蝉の声が閑かさをひき立て、湿気の匂いがただよう8月。まもなく広島、長崎の原爆忌や終戦記念日を向かえる。
短歌研究8月号の戦争歌の特集に、「詠みつがれる戦争歌」という比較的若い歌人による作品群があった。それぞれの歌人が異なった視点から戦争を捉えている。今日はそれらの歌を鑑賞してみたい。
「せんそう」を逆引き辞典で引くときに最初に出合う阿片戦争 松村由利子
「ミルクを満たす」の連作一首目。まずこの歌から特集を読みはじめることになる。戦争は辞典で調べるものという感覚は戦後世代ならでは。
原爆の投下の史実さへ知らぬ若者多きこの国に住む 渡辺幸一
戦はぬ勇気を勇気と思はざる「普通の国」に成り果ててゆく
「イギリスにて」の連作より。イギリスでの出来事や、改憲、イラク問題などを取り上げ未来に警鐘を鳴らす一連となっている。政治や歴史の中での自己の位置づけを強く認識しているからこそ、身近を一歩越えたところで戦争の気配を感じられるのだろう。
地を這ひゐて蟻の巣穴に入りたしと願ひたりける心かなしも 横山未来子
草の穂に夕陽のわづか溜れるを眺めておもふ明日の日のこと
「真昼の星」の連作より。横山は現在の視点から戦争を詠うのではなく、戦場そのものを描き出すことによって、追体験として実感を得ようとしている。
戦争をなくして六十年 愛の告白のように「死ね」という子ら 千葉 聡
学校では「死ね」という子どもらの言葉が飛び交う。子どもたちにとって、死はリアルではないのだ。
みづからを群に放り込む儀式なり毎朝きまつて駆け込み乗車す 小川真理子
先頭の女性専用車輛にて飛びこみし者を真つ先に轢く
「戦死者数は本日もゼロ」の連作より。日本は60年以上戦争で人を殺していない。しかし自殺者の増加などもあり、日常はもはや戦場と化している。
東芝がお送りしますサザエさんとロケットシステム指揮装置と 八木博信
目敏きは狙撃スコープ父が遺すカメラと同じNikonの印
「軍事立国」の連作より。見落としがちな企業と戦争の関係をシニカルに描いている。