アマオケ活動記ブログ版

所属しているアマオケ(群馬シティフィル)での活動を中心に演奏会案内や練習状況など零します。

群馬シティフィル第49回定期演奏会のお知らせ

2012年05月09日 | Weblog
いよいよ間近になってきました!
団員の皆様はきっと最後の追い込みで練習に頑張っておられることと思います。

2012年5月19日(土)
第49回 定期演奏会
会場*前橋市民文化会館 大ホール 
(5:15pm開場) 6:00開演
チケット*一般 1000円 高校生以下 500円 (全席自由)当日券有
*指揮  田久保 裕一
*ピアノ独奏 山屋 寿徳
〜プログラム〜
・メンデルスゾーン『フィンガルの洞窟』 作品26
・グリーグ ピアノ協奏曲イ短調作品16
・シベリウス 交響曲第2番 ニ長調 作品43

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私の方は入団して以来2度目の休団を取らせて頂いておりまして、あいにく19日も仕事でお手伝いにすらいけないのですが、演奏会の成功を心より祈っております!
個人的にはフィンガル以外は前に参加したことがあるのですが
フィンガル、前に選曲候補になった時にいい曲だ〜〜と思ったのでそれはやはり心残りです。
興味のある向きには是非、足をお運び頂きたいと、団員の一人としてお願い申し上げます!




実は休団してる間に腱鞘炎を起こしまして(楽器のせいじゃなくPC入力業務のせいですが)これはちょっと今後の復団もやや難しくなってきたのかもー;
PC入力は本業なので、しかも打ち込みの間は痛みはないのですが、結局他の日常にはやや差しさわりが出つつあり、まあ私も見かけは変に若く見られがちですが、中身は加齢まっしぐらであちこちガタが来てるのでしたw(いや笑えないけど)。
なので、ここの更新も若干休みがちにはなりますが、ほそぼそと続けておりますので、いつも読みに来て下さる皆様、有難うございます^^
元気にはしております。

天気が良いといいですねー、本番に強いシティフィル、良い演奏会になりますよう!!

ベートーヴェンを聴く

2012年04月17日 | Weblog
ということでベートーヴェンの交響曲を1番から順番に聴いていました。
ワルター指揮・コロンビア交響楽団です。

今更ですがやはりイイ!ので2回ずつ。
私がCDを聴く時間が取れるのは往復の通勤路なので一枚のCDを聴くのに一日、二回聴くので二日、6枚あったので12日はかかりました。
更新が空いたわけですw

私ごときがいうのもなんですが、やはり3番になってはっきりとベートーヴェンだぜ!という感じがしてきます。2番までは正直印象に残りがたい。
習作とまでは言いませんが1、2番はメインは張れない。
3番になると俄然、印象も強烈になってきます。
いったい何があったんだ!?というくらい2番から3番の差って凄くあるような気がする。
でも若干中だるみありますよね(なんてことを言うんだ!!)。

9曲通して聴いて個人的にはやはり7番が一番好きv
次が6番、次が9とか5とかでしょうか。よく言われることですがなぜか奇数番の方が印象に強い。4番とか8番もいいのはいいんですが。
6番は個人的な演奏履歴として一番最新なので凄く気持ちの良い演奏が出来たのでそれが付加価値で入っていますw

9番を聴いたらそれまでの感想が全部ぶっとぶくらいの浄化作用があります。
夢のように美しい3楽章を聴き、どうせ憂さを晴らすならここまで思い切って行け!の4楽章を聴くと、すべて洗い流されるほどの美しいカタルシス。
10番を書いた頃のショスタコに聴かせてやりたい(おいおい;)
日本では年末になるとなぜかいっせいに第九をやりはじめますが、確かにこれ聴くとなんだかもうもろもろのごたごたしたものがうわーっと押し流されてきれいさっぱりになってしまうほどの勢いがありますね。
私の好きな漫画家・坂田靖子さんがかつて「オーケストラは語る」*というエッセイコミックの中でこのことに触れて「どうせならお盆には悲愴とかやったらどうだろ」的なことを書かれててましたがそれもまた面白い発想です。

*『誇り高き戦場』講談社文庫所収*
「誇り高き戦場」は映画化もされたアラン・シリトーの原作を漫画化したもので、ちゃんと著作権者に断ってあるそうです。
ご自身がよく許可貰えたなーって書かれていたことあります(わはは;)
オーケストラシーンが迫力です。*

