響くカンと対話をしながら、ある日、僕は、
北海道の東方にある湖へと向かったのです。
先ず辿り着いたのはコチラ!摩周湖(^^)





ましゅうこ。霧で有名ですけど。だいぶ晴れ晴れとした感じで。ええ。ええ。
神々からも頼まれていたお酒も、シッカリと持って行きまちて......
北海道の東の山奥にこんなもの持ってくる奴なんて、まぁ、頭おかしいだろーなぁ......と。
でも、祝詞と共に捧げた瞬間、スゲーっす......湖面に映るアマテラスさん......



スタートはやっぱり太陽の神様から......なのでしょうか。人形してるし......
感激のウルウルで立ちすくんじゃいました(T 。T)ぶぇ



続いてコチラ!屈斜路湖(くっしゃろこ)。噂のクッシーさんを探さねば!と。



「おおおオーーーーーイ!! (*゚ノO゚)<! クッシーーーーーーさぁーーーーーんん!」



この辺の湖は全て火山の噴火口に水が溜まって出来る典型的なカルデラ湖なので、
湖の近くには今も噴煙が立ち昇る、こんな「硫黄山」というところがあったり、



こんな場所ですから、近くには川場温泉という有名な温泉があったり、
その辺を流れている小川がそのまま温泉だったり、と。
湖の畔り(ほとり)でも、もう、どこを掘っても簡単に温泉が湧いてきちゃいます。
簡単すぎて、砂浜を掘ってもすぐ温泉になっちゃったりして。
こちらは有名な「砂湯」と呼ばれるところですけど。



足湯ぐらいは誰でも簡単にできちゃいまする。プライベート足湯ですな。ええ。ええ。
サイコーで(^^)



こちらは「コタン温泉」。女性が見当たらず!残念!



そして!屈斜路神社(くっしゃろじんじゃ)さん。





和琴半島というところにあります。



村の鎮守さん的な質素で簡素な佇まい。でも、気は鋭いっす(@ 。@)隙無し!
この不思議な空気感を漂わす、クッシー!?みたいな石塔が......
実は今回の、とても大事なキーとなるのです。ええ。
口元に!?シッカリとお酒を注がせてもらいました。





神社の入り口にも天然の露天温泉がありまする(^^)
写真をよーく見れば!ヌードなオヤジがいるのです。
またもやレディースがいないのですな。無念!



有名な美幌峠(みほろとうげ)からの景色もクッシーが出そうなくらい神秘的で。



ということで次の目的地、というか、今回の最重要ターゲット地!
阿寒湖(あかんこ)へと向かいまする。
どーも今回は、屈斜路湖とコチラに呼ばれているのですね......ヒシヒシと。ヒシヒシ......



着いたけどーーー......先ずはこちらにご挨拶ですな。阿寒岳神社(あかんだけじんじゃ)。
何かこの後のヒントを貰えるかもしれないし......





ふーむ、ふむふむ.......なるほど......もう一つあるのですな。重要な神社さんが......
ここなのね!(゚ω゚)稲荷神社。



ツーか、ここ......タダの稲荷さんではないのですな。
奥に、龍神さんがいる感じで......そんな境内に登ってみたら!なんと!お祭りの日!
毎度毎度のタイミングに驚かされもしますが......



なるほどー......ここなのかなぁ......でも宮司さん達が慌ただしく準備に追われている感じで、
奥宮にはちょっと行きづらいですなぁ......空気的に。
でも......この奥なんだよなぁ......

ああっ!(*゚0゚)

コッチだ!コッチ!

行ってみるのだ!



「ボッケ」と呼ばれる現役バリバリの泥火山があるトコロみたいですが......



硫黄(いおう)の匂いが立ち込める中、その更に奥の方へと進んで行くと......

「イタァァァァ!!!ココだ!ずっと呼ばれてたのわ!」



「(°◇°;)んんん!?!?......な......なんだ!?
......りゅ、龍さんの頭が......体が......埋まってる......な、こりゃ......」

辿り着いてみると、そこは、
お祭りをやっていた稲荷神社と白龍神社のある山の真裏ぐらいに位置する場所。
「阿寒湖畔エコミュージアムセンター」なる建物の横の散歩道を
奥へ奥へと歩いて行った先にあって、湖に突き出た半島の鬱蒼とした森の中。
龍さんが埋まっていたのはその森の中で、一部視界が開けて、湖も見渡せる小高い場所。
ボッケから先、この辺りまでは人は殆どやって来ません。
一帯は火山の地熱で熱気が立ち込めています。
その熱気が蒸気となって立ち昇る場所の一角に「危険!立ち入り禁止!」という、
柵で覆われた場所があり、その柵で囲われた所の真ん中に、ポコっと突き出た岩があって、

それが......

この龍神さんの頭!?なのです。

地中に埋まった龍神さんがいるのです。

龍神さんはジッと身動きもせず......いや、ワケあって動けない様子でしたが、
そのままの姿で湖を眺め、この地を守ってもいました。
その岩を目にした瞬間、僕には、辺りの景色がそんなふうに感じられて、
下の写真は龍神さんの頭の後ろから撮った写真なのですが、
龍神さんが長い間ずっと、地中から湖を見守って来た風景に見えて......なんか、
泣ける......(´ω`。)グスン



僕がココに辿り着いた時は、辺りの噴煙活動は既に大分落ち着いて来ている様で、
「立ち入り禁止」の柵も古くなり、一部朽ち、壊れてもいて、



ソコから危険地帯に入れる様にもなっていました。
もちろん辺りにはダーーーーーレもいません。つーか、来ません......

そこに!

アホか!

のタイミングで!

横浜のプリリンねーさんから奇跡の電話!が!......

「あー、もしもしぃぃ。このタイミングで......かけるかね。しかし。あなた。ええ。ええ。」

「あれ?そう?ダイジョーブ?今龍神さんとこでしょ?違うの?」

「そーでございまつ。ええ。ええ。さすがでんな」

「その岩でいいみたいよ。そこに埋まってるんだって。」

「そーですか。そーですか。よーーく分かりまするよ。
今、目の前に埋まってますよって......これからヒト仕事するでやんす」

「そう。よかった。頼むって。◯◯◯の神様も、虹龍さんもみんな集まってるみたいよ」

「ええ。ええ。上空はえらい騒ぎになってるでやんすから。大丈夫っす。安心す。頑張るっす」

と、そんなポンチキトークを交わした後、僕は電話を切り、イザ!
壊れた柵を乗り越え、まだ火山の硫黄臭が立ち込める暖かい地面の一帯に入って行きました。

「今噴火したら死んじゃうんだろーなー。。。」

この時、僕はそんなことを考えていました。
僕はこの龍神さんの為に屈斜路湖の石塔から繋いで来たお酒を用意し、
その龍神さんの頭の形をした岩に同じ様に注ぎ、捧げ、
アイヌの神様から言われていた祈りとアマテラス祝詞を奏上しました。
すると、辺り一帯が強烈な渦を巻き出し、地面が......大きく......揺れました......
おそらく......僕の感覚の中だけ?かもしれませんが......
僕は倒れない様に足を踏ん張って、懸命に頑張っていました。

「出れた......のか......な......」

この時、僕の心にはなんだかとても嬉しい気持ちがこみ上げて来て、
その感覚でもって、やっと、
アイヌの神様からお願いされていたコトが果たせた!?様な気もして、

「よかった、のか?な?」

と。一通りの出来事が静まった後、僕はそんなふうに思いました。
心にはなんだかとても満たされた温かい気持ちが湧き上がって来ます。
そして、最後にもう一つ。
業務終了!の御挨拶をしに、この地域のアイヌの神様の本拠地であろう、
阿寒湖(あかんこ)の真ん中に浮かぶ小さな島へ向かうべく、僕は車を走らせました。

その島の名は「ヤイタイ島」。
そこには小さな石の社(やしろ)が一つ、ポツンとあります。
先程の稲荷神社の奥宮である白龍神社さんの元となっている御宮。
言わばこの地の「元宮」。アイヌさん達が長年守り通して来た小さな島の小さな社。
僕はこの日、その島に渡った時に、ワケもわからないまま刀の「鍔=つば」のイメージを
強く見せられることになったのです———————

—————続く(^^)
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喫茶去(きっさこ)2

2017-08-22 21:03:22 | 不思議...パワスポ寺社
今まで譲れていたものが、いつの頃からか譲れなくなっている。

そんな自分に気付く。

気付いていても、そんな自分をどーにも変えられない。

はて?

何故でしょうか?

何かを手にし、傲慢になってしまったからなのか。

手にしたもので、譲る必要性など無くなってしまったからなのか。

何かの嫉妬からくるものなのか。

はたまた、いつからか相手を敵とみなす様になってしまったからなのか。

それら色々な可能性をひっくるめて、

本来真っ直ぐだったものが捻れてしまったからなのか。

捻れが......

どうしても取れなかったから......なのか......



大阪、堺市。千利休屋敷跡。
利休さんとは勿論、茶道界の偉人。茶聖。所謂「裏千家」「表千家」の家元ともなる様な方。



今年の7月の末。僕は神様の言葉に導かれるままに、この場所を訪れました。
堺の街で僕が一番感じてしまうことは、
切腹を言い渡されて亡くなった、利休さんの残したあまりにも痛ましい思念。
そして意外なことに、
その切腹を命じた張本人、盟友「豊臣秀吉との和解」という、
痛ましさとは真反対にある様な望み。
堺の地の「表層」部分には、いつもそれらの複雑な想いが入り混じり、そこかしこに、
そこはなとなく漂っている様に思います。
堺という地の影なる部分。
ポンチキ能力甚だしいプリリンねーさんも、突然、
「◯◯◯の神が、堺に来て!だってぇ。場所はuzmetならわかるだろうって」
などと、涼しげに言ってきやがりまちて......
個人的には、上記した様な不穏な理由もあって、
「気になってはいたけれど避けていた」利休さんの生家跡地に行ってみる、と、
すぐ隣にはヤタラと目立つ、真新しいモダンな建築物......
「さかい堺利晶の杜(りしょうのもり)」なんかもあって。



利休さんは堺市の有力商人の家に生まれたそうです。
当時、この国随一の貿易都市であった堺市で、
利休さんは様々な物品や文化、渡来人も含めた多様な人々に触れながら育ちます。
彼の類い稀なる「美の感性」はそんなところからも磨かれていったのだと思われます。
そんな感性はやがて、当時の天下人「織田信長」に見出され、愛され、
それはそのまま信長の忠臣、豊臣秀吉にも引き継がれました。
秀吉の世においては「茶人」としては後にも先にも例がない程の名声と権威を手に入れ、
秀吉政権の中心人物であった「豊臣秀長」が訪れる客人に語っていた事として、
こんな言葉も残されています。

「公儀のことは私に、内々のことは宗易(利休)に」

この時代、利休さんはそれほど迄に力を持っていた様です。
戦国時代、鉄砲の製造技術を始め当時最先端の用具や用品の製造技術や職人を
寡占的に有していた堺という街は、戦における武器卸の様な地位も固めていて、
その為、全国でも特別な独立国家的な自治権も認められていたという貴重な地。
ちょうど、江戸時代における長崎の出島、と言えば分かりやすいのでしょうか。
そんな地に深いコネクションのある利休さんは「茶の湯」以外にも、
権力者達に重用される様な事が沢山あったのだと思います。
信長は勿論、秀吉にも愛された理由にはそんな部分もあったのかも知れません。
もはや「茶人」の域を超えた人物。しかしその最期は、意外にも、
仲の良かった天下人、秀吉を怒らせたことによる切腹命令でした。

何故?

秀吉さんは友人にそんな命を下したのか?

