波打ち際の考察

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波屋山人

こぶしや足で女性に触れたら、虐待者と言われても仕方ない

2009-07-20 21:00:55 | Weblog
ぼくはあまり井上ひさしさんの本を読んだことはない。
「吉里吉里人」は学生の頃に楽しく読んだ記憶があるけど、「ひょっこりひょうたん島」の番組は見たことがないし、こまつ座の劇も見たことがない。

特徴的な、おもしろい顔をしている人だなという印象しかなかった。
ところが、昨年あるイベントで井上ひさしさんを間近に見て、意外にいい顔をされているのではないかと感じた。
失礼ながら、思ったより出っ歯でもなく、変顔でもなく、落ち着いた表情で、普通に話をされていた。

そういったことが念頭にあったので、ふと井上ひさしさんの前妻が書いたという本を見つけたときに、ちょっと読んでみようかという気になった。

感想としては、まあ、いろいろ大変ですねとしか言いようがない。
本の内容としては自費出版レベルかもしれないけど、井上ひさしという有名人を扱っているから商品になり得ている。

本の記述からは、井上ひさしさんに対する恨みは感じない。
淡々と家庭内暴力の様子や家族の葛藤が描かれている。
12年前を振り返り、思い出話として記したのだろうか。
それでも、井上ひさしが暴力をふるっていた証言として、重みがある本であることは確かだ。

井上ひさしさんにも、言い分はあるだろう。
本気で殴っていたら半殺しにしてしまうから加減していたとか、
元妻が口達者で挑発がすごいから思わず手を出してしまったとか、
何を言ってもきかないから堪忍袋の緒が切れてしまったとか、
芸術家は社会組織の価値基準に沿って生きないとか、
いくらでも言いたいことはあると思う。

だけど、手を出してしまったら、男はドメスティックバイオレンス男の烙印を押されてしまい、社会的に非難されてしまう。
非力な男でも、平均的な女性よりは筋力が強いから、男がちょっと手を出すと、女性を傷つけてしまうことが多い。
軽く手を出しただけでも、女性から見れば「殺そうとした」ということになるのかもしれない。

だから、理性的に損か得か判断できる人であれば、どんな状況でも女性には手を出さない。
足で触れたら、きっとボコボコに蹴られたと言われてしまう。
平手打ちでもしたら、顔に傷がついたと言われ、こぶしで押し返したら正拳突きで殴られたと言われてしまう。押しのけたら、激しく床に叩きつけられた、と言われてしまうかもしれない。
(もっとも、本当に女性を足蹴にして殴って骨折させて血だるまにするような、傷害罪で逮捕されるべき冷酷な暴力男もいるだろう)

それにしても、この本の記述を元に、井上ひさしさんの人間性を否定しようとしている人も多いようだ。
Googleで「井上ひさし 家庭内暴力」を検索すると、25,400件もヒットする。

井上ひさしの思想信条に批判的な人が、井上ひさしの人間性を否定することによって井上ひさしの意見を貶めようとしているようだけど、そういった手法は感心できない。

石原慎太郎や小泉純一郎や櫻井よしこの思想信条が気に入らない人は、彼らの人間性が貶められ、価値のないものと広く認識されればいいと思っているかもしれない。
福島瑞穂や大江健三郎や金子勝の思想信条が気に入らない人は、彼らの人間性が否定され、存在価値が疑われれば痛快だと思っているかもしれない。

だけど、物事の仕組みや構造を判断しないで、表層にとらわれた堂々巡りの中で人を攻撃してあげつらっても、安穏な心境にはたどりつけない。
たいして中身のある批判もできない。

ぼくは、井上ひさしさんが暴力夫だったとしても、天皇はいないほうがいいと主張しているとしても、胎児は子どもではないと言っていたとしても、それと作品の芸術性は別だと思っている。


日本では、芸術作品も政策も発明も、その構造や仕組みを読み解こうとしない人が多いから、すごさを伝えようとする人が、手っ取り早く人間性をアピールするのかもしれない。
(すごい人の作品だからすごい、と言うのは作品の評価になっていないんだけど。。。)

そして、成果を否定しようとする人も、人間性を否定するのが手っ取り早いと思っているのかもしれないけど、そんな方法で人々を扇動したところで、得るものは少ない。


それにしてもわからなかったのは、カトリック信者の井上ひさしさんが、なぜ奥さんに何度も堕胎させたのかということ。かつて日本の農村で当たり前のように行われていた堕胎の記憶が残っていたのだろうか。