ところでこの全集には特典でリハーサル風景を録音したCDが入っていました。
これがまたイイのです。
オケのリハシーンって、作家でいけば手書きの草稿(いろいろ手直しがしてあるやつ!))、画家でいけばアイデアを書きとめたデッサン用スケッチブック、漫画家さんでいけばネームを書きとめたスケッチブックなどのあれこれを覗かせてもらえるようなもので、いわば制作の過程です。表現者の秘密に近づけるようなもんです。
英語に堪能ではなくてもなんせ指揮者が何か言ったらその後にそのように音が変わるのでおおおそどういうことを注意されたかは分かるわけです。
あと言葉よりも歌って示すことも多いのでどこにこだわってるかも。
このリハシーンの録音では特にベートーヴェンらしいリズム形へのこだわりが強いような感じで、遅れないこと、ニュアンスの出し方などに細やかな指示を出されてるようでそれに応えるオーケストラの音…たまにコンマスが一人で弾いてる場面があったり、何か団員と指揮のやりとりでちょっと笑いが起きたりなどなど、これは堪らんですvv
なんか練習風景を見学させてもらってるような気持ちになれるのでまさに特典!
面白かったーーー!これも2,3回聴きなおして堪能しました。
全集CDだとたまにこういう特典CD付いてますが、これはいい企画だと思うなあ。


近況など

2012年04月14日 | Weblog
随分ご無沙汰しておりました。4月は実は私の仕事では年間通して一番暇な時期にあたっており、ルーティンを終わらせたら毎日ちょっとずつ空いた時間にPC内のデータや事務所の整理などなど、普段出来ない&やっておくとあとあと自分を褒めたくなるような仕事に充てておりました。
ただ「図書の家」という共同で運営してるサイト関係の方でお手伝い仕事があったり、外出したり、国会図書館で調べ物をしたりなどなど余暇の時間はそっちに使っておりました。
しかもなぜかここに来て右手指が腱鞘炎を起こし、けっこう入力仕事はしんどいものになっております。打ってる間はさほど痛くないのだけどそれ以外の時に痛い;
かといって指を使わないで出来ることってほとんどないので、水仕事をしない合間は湿布をするという気休めをしております。根本的にはもう治らないだろうからまた持病が増えました、やれやれ。(ちなみに私の持病はストレス性の難聴(左耳)、子宮筋腫、高脂血症でございます)

しかしここを更新しない間、ベートーヴェンの交響曲全集を聴いておりました。
こないだ「ベト7はいい!」という話をツイッターで相互フォローの方としていたら、ベートーヴェンを無性に聴きたくなり、幸い持ち出ししたファイルに全部入っていたので聴き始めたらやはりイイ!

オケの演奏会履歴を確認したところ、気が付くと私もさすがに9曲全部演奏経験があるのでした。5番はストバイ、セカンド両方やったことあるし。9番は合唱とオケと両方経験があります。
高校の音楽の先生が声楽畑の人だったみたいで、高校の音楽部は合唱部だけだったのでした。なので中学のブラス経験者でどうしても音楽に関わっていたい人間はそのまま合唱部に入って歌っていたという〜。
中でブラス経験者で集まってたまにちょこっとアンサンブルなんかもやったりしてましたが。私はクラブではEsクラリネットだったけど自宅には姉が購入した普通のクラリネットしかなかったからちょっともうキツクてほとんどブラスは参加しなかったけれど。

