クラシック音楽徒然草

ほぼ40年一貫してフルトヴェングラーとグレン・グールドが好き、だが楽譜もろくに読めない音楽素人が思ったことを綴る

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シューベルト 大交響曲への道(1) D.708A ニ長調

2016-11-01 11:38:07 | シューベルト
前回の記事で、シューベルトの未完の交響曲(主にD.708A, D.729, D.759「未完成」)について、完成させても演奏も出版もされないのでは無意味だから未完で終わらせたのだろう、と書いた。
それはそうかもしれないが、マリナーの交響曲全集でD.708AやD.729を聴いていると、単に楽想が湧いたから手がけたのではなく、もっと積極的な意義を持っていた、と思えてきた。

シューベルトは1824年にローマにいるクーペルウィーザーへの手紙でこう書いている。
「・・・器楽の作品をたくさん試作してみたよ。ヴァイオリン、ビオラ、チェロのための四重奏曲を二曲、八重奏を一曲、それに四重奏をもう一曲作ろうと思っている。こういう風にして、ともかく僕は、大きなシンフォニーへの道を切り拓いていこうと思っている。」(實吉晴夫訳「シューベルトの手紙」)
この後、ベートーヴェンの第9初演コンサートについて延べ、自分も来年にはそのようなコンサートを開きたいと言っている。

コンサートのメインとなる大交響曲を作りたい、という願望は1824年に突然湧いたわけではなく、ずっと前から考えていたに違いない。
そして、D.708A以降の未完に終わった作品群は大交響曲へ至る重要なステップであり、
  D.708A 大規模なスケルツォの導入
  D.729 幻想的かつ空間的な交響曲の全体構成
  D.759 ひとつの主題による楽曲の統一と緻密なオーケストレーション
のように、それぞれがメインのテーマを持った「演習」だったのではないか?

つまりシューベルトは思い付きで作曲を始めて、忘れたり行き詰ったりして未完で終わらせたのではない。
「演習」としての課題をクリアできたから、その時点で止めたのだ。
そのようにして大交響曲へ至る階段を一歩一歩確実に歩み、最初の(そして悲しいかな、最後の)成果が超名曲「グレイト」だったのである。

と、いきなり結論に進んでしまったが、D.759「未完成」はともかくD.708A、D.729はほとんど全く知られていないであろう。
(かく言う私もつい先日マリナー盤を入手して初めて聴いた。)
そこで、今回はD.708Aがどんな曲か紹介したい。

シューベルトが残したのはピアノ・スケッチのみ。第1,2,4楽章は提示部しかない。第3楽章のスケルツォはABAの後のAがない、トリオは途中で終わっているが6小節欠けているだけ(金子「交響曲の名曲・1」)ということなので、この楽章の完成度が最も高い。自筆スケッチはSCHUBERT onlineで閲覧可能。
第1楽章は序奏なしにいきなり第1主題が出る。



序奏やちょっとした導入(第5番)もなくいきなりガツンと来るのはシューベルトの交響曲では初めてで、これまでと違う路線で行こうという意気込みが感じられる。
しばらくするとのびやかな第2主題が出てくる。



fでドンと出てpでグズグズという旋律というより動機を連ねたような第1主題と歌謡的な第2主題というパターンは「グレイト」の第4楽章に似ている。
もしかしたら本演習がそんなところに生かされているのかもしれない。
これらの主題を提示し終えたところで”ウン、これで良し”とでもいうようにパッと終わる。

第2楽章は超ロマンティックな歌。



とにかく美しい夢幻の世界。この楽章だけでもシューベルトが完成させてくれて、バランシンが静謐なバレエを振り付けていたら、世界中のバレエ団がこぞってレパートリーとする人気演目になっていただろうに。。。惜しい!実に、惜しい。

第3楽章は本演習のメイン・テーマだけに力が入っている。



冒頭、三声のフーガのように始まる。厳密なフーガになっているのかわからないが、ベートーヴェンの第9に先んじてスケルツォ主部を対位法的に扱おうとしたのは確か。
第3楽章をスケルツォとしたのは6番が初めてであるが、本曲ははるかに壮大。ブルックナー的な空間の広がりを感じさせ、「大交響曲」のスケルツォにふさわしい。
スケルツォへの対位法導入は死の年に手がけていた交響曲第10番ニ長調(またニ長調だ。シューベルトはこの調が大好きだったようだ)D.936Aでより徹底して試みられる。

続く第4楽章は初期のスタイルを思わせる常動曲的な感じで始まるが、晩年の神秘の世界をちらっと垣間見せてすぐ終わり。

このようにD.708Aはシューベルトが新しい世界へ一歩踏み込んだことを示す重要な作品だと思う。
第1,2,4楽章があまりに少ない断片で終わっているため(マリナーが用いているNewbould版も第3楽章は補筆完成しているが、他の楽章はシューベルトが残した部分のオーケストレーションだけ。さすがにこれらを補筆完成させるのはムリだろう。)、ほとんど人目にふれないのは残念!
次はD.729を紹介したい。








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