原因は諸説あり、定まってはいない様なのですが、
その大きな因とも言われているのは、利休さんのホームグラウンド的寺院だった、
京都、大徳寺の三門(山門)の上に置かれた木造の「利休像」。
寺に多大な寄付をしていた利休さんに、
住職さんが感謝の意を込めて置いたものだったらしいのですが、

「秀吉は勿論、高貴な方々が通る三門の上に自分の像を置くとは何事か!」
「皆が利休の股の下を通るというのか!」

そんなクレームが入ったとか、なんとか。
正確には秀吉さんは詫びを入れる機会を設けいたらしいのですが、利休さんはソレに応じず、
京の町を出て、故郷、堺の街にスッと、引っ込んでしまった様です。
そこには、利休さんの秀吉さんへの然りげないメッセージがあるようにも......
思えますが......ともかくそんな出来事もあって、秀吉さんは激怒。
利休さんに切腹の命を下したのだそうです。利休さんは、それに逆らう事なく、潔く、
自害を決めたと......そう、今に伝わっています。

そして、堺を訪れた日の翌日。
僕はその京都「大徳寺」の「三門=金毛閣(こんもうかく)」 へと、
利休さんの「残留思念」的なモノに導かれ、向かいました。
実は、堺の生家跡でガイドの人に
「今もココに木製の利休像が置かれていまして......」
と、写真を見せられながら丁寧な説明を受けてしまったから......と、いうこともあります。



堺のガイドの方から伺ったところでは、
今ある利休像は岡山の方から寄付されたもので、本来のものではない、とのことでしたが、
本来の利休像は利休自害の後、京都、一条、戻り橋に利休の首とともに晒された後、
そのまま焼かれたとも、捨てられたとも、
利休さんの子孫「裏千家」が現在も保管しているとも......色々と言われているようです。



利休さんに心ばかりの花と「金の烏龍茶」を......ズッコケル!?様なお安いお茶!ですが、
そこは秀吉さんの作った「黄金の茶室」からくる意味もありまして......
利休さんは、秀吉が作った総金箔の茶室を
「美が無い」
.....と非難したとも......伝わっていますので......金のお茶というのは、つまり、
僕なりの「和解のお茶」というシルシなのです......ね(´-ω-`;)ゞポリポリ



しかし、とんでもなく驚いたことに、
神様に呼ばれるがまま寄ってみたこの日は、なんと、利休さんの命日......



利休さんの命日というのは正確には2月28日なのだそうですが、
現在の大徳寺では、毎月28日を「利休忌」と定め、
院内の多くの寺院で利休さんを偲んだお茶会が開かれるのだそうです。
全国から沢山の茶道関係者の方々が集まる日でもあるそうで、そんな日に.....
僕は偶然!?訪れてしまったのです......
そして、その衝撃は僕にまたまた予定外の思いを喚起させました。それは......

「秀吉廟にも......行かないといけないな......」

僕は大徳寺からそのまま、
豊臣秀吉の霊廟(れいびょう)となっている東山山系の南の端へと向かいました。
そこには秀吉を神として祀る「豊国神社」があり、意外と知られていないのですが、
その神社の最奥地「阿弥陀ヶ峰」の頂上には秀吉が埋葬されたお墓......霊廟......があります。
この写真の坂道の向こうに見える山がそうなのですが、標高は190メートル以上。



最下にある豊国神社から奥宮も回って、墓碑へと辿り着くには、
長い坂道を歩いた挙句、最後に、恐ろしく長い階段を登ることになります。
この階段が普段から人を全く寄せ付けません。



休日なのに誰もいません。よほどの気持ちと体の準備と、
マゾヒスティックな人でなければここに行こうとはマズ思わないと思います。
それぐらい長い階段で、大きな墳墓。



山頂のお墓。



秀吉さんのお墓は高野山にもありますが、こちらが大元。
秀吉さん自身の遺言に従って作られ、その後、徳川氏の時代に一度壊され、
もう一度、人々によって再建されました。
僕はこちらにも利休さんと同じ「金のお茶」を持って行きました。



なぜ、二人は反目しあわなければいけなかったのか......

本当は一番認め合っていて、

一番気になっているもの同士で、

敬愛していたもの同士だったはずなのに、

なぜ?

許し合えなかったのか......



「まぁ、一服、お茶をどうぞ」

......喫茶去(きっさこ)。

偉大なる禅僧、趙州禅師(じょうしゅうぜんじ)の魔法の言葉が頭をよぎりました。

「お二人で、お茶を、どうぞ」

二人は、なんとなく、少し距離をとりながらも、向かい合って座り、そして......

お茶を飲みだしたように、思えました。

これから少しづつ......色んな話をしていってくれればいいな、と。

そんな少々倒錯的で錯覚的!?な気持ちを感じながら、僕は秀吉廟を降りました。

キ◯ガイ!と言われそうですが、ま、そんな人にも......

まぁ、お茶を、一杯(^^)

どぞどぞ。



京都から戻ったスグ翌日。近所の駅に向かう僕の頭上に......
お茶道具の箱を小脇に抱えた利休さん!?がご挨拶に?......と、そこに!
太陽を背にした和合の女神、ククリ姫さんが......!?



写真のイメージにピッタリ!の星野剛さんのイラストをお借りしまして......



北陸、霊峰、白山の偉大なる女神。菊理姫。きくり姫。白山姫......
喧嘩したイザナギさんとイザナミさんをも仲直りさせた女神様。

「くくり直しましょう。私が力を貸しましょう。」

くくりさんを唖然として見ている最中、今度は千葉のみゆき嬢から突然のラインが......

「神様たちが来てます!」
「利休さんとキクリ姫様だと思います!」

もう、驚くのを通り越して、宇宙の彼方にすっぽんぽん......ですけど......まいど......

でも、どうやら、秀吉さんと利休さんは......

良い方に行っている様でございます。

必要な時間を必要なだけかけて、ゆっくりと、溶けていったらいいなぁ、と。

僕などには、到底、力の及ばない世界の話でございます。





おまけ。開口神社(あぐちじんじゃ)。
堺の地の中心地は仁徳天皇陵!......でなく、ここではないかと思います。
今回は、ククリさんのご登場含めコチラの神々にお力をお借りしました。
感じるに、トテーーーモ古い神社さんで、神話時代と呼べるくらいの昔は、
旗神社」と呼ばれていた様に......思います。
堺の深層部分!?を司る神社さんなのではないか、と。
世界文化遺産登録への推奨など、最近の堺市の良いニュースを見ると、
利休さんと秀吉さんを思い出したりもします(^^)


過去記事......「喫茶去
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「8」を巡る旅 7

2017-08-10 00:00:48 | 不思議...パワスポ寺社
面白いことに、その学校は、



ヤッパリ、以前ねーさんと訪れた学校とは違いました。



大間違い。(´-ω-`;)ゞポリポリ



そしてその学校の名前は.......



「大阪市立 住吉中学校」



今回は、必ず!!



石を探し出してみせる!(`_´)/



と。



そんな感じで、



仕事を切り上げた僕は一路、風情ある路面電車で中学校へと向かったのでした......




ココじゃ!(=゚ω゚)ノ



着きまちた!(=゚ω゚)ノ

ナカナカ、標準的な佇まいで。ええ。ええ。
夏休みの部活タイムのようで、門も開いているようでやんす。でわっ、お邪魔します、と。
見えるのはラグビー部とサッカー部とテニス部さんですな。賑やかですのぉ......
スッカリ、ジャケットで学校をプラついている怪しげなおにーさん(not オヤジ♡)
になっちゃってますけど。僕さん。
でもそんな感じで校内を歩いていると、
すれ違う部活練習中の生徒さん達は揃って、大声で挨拶をしてくれるのでヤンス。

「こんにちわーーーっ!お疲れ様です!」

皆さん元気ハツラツ☆ポカリスエットな感じなのです......(@ ̄ρ ̄@)スゲーっす。住吉中学。
僕さんも負けずに......

「こんちくわぁぁぁーーーーーーっ!(`・ω・´)ノあやしいものですぅぅーーっ!」

ってね。ええ。ええ。

そして問題の「石」のありかはというと......やっぱり......今回は、

すぐに分かっちゃたんですよ。コリが。また......



ココっす。

本当に!石があるんス......( ̄▽ ̄;)

明らかにこの石......オーラがヤバイっす。。

他にも3箇所ぐらい、校社の裏手やグラウンドの片隅にヒッソリと散らばって......



石っス(・・;)

この石、オレがこの学校の生徒さんだったら......気が気じゃないっっす......

神様って、スゲーーーーーー......

なんで分かるんだ!?まったく......

プリリンねーさんも流石やな。

だいたい、横浜に住んでるOLさんが、ですよ。

大阪の片隅にある中学校のグラウンドの、コレまた片隅に

「古墳の石があるんだってぇーーー。。」

なんて。

フツウわかるわけないっつーの。

まったく。ポンチキこの上ない話やね。うん。

この校舎の入口付近に在るオブジェの土台となっている石さん達も......



タダもんじゃないっす。

コレらもきっと元は古墳のイワだったはずで......

スゴイね。どーも。この帝塚山のあたりわ......

......なんて感慨を抱きつつ、僕さんはコノ数カ所に散らばっている石の中で、

「ココだ!」

と感じられた、一番奥にある石へと一直線に向かいました。
この日は、前回の年末年始ヘロヘロバージョンとは違って冴えてますよって( ̄ー+ ̄)ええ。



驚くことに、この石に近づいて行ったら、ブワワワワワワァァァアーーーーーっ!と。
何十羽というスズメさんが!この石の周りから一斉に飛び立っていって。
その数に驚かされ、圧倒されちゃいました。
待っててくれたのかな......!?すげーな。チュンチュン隊。。
で、その後、周りに誰もいないことを確認。
頼まれていたお酒を石に捧げ、祝詞を捧げ。
偶然か必然か、学校の隅ということと、夏休みということもあって、その間誰も来ず。
時間をユッタリと使って神様との約束を果たすことができました。
やはり、フトダマさん(天太玉命=あめのふとだまのみこと)と一緒に封じられていた神々や、
眷属の皆さんには不自由さが残っていたようで、この時も、例によって、例のごとく、
渦を巻く強い風と、光、鳥達の大集合と大合唱。
加えて今回はセミ(蝉)の大合唱も!驚くタイミングで巻き起こったわけでやんして。
さすが「蝉使い」のルーツ神様でもある、という感じ。とても感激させて頂きました。
異常な数のセミさん達はよく見ると全て透明な羽で......クマゼミ?さんかなぁ......





今回は古墳の主たる神様......フトダマのミコトさん......というわけではなかったので、
壮大な日輪的シルシなどは無かったのですが、やはり、
イロイロと晴れ晴れしい空、空気、気持ちにもなって、
僕はすこぶるご機嫌な感じでまた仕事に戻れたのでございまつ(^^)

ま、一箇所、堺(さかい)の方にお呼ばれしたコトというのもこの後にあったのですが......
今、マサニ旬の話題の堺市の話ですので......またの機会にと。

そんなこんなで、この日は、よーやく。
半年間「心残り」になっていた神様との約束が果たせた日となったのでした。
めでたし。めでたし。。!?