合唱では入部当初は純アルト(女声で一番低い声域)に入れられたのが練習してる間に声域が上がってメゾソプラノに移動、さらに純ソプラノ(一番高い声域)に移動したという珍しいケースでした。まあ最初は地声で歌ってる人間はアルトに入れられたので、練習してる間にいわゆる裏声の出し方をマスターしたら高い音域がめちゃくちゃ出るようになったのでソプラノになったというわけです。
ソプラノの方が音取が楽なので音感のない私には非常に良かったですwアルトは難しい。なぜアルト、ソプラノに純という言葉を付けていたかというと、メゾソプラノの中でアルト声部に入る人と、ソプラノ声部に入る人と女声の中でも4つに分かれていたからだったような気がする。あんまり覚えてないやー。
で、大学入学したらバイオリン弾きたい!と思っていきなり初心者でオケに入ったのですが、それとは別に市民合唱団に入ると第九が歌える企画があるというのでその市民合唱団に入って一年だけ参加して第九歌わせて貰いました〜、気持ち良かったですv
そんなこんなでオケと合唱と両方の経験があるのでした。
大学入ってから一回だけ高校の合唱部に同期の子たちと顔出しして「今はオケやってます」と言ったら顧問の先生が、がく〜〜っとショック受けてました。
高校の3年間ですごく声量が出るようになっていたので当然合唱を続けると思っていらしたらしくちょっとがっかりなさったみたい。でも個人的には私は歌よりも下手でも弦楽器の方が好きですv歌は体調の影響が弦楽器より出やすいので、咳が止まりにくい私の体質では続けていても演奏会の時弦楽器以上にダメだったろうし、今となってはバイオリン始めて良かったな〜と思ってます。

大学入学の時は一人暮らしだったのだけどアパートと言っても大学寮みたいなもんで、生活に慣れる為に入学式の一週間前に引っ越して、でもすることないところにオケの先輩が勧誘に来たんでした。初心でも大丈夫ですよ〜とかなんとか。
だもんで翌日見学に行ったらうっかり入部しちゃって、さらには新入生歓迎コンサートなのになぜかコンサートの司会アナウンスさせられちゃったという変な思い出があります。新歓コンサートなのに新入生の私がなぜ!!と思ったけど
頼んでいた人が体調壊して急遽、あなたしかいない、的な依頼でした。
やっちゃう私も私だけどもさ・・・・中学校の時放送部経験あったからやれちゃったのさ・・・。

なんて桜満開、新入学のシーズンに懐かしいことを色々思い出したのでした。

ラヴェルを聴く

2012年03月28日 | Weblog
久しぶりに聴いたラヴェルの「ボレロ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ダフニスとクロエ」である。
「ボレロ」を聴くと学生時代に友人達と映画館のオールナイトで見た「愛と哀しみのボレロ」を真っ先に思い出す。
作中ではジョルジュ・ドン(このカタカナ表記は現地の発音とは随分掛け離れてるらしいが日本ではもうこれで通ってるので私もそのまま使う http://www.jorgedonn.com/)が踊り続けていた場面が非常に印象深い。
というかそのほかの物語部分は入り組んでいて殆ど覚えてない。オールナイトで3本だったか見続けて半分寝てたかもしれない。
4人の芸術家がその両親から戦中戦後を通して様々な運命をくぐり抜け、最後同じ舞台での共演という縁で一堂に会すという話らしい。

Wikiより
≫『愛と哀しみのボレロ』(あいとかなしみのボレロ、Les Uns et les Autres)は、クロード・ルルーシュ監督による1981年公開のフランス映画。
1930年代から1960年代にわたり、パリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンを中心とするフランス、アメリカ、ロシア、ドイツにおいて交錯する4つの家族の人生を描く。作中ではジョルジュ・ドンによるバレエのボレロが強い印象を残す。


単調なフレーズを繰り返しているようでいてソロ楽器を変えながら徐々にピークへと登りつめていく音楽は、奇しくも同じ運命を移調して繰り返す人間模様のようで不思議で美しいし素晴らしい。
4人の芸術家のモデルというのがルドルフ・ヌレエフ、 ヘルベルト・フォン・カラヤン
、 エディット・ピアフ、 グレン・ミラーと超有名どころだったらしく当時はそういうことも分からずに見てた気がする;

「ダフニスとクロエ」も元々バレエ音楽で管弦楽用に抜粋して組曲にしたものを聞いたわけだが、こちらはやや退屈。しかし元のバレエの初演情報を読むと凄い。

Wikiより
≫全曲 - 1912年6月8日、シャトレ座(パリ)。指揮はピエール・モントゥー。バレエはロシア・バレエ団で、フォーキン(振付)、レオン・バクスト(美術・衣装)、ヴァーツラフ・ニジンスキー(ダフニス)、タマーラ・カルサヴィナ(クロエ)ほか。