また、共産主義の考え方を理解している人であれば、宗教を信じないのではないかと思うけど、カトリック信者であり共産党支持者でもあるというスタイルがどういうものなのかよくわからなかった。
もしかしたら、何かを信じる人ではあるけど、信じる対象を分析する人ではないのだろうか。
こんど井上ひさしさんの作品を読む機会があったら、そういうことをちょっと考えてみたい。


<参考>
西舘好子『修羅の棲む家』(はまの出版、1998年)で印象深かったところ

p11(好子は著者。井上ひさしの最初の妻)
四日目、好子は起き上がり、西舘に連れられて大橋の東邦医大に診療に行った。
肋骨と左の鎖骨にひびが入り、鼓膜は破れ、打撲は全身に及んでいた。
車の事故という嘘はすぐ見破られ、医者は西舘に向かい、
「女性の身体は本当にもろいものだということをもっと知っていただかないと。こういう暴力、いや虐待は警察に届ける義務があるのですが、どうします。二度とこんなことはなさってはいけませんよ。耳の方は多分ずっと難聴となるでしょう」
と言った。

p 19(マスは井上ひさしの母親)
明るい気性のマスを、好子はある程度までは理解していたし、おもしろい義母だと思っていた。物事に単純に反応し、元気で、勉強家でもあった。難を言えば、文字を知らない者をひどく馬鹿にする癖があり、共産党以外は認めないという頑なな考えを持っていた。

p 64
ひさしの好子への暴力はエスカレートするばかり。しばしば好子を死ぬほど打ちのめした。大抵は仕事に入る前の「行事」になった。いや、「儀式」となった。それをしないと一人になれなかったのだ。この「儀式」はひさし番編集者なら誰でも知っていた。

p 75(井上東太郎は好子の父親)
マスはひさしを相手に対等に議論することで、この家でのひさしの位置づけをはかろうとした。家族みんなが集まる食卓で、国家世界を大上段に振りかぶって論じ合う。あれほど食事中は静かにと息巻いていたひさしだが、マスのいる時は延々とやり始めるのだ。
好子はこれを「公開議論」といって茶化すのだが、マスとひさしの会話は内山家の人々に向けられたマスたちの「議論武装」と受け取れなくもない。
「あれかね、ひさし先生、天皇制はいつまで続くかしらね」
「天皇の暗殺がないかぎり、この国はまず正常にはなりませんよ」
「ああ、それはもっともだ」
マスは共産党の支部長をしていて、なかなかの理論家である。
こんな時、東太郎はだまって聞いている。東太郎が皇室のファンであることを知っていながら、二人の話は天皇を拝み立てる一般大衆の愚鈍さに及び、知識をひけらかしたがる。

p 88
「ひさし君も奥さんをもてる身分になったのですね」
「?」
「だってそうでしょう。孤児院で一緒に暮らしたから、よおく彼のことは知っていますよ」
「?」
「あんなうそつきで無責任で気の弱い人間が家庭をもてるなんて、僕はほっとしています。信じられないながらもね」
(略)
「ひさし君はね、弟さんと一緒でね、小さな弟がいじめられて泣いてもかばえないような奴でした。口がうまくてそれで渡り歩いたようなところがあって、僕、彼の出世が信じられなくてきたんですよ」
(略)
「だめだな、そう簡単に金を出すようじゃ。金は稼いで得るものでしょ。これはテストですよ。よく孤児院でもやられました。欲しいかと聞くから欲しいと答える。すると欲しいという気持ちがいかに卑しいかとぶたれる。こんなの連続でしたからね。
このやり方、ひさし君に聞いてごらんなさい。人をためすには一番いいやり方です。弱いところをつくんですよ。その弱い部分を卑しいとか、ダメだとか、ネチッこくね、やっつけるんです。いい気分です、人が起こったり興奮したりするのを見るのはね。だってそれ以上、人は嘘をつかないでしょう。ギリギリまで追いつめられればさ、その先は何も出てこない。(略)」

