あまねのにっきずぶろぐ

婚活している35歳の引きこもり女のブログでっせでっせでっせでっせ。
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残るものたち

2017-05-14 02:36:13 | 生命の尊厳
今夜の記事は重苦しいものが多いので、あんまり寝る前にはお読みにならないほうがいいかもしれません。
自分でも書いていて、結構きついものがあります。



「斬り刻んでも飽きたらんちゅうのはおまえのこっちゃ。こなしてくれるわ、エイッ」
河内音頭の「河内十人斬り」で昔の人々はこのくだりに入ると大喝采を挙げたらしい。

河内十人斬り(かわちじゅうにんぎり)とは、大阪の当時、赤坂水分(あかさかすいぶん)村という場所で起こった大量殺人事件である。
我が生涯の師匠として尊敬するきっかけとなった作家、町田康の「告白」という小説の舞台となった殺人事件であって、わたしはこの小説を元に前に「天の白滝」という小説を書いていました。
自分にとって特別な小説であり、特別な殺人事件であり、今でも登場人物たちはわたしの分身のような存在としてわたしの内に息づいています。

相手の顔を何度も刀で切り刻み、生きたままはらわたを引き摺り出し、首を切り落とし、わずか生後一ヶ月の新生児や三歳、五歳の幼児の身体を滅多切りにし、はらわたを辺りにぶちまけたと言う。

わたしはこの殺人事件の異様な残虐さと、今わたしが直面している中絶問題の残虐さがよく似通った惨劇であることに気づいた。

「斬り刻んでも斬り刻んでも飽きたらん」
此の世で最も生きたまま斬り刻まれ続けている人間は、胎児である。

この「斬(ザン)」という漢字は残酷のザンであり、惨殺のザンでもあることに気づく。


①「きる」

 ア:「刀できる」、「きり離す」(例:斬刈)

 イ:「きり殺す」(例:斬首)

②「刑罰の名前」

 ア:「首をきる刑罰」

 イ:「腰を真っ二つにきる刑罰」

③「絶える・尽きる(続いていたものが終わる)」




「車」の象形と「曲がった柄の先に刃をつけた斧」の象形から、
「車でひき、斧で切る刑罰の名」を意味する「斬」という



わたしにとって、最も自分の心と身体が痛むのは主に肉体の”切断”というものであり、この「斬」という漢字は最も「切断」的な残虐さにある漢字であることに気づいた。

それは「切り離す」という意味が入ってあり、また首や腹を切断するという意味が入ってあるからだ。
わたしは子供のころから、そういえば確か「エイリアン」の映画の腹を切断されても生きている男のシーンがトラウマになっていた時期がある。

妊娠初期で中絶される胎児は、その身体を鉄の器具や吸引器によって身体を切断されてから母胎の外へと出されます。
切断部のほとんどは首と胴体であり、また手足も切断されることもありますが、なかにはお腹を半分に切断される胎児もいます。(映像で観たときに、腸が出ているそのような胎児もいました)
また本当にバラバラの欠片の状態になって出てくる胎児もいます。
また生きたまま、頭を器具によって潰されてしまう胎児もいるはずです。(頭はその大きさから最終的に潰さなくては子宮の外へ出せないため)


肉体への拷問的な刑罰というものは、昔に比べ、だんだんと減ってきています。
家畜であっても、牛や豚には首を掻っ切るまえには気絶させる方法をとる国は多いです。
しかし胎児にいたっては、まるで鶏以下の扱いを受けています。
鶏であっても、首を生きたまま引き千切られたりお腹を切断されたり、頭を潰されることなどはそれほど多くは行なわれていないのではないでしょうか。(個人宅で心臓の辺りを切断する鴨の屠殺法を行なっている映像は観たことがあります)



もう一度、「斬」という文字が、何故「ザン」と読むのかに注目したいと想います。

ザンという読み方は多くの方が「残(ザン」、この「残る」という漢字を思い浮かべるのではないでしょうか?