バレエマンガの第一人者・山岸凉子さんがニジンスキーの生涯を描いた『牧神の午後』という名作があるのだが、これで知ったような名前がぞろぞろ(当たり前だが)。
この初演見たいもんだw
そしたらもう少し音楽も分かるかも。まあ初演と言わず、バレエ音楽はやはりそのバレエを見た方がより理解出来るよね。
交響曲とか元々あるのを振付に使ったんじゃなく、バレエのために作られた曲はということですが。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」これはラヴェルの中でも大好きな曲。ヴァイオリンは演奏するには少し面白くはないので、この曲については聴く側の方で良いw
しっとりと哀調を帯びた美しい曲。
これは誰か特定の王女のために作曲されたとかではないそうだ。
Wikiより
≫この古風な曲は、歴史上の特定の王女に捧げて作られたものではなく、スペインにおける風習や情緒に対するノスタルジアを表現したものであり、こうした表現はラヴェルによる他の作品(例えば『スペイン狂詩曲』や『ボレロ』)や、あるいはドビュッシーやアルベニスといった同年代の作曲家の作品にも見られる。≫≫

そうそう、とってもノスタルジックで良いのだよね。
私の好きな漫画家で故・佐藤史生さんが同名でコミックを描かれている。
有名な画家を父に持つ聡明な女子高生七生子を主人公に、その父母達の若かりし日の愛憎関係が明かされるという物語。この中でこの曲を使ったオルゴールが重要なアイテムとして登場している。曲を知ってる人は作中で開かれたオルゴールから流れる曲のイメージが物語の中でいっそう効果的に作用することと思います。
佐藤さんはまだお若いのだけど一昨年4月にガンで亡くなられました。
その死を悼むファン、作品を愛し続けるファンはいまだ多く、このタイトルで復刻本が出ることになりました。

http://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68320255

4月4日に亡くなられて今年は三回忌、4月中の発行は良い供養になるように思います。
興味のある向きは是非、ぽちっとご購入をお願いします!
この一冊が売れればシリーズでどんどん本が出るかも。
私は佐藤さんの商業出版コミックはほとんど持ってますが
惜しむべき才能を是非未読の方にも読み継いで欲しいので…。

あれ?途中からなぜかコミック話にw
いやいや、いい音楽を聴きながら是非名作を味わってみてください。
お薦めです。

ヘンデルを聴く

2012年03月18日 | Weblog
ヘンデル「水上の音楽/王宮の花火の音楽」を聴いた。

ここのところマーラーだのショスタコだの聴いてたらなんだか疲れた…
実を言うと昔はヘンデルとか聴いても(ちょっと退屈…)と思っていたのだけど(だからあんまり普段は聴かなかったw)、久々に聴いたらこってりしたわけの分からないフルコースを食べて疲れた胃にはぴったり!みたいな感じで(おい;)美しさが五臓六腑に染み渡る〜〜〜という感じ。
古典って美しい…と素直に思ったです。

特にショスタコの後にしばらくヒンデミットの「画家マティス」を聴いた後だったので余計に素直な音楽が楽しめました。ヘンデル、美しいーv

ヒンデミットは3回くらい繰り返し聴いたのだけど、これにどんな感想を持てば??というくらい何もまとめられそうもなかった。そもそもオペラで作曲したやつから部分的にオーケストラピースにしたようなので基礎知識なしに聴いても…。
聴いたのは初めてではなかったけど前に聴いた時も私にはさっぱり??だったが久々に聴いても結局よく分からなかった;;
近代に入ってくるとややこしいことをいっぱい考えなくちゃいけないらしく面倒だなやー。
ただ、今回聴きなおしてライナーノーツをちゃんと読んで分かったのだが、私は「マティス」は勝手にアンリ・マティスだと思っていたのだ!!
でも実は画家マティスとは「マティアス・グリューネヴァルト」だそうだ(知らんわ#)。
画家でマティスといえばフォーヴィスムの方が浮かぶのが普通じゃないのか〜、てっきりそうだと思い込んでいたので音楽の意味がさっぱり分からなかったのだが、マティス違いということで今回ちゃんと説明を読みなおして、画家の方の説明もちゃんと読んで絵も眺めて標題を読みなおしながら聴いたら多少は分かった…。
ほんに面倒くさいことである…。
ちなみに個人的にはアンリ・マティスの方の絵はけっこう好きなので、説明も読まずに聴いてた時はあの絵とこの音楽はどうつながるの??だったのは当然だ(我ながら笑える。)
ヒンデミットはナチスに睨まれたりしたようなので、それもこのマティアス・グリューネヴァルトという画家と取り上げた画題のことが分かっていないとこの音楽の意味はさっぱり分からないし、なぜナチスに睨まれたかも分からないわけなのでな〜。ちゃんと調べないといかんわ…。