p 122
好子はそれまでも何度かひさしに別れ話をもちかけてきた。
そのほとんどが二人だけの問題ではなく、家族がからんでの話だった。
もう駄目だと思ったこともある。一度は好子の祖母が死んだとき、あの時は随分と尾をひいた。(略)
「しかしよく長生きしたと思うべきだ。僕の父は三十代で死んでしまったんだ。それを考えれば人生といえる長さをもてただけで充分ではないかな」
こういう時のひさしの言い方を好子はけして許せなかった。(略)
亡くなった時はさらに悪かった。この頃カメラにこっていたひさしは、何でも被写体にしてしまう楽しみを味わっていた。「どれどれ、悲しい不利をしてお悔やみにくる親戚の顔でも撮ろうか」などと冗談を言ってジーパン姿で通夜に出かけたあたりから、好子の目がつり上がってきた。
悪いことにマスに知らせたところ、「めでたい、めでたい、赤飯たいて祝うべきだ」といった電報が届いた時には、葬儀も何もあったものではない。喪服の好子に「別れる」とつめよられた。

p123
もうひとつはひさしがめずらしくした浮気で、この時は好子に「にこやかに別れましょうか?」とやられた。相手の女性との録音テープがしっかり好子の手ににぎられていて、そのテープは好子の見事と言える誘導尋問に女の方がまんまとのって、一部始終、残さず告白してしまっていたのだ。

p125
前日の晩、好子は離婚届の紙をひさしの前につきつけていた。緑色の字が冷たくみえる薄紙を、ひさしはまじまじながめた後、「できません」と言下にいった。
「なぜですか?」
「君の不幸が許せないからですよ」
好子はいやだわ、と笑いながら言った。
「だってもうあなたを好きじゃないのに」
(略)
「いつまでたったら目が覚めるんだ」
平手がとび、もんどりうって好子が倒れた。
昼に好子が子を堕ろしてきたことをひさしは知っていた。生まれてこない子に自分は何の愛情もない、生まれてこない子はまだ人間とは呼ばないのだ、とひさしがいった日から、好子はけして子を産むとは言わなかった。
何人の子を好子は始末したことだろう。その都度、ご苦労様で片づけるひさし。(略)

p141
好子はだまった。だまったと同時にひさしの平手が好子の頬をうった。
それからはまるで狂った狸におそわれるように、あちらこちらから滅茶苦茶に手がとんできた。イスにぶつかりベッドに押しつけられ、机の下で首をしめられる。好子はとっさに頭をかばった。ここで殺されるにしても顔と頭は最後まで正気でいたかった。逃げればおってくる。声など出ようがない。
「あ、やめなさい、ひさし君、こんな女に手をあげてはあなたがもったいない」
マスはびっくりして棒立ちとなり、「シッシッ」とまるで犬を追いはらうようにドアを開けた。
背中のひとつき、見えなくなった目より手さぐりをたよりに廊下に出た。
痛みも苦しみも感じなかった。しかしそこにはたしかに父がいた。ひさしは東太郎をも呼んでいたのかもしれない。ドアから転がり出てきた娘をみた東太郎は、初めて声をたててほえるように泣いていた。
「バカがァ、ひょうたん野郎!」
父の手が身体をつつんだと思った瞬間から好子の感覚はない。医者を、と大騒ぎになったのも覚えていない。

p155
「あのね、まま、ぱぱの結婚が決まったの」
「?」
離婚からまだ三ヶ月しかたっていなかった。
「国大出の共産党の人なの。ぱぱはすっかり有頂天で、さすがは国大出だって大喜びなのよ。ところがその人はぱぱの奥さんになりたいというより、娘になりたいんだって。みーちゃんとは年もあまり離れていないし、変だよね・・・・・・」
それに、おたくの教育方針は間違っているというらしいの。学校にも行かず、だから大学にもいけない娘ができたってことなのに、ぱぱはニコニコ笑って話すんだよ。そういわれても、わたしたちはどうにもならないよね。

p174
(略)書肆山田という日本で初めての本格的な詩集の出版社を経営する山田耕一は、たまたま古くからの好子の知り合いで、一度大江に会って原稿を頼みたいというので同行することになった。
しかし、自宅の玄関で会った大江氏は、眼は血ばしり、ほとんど口をへの字に曲げたうえ、まともな返答もしてこない。
大江氏は酒乱だったのだ。もっていったもち菓子は、頭を素通りしてはるか遠くに飛んでいってしまった。好子と山田耕一は、その危機迫るような大江氏の猫背のままの立ち姿を忘れることはできなかった。
しかし、その報告をひさしはまともには聞かなかった。大江氏からはすぐに詫び状がひさしに届き、話はそのままなし崩しとなった。チンプンカンプンの顛末だった。

p261(おわりに)
大騒動の離婚劇から十二年の歳月が流れた。
(略)
別れた井上さんをおとしめたり、暴露したりという気はさらさらない。むしろ懐かしさを込めて振り返ったつもりだ。



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