後日、
「ありがとう。ようやく自由に動けるようになったよ......」
と言ってくれた神様の名前を伺うと「セッツノカミ」というのだそうです。
おそらくは摂津神......現在の地名である「摂津」の元となった神様ではないか、と。
プリリンねーさんとはそんな話をしていました。
フトダマさんとともに、大昔、この地を治めていた神様だったそうです。

フトダマの神様のコトは前回や、シリーズの「5」の中でも記していますが、
記紀神話に天孫「瓊瓊杵尊=ニニギノミコト」の天下りに付き添った神々の一柱として
記されている神様です。
当然といえば当然ですが、この神様の詳細も神話にはちゃんと記されてはいません。
根源神でもある造化三神の一柱である高神皇産霊神(かみむすびのかみ)の子供......
とまでは記されていますが、その真実と実在性は「?」のままです。
どこで生まれたのか?どこを本拠に活躍していたのか?なども謎。
ただ、現在に伝わる書物や諸情報の全体から想像できるのは、
この国の創生に関わる重要な神様の一柱であったことは間違いないであろう、と。
一般的にもそう言われています。

そして、この神様の本拠地に関しては奈良県説を中心に、徳島県とか、千葉県とか......
フトダマさんを主催神とする大きな神社さんがある場所を基軸に考えられていたりもします。

僕の個人的な知見と、神々から伺い聞いている話???を合わせてみると、
フトダマさんの「活動拠点」「本拠地」という部分に関しては、おそらく、
徳島県、鳴門市にある現在の大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)であったであろうかと。
そう思います。

フトダマとはソモソモ、古代の占術である「太占=フトマニ」から来ていて、
そのマイスターだった方がフトダマさんではないだろうかと。
そして「フトマニ」とは、そのルーツを古代中国の亀卜(きぼく)に遡ってみることが出来て、
それは縄文の昔から今に残る「骨占い」に繋がっているのではないかと思います。

また、この「骨占い」を掘り下げると、「亀卜(キボク)」の名の通り
「海亀の甲羅」を焼いて、その焼け方の状態から吉凶を占う......というもので。
現在も対馬を始めとする列島の島々や、海岸沿いの地域などで一部見られる占術であり、
これが内陸部に入っていくと「鹿の骨」を焼いて占うという形にも変化していきます。
そんな「骨占い」は「蝉の抜け殻」で占う「蝉占い」などとも合わさっていき、
一部「秘術」は平安時代の「陰陽師」などにも受け継がれてもいった様です。


そんな秘術には時代や地域によっていくつかの形や派閥、
司る氏族があったとも考えられていて、それら氏族の内、
最も古く根源的なものが神話にも登場する物部氏葛城氏、中臣氏(後の藤原氏)......
そしてフトダマさんを祖神とする忌部氏(いんべし=斎部氏)ということになってきます。
彼らに比べれば、蘇我氏や秦氏などはとても最近の氏族と言えます。

これら占術を扱う氏族や陰陽師などは、古代、
祭祀や政治をも司る重要なスタッフとして代々天皇の側近を勤めていきますが、
中でもフトダマさんを始祖とする忌部氏は、占術だけでなく、
服飾や農業などの基本産業のノウハウを持つ氏族としても徴用され、尊敬もされ、
崇められてもきました。
そんな古代日本の穀物事情という部分を絡めみて見れば、
アワやヒエという「お米以前」に栽培され、主食とされていた穀物のことも浮かんで来ます。
特にアワは、ヒエ以前から食されていた穀物の元祖とも言えるものでもあり、
アワの歌......なんてものが存在しているのも、
アワという穀物がいかに大事なものだったかということの表れかも?しれなくて。
その歌はそのまま、
現在の日本語における「五十音」の原型となっているのかも?しれません。
そんなこと迄考えていくと、「アワのうた」が載っている、
かの「ホツマツタエ」に関しても、
本当は一般に言われている様な「戯書」ではないのかも!?しれません。

アワとは穀物の「粟」であり安房であり、阿波。
そして、それは徳島の阿波であり、淡路島のアワ。
淡路島の「あわじ」とは、勿論「アワの地に至る道」......阿波路......からきているハズです。
阿波は「粟」が生い茂る古代日本国の穀物倉庫とも呼べる重要な地で、また、
当時の神事や占術に必要な「大麻」の栽培にも適した地であったという事も間違いはなく。
そんな地の中心が現在の徳島県の一宮「大麻比古神社」であろうことも、神社名からも、
主祭神がフトダマさんであることから考えても容易に想像できてしまうのです。

やはり、フトダマさんの本拠地はココではないか......と思うわけなのです。

しかも、四国、阿波の地の立地を考えれば、
今回記した対岸の地、大阪、摂津へも容易に行けますし、
そこから淀川や大和川を遡れば奈良や京都にも、
九州や伊勢、関東に行くことも容易であって。そんな地の利も自然と見えてきます。
そんな地に信頼できる重鎮......摂津神!?を配することも分からなくはなく。
海や河川も含めた列島全体の船の航路を考えれば、
航路途中の拠点的な場所にフトダマさん系の神社があるという様にも見て取れて。

僕はそんなふうに考えていたりもするのです。

しかしなぜ?四国、徳島拠点であったフトダマさんを手塚山に封じたのか。。

そこはまだ、僕にはハッキリとは見えていません。

封じた勢力は、フトダマさんのライバルでもあったアマテラス内閣、
「お米&鹿骨党」代表、アメノコヤネ......中臣氏(藤原氏)の祖先神さん......
であったであろうことまではわかりますが......
裏でもう1柱、凄い神様が関わっていた様でもあります......

そして、天孫「瓊瓊杵尊=ニニギノミコト」がこの地上世界に初めて降りてきたという
「天孫降臨神話」に関しては、実は、僕は、
「ニギハヤヒの物語をそのままニニギに移した話ではないか?」
......という至極ポンチキな見方をしていて、
そのニギハヤヒに付き添った神々の一柱としては、
神話の通りフトダマさんもいたのであろう、と。そうも思っているのです。

ニギハヤヒ(饒速日)がまだ「大歳=大年=おおとし」と名乗り、
主戦場を九州、宮崎の地としていた時代。
フトダマさんは当初、ニギハヤヒと共に九州の地にいて、
そこからニギハヤヒの近畿圏進出に際しても一緒に海路を動き、
四国、阿波の地に入ったのであろうと。
そして恵み豊かな阿波の地を拠点とし、そこから大和、伊勢、関東、
東北方面に迄動いていたのかな、と。
そんなフトダマさんの姿と痕跡が......アワやヒエの栽培方や衣服生地の作り方、縫い方、
更には森羅万象読解の占術迄も教え伝える旅の痕跡が......
全国の伝承や神社の有様からも見えてくるのです。

そんなフトダマさんの偉業と、その子孫、忌部氏の偉業。

あめのふとだまのみこと。

天太玉、天布刀玉......

名前に「アメノ=天の=天」とつく神様というのは、本来、皆、

ニギハヤヒの東征......「天下り」に付き添った神々のことであり、

他の神々と区別するために然りげ無く記されている呼称。

また、それこそが真の「天孫降臨神話」であったと、僕は思うのです。

隠された天孫降臨神話であり東征神話でもある、と。

勿論、ニギハヤヒをその様に動かした神というのもいて......

それは勿論、スサノオさんであったろうと......

僕は、

そう思うのです。

そんなことを神々から!?伺っていたりもするのです。

とてもアヤシイ!?話なのです。

それでも!

このブログはまだ続けていけそうでは......あります(^ω^)



次回は、一部読者さん達と約束している一年毎に記して来たマイルストーン的記事。
今年は遅れてしまいましたが、ブログタイトルの由来ともなっている
「螢」という少女詩人を巡る四方山話となります。

何卒、悪しからずで(^^)

8を巡る旅
8を巡る旅 2
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「8」を巡る旅 6

2017-08-06 00:14:16 | 不思議...パワスポ寺社
ここ半年。ずっと「心残り」になっていたことがありまして。
それが、大阪、手塚山古墳(てづかやまこふん)を巡る一連の出来事。

コトの始まりは今年の一月。冬。
昨年の末あたりから降ろされていた神様からのメッセージを紐解いて、僕は
「アル太古の神様にかけられた封印の一部を解くため」
大阪、手塚山古墳(てづかやまこふん)へと向かったのです......が......
年末年始の仕事や生活のドタバタで著しく集中力を欠いていた僕は、
神々の話を正確に解くことが出来ず、結局行くべき所に辿り着けなかった......
ということがあったのです。

その時の結果としては、同じ古墳内での良き場所を「暫定的に」見つけ、
そこで言われた通りの祝詞と言葉と所作を捧げ、無事、目的であった
「僕が果たすべき分」
の呪(しゅ)の解除までは達成できたのですが、どーも......やっぱり、
完全とはなっていない空気を感じていました。
そのコトは、その時同行してくれていたポンチキ系預言者
(神々の言葉を“預かる”という意味 ≠ 予言)
プリリンねーさんにも同様の話しをしていて、

「心残りがあるから、もう一回、神様が言っていた場所は探してみるよ。
今度。機会が出来た時に。必ず。また......」

と。そんな思いが残り続いていたのでした。
この時に僕が探せなかった「神々が言っていた場所」とは、
正確に記すとこんな場所です————————————————



「帝塚山には、フトダマが封じられているからな。
フトダマは、帝塚山古墳の石にいるよ。
行けばわかるよ。誰もいない所だからわかるはずだ。」

「夏まででいいので、スミで塗られたところに行ってほしい。
帝塚山古墳だ。帝塚山古墳に封じられているのは、フトダマだよ。」

「フトダマの神は、たまには出られるが、いつもは出られないのだよ。
だから、行ってくれよ。」

「なぜ、消されてしまったかわかるか?
人は正しい道を行くが、正しいと困る人が増えたからだよ。
人の欲望が、世界を滅ぼしていくのが、わからなくなってしまったな。
カラカラの国の神達が日本に来たのは、まだわかる人がいると、わかっていたからだよ。
フルノコトの物部(もののべ)と、骨使いの忌部(いんべ)は、
藤原(ふじわら)に消されてしまったな。
セミ使いの蝉丸は、安倍晴明に消されてしまった。
消されるとは、伝達出来ないようにすることだな。
セミ使いのことは、今はほとんど知らないだろう。
骨使いのことは、知らないだろうが、まだ残っているな。
“ふるべの鈴” も、わかってくれたからのことだと思うよ。」



——————————————僕は以前大阪に住んでいたので、
帝塚山古墳のことはすぐに分かりました。
でも「石」ということがよく分からず。
確か、古墳は普段は閉められていて入ることはできないはずで、
入るには許可を取らないといけない。
でも、神様の言葉からすると、そんな事が必要な場所だ......というニュアンスは無く。
そこで、古墳に関してのデータをネットなどで調べてみると、どーも、
今ある帝塚山古墳というのは二つあったモノのうちの一つで、しかも小さい方。
もう一つの大きい方の古墳というのは、現在は中学校になっている......とのことでした。
この時、僕は、
「石はこの中学校の方にあるのだろうな......」
と確信もして。あとは、その場に行けばいつもの霊感が働き、
だいたい探し出せたりしちゃうので、この時も、
「とにかく行けばいいかな、、、」
と。そういう風に思っていました。



そして、ココが大失敗のポイントで......



僕は、その元古墳であった中学校を、ただ単に「中学」として、
学校の正式名称までは記憶させていなかったのです。
何故ならば、同じ狭い地区に中学が二つあるなんてことはあまり無いだろうと、
きっと帝塚山駅の近くにある中学なんだろうと、
ただ漠然と、そんなんふうに思ってしまったのでした。
それが、後々心残りを生むことになってしまったのです。



当日、プリリンねーさんと共に行ってみると、
帝塚山駅の改札から出た僕らの目前には、
何やら高い塀に囲まれた高級そうな!?学校があって。

「ああ、ここか。ほんとだ。本当にあった。
相変わらず神様も、その言葉を預かるねーさんも、正確だなぁ......」

と毎度毎度の感心をしてしまいました。
学校の門のところにある表札を見たら
「帝塚山学院中学校」「帝塚山学院高等学校」なんて書いてもあるので、

「ああ、ホントに中学校じゃん......スゲーなー......」

と。そんな感じで。
この時はこの中学の何処かに神々が言っている石があるのであろう、と。
すっかり、そう思い込んでしまったのです。
この思い込みというのがまた失敗で......

訪れたその中学はその日、入学テストをしていて、
関係者以外立入禁止となっていました。
でも、門の受付に学校の職員と思われる方がいらっしゃったので、
全体の雰囲気から「私立」の学校と踏んだ僕とねーさんは、

「この学校に興味があって、見学に来たんですが......
このオネーサンの甥っ子を今度入学させようかなんて、ええ。ええ。
見させていただけたら嬉しいなぁ、なんて。ええ。ええ。どっすかね!?ええ!?」

なんて言って、試験中なので校舎内に入らないのであれば、という条件で、見事!
中に潜り込む事に成功。
僕らはそにままグラウンドを何食わぬ顔で歩き回り、問題の石を探してみたのです。
結果、新しく綺麗なこの中学校にそれらしき「石」などは全く見当たらず......