その点、ヘンデルはお貴族様の音楽で、難しい説明を読まなくても普通に美しさを純器楽的に楽しめば良いので、そんなこんなで疲れた後では結構楽しかったのであった。
でも2回目3回目聴いた頃には段々飽きてきて、こういう曲は聴くより演奏する方が楽しいよな〜vvとちょっと思った。自分の腕はおいといて、であるが。

世界史とか音楽史とかあんまり分かってないので、もうちょっと作曲家の年代とか背景とか気を付けながら音楽を聴くようにしようと思うよw

ショスタコーヴィチを聴く

2012年03月06日 | Weblog
ショスタコーヴィチ交響曲10番
カラヤン指揮 ベルリンフィルを聴いた。

マーラーの「大地の歌」を聴いてから聴いた方が良かったかもしれないが、マーラーはちょっともうおなかいっぱいになったので手元にあったCDを飛ばして(「復活」とかもあった)たまたま次にあったやつを聴いたのだが、これがまあ重い。
カラヤンはショスタコではこの曲しかやってないらしい。
そもそもスタイリッシュなカラヤン(と言う言い方が正しいかどうかはおいとくが)この曲をなぜ振ったのか、そこには政治的な絡みでもあったんじゃないか?と勘繰ったりしてしまうが、まあその辺のとこは置いておく。
一曲しかやらなかったとこを見ると、カラヤンはショスタコの曲を別に好きではなかったんじゃなかろうか、だってなんかこの音楽性がもう暑苦しいじゃないっすか…w

それはそれとしてこの演奏自体は素晴らしいのではあるが
いやまあ、もうほんとにおなかいっぱい。
全然好きにはなれない。
共産圏の鬱屈と憤懣の音楽。
独裁者スターリンの死後、一気に書かれた曲らしいが
スターリンのスケッチとかなんとか作曲者本人の言質もあったり?でもスケッチとかより、ともかく溜まりにたまっていた憤懣が一気に噴出するかのような荒々しい情動だけはよく分かった。
最終章では解放もあるが、美しさはない。
ロシアではなくソ連の音楽である。
楽典的な知識がないので、オーケストレーション云々の部分は全然分からないので、暗い情動の噴出の音楽を聴いてもなあー、好きにはなれそうもない。
なんとなくアーミーカラーの国民服を着た団体が無機質にかつ荒々しく動くようなバレエをイメージした。そういう振り付けには生きる音楽かしらん。
しかも、この作曲家は自分のイニシャルのモノグラムを音楽の中に入れてるらしい。なんちうナルシスティックな;きもいわ#

Wikiより
≫自分のドイツ式の綴りのイニシャルから取ったDSCH音型(Dmitrii SCHostakowitch)が重要なモチーフとして使われている(こうした手法をモノグラムという)。このモノグラムが『ショスタコーヴィチの証言』でスターリンの音楽的肖像画であるとされた第2楽章までは現れず、第3楽章になってから現れ始め、第4楽章に至るとあらゆる場面で用いられることからも、スターリン体制が終焉し解放された自分自身を表現しているのではないかとも言われている。



偶然だが、昨日はスターリンの命日だったらしい;
(余談だがプロコフィエフも昨日命日だったらしい…)

そしてプーチンが再選した。

日本に住んでいても日々鬱屈は溜まるものだが、よそごとながらロシアはもっと恐ろしいように思わるる。

この音楽の持つ憤懣や鬱屈は全世界的にまだまだ全然現役だ;
もっと美しい音楽が満ちる世の中になってほしい。


マーラーを聴く 2

2012年02月26日 | Weblog
引き続きマーラーを聴いている。
(たまたまマーラーがたくさん入れてあるファイルだった…)
「千人の交響曲」
若杉 弘 指揮 東京都交響楽団
晋友会合唱団、東京放送児童合唱団
(91.1.24@サントリーホール)