残酷、惨殺、残虐、慙愧(ざんき)、残忍、懺悔、斬殺、残骸、ザンで始まる言葉には重苦しい意味が多いように感じます。

「ザン」と読む漢字の意味を調べて行きましょう。




「惨」の字の意味を見てみましょう。


「惨/慘」という漢字



①「そこなう」

 ア:「物をこわして、だめにする」、「傷つける」

 イ:「人の気持ちや身体の調子を悪くする」

 ウ:「殺す」

②「いじめる」、「虐待する」

③「いたむ、いたましい、いたいたしいみじめ(目をそむけたくなるほど
  ひどい、気の毒で見ていられない)」(例:悲惨、惨害)

④「むごい」

 ア:「目をそむけたくなるほどひどい」、「気の毒で見ていられない」

 イ:「思いやりがない」




「惨」という漢字も相手を「傷つける、殺す」という重苦しい意味がありますね。
「思いやりがない」から、人は「惨め(みじめ)」だと感じるのでしょうか。





では次は「残」の字を見てみましょう。


「残/殘」という漢字



①「そこなう」

 ア:「殺す」(例:残骸)

 イ:「滅ぼす」

 ウ:「傷つける」、「切る」(例:残虐)

 エ:「壊す」、「破る」

 オ:「壊れる」、「破れる」

②「傷」、「痛み」

③「むごい(ひどい)」、「思いやりがない」、「むごく扱う」(例:残酷)

④「悪い」、「荒っぽい」

⑤「悪人」

⑥「残る(もとの状態のままである)」、「残す」、「残り」(例:残余)

⑦「すっかり消えてしまわないで、1部分のみ残る」
  (例:山の山頂には雪が残っている)

⑧「煮た肉」



何故「殺す」「むごい」という漢字に「残る」という意味があるのか。


「肉を削りとられた人の白骨の死体」の象形

と「矛(ほこ)を重ねて切り込んでずたずたにする」象形から、「そこなう」、

「むごい」を意味する「残」という漢字が成り立ちました。


「残」 残された死体の人骨


矛(ほこ)で何度も何度も肉を削り取られ、死んだ人の白骨の死体の、その胸から上の骨が残っている形が「残」の「歹(がつ)」

死体の「死」はこの「歹」と「匕(ひ)」を合わせた形です。
「匕」は右向きの「人」で、残骨(ざんこつ)になった者を拝(おが)んでいる人です。
そこから「死ぬ」意味になりました。


ですから「残」(殘)は、ばらばらになって、わずかに残されている骨のことで、「のこる」の意味になりました。



漢字というのは、なんともおどろおどろしい意味が隠されているものですね。
実際、漢字にはもっと他の深い意味も隠れているのではないかとわたしは想いますが、ひとつこういった意味も確かに隠されているのでしょう。

胸から上の骨だけが残っているとは、なんでしょう、他の骨はどこへ行ったんでしょうね。
川にでも流れていったのでしょうか、それとも土の下に埋もれて土に還ったのでしょうか。
いったいなんで、何度も何度も矛で肉を削り取られなくてはならなかったのでしょうね。

わたしは「斬」という字と同じく、この「残」という字にも「罪人への刑罰」の意味が隠されているように感じます。
死んでもなお「残る」ものとはすなわち、人の「罪」というものを表しているのではないでしょうか?
何故、人が死者に対して「拝む」のかといえば、ひとつは死者が成仏する為にでしょう。
何故、成仏してくださいと拝むのかといえば、人は罪があればこの世、または此の世と彼の世の間に「残る」と考えられているからではないでしょうか。
死者が成仏できずに苦しみ続けるとはすなわち、残された者たちも同じく苦しみをなんらかの形で被り、または感じ取るものだと人々は考えたため、人は墓を作ったり念仏を唱えたり供養をしたりして死者がどこかで苦しんだまま残り続けないようお祈りをするわけです。

「残る」という意味には「苦が残る」という意味から来ているのだと想います。
その死にざまが、苦しければ苦しいほど、人はその苦しみが「残る」と考えるのは自然なことだと感じます。
その残った苦しみは、どこへゆくのかと人々は考えます。
因果因縁というものがひとつ、死者の苦しみを浄化させるために存在している世界の法則を説いたわけです。
死者の無念の苦しみはどのようにして払われるのか。

「ザン」という音は、重い音だと感じるのは、その残る苦しみの重さから来ているのだとわたしは感じるのです。
「ザン」と聞くと、上へ上がる音、というより、下へ「ザン」と落ちるような音に聴こえますでしょう。
人やそのほかの生物の苦しみの念というものがすべて重い波動であるため、これが苦しい念なほど下へ落ちて底へわだかまるわけです。

人の身体を斬り刻み、また切断せしめることが何故「斬(ザン」という「残る」の意味と音と同じであるかということがよくわかる漢字です。

人の苦しみは、生命の苦しみは、死んで終わるものではないのです。
世界で一秒間に一人以上もの中絶される胎児たちの苦しみが、どこにどのようにして「残り」続けているのか、ということに、人々はもっと深刻に危惧せねばならないのだと感じるのです。














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