「あれ......神様......いや、俺?ねーさん?今回は......外しちゃったかな!?.......」

と。僕はそんなふうに思ったのでした。
しかし、せっかく大阪、しかも南の帝塚山まで来たわけですし、
僕とねーさんはもう一度、神様にその場で言葉を頂き、
それで、現在の帝塚山古墳でも全然問題はないから、と、改めてそんな言葉をもらって。
それで古墳の隅にある小さな駐車場の、これまた片隅で、
言われていた諸事を無事にこなすことが出来たのでした。



その時は、古墳の木々に沢山の鳥達が集まってきて、大合唱に囲まれて。
祝詞の時は強烈な風の渦が天から降りても来て、天の雲も割れ、陽射しも差し込み、
いつも体感している神の気配も濃密になったので......きっと、これで良かったのだろう......と。
神様からもお礼の言葉ももらいましたし。これでいいか、と。
この日は一旦、帝塚山から去ることにしたのでした。



—————————で。



—————————心残りなのです。



実はこれまで、僕に関しては一度も、
神様の言葉と実際にあるモノとの違いがあった様なことはなかったのです。
それで自分の感覚を信じているようなところもあって。

特にプリリンねーさんの預かる言葉の正確性に関しては、誰よりも!?僕が知っていて。

その両方の感覚が一致したコトで実際のモノと違っている......なんて、

そんなことはこれまで一度もなかったのです。

しかも、その後のフトダマさん(太玉神、布刀玉神)の動きをミル、感じる、
につけても、自在性は確かに増していて。



—————————それで、余計、心残りだったのです。



—————————何故?石がないのだ?



—————————あの時の神様の感じは.......



—————————向こうから古墳内を動いて来てくれた感じだった。



—————————俺が、何かを間違っていたのかもしれない.......



—————————もう一度、だ。もう一度、探しに行ってみよう.......



この時から、僕は次の良き機会を探り、待っていました。



「神様......フトダマの神様は、僕の役割分はきっと、無事自由になったのだろう。
でも多分、完全ではない。
きっと、眷属のみんなや、その周りの神々はまだ、少し、あの地に残っているはずだ。
これまで通りの正確性が自分達の感性にチャントあるのであれば、
自分の感覚をマダ信じられるのであれば!?
きっと石は、、、何処かにあるはずだ......」



そんな思いと感覚が、僕には強くあって、故に、心残りなのでした。



「ま、この感覚が正しく、必要もあれば、また行くことになるんだろうな」



と、そんなことを思いつつ。
それから半年が経ち、つい先日。ナニゲにソノ日が訪れたのでした。



それは久々に、大阪、南の方での仕事が入って来て、
その日の午後が夜の食事会までポッカリ......と、予定が空いたのでした。
それでその空き時間を利用して僕は、
帝塚山の中学校をもう一度目指してみることにしました。今度は、
「元々は古墳であった......」
というその中学校の名前をシッカリとリサーチして、記憶に刻みました。



面白いことに、その学校は、



ヤッパリ、以前ねーさんと訪れた学校とは違いました。



大間違い。(´-ω-`;)ゞポリポリ



そしてその学校の名前は.......



「大阪市立 住吉中学校」



今回は、必ず!!



石を探し出してみせる!(`_´)/



と。



そんな感じで、



仕事を切り上げた僕は一路、風情ある路面電車で中学校へと向かったのでした......



続く!( ̄^ ̄)ゞ



今回の話はタイトル通り「8を巡る旅 5」から続く話となります。
天太玉命(あめのふとだまのみこと)とは、忌部氏(いんべし)の祖先ともされる神で、
この国の農業や産業、また、祭祀をも司る偉大な神と神話(記紀)には書かれています。
有名な「天岩戸神話=あまのいわとしんわ」にも重要な役割で登場するような神様。

太陽神天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れてしまい、
世界が光を失った時に、
アマテラスを外に出す策略がこれでいいのか?間違いなのか?を占った神様。

アメノウズメが踊り、騒ぎ、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせた時、
その目前に鏡を差し出し、アマテラスを驚かせ、
この世界に再び引っ張り出すことに一役買った神様でもあります。

天皇家の始祖神である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)がこの地上世界に降りた際には、
随伴する偉大な神々の一柱であったとも記されています。

「日本書紀」においてはアマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう
命じられた......とも書かれています。



そんな、かくも偉大な神様の本拠地というのは本当はどこだったのか?

なぜ封印されたのか?誰が封印したのか?

ニニギに随伴した神様という話は果たして本当なのか?



そんな、神話にもネットにも!?
明瞭に書かれていない様な話に繋がっていくのが今回のお話でもあります。
この国の創成に関わる話の「一つ」と言えるモノかもしれません。
興味ない人にはひたすら退屈な話かもしれません(´・ω・`)

そして「8」という数字は「四方八方」「全方位」であり、
転じて「全能」をも表し、「縁起がいい」ともされ。故に神の数字ともされ。
しかし、ソレを逆に転じさせさえすれば「八方塞がり」の強力無比な罠とも出来て。
「縁起が悪い」とも言えて。
「8」という数字をナゾってみれば、
延々とループを繰り返す「無限地獄」だとも気付くハズで。
無限大の記号「∞」とも同じ形だとも、メビウスの輪と同じ形だとも解るはずで。
ソレは同様の性質を持つ「0=ゼロ」を更に捻った形であって、その形は、
何処かにハサミを入れさえすれば「1」ともなるであろうことも解るハズで。
そんなことがココで記して来た「8」を巡るお話し。

「8」を巡る旅。

僕が見る「8」の姿。

不思議世界における「封印の呪(しゅ)」の話し。

記事中のテキストリンク記事や以下のものは、今回の話に繋がる過去記事となります。
纏めて置いておきます(^^)

8を巡る旅
8を巡る旅 2
8を巡る旅 3
8を巡る旅 4
8を巡る旅 5
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南知多徒然 6

2017-07-25 00:00:21 | 不思議...パワスポ寺社
さて......と......



遊んでる人達とか、近くの家やペンションのベランダの人達とか、



人目がケッコウあるけど......



脱ぐ!?



かな......



ズボン......




脱いじゃった♡(●´ω`●)

上の写真は鳥居のトコからmikoちゃんズが撮っていてくれたものなのでやんすが、
どーやら海の中にチビっと見えてる人が僕のようでやんす。
海から上がると、僕さんは皆にヒトシキリ笑われて、
毘沙門さんからもらったタオルでいろんなとこ♡をフキフキしたりして。
それで、いよいよ、宮司さんと神職の息子さんを中心に皆で鳥居の下に並びました。
すると、宮司さんに突然、荒熊の神様が降りてきて、神がかった状態になって。
集まった皆に丁寧なお礼の言葉ナドをいただいて。

「道が通ったぞ!」

とも、太い声で言ってくれて。
しかししかし、約束したことは果たさねばなるまい......と、
宮司さんも脚が不自由にも関わらず、
そのまま鳥居の下にシッカリと立ち、残ってくれて。
神社のスタッフの皆さんもちゃんと宮司さんを支えてくれて。そうして、
神職の息子さんとねーさんと僕とで神社から持ってきた三つの鈴を
頭上高くに掲げて、「つぶて浦」にその音色を響かせてみました。
鳴らし終えると、鈴はそのまま下に置き、僕は皆さんとアマテラス祝詞を唱え、
今日という日の喜びを伝え、最後に、荒熊の神様ご指定の!
「越の誉=こしのほまれ」という新潟のお酒を「つぶて岩」に注ぎ、捧げました。
この時のつぶて浦の空には、それはもう、沢山の神々や眷属の皆さんが集まり、
飛び交っていた様に思います(^_^)



鋭い視線を感じて見上げた鳥居上の空には、お約束の日輪さん。
この写真の左上には、アノ神様!?の大胆なワッハッハッ顔も......!?



僕らはその後、荒熊神社さんの社務所兼、御祈祷所でもある宮司さんの自宅に戻り、
初めてきたメンバーを中心に「フルベの鈴」を宮司さんの御祈祷と共に頂きました。
ちょうど僕さんも、
前回頂いた鈴が魔物さん達と戦ってグチャグチャに割れてしまっていたので、
(機会あれば、またいつか記そうかと......)
また新しい、特別バージョンで頂いちゃいました(^_^)



この時、そんな社務所にも沢山集まって来ていたりして......



またまた、の日輪も......



社務所では皆でお茶を飲みながら色々な話をしていたのですが、僕が

「昨日まで鞍馬にいて、今日はそこから来たのですよ。
先週とか異様に激しくせかされたりしてて......ええ。ええ。」

ナドと言ったところ、宮司さんは昔、お師匠さんと命がけの修行をしていた頃、
マサニその鞍馬の山に幾度も篭っていたという話をしてくれたのです。
そして、神職の息子さんも鞍馬にはよく通っているそうで、
特に大杉大権現社はとても惹かれ、気に入ってもいる場所なのだ、と。
そんな話をしてくれました。

「なるほど......この荒熊さんの鳥居の件もあって、それで......だったのか......」

と、僕は思わず唸ってしまいました。
この南知多の道を通すには、宮司さん所縁の地の神々の力やお師匠さん、
眷属の皆さんの力も必要だったのか、と。
伊勢神宮へ道を通すには、アレ程強い宇宙的な力が必要だったのか、と。
改めて感嘆もさせられました。

やがて、そんな風変わり!?トークも一息ついて、
僕らは荒熊神社さんがワザワザ押えてくれた、
すぐ近くにある温泉ホテルさんにチェックインさせていただきました。
お部屋は伊勢湾を広く見渡せる最上階の一番良いお部屋で。
温泉も、これまた海を見渡せる心地よい露天風呂。
お陰様でこの日は、皆、最高に寛いだ時間を過ごすことができました。
荒熊神社の皆さんや、この南知多の地に住まい、集う、
全ての方々の暖かい人柄が、どこからか心身に染み込んでくる様な、
そんな心地の良い時間が流れていきました。
ホテルのロビーには時折、僕らの話を聞きつけた方々が訪ね来てもくれて。
名古屋のMidさんとか、荒熊の宮司さんが病気や困りごとなどを色々と助けてくれた......
という様な奇跡と感謝のお話などを聞かせてくれたりもしました。

「......ハァ、おパンツで海に入ってよかったなぁ......in フルヌード露天風呂」

そして、実は、今回のハイライトは昼の天空の様子だけでなく、その日の夜に、
ちょっと意外な形でやって来たのでした。
時刻は深夜12時近く。やたら心がざわざわとして目が覚めた僕さん。
それはみんなも同様で、それぞれベランダに出て夜の海を見ていました。
心地よい海沿いの高層階のお部屋から見渡す深夜の伊勢湾。
その真上には、図らずも満月が浮かんでいました。

月は笑みを湛えた様な穏やかな空気感で、透明で温かな色味を帯びていました。

その時、これから日付が変わろうかという、まさにそんな時刻ピッタリに、
ハッキリと、月の周りに超巨大な光の輪が浮き出て来たのです。
太陽の日輪のお月様版、とでも言いましょうか。
月の輪、月輪(げつりん)が、深夜の伊勢湾上空に、しかも、
伊勢神宮があるであろう場所の真上で、満月とともに浮かび上がってきたのです。



これまでも月の周りに出ている様な月輪は幾度も見たことはありましたが、
空いっぱいの大きさの月輪、しかも満月で......という形など、
僕は見た事がありませんでした。
あまりに美しく、見事な月の輪に、僕らは時が経つのも忘れ、しばし......
かなり長い時間......見とれていました。
伊勢湾の上には月の光の道も綺麗に映しだされ、照らされていました。
それこそ、まるで、荒熊さんから伊勢への道の様で......
スマホの写真しかないのが悔やまれる(T . T)ひと時......



この時僕は、月輪の中心、満月ソノモノの中に時空の歪みの様な力を感じていました。
それはそのまま、ゆがんだ時空の先、遠い宇宙にも繋がってもいる様にも見えていて。
ユラユラと揺らめく摩訶不思議なトンネルの様にも見えていました。

あの先は......どこだ......

鞍馬や月読(ツクヨミ)さんのチカラが加わると、こーなる、のか......