よくまあこんな大曲を演奏会に乗せられたな!とまず思った。
プロでもこれだけやるのは大変だろう〜、ある意味オペラ以上に大変なんじゃないか?
そもそもこの超大な曲、聴き手にも相当な気力と体力を要求するような気がする。
音楽で宇宙を構築しようとしてるかのような、壮大な曲想。
神との交信を図る神秘世界みたいな、ちょっと半分、彼岸に足を突っ込んでいるので、あんまり難しいことを考えるより聴きながら宇宙空間にでも浮いてるような恍惚感でも味わえば良いのではないか。カタルシス〜という感じもあります。
ライブ録音なので合唱部分とか録音的にバランスが悪いとこもあり若干大変な感じもあったけど、そこはもうしょうがないと思うー。

「巨人」
レナード・バーンスタイン指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック

久々に「巨人」を聴きましたー。うちでも演奏したくらいなのだから、マーラーの中では演奏会に乗せやすい曲なのでは。
宮崎アニメの「天空の城ラピュタ」のテーマ音楽といっても過言ではないw
1楽章はすべて崩壊したあと、天空で残った巨神兵が木々に囲まれ花を摘み鳥と戯れてるようなそんな曲想です(きっぱり)。
2楽章はバズーの住み家ののんびりした町の様子やシータとの穏やかな交流の章
3楽章は近代の知性の陰の部分ともいうべきムスカの登場、破滅に進む葬送のテーマ、アイロニックに絡む盗賊たちのふざけた感じなどなど。
4楽章はムスカのもたらした破滅の嵐、乗り越えた後の救済のラスト

…なんて書くとあらまあ、確かにラピュタのテーマw
千人もそうだけど宇宙的なイメージを内包してるので、どこかSFっぽいんですよね〜。
3楽章のアイロニックな部分は大昔にCMに使われていたことがあってかなり好きでした。
これはいつか機会があればまた是非やってみたいと思う。

マーラーを聴く

2012年02月21日 | Weblog
マーラーと言えば10年以上も前に「巨人」をやったくらいで、やはりなかなか縁はないのでさほど聴かないのだった。
あまり聴かないできたCDファイルを引っ張り出し、久々に聴いてみた。
「さすらう若者の歌」「リュッケルト歌曲集」「亡き子をしのぶ歌」だ。
歌はフィッシャー=ディースカウ、演奏はフィルハーモニア管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮はフルトヴェングラー(ウィルヘルム)、ケンペ(ルドルフ)。
ともかく歌が良い。あまり歌曲は聴かないのだけど、ディースカウの歌は良いと思う。感傷に過ぎずそれでいて抒情は豊かで細やか。
「亡き子をしのぶ歌」は二人の幼児を亡くしたマーラーが亡き子を偲んで作ったという風によく書かれるらしいが(確かにWikiの説明にもそう出ていた)、私が読んだCDのライナーノーツではそれは誤りで、この曲を書いた時にはまだ子供はいなかったそうだ。子を亡くす経験をしていたらとても書けなかっただろうという哀切に満ちた曲。
この曲を書いた後に二人の愛児を亡くしてしまう…というのはあまりにも過酷な運命の皮肉としか言えない。哀しい未来の為にこのような美しい曲を書いた偉大な作曲家。
才能ゆえにこの曲が悲劇を呼び込んだようにさえ見えるし、本人も妻も辛かっただろう。

「さすらう若者の歌」はどこか聴いた旋律があるな?と思ったら「巨人」にも一部使われてるらしい。マーラーはどれも大曲が多いし、歌が入るしなかなかアマチュアオケでやれないが、「巨人」はその中ではまだやれる長さ、編成…とはいえ、この時はうちのオケも弦楽器管楽器ともにかなりな団員の充実ぶりで、それでなければやれなかったろうな。難曲だし大曲だし大変だったな〜〜と思いだすw

マーラーといえば私にはなんといっても「ヴェニスに死す」なんだけど、トーマス・マン原作の主人公は職業が作家なのだがそれが交際のあったマーラーがモデルらしい。ファストネームもマーラーから取って容貌もモデルにしたみたいだ。ヴィスコンティ監督の映画ではそれがさらに作曲家になっていた。
映画に使われてる交響曲第5番の第4楽章アダージェットも美しいし、画面も美しいし主人公が恋に落ちる美少年(ビョルン・アンドレセン)は美しいし(見てるだけで幸せというプラトニックな恋である)、その母は美しいし(シルヴァーナ・マンガーノ)、眼福ないい映画なんだよね〜。
調べたら美少年タジオにもトーマス・マンがヴェニスで出あった貴族の美少年が実在であったのだねえ。。。。
なんせヴィスコンティ映画なので衣装も豪華でシルヴァーナ・マンガーノの着用してるドレスの絹のレースの質感とかがもう本当に高価なのがよく分かるw
服はデザインは真似できても質感は素材で分かるからなあー、インテリアから衣装から妥協なしにイイもの使ってある映画だから眼福もしかるべきです。
アダージェットがホントに効果的に使われていたのだった。

WIKIより
≫トーマス・マンの小説『ヴェニスに死す』の主人公は、マーラーにインスピレーションを得て創作された人物といわれる。同書をヴィスコンティが映画化した際、原作での小説家という設定は作曲家に変更されてさらにマーラーを思わせるものになっただけではなく、マーラーの交響曲第5番の第4楽章が映画音楽として使われた。さらに同著者の『ファウスト博士』の主人公は作曲家に設定され、こちらもマーラーを想定して創作されているとされている。


横道ですが、トーマス・マンは「ヴェニスに死す」も良いけど「トニオ・クレーゲル」の方がさらに好きだったなー。

アクセス解析の話

2012年02月17日 | Weblog
一ヶ月に4回更新するかしないかというこちらのブログなのだけど、毎回零す(?)けどもなぜかアクセスが毎日そこそこある。驚きだ。
たまには何か書かないとなーということで、音楽には全然関係ないけどアクセス解析の話など。

ここのブログはgooの無料サービスのを使ってるので解析は殆どない。
アクセスの訪問者数とアクセスビューの数だけが分かる。
こんな頻度なので桁は多くないが、コンスタントにある一定の数があり、UPするとその倍近くになる。アクセスビューは訪問者の数に対して約2〜3倍、一人の方が2,3回来てる感じ。無駄に長いから後で読もうとか、前後も読んでおられたりなどあるのかも。

もう一つのブログはプロバイダ契約してるニフのブログなのでまあお金を払ってるところのブログということでアクセス解析はもう少し細かい。
キーワード検索で来た人のそのキーワードとかが分かるし、アクセスポイントから地区、いつも来てる人だと履歴で分かったりする。
以前ならgoogleでもキーワード検索して来た人のその該当の検索リンクページが分かったのだが、今はそれ自体が個人情報扱いでgoogleに関しては表示が出来ない。
googleのアクセス検索はパーソナル化が進んでおり、その人のそれまでの検索履歴や表示履歴も検索結果に作用する。
だもんで自分がしょっちゅう見ているPCでgoogle検索して自分がUPしたサイトが検索上位に入ってもそれはそのPCでの結果なんで、他の人のPCで同じように上位に来るとは限らない。
事実、私は複数台のPCを使っているんで試してみたが、私が話題にするキーワードを入れて普段使ってるPCで検索したらバリバリ上位に挙がったが、あまりネット検索には使わないPCで同じように検索したらそこまで上位ではなかった。まあそこそこアクセスはあるのでそこそこ上には来たが。
なので自分のサイトがどのくらいの検索順位なのかなあと気になる人は、普段ネット検索に自分では使ってないようなPCで検索してみるが良かろう、それだと割合に一般的な結果が出る筈だ。
yahooや他の検索エンジンはまだ少し前の検索システムなので、来た人がどういう検索結果を受けてやってきたかが検索結果ページが辿れる。それも一つの一般的な結果と言えなくもないので、なるほどこのキーワードでは多分googleでも一般的にそこそこ上位に来ているのだろうなという判断をそこからしている。