スゲーな......

その時空の穴は、
物理学的な言葉で言えば「ワームホール」とでも言えるものなのでしょうか。
不可思議なトンネル空間からは、何やら色々なモノモノが......出入りし始めた......
ように......も、見えていました......
この時に皆が撮った写真も、なんだかそんな感じで......





翌日の朝。僕らはこの奇跡の一夜の興奮を荒熊神社の皆さんにお伝えし、
僕だけは、朝イチからのお仕事があったので、素晴らしい一日を頂いたお礼を一言、
その時にいた沢山の皆さんに述べさせて頂いて、そのまま、
真っ直ぐに蒲郡(がまごおり)という所へと向かいました。

が、その途中。

強い力を感じて空を見上げると、

またもや......



最早、グウの音も出ず。



その日は1日、お仕事の間中こんな感じの空でしたが、
荒熊神社さんの方では大勢の氏子さんや荒熊さんの信者さんが集まって、
プリリンねーさんのお話を聞く会なるものが催されていたとのことで。
なので上の写真もリアルタイムで皆さんにお送りもして。
ねーさん達はお話の後、集まった皆さんの個別相談タイムもとっていたとのことで。
守護霊やら神様やら、前世!?やら体調やら.....と、
ソレゾレに色々と答えてあげていたらしいです。


ちょっとした、ねーさんフェスですな( ˙-˙ )チーン


ま、何かとフォローに回っていたmiko & ikuちゃん、宮司さん達をはじめとする
荒熊神社の皆さんの尽力も大変であったろうことも容易に想像がつく次第で。
お疲れ様でございます。
暑中お見舞い申し上げます。

アチキもですね。

いちおーね。

お仕事頑張ってまちたの!

お金稼がないとね!

暮らせないのでぇぇぇぇ!(`・ω・´)/



オマケ。
今回皆に降ろされた神々の言葉を、少しばかり。
プリリンねーさんの監修ということで(^_^)



———荒熊の神———
清水(宮司さん)から電話がいっただろう。
鳥居が建ったので、私はうれしいよ。
対岸の二見浦(ふたみがうら)からの道が通ったからな。
知多半島と渥美半島は、サナの神がいたのだよ。
サナの神は、今は出雲の浜にいるだろう。
壊れてしまったからだよ。連携が出来なくなってしまったからだ。
私も封じられていたからな。手伝っていたのだが.......
夏に来てくれないか?鳥居の仕上げをしたいのだよ。
uzmetが感じていた通りだよ。
鳥居の前でふるべの鈴を鳴らしてほしいのだ。
来るものは、伊勢の猿田彦だよ。猿田彦とサルメが一緒に来れるのだよ。
7月くらいでいいよ。
国之常立之神(ナセの神)も来てくれると言っているから、頼んだよ。



———サナの神———
荒熊の神が言っていた通り、私は知多半島と渥美半島の港にいたのだよ。
ずいぶん前のことだな。
スメラの神と言われていたのは、シュメールから来たからだ。
シュメールは、メソポタミアの文明だな。
お使いがあったのだよ。ターーーイーーーゲーーーターーー星のお使いだよ。
夜に話したらいいよ。ツクヨムとね。
満月の夜から待っているからな。



———荒熊の神———
鳥居は上塗りしていないが、素晴らしい物だ。
知る人ぞ知る荒熊神社だったが、
清水が頑張ってくれたので、罪穢れは祓われていたよ。
今回、鳥居が建ったので猿田彦も来れるようになったのだ。
タマヒメも喜んでいるので、話してやってくれ。



———タマヒメ———
伊勢の廃材で作ってくれたので猿田彦が来れるようになったのです。
今までも来られたのですが、鳥居から入れるようになったので、パワーが増したのです。
猿田彦は、鳥居から入って豊受姫のところに寄って、
上に行く道が出来たので喜んでいるのです。
今までは、一旦ツカに行ってからだったのですよ。
ツカは、山の上のことです。
道が大事なのですよ。伊勢からの道がね。
毘沙門天のところの眷属(けんぞく)も起きたので、シネの土台が出来たのですね。
私のいる羽豆岬(はずみさき)から、
渥美半島の伊良湖岬(いらこみさき)に行く道も出来ましたよ。
古代は線で結ばれていたのです。
ネーサンが行ってくれたので繋がりました。ありがとう。
伊良湖岬、羽豆岬、二見浦の道ですね。
民達は知らないと思いますが、絶たれていたのです。



———関連過去記事———
南知多徒然
南知多徒然 2
南知多徒然 3
南知多徒然 4
南知多徒然 5
コタツとミカン
ぷりーず!
貴船徒然
もこもこ......な日常
鞍馬徒然
鞍馬徒然 2
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南知多徒然 5

2017-07-21 23:07:49 | 不思議...パワスポ寺社
鞍馬徒然」から続くこの話は、2016年の秋に愛知県の知多半島にある
「荒熊神社(あらくまじんじゃ)」という所を訪れたこところから始まります。
以下は、その時のことが書かれている関連過去記事のリンクです。

南知多徒然
南知多徒然 2
南知多徒然 3
南知多徒然 4
コタツとミカン
ぷりーず!

話のオサライを少しすれば、はるか昔に、
とある呪(しゅ)によって一部自由を奪われてしまっていた
荒熊の神様のお手伝いをするべく、
たまたま神様と繋がってしまった僕とプリリンなおねー様は、呼ばれるがまま、
これまで一度も耳にしたことのない神社さんに辿り着いてしまったのでした。

アマテラス祝詞とお酒、それと、拝殿で二人並んで神社の鈴を鳴らしてほしい......」

荒熊神社の神様から頼まれたのことというのは、そんな感じのことで。
問題は、荒熊神社さんに行くまでに立ち寄らなければいけない場所と
順序というのもがちゃんとあって、また、
その通りに事を進めなければ呪(しゅ)も上手く解くことが出来ないであろう......と。

その作業の順列というのは、先ずは、何は無くとも熱田神宮......それも、
境内各社を正しく回るべし、と。
その次は、知多半島の付け根、碧南市というところにある妙福寺。
次に、南知多、伊勢神宮の対岸にある「つぶて浦」という鳥居の立っている入り江。
そこに立ち寄って、
鳥居の下にある「つぶて岩」と呼ばれる大きな岩にお酒を注ぎ、祈りを捧げる。
そして、豊受姫さんと狐さん達がいる乃野神社にも寄って、そうして初めて、
伊勢湾を見渡せる小高い山の上にある荒熊神社の本殿に上がり、
お酒と祝詞を捧げ、二人一緒に鈴を頭上に掲げ、鳴らすのだ......と。そんな手順。作業。

驚いたのは、
全く知らなかった神社さんとお寺さんが神様の言葉通りに本当にあったということ。
グーグルマップで検索して出てきた時はねーさんも僕も正直、鳥肌が立ちました。
さらには、
「鈴というのもなんのことやら??」
と。
「賽銭箱前の綱のついた鈴のことなのか!?」
「いや、それだと頭上に高くあげる......という言葉の意味がちょっとわからないな......」
と。
しかし、
「とりあえず、行けばわかるべ」
と、本殿に行ってみると、まさかまさか!の、その鈴が、
拝殿中央に大きいのと小さいのと二つ並べて!置いてあって。
御丁寧に「ふるべの鈴」という名前までついていて。



こんな感じで、最初に行った荒熊神社の旅というのはとにかく驚きの連続でした。
しかししかし、最後にトコトン驚愕した!という様な事があって、
それが、90歳を超えるという神社の女性宮司さんから聞いたお話。
よくよくお話を聞けば、コチラの宮司さんは自叙伝本も出していて、
霊能者としても日々多くの人々の相談にのってらっしゃる様な知る人ぞ知る御方。
そんな方が、今年に入ってから、
自らが仕える荒熊の神様にずっと言われていたことがある......と、そう言うのです。


「今年、東から、私を助けるものが来る......と。
そう、荒熊の大神様は仰っていたのです......」


僕等が関東、東京の地から来たということを知った直後に、
マジマジと見つめられながら話して頂いた宮司さんのその御言葉。
僕ら二人はソレをどのように受け止めるべきか?少々戸惑いながらも、僕は僕で


「ここの神社はとても大事な神社なのです。それと、
古くなっているつぶて浦の鳥居も、この神社にとって如何に大切なものかと言うと......」


ということを、その場に集まる神社の皆さんに切々と話してみました。
するとこの時、
今度は同席してくれていた宮司さんの息子さんがお話をしてくれて、
それがまた少々驚かされることだったりもして......


「長年この神社を運営してきて、今回初めて、
伊勢神宮さんから遷宮の廃材をもらう事が出来まして。
それで今年、とても痛んでいたつぶて浦の鳥居をやっと再建することができそうなのです。
それは長年の僕の夢でもありました。
それが......もう少しで建てることが出来そうなのです.....」


ということ。
そして今回。僕らが改めてこの地を訪れることになったのには、そんな夢を語ってくれた
宮司さんの息子さんから頂いた一通のメールがキッカケとなりました。
そのメールは今年の4月に、このブログのメアドに届きました......


=====================================
ご無沙汰しています。
つぶてケ浦の鳥居ですが、あれからいろいろありましたが、やっと、
建て替えることができました!
人間の都合で、神様の念願されていた建て替えがなかなか出来ず、
この時期まで延び延びになってしまったことを申し訳なく思っています。
以前立っていた鳥居よりも一回りほど小さくなりましたが、
神々しさは問題にならない感じです。
uzmetさんたちとの建て替えの約束が守れてよかったです。
まずは写真を見ていただきたいと思います。



=====================================


僕は思わず返事をしました。


=====================================
やりましたねーーーーー!!(*゚▽゚*)

おめでとうございますーーーーー!!

凄いっすーーー!

感動しました!

本当にすごいことです!......
=====================================


実はこの時。僕には一つだけ心に引っかかっていたコトがあって、
それは、この時点ではまだ荒熊神社の皆さんには話していないことであり、
この返事の直後に、プリリンねーさんにだけソッと話しておいたことでもありました。


「ねーさんや。新しい鳥居の写真見たのだけど......
何かが足りない気がするのだよ。まだ。
きっと、あの下で鈴を鳴らさないと完全には通らないと思うのだな。伊勢からの道も......」


そんな会話の後、荒熊の神様からねーさんに降ろされた言葉というのが、
マサにこの通りのコトだった様で。
その言葉を受けたねーさんは、早速、それを僕や荒熊神社さんにも話してくれて、
宮司さんも鈴の貸し出しを快く了解してくれました。

そんなこんなで今回。晴れて!?
新!鳥居開通記念式典!ポンチキ・バージョン!?を行うために、
僕らポンチキーズ御一行は荒熊神社さんを再訪する事になったのです。

今回の旅もまた、強力な巫女力のあるメンツが必要の様で、
いつものmikoちゃんikuちゃんがしっかりとサポート、同行もしてくれました。
僕的にはちょうど、仕事で入っていた京都と、
名古屋の仕事との合間の1日を使うことが出来るスケジュールとなっていて、
なので皆と名古屋駅で合流。いざ!つぶて浦の鳥居へ!と、
レンタカーを走らせたのでした。

ただし、前回同様今回も、やっぱり順序があるようで、
僕らの旅路は朝イチの熱田神宮からスタートしました。











その後、勿論、妙福寺へ。
今回、妙福寺の本堂の中にはお寺のスタッフさんや家族の方達?もいらっしゃっていて、
僕らはソコで、美味しいお茶までご馳走になってしまいました。





奥の方、毘沙門堂では何やら住職さんが法要を務めていらっしゃいます。
僕らは広いお堂でかなりくつろいでしまっていて、
お寺の皆さんと和やかなお話も出来て、前回このお寺に来た時の話や、
今回来てみたら、その時とあまりに違う、
明るく抜けた感じになった境内の素晴らしさなどを話していました。
そうしていよいよ、帰ろうか、という時に、突然、
法要を終えた住職さんが顔を出してくれて、

「本日はありがとうございます。どうぞお持ちください(^^)ニコニコ......」

と、柔らかい微笑と共に妙福寺オリジナルの毘沙門天タオル!をスッと、
僕に差し出してくれたのでした。



実はこの瞬間まで、僕は車を運転しながらズーーーット、
同行メンバーには言わずに一人迷い考えていたことがあって。
それが、つぶて浦についてイザ!鈴を鳴らそうか!というその前に、
今回ばかりは、キチント、
綺麗な鳥居前の海で心身を洗う......禊ぐ......方が良いのかなぁ、どうなのか、な......と。

でももももも、もも。

僕さん、海パンとか持ってきてないし。当たり前だし。

明日も仕事だし。

ん?

パンツ?

女子達の前で?

おパンツ一丁で海に?

いやいやいやいやいや......

そりわ、やりすぎでちょ。無理っす。そんなの。

普通の人だし。わちき。お祭りワッショイ!でもないし。ホンジツ。

でも、やっぱり、

禊いだ方が......いいのか、な!?......荒熊さんだし。

どーなんだろ......

なんていう、そんな迷い。悩み。

それが、この時。
住職さんが差し出してくれたタオルでもって完全に!
腹を決めさせられたのでした......

「......わかったよ。
入ればいいんでしょ。入れば。海に。
生おパンツで。
わかりまちたよ。
このタオルで拭きまちゅよ。やりまちゅよ......毘沙門さん。りょーかいっす。。(*´-`)」



そうしてたどり着いた美しき「つぶて浦」
建ったばかりの真新しい鳥居。対岸の伊勢神宮の山々も、
孤島、神島も、綺麗に見渡せます。
すげーっす。
サイコーっす。
大切な鈴も、宮司さんをはじめとする荒熊神社のみなさんがワザワザ、
海岸まで持ってきてくれたのでした。



さて......と......



遊んでる人達とか、近くの家やペンションのベランダの人達とか、



人目がケッコウあるけど......



脱ぐ!?



かな......



ズボン......



......つづく......
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ガラスの靴の物語 6

2017-05-18 00:01:06 | 不思議...パワスポ寺社
フラの女神と伝わる「ラカ=LAKA」さんと「カポ=KAPO」さん。
次回は、最後に、
東京に戻ってから神々に教わったお話をココに少し記し残しておこうと思います。
もちろん、僕の「ポワッ......」とした感性だけで記すのはとてもイケません!ので、
そこは伝家の宝刀!プリリンねーさんのお言葉預かり!も合わせて、
互いに審神者(サニワ)したものを記させていただきまつ。が、
あくまで!?マニア向けのポンチキ情報です。

人に話してもまず!イイことわありません!ので( ̄w ̄)ぷぷ。。

特に「フラ」関係の方々なんぞにお話しした時には......

救急車を呼ばれちゃうぅ!?かもしれませんので。ええ。ええ。

全て、おとぎ話の自己判断ということで。何卒。




————ホゲツ姫=おおげつひめ=大宜津比売————
uzmetさんは、「リンゴの山」がわかったと聞きました。る
ルースの神(神話には出てきませんが、マウナ・ロアの男神)とも友達です。
今回はカウアイ島に行って「ガラスの靴」をもらったらしいですね。
「ガラスの靴」はシンデレラの物語に出てきますが、本当にあったのですよ。
宝の話がわかってくれて私はうれしいです。



————タゴリ姫=宗像三女神ハワイとの縁が深い日本の女神様————
タゴリよ。
昨日は、鳩になってuzmetの部屋に行ったわ。(カウアイ島に行く前日、オアフ島にて)
高かったから疲れたわ。
空にペレが来ていて宣伝していたわ。
「カウアイ島にようこそ」と言っていたわよ。
カウアイ島は、ハワイの初めての島だから、行って欲しかったみたいよ。





————ラポ————
私はラポです。
カポとラポという双子なんですよ。

ポリアフは母です。
ラカは私達の夫です。

フラの話はいろいろ入り交じっているのですよ。
uzmetさんがカウアイ島の聖地に来た時にいたのは、
私達(ラポとカポ)とメネフネでした。
uzmetさんはハワイ島の「ホナウナウ」でも見かけましたよ。
ブーゲンビリアとプルメリアのレイを割って置いていました。

うわついていない人だったので「ホナウナウ」のこともわかりましたね。
今回、カウアイ島に来て、フラの聖地に普通は入れないのに入れたのは、
メネフネに気に入られたからですよ。
メネフネは常にはいませんが、高い技術があるので、
一夜にしていろいろなものを作ることができるのです。

つまらないことが、多くなってしまいました。

鉄のものが増えて、自然がなくなってしまったからです。
かつての民達は、境(さかい)がなかったのです。

今回も、メネフネが気に入らなければ行くことは出来ませんでしたよ。
「ホナウナウ」のことが、わかってくれたからです。
レイのことや、裸足になっていたことで、許可が出たのです。
つーーーーみーーーーがある人が来るだけで、修復するのに時間が掛かるのですよ。
uzmetさんは子供を抱いているようにユラユラしていましたね。
聖地は子供が生まれる場所なのですよ。
罪穢れのある人も、生きられるように生まれ変わってもらう場所でした。
だから、わかってくれたと言ったのです。



————カポ————
カポです。カウアイ島の桟橋にいたのは私です。
uzmetさんは裸足になっていたので、
わかってくれる人だと、メネフネも言っていました。
ボカスの神が「ガラスの靴」を履かせていましたよ。
フワッとしているはずです。



————ボカスの神————
ボカスの神だ。
昨日は、私が上から見ていたのでuzmetは驚いていたな。
uzmetは背中にノロシを着けて歩いていたから、目立つよな。
(ノロシ......またいつか記しますが、出雲、美保神社でのお話)



————メネフネ————
メネフネです。
靴の中にいましたよ。
私は「スチの精」です。ココナッツの神と一緒です。
わかってくれる人は、世界にはいるのですね。



そして、帰国後もずっと気になっていたのは、
中途半端な探し方になってしまっていた「シンデレラの靴のレストラン」のこと。
僕は、上記した神々から預かった言葉をパソコンにノートしている時に、何気なく、
ネットを検索してみました。
キーワードは「シンデレラの靴」「レストラン」「カウアイ」
でも、やっぱり、それらしきものは全く出てきません......が、その時、
一つ興味を引かれたタグラインがありました。それは



———————カウアイ島で結婚式! ツアー お得!————————



「あ!これ。。。か。。。

これだ。

シンデレラって......花嫁さんのことじゃん......」



どうやら、シンデレラの靴のレストランとは、この
「グランド・ハイアット・カウアイ・リゾート&スパ」
=「Grand Hyatt Kauai Resort & Spa」
というホテルの中にある美しいレストランのことの様です。
やっとピン!とキマチタ(^ν^)
「ポイプ=Poipu」という、上のあざらし君(ハワイアン・モンク・シール)
が寝ているビーチのすぐ横。
このレストランに繋がるホテルの回廊にはいくつかのショップが連なっていて、
その中にはちゃんと靴屋さんもありました。
そして何より、ここはウェディング推し(おし)のホテル。
シンデレラの様な美しいドレスもブーケも靴も、フラのショーも、なんでも揃います。
場所的にも......いわゆるパワースポット的な場所に位置しています。
僕は早速、念のため、
プリリンねーさんにも話してハワイの神様に確認を取ってもらいました。

「そーだって言ってるよー(^^)」

今度カウアイ島に行く時は、
このホテルに泊まってみたいなぁ......なんて思ってます。ええ。ええ。









そして、この時にもう一つ。面白いタグラインが見つかって。それが

——————スワロフスキー シンデレラの靴 限定商品!———————

「まじか!?
買う!買っちゃう!買えってことじゃんね。
これくださーーーい!カード決済デェェェェーーーーっ!」

と、僕はその商品をカートに入れ、商品が到着するのを今か今かと、
ソワソワと待っていました。
これが到着したその「シンデレラの靴 by スワロフスキー」さん(^^)



まさにガラスの靴。そのもの......

すげー。。

綺麗ぇーーー。。

宝物ぉーー。。

ということで、晴れて!我が家にもちゃんとした!
「リアル・ガラスの靴」がやってまいりました(^^)

......って!!もういっちょ!マサニその時!
また「ピン!」と思いついたことがありまちて......それは、
最早、あちこちからファンメールをいただく超人気者の「ツカヘイ」さんのこと。
実は、ツカヘイさん。
ここしばらく記していなかったのですが、数ヶ月前に「いいなずけ」だという
「ハナちゃん」という座敷わらしの彼女を故郷の大山から連れて来ていたのです。
我が家にも。ええ。ピンクのちゃんちゃんこを着てます。彼女。ちなみに。ええ。ええ。
それで、その彼女とつい最近正式に結婚することになったようで、
今回のこの「ガラスの靴の物語」というのは、どーも......
そこにも関係していたような気がして来て......



————ツカヘイ————
ツカヘイです。
シンデレラの靴がきました。
uzmetさんは、ボカスの神にもらったシンデレラの靴を履いています。
家に来たシンデレラの靴は、私とハナちゃんのベッドになっています。
今はまだ、祝言を挙げてないので、私は下の方に、
ハナちゃんはかかとのところに寝ています。
キラキラとキレイです。



アレレレレレレレレレのレェェ...Σ(-`Д´-ノ;)ノ!?
もしや!?今回の一件って......また!?ツカヘイ仕込み!?
結婚祝いの品!?なんじゃね!?
そっか......メネフネさんも精霊友達だって......確か、言ってたな......!?

「またツカヘイにヤラレタの!?オレ!? ガ——(゚Д゚;)——ン!」

......と、そんなこんなで今では、実物版ガラスの靴は
ツカヘイ」さん達のお気に入りのソファー&ベッドとなっています。
ちなみにツカヘイさん達の新婚旅行は青森県の「三内丸山遺跡」だそう......で。(;゚ ロ゚ )

そして、見えないガラスの靴の方は......というと、
時折体がミョーーーに軽くなったり!するもので、たまに足元がおぼつかなく......
未だ履きこなせていなく......
そこへきてハワイから戻ってすぐ、お仕事で渡ったニューヨークのホテル辺りで、
網走の時と同様、
行き場のないお化けさん達を幾人か背負って帰ってきたりなんかしちゃうと
......
とかく体のバランスを崩しやすくて。。ええ。ええ。
転びそうになったりと。つまんないトコで。ええ。ええ。
するってーーと......



コーーーーーーナル!わけでやんすな(T 。T)ええ。この前書いたとーり。


で、6回にわたって長々と記してきたこの話......実わ!!!!


ケガの言い訳!!(=゚ω゚)ノ


なのぉぉぉっ!


だって、フツーに話しても誰も信じてくれないんだものぉぉーーー!


「オヤジになったねぇ、、( ̄▽ ̄)、、」


なんて!


みんなに言われたくないんだものぉぉぉーーっ! ( 」´0`)」オォーイ!


お疲れちゃーーーーーん!!(=゚ω゚)ノ


実は全てが繋がっている!?シリーズは、
以下にまとめてリンクしておきまする(^^)ええ。don-bikide.dokusya-heruheru.


ガラスの靴の物語 1
ガラスの靴の物語 2
ガラスの靴の物語 3
ガラスの靴の物語 4
ガラスの靴の物語 5
Gut Feeling
古傷
insanity
銀座試合(* ̄^ ̄*)
ハワイ島徒然
ホナウナウ
縄 —なわ—
がんだるふ
がんだるふ 2」
虹の見え方
青き炎 大和編」(コメント欄にココ迄読んでくれた方への!?虹の話があります)
コメント (4)
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ガラスの靴の物語 5

2017-05-14 00:03:00 | 不思議...パワスポ寺社
そして、とても面白いのは、この話は直後に戻ったオアフ島と、
帰国した日本でも少々続いていったことです。
それは、改めて知ることになった「シンデレラの靴のレストラン」の場所。
そして、「ガラスの靴」の秘密。




カウアイ島から戻った翌日のオアフ島では、
友人達と4人でB級グルメ!ドライブに出掛けました。
朝、美しく輝くダイヤモンドヘッドからノース・ショアへと向かい、その道中、
車がドールのパイナップル・プランテーションに差しかかった時、皆は

「ちょっと寄りたい!」

と言っていたのですが、僕はこの時、この場所で、帰り道に神様が
「ガラスの靴記念の虹」をかけてくれる......様な気がしていて、みんなには

「あのさ、帰りにココで虹が出ると思うから、そん時に寄ろうよ。今はスルーで。
マジで。楽しみにしといて〜(*´ω`*)」

......などと、冗談ぽく言い放っていたのです。
しかし、果たして。その通り。
帰り道。夕方近く、ドール園に差し掛かった時に突然のスコールと太陽が。
そしてソノ直後、見事な虹のアーチがかかりまちた♪( ´▽`)のです。
皆さんマジ、アゼーンで。。



ハワイのボス。マウナケアの女神、ポリアフさんの御技。
この派手な登場から.....