WEBで商売してるわけではないので、上位に来ようが下位だろうがいいのだが、固有名詞を入れて書く情報系の内容はやはり大勢に見て貰って初めて応援の価値が出るので、そういうのはちょっと気にしているのだった。
好きな作家の新刊本の紹介とかわざわざ書いて全然下のページだったらイマイチ張合いもないもんね;
私自身は検索したページの1,2ページ目くらいまでしか見もしないので、やってくる人も多分そんなような探し方だろう(多くても検索結果3,4ページくらい)と思うので来てる人達の検索結果でも多分その辺にあるのだろう。
でもたまに辿れるyahoo検索をの元を確認して見ると5,6ページたまにはそれ以上の結果からのリンクで来た人だったりして、うわーーよくぞここまで来たなー根性あるなあ…と感心している。何ページも見て回るって相当な熱意だ。確かに滅多に人が来ないキーワードではあったりするw

ということで、公開日記の方で書いた過去の内容で最近よく検索で来るのが「スロークッカー レシピ」だったりするw
使い始めてこれはいいよ〜と簡単なレシピを紹介しただけの内容なのだが、いやに来る。大したレシピじゃなくてごめんよ、という気持である。
少し前では「ボイジャー最後の写真」でいつまでもいつまでもアクセスがあったが、さすがに落ちてきた。ちょっとほっとするな;
中には「水漏れ請求」とか「ブロッコリゆですぎ」とか生活に直結したキーワード検索で辿られるのでたまに眺めてると非常に面白いw

こちらはコメントもトラックバックも不可にして書きっぱなしのブログなんでアクセス解析はさほど気にもしないが、いったい誰が毎日来てくれるのかなとはいつも、ホントにいつも思う。もうちょっと身になる話でも書ければいいんですけどねーw

過去演奏会CD

2012年02月14日 | Weblog
CDが出る限りは毎回買っていたので、車に持ち出したCDファイルにうちの定期演奏会の「火の鳥」の回のがたまたま入っていて、プログラムが「だったん人の踊り」「ベト7」「火の鳥」であった。
なんとおなかいっぱいなプログラムであろうかw
今やれって言われてもかなりしんどいぞー。
いやしかし、この回の演奏(あくまでもカーオーディオで聴く限りであるが)、けっこう良かった。「火の鳥」は特に前半がかなり良かった。うちの木管の人達のレベルが高いので木管主役のところが多いせいかも。
これが金管が入って全体に大盛り上がりになってくる後半になるとかなり大変になってきていた。前回もちょっと書いたけど、金管の方たちの技術がどうのではなく、全員揃っての練習回数が少なくならざるを得ないというのが主な原因だろうなあとは思う(悪く思わないでくださいね>金管)。それにやっぱり弦一人が音をはずすのとはワケが違って金管の方が音をはずすとかなり目立つ。プレッシャー大きい中大変だろうなとホントに思うけども。皆さん相当ベテランで技術的には高いと思うのですが(他のアマオケあまり聴きに行かないので知らないのですw)。

勿論後半の方が弦にとっても技術的に難しいというのもあったかも。客観的に聴いて前半に比べるとアマチュアらしくちょこちょこと聴きづらいところがあった。
それでもこの難曲をよくここまでやれたなあと今更のように感慨深かった。ストラヴィンスキーのバレエ音楽の傑作とはいえ、バレエなしに音楽だけで聴かせるのは相当大変なことだと思う。私は当時あまり理解できてなかったかもしれないけど、「火の鳥」の世界がかなり表現出来ていた(ような気がする、オケの一員の自画自賛になるから良くないけど)。
S先生も大変だったろう;この時は合宿もやったし、練習相当したのだな。
「ベト7」もかなり良かったし、アンコールの「アンダンテフェスティーボ」の弦の響きも綺麗だった。私はセカンドだったけどこの時のストバイ、今考えるとすごく上手い人が揃っていたなあ〜と思ったり。この回は弦楽器の響きがかなり綺麗だ。

個人的には過去より現在の方が技術的には進歩してるわけなんだけど、オケというのはその時その時のメンバーの揃い方とか練習量、指揮者もろもろの関係で過去の演奏会の方が非常に良い出来というのも結構ある。
それでも私が入団した当時(私はほとんど初心者同然で入団w周囲も今よりはもう少し初心者レベルの人が混ざっていた)よりは周囲もキャリア10年以上の人が殆どの弦楽器については過去より今の方が全体のレベルは上がってるとは思う。
あとはやっぱり曲への理解と全体のバランスへの意識の向上がもっとあれば、うちの音はきっともっともっと良いものになるのだろうなあと思った。

過去演奏会CDもたまに聴いてみるとけっこう面白い。