こーなって......



こーなって......



虹になるわけです(^^)
アッ!という間の空間演出。
巨大な白いドレスの回りには天使さんも舞っています。スゲーのです。
この時、いくつかメッセージもポロポロと降り預かってもいたのですが......
一緒してくれていた3人の友人達からは、この時以来
「コイツ、どーやら頭がおかしい人だ」「あの人の目を見ちゃダメよ!ウツルわよ!」
というレッテルを完全に貼られてしまいまちた......(*´ω`*)むむーん......

そして、帰国直後。
今度は千葉県に住む「ねーさんの後継者!?」的な能力を持つ「みゆきちゃん」から、
FBにメールが届きます。
内容は、どうも僕らの住む関東の南の辺りでは、
僕がハワイから戻った日から二日続けて日輪が出ていたそうで。
彼女特有の稀なる感性は、その空に畏怖すべき神様の存在を感じていたらしく、
そのことを写真付きで僕に送ってきてくれたのでした。

「ソレ、空港から帰る時に友達とちゃんと見ていたよーーん♪(^^)」

と、その返事をした時に、僕は何気なく、
カウアイ島で撮ったお気に入りの「聖地と靴の写真」を添付して送りました。
その時のスレッドを、みゆきちゃんの許諾もいただき、そのまま転記すると......



「—————入れてもらえたの。驚いた。
フラの生まれたところなんだよ。
奇跡だよ。ありえん。
凄かったよ(^_^)泣けた。」

「わーーー(T-T*)凄いです...
こんな写真普通では撮れないですよ。女神様とか大王がいるのかな。
自然と神と人間が融合していて最高です(^^)
ん?UZMETさんのくつに小さい神様が...!!」

「うーむ。。ミユキちゃんはスゴイねぇ。。
メネフネさんだよ。。」

「メネフネさんという神様なのですね(^^)!
UZMETさんの靴の中にいます( ˆoˆ )/
ラカ...カポ?もいますね」



彼女がハワイの神話、ましてや、フラの歴史やカウアイ島の神話......
それは「メネフネ」と呼ばれる小人、精霊の話ですが......を知るはずがありません。
間違いなく、ソレはありえません。
しかし彼女は、いつか銀座で初めて会った時に、
瞬時に僕の後ろの神様と座敷童の「ツカヘイ」さんを見極めてしまったのと同様に、

僕の送った写真を見てハッキリと「ラカ、カポ......大王、女神」という、
普段、日本ではまず聞くことのないキーワードをスッ......と出してきたのです。



フラの女神と伝わる「ラカ=LAKA」さんと「カポ=KAPO」さん。
次回は、最後に。
東京に戻ってから神々に教わったお話をココに少し記し残しておこうかと思います。
ガラスの靴の意味の1つに関しては「Gut Feeling」でも記しましたが、
実は他にも教わったことがありましたので、その辺りのことをもう少しばかり。
もちろんソレは僕の「ポワッ......」とした感性だけで記すのはとてもイケません!ので、
そこは伝家の宝刀!プリリンねーさんのお言葉預かり!も合わせて、
互いに審神者(サニワ)したものを記させていただきます。が、
あくまで!マニア向けのポンチキ情報でございまつ。

人に話してもまず!イイことわありません!ので( ̄w ̄)ぷぷ。。

特に「フラ」関係の方々なんぞにお話しした時には......

救急車を呼ばれちゃうぅ!?かもしれませんので。ええ。ええ。

全て、おとぎ話の自己判断ということで。何卒。

......次回、最終回へと続きます(^^)
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ガラスの靴の物語 4

2017-05-10 05:53:17 | 不思議...パワスポ寺社
辿り着いた憧れのヘイアウ(聖地)は海に向かって拓けて(ひらけて)いて。
とても神々しく、僕の目には眩く(まばゆく)光り輝いていました。

————そして、とてもじゃありませんが、
そこは「靴」を履いたまま入れる様な場所ではありませんでした————————








その地は、もう、いたるところに神様と精霊の気配があって。
それは所謂「マナ」と言って良いもの?なのでしょうか......
海に向かってそそり立つ岩壁や天空からは気高き、崇高な神様の気配が降り注いでいます。
僕は靴を脱ぎ、リュックから持ってきたミネラルウォーターを取り出し、一礼をして、
その御敷地に足を踏み入れさせていただきました。



しばし......


時が......


止まります......


いつか、ハワイ島で見た、


ただひたすらにマウナ・ケアに捧げられていた、


あの気高く、崇高なフラの、



その生まれた聖地に......


今、いるのか......



「この石......か......」

僕は持ってきたフラの絵が描かれているミネラルウォーターを
石の窪みに注がせてもらいました......

場の気が、突然、強く流れ出します。

その動き出した気流に乗せて、僕は、はるか太平洋の彼方から持ってきた心からの祝詞を、
岩壁に向かい、捧げさせて頂きました。
以前、アマテラスさんから降ろしてもらった秘伝正統なる祝詞。
日本人として、誇りある捧げもの。そういう気持ち。

すると、太陽の周りに強烈な虹が......







(T 。T)ぶぇ......

いつかの、富士山の山頂で見た太陽......アマテラスさん......と、同じ!?似てる!?

振り返り、今度は海の方を見ると......



不思議と、僕はなんだか踊りたくなりました。

誰もいない憧れのフラの聖地。

ただ一人。

僕は、精霊さん達に身を委ねながら、

できる限りの無心で、気持ち良く、素直に、体を動かしてみました。

崖を背に、海に向かって踊ってみました。

ゆっくりと左手を天空に差し出し。

ゆっくりと上下左右に揺らし。

右手も柔らかに天空に掲げ、また、揺らし......

足は左右斜め前後に送り出し、緩やかなサイドステップを踏んでみます。

やがて両手を合わせ、そのままゆったりと空に上げ......

一緒に、平行に、左右にゆったりと......揺らし......

......なんでしょう......

これは......

......ゆりかご。

赤ちゃんを授かって......その喜びを......天の神様に......捧げる様な.......

泣き喜ぶ赤ちゃんを、あやす......様な......

......そうか、

フラの原点......

子供を授かった喜びの舞。

狭き、閉鎖的な孤島で子供を授かるということは、とても尊く、とても大切なこと。

限られた土地の中で、血を絶やさず、愛すべき子孫をちゃんと残して行くこと。

......そうか。

授かったばかりの命をあやしつつ、その感謝の気持ちを神様に表す......届ける......

そんな踊り。

これが、フラ......

あのハワイ島で見た、ただひたすらに山にだけ捧げられていた美麗で壮麗な舞は、

あの優しさと、柔らかさと、動きのたおやかさは、

それは子供を抱いていたからだ。

そうか。

これが、フラの原点なんだ......

「HULA=フラ」というのは調べ、勉強してみると、
いわゆるショー的に行なっているものはごく最近に作られて来たものなのだそうです。
ソレは「アウアナ」とも呼ばれ、
多分にショー・アップされている部分もあるようです。
そして、その元となった古来からの伝統的なフラというのは
「カヒコ(古典)」と呼ばれ、元々は自然崇拝の宗教や儀式の一部でもあり、
自然の動きや森羅万象を体現し、
それら全てに宿る神々に感謝を捧げる踊りでもあったのだそうです。

起源には諸説あり、正誤はつかない様で、
一説にはモロカイ島のカアナという地で始祖である女神「ラカ」が生まれ、
そこでフラを起こした......という説もあるそうで。
一方「カポ」という「ラカ」の姉とも母とも伝わる女神が
ニイハウ島やカウアイ島で起こし、諸島に伝えて行った......という説もあります。
更には「ラカは男性であった」とする説も沢山あり、確かに、
本来のフラは「男性しか踊ってはいけない」とされていたこともある様で、
この「ラカ男性説」もよく語られている話です。
この場合のフラは時に戦の前の気合い入れ!
所謂「ウォー・クライ」として語られる様なこともあるそうで。

そんな諸説の中、
一般的には「女神ラカ」を始祖、守護神として崇敬される形が一番多いとのこと。

今回僕が訪れたカウアイ島のヘイアウ(聖地)の正式名称は
「ラカの神殿=Ke-ahu-a-Laka Halau Hula=ケ・アフ・ア・ラカ・ハラウ・フラ」
フラの女神ラカに捧げられた古代神殿であり、
正統で厳粛なフラを教える修行場でもあり学校でもあった場所だとされ、
ここからフラが生まれハワイ諸島に広まったという一説を有している地。
「チャント」と呼ばれる古典フラには欠かせない「詠唱」なども、
この地で伝えられて来た......とも言われている場所。

諸説あるそんなフラの起源の真偽は僕などにはわかりませんが、
兎にも角にも、フラの歴史を勉強する中で、僕はこの地に強く惹かれたというわけで。
また「ハワイ諸島最古の島」ということの意味も、僕にはとても大切に思えていたわけで。

そんな憧れのフラの聖地で、
神様や精霊さん達!?から僕が教わったことは、実は、上に書いた通りで。

僕は、ただ一人。ただただアホウの様に。
気がつくと授かった子供を空高く優しく掲げ、
子供と共に天に感謝を捧げる様なイメージの踊りを舞っていたのです。



僕の感じた「超個人的な」フラの起源とは......



そういうことです(^^)



フラとは、言わば、授かった命そのものへの感謝。。。



そんなとても不思議で心地よい時間と、
神々や精霊さん達からフラの秘密!?を教えていただいた僕は、チョット涙ぐみながら、
再び聖地に一礼を捧げ、御敷地を出て、もう一度靴を履き、山を下りました。

靴を履くときには、なんとなく。
桟橋でもらった「見えないガラスの靴」が見えた様な......そんな気もしました。

ビーチに戻り、しばらく感激の余韻に浸ろうと思った僕は、
人気のない方に歩いて行き、砂浜でもう一度靴を脱ぎ、座り込みました。
そして、さっきまでいたフラの聖地のある場所をただボーーーーッと、眺めていました。





以前「Gut Feeling」という記事でも載せましたが、僕はこの「靴の写真」がとても好きです。
この旅のために新しく買ったトレッキングシューズ。
でも、肝心の聖地に入る時には、この新品でお気に入りの靴は全く使わず。
でも、足元には見えない不思議なガラスの靴がある様な......
この時、僕はそんなことを思いながら裸足で砂浜と海と聖地のある崖を眺めていました。

静謐(せいひつ)なる感動

それが、この日を表す言葉でしょうか。

そして、とても面白いのは、この話は直後に戻ったオアフ島と、
帰国した日本でも少々続いていったことです。
それは、改めて知ることになった「シンデレラの靴のレストラン」の場所。
そして、ガラスの靴の秘密。

......続きます(^^)
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ガラスの靴の物語 3

2017-05-06 18:01:21 | 不思議...パワスポ寺社
そんなこんなの桟橋事件。レストランはともかくとして

「シンデレラの靴......とは、どーも、このことだったのではないのだろーか......」

と。僕は桟橋から車に戻りながらそんなコトを考えていました。
なんとなく、神様から不思議な「靴」をもらった様な。そんな感覚。
その後、妙に軽くなった体とともに僕は、初志貫徹。
再び「フラの聖地」へと車を走らせました。
もちろん、足元には神様からもらったシンデレラの靴。
その靴は、正確には「見えないガラスの靴」の様なイメージで......




そして到着した!念願の!島の最北端にある小さなビーチ。
ケエ・ビーチ(Ke'e Beach)と言うのだそうです(^ν^)
どうやら、このビーチを囲む崖の上の方に、
フラにおける最重要地の一つと伝わるヘイアウ(聖地)がある様です......



この先は徒歩やヘリ、船でしか行けない秘境「ナ・パリ・コースト=Na Pali Coast」
僕は車を降りて、水を入れたリュックを背負い、
左手上方に聳える崖を見上げながらビーチに降りていきました。
すると、噂通り、岸壁の上に登っていくトレイルには「立ち入り禁止」の看板が。
さらにその日は、前日夜に大雨警報が出されたくらい降り続けた雨のせいもあってか、
道の入口にはパーク・レンジャーのユニフォームと帽子に身を固めた金髪の女性がドン!
と椅子を置いて座り込んでもいて。。

「NOーノーよー。ダメよー。今日は危険日よー。
ここから先に行ったら死んじゃうかもよー。カウアイ・ナメンナヨー( ̄ー ̄)

と、たまにやって来るトレッキング好きな人達にクールな眼差しでストップをかけています。
リュックを背負った僕さんはそんなクール・レンジャーの彼女の前を
「俺はタダ泳ぎに来ただけだピョーン♪」
顔で通り、そのまま砂浜に下りていきました。



一年ほど憧れていた、念願の「フラの聖地」を戴く可憐なビーチ......
座り込み、しばし、ボー〜〜っとする僕さん......



そのあまりの美しさと「目的達成!」のディープな満足感に溺れる僕さん(T ^ T)ウルウル......
ご満悦♪のゴキゲン様ぁー\(*´ー`*)/アチキわおぼれてるのぉ〜奥様ぁ〜♫
と、その時。フト、もう一度、その憧れの聖地のある崖を見上げると......





あわわ。。(;゜○゜)

降りてる。。

いるやんか。。また。

神様。。

もしかして!?

イケる?

のか!?

なうぅ!?

そんな気持ちが

「ブワワワワワワ〜〜〜〜〜っ」

と、強烈に湧き上がって来てしまった僕さんは、試しに、
さっきのパークレンジャーさんの方へと、イソイソと近づいて行ってみました。
その時、金髪女性レンジャーさんは相変わらず通行止看板の下の椅子に座り、
本を広げて時間を過ごしていたのですが、僕は、あえて、まるでピエロのように、

「ジーーーーーーッ......」

と、キッチリ90度に腰を曲げた、
大袈裟でオドケたオトボケポーズで彼女の顔を覗き込んでみました......

「ジィィィィィィィィィーーーーーーーーット。。ジィィーー。。('◉ 。◉’)キモイデショー」

するとどうでしょう。
ポンチキでエキセントリックな視線を感じて、本からスッ......っと顔を上げた彼女は、
僕のキモイ「ジィィー......」に対し、口元を「ニヤッ( ̄ー ̄)」っとさせ、
そのまま僕の目を少し見つめた後、また!読んでいた本に視線を戻したのです。
ソレはさっきまで

ダメよーダメダメ!♡

と訪れる人々に言っていた感じとは明らかに違うニュアンス......
念のため、僕は彼女が視線を本に戻した後もしばらく同じ「オバカポーズ」でもって
彼女の顔を見ていました.....が、ノー・リアクション。シカト。
彼女は座ったまま静かに本を読み続けています。
この時、僕の頭には彼女のこんな言葉のイメージが勝手に浮かんで来ました......



「あーー、あんた。
わかってるわよ。どーせ、この上のヘイアウ(聖地)に行きたいんでしょ?
よくいるのよ。たまに。そーいうヤカラが。
全く、何もわかっていないのにさ、いいことあるかなー......なんて行っちゃう奴が。
わかってるわよ。もう。
ま、本当はダメだけどね。
でも、まぁ、見た所わざわざアジアの方からはるばる来た!って感じだし。
ま、悪い奴では?なさそーだし。だらしなさそーだけど。遭難とかしなそーなタイプだし。
いいんじゃない?
朝まで降ってた大雨のせいで今日はほとんど人来てないし。
大雨警報まで出てたしさ。
ま、いいわよ。今日は。おめーわ。しょーがねー。
見て見ぬフリしとくから、さっさと行っておいで。
その代わり!
荒らすんじゃないわよ!
いいこと!その時は神に変わってお仕置きだからね!
訴えるわよ!身ぐるみ剥がすわよ!わかった!?
じゃぁ、もう私の時間を邪魔しないでちょーだい。私は今、この
“レンジャー隊にしか出来ないダイヤモンドな恋♡” っていう名作小説を読んでるんだから。
とっととお行き!シッ!ツッ!」



きっとそんな感じで彼女は僕を見逃してくれたのだと.......
そんな圧倒的に自己中心的な解釈をしでかした僕さんは、
依然「ジーーッ.......」と彼女を見ながら、
それでも敢えて!?本を読んでいる彼女のスグ横を通り、
「Keep Out!」と書かれている看板とロープをスルリと超えて、
とうとう崖の上へと続く小道の中へと入ってしまいました。



「マジか!?
入っちゃった。
いっか。ま、いっか。行くぞ!行ったるわっ!」

と、ちょっとコーフンした僕は、
そのままエッサエッサと南国のジャングルの中に続いている細い坂道を登って行きました。
途中には水が湧き出し流れているところもチラチラとあったりする素晴らしい南国の大自然。



そんな入り口からほんの8分程度でしょうか。
山肌に広がる熱帯雨林の中をまるでトンネルの様に抜けて行く小道を崖の中腹ぐらいまで
登って行った時、その道の先に、もう、明らかに開けている!場所が見えて来ました。

「きっとあそこが、アノ、フラの生まれた聖地なんだ......きっとそうだ......」

そして僕は、その念願の聖地に立つことができました......



辿り着いた憧れのヘイアウ(聖地)は、切り立った崖を背に、
海に向かって拓けて(ひらけて)いて。
とても神々しく、僕の目には眩く(まばゆく)光り輝いていました。


————そして、とてもじゃありませんが、
そこは「靴」を履いたまま入れる様な場所ではありませんでした————————


このお話はもう少しだけ続きます。
ポンチキーズ以外の方々にはなんだか申し訳ないですのぉぉ......まいどぉぉ(*´ω`)。。




今オーストラリアでちょっとポンチキ中なのですが......
こんなパッパラーな記事を南半球なんぞで書いてるのでやんす......ね。僕さん(*´ω`*)






ケアンズの街はなんだかとても美しいっす♪(^^)
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ガラスの靴の物語 2

2017-05-02 00:09:15 | 不思議...パワスポ寺社
「シンデレラの靴のレストランに行くといい。行けばわかるだろう」

僕はフラの生まれた聖地を目指しつつ、もう一つ、時間的に可能であれば、
シンデレラの靴のレストランも探し出してみようかと、車で乗り出しました。
走り出してみると、その日の空も、
本物のフラを初めて見せてもらった時のハワイ島の空の様に、蒼く、
なんだかトテモ輝いている様に見えました......






結論から言うと、以前「Gut Feeling」という記事で触れた通り
「シンデレラの靴のレストラン」は見つけられませんでした。
理由は明瞭で、この時の僕の一番の目的が「フラの聖地」であったということで、
探した場所がその移動行程の範囲内でしかなかった......ということ。
それと、もう1つは、神様から言われたニュアンスが、いつもの
「是非とも。よろしく。」
という感じでもなく、
「もしカウアイ島でご飯食べるならそのレストランがオススメだよーーん(^_^)」
的な!?いつになく!?ポップでキュートなものでもあったので、
自分の中に沸き立つ使命感や強固な意志がいつもよりあまり無かった、ということもあります。
前回記した「とある教会」の話や、それと同じハワイ島の話で言えば、
未だ神様からのお許しが出ていないので記せていない「リンゴ山探し」の話とか......
そんな、とりわけポンチキな話の時とは全く違うニュアンスでもあって。
なのでかなり緩やかに探していたという感じでした。

それでも道の途中途中で靴屋さんとかお土産やさん、
工芸品やアート工房等が隣接している様なショッピングモールやレストランを見つけると、
必ずちょこちょこと車を停めてシツコク覗き探していたのです、が、
「ピン!」と来る様なトコロはまったく無く......
飾られている様な靴やガラス細工的な靴も見当たらないし......
「もしかして、ステンドグラスに描かれてたりするんちゃうかな!?靴......」
なんていうことで、美しい教会などに寄ってみたりもしたのですが、
やはり「シンデレラの靴的なもの」とレストランは見当たらず......





しかし。しかし。
やはり「フラの聖地」へと向かう旅というのはナニヤラとても楽しく♪( ´▽`)
ワクワク度満点!なものであって。特に最初、
「この辺にあるんじゃね!?シンデレラの靴のレストラン......」
とふんでいたハナレイ・ピア(Hanalei Pier)は、感涙の美しさで......







この周辺でもレストランは見つからなかったのですが、この桟橋の正面には、正に、
そのフラの聖地がある岬がとても綺麗に見えるのです。。

そんな桟橋の真ん中に来た時、僕は突然、頭を奥中から揺さぶられる、例の!?
いつもの!?神様感覚に襲われます。

「あっ!?イル!?どこ?どこよ?......なんかスゲーつえーな。この神様......」

と、僕は先ず周りをぐるりと見渡し、そして、ピン!と来たのは頭の真上。
それは本当に頭のすぐ上、手が届きそうなとても低いトコロに出てきた雲さんで。
この写真の上部に見切れて写っている雲さんなのですが......



その雲を追って、そのまま頭上を見上げると......



どもどもぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!(*´∀`*)ノ
来まちたよぉぉぉぉーーーーーーーっ!
神さまーーーーーーーーっ!こっちもでっかぁぁーーーっ!?





この時。これまで未だ一度も会ったことのない神様だったのと、
その力のスケールがあまりに大きかったので、
僕さんはラインでブリリアントな能力を光らせる横浜のプリリンなおねー様まで、遥々と、
こんな迷惑メッセージを送りました......

「いま真上に来てる!話してみて!
スゲー神様がいるんだよ!頭のてっぺんが凄いんだよ。
おわわっ!?笑ってくれた!」







「ガラスの靴があるでしょう。と言ってる」

「わからん。」

と、そう答えた直後、

「わにゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?☆$★#£€!?
なんか!?なんか、あ、足が、、、、!?( ̄O ̄;)@&¥$%#☆★!?」

この時僕は、足元に何かがフサッと被さって来て、体が宙に浮く様な感覚に見舞われました。
こういう時、僕に必ず起こる頭のてっぺんの僅な膨張.......通称、ナス頭な痛み......も健在で。
なんだかズシーーン.....と重い圧力や軋み(きしみ)みたいなモノを
頭の奥底から感じてもいる状態。
僕はそんな状態で桟橋の真ん中でただ一人、とても大人気ないキュート♡な声を出しながら
大空に向かって手を振ったりなんかしていました。人から見たらバカ丸出し。警察通報。
そこにまたねーさんからのラインが入ります......

「ボカスの神っていうんだって。ポリアフの夫らしいよ。」

「ま、マジか。。ドーリで。。パワフル、、で、、そーか。。」

そんなこんなの桟橋事件。レストランはともかくとして

「シンデレラの靴......とは、もしかしたら、このことだったのではないのだろーか......」

と。桟橋から車に戻りながら僕はそんなコトを考えていました。
なんとなく、神様から不思議な「靴」をもらった様な。そんな感覚。
その後、妙に軽くなった体とともに僕は、初志貫徹。
再び「フラの聖地」へと車を走らせました。
もちろん、足元には神様からもらったシンデレラの靴。
その靴は、正確には「見えないガラスの靴」の様なイメージで......


......こんなドープでポンチキな話は、風変わりな方々には次回も、続きまする。
クールでノーマルな方々には、しばし......ごめんなさいマンボーでする(*´ω`*)。。
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