雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 6月29日(水) 昼間は里山へ,夜はパソコン講師…

2011年06月30日 06時57分28秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月29日(水) 昼間は里山へ,夜はパソコン講師…

 ずっと土日の夜、里山でホタルガイドをしていたので、どうしても昼間、里山へ行く時間が少なくなりました。

 今日は、何日かぶりに昼間の里山へ行こうと、アルコールの量を抑えたら、睡眠も浅くなって、暑いこともあって、かなり夢を見ました。
 というより、夢を覚えているという方が正しいのでしょうね。
 
 夢の後半は「宇宙人が侵略してきて、みんなで逃げる」ような怖い夢ですが、前半は、性的な夢で…則子さんだけには、告白します。

 午後、目が覚めてから、シャワーを浴びて、里山へ行きました。

 里山は、冷房が欲しいような暑さです。
 里の家に張った、新しい「カヤ」が涼しげです。
 
 夕方、谷の池に入って、繁茂し始めたコナギを抜きました。

 夜は、則子さんが「仕事の必要で、ワードの打ち方や文書のコピーの仕方を教えて」というので、パソコン講師をしました。

 もちろん無料奉仕です。
 
 えっと、則子さん、講師料を払ってくれると、すごくうれしいんだけど…。
 いえ、お金じゃなくて…。
 このごろ、ずっと「暑いから」って、してないし…。

 
 
 

雨宮日記 6月28日(火) 珍しく則子さんが「寒気がする」というので

2011年06月30日 06時48分10秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月28日(火) 珍しく則子さんが「寒気がする」というので

 「殺しても死なない」(うわ、いきなり暴言を書いちゃった…後で消しますね)元気な則子さんが、このところ、新職場のバザーと、里山のホタルなど忙しかったからか、ダニかなんかで身体が痛め付けられたからか、仕事から帰ってきて「寒気がする」というのです。

 2人ででかける予定でしたが、ぼくだけ会合にでかけました。

 「ぼくだけでなんとかするから。ゆっくり寝ていてね」と優しい言葉をかけてです。

 本音は「ぼくだけでは、この重い歴史は背負いきれないから、早くよくなって、背負ってください」ということですが。

震災・くらし情報 今年は出さない「原子力白書」

2011年06月28日 22時53分53秒 | 地震・原発・津波・防災情報
震災・くらし情報 今年は出さない「原子力白書」

 毎年3月に、原子力委員会から「原子力白書」というのが出ていました。
 「出ていました」と書いたのは、今年は出さないことを決めているからです。

 4月12日に「福島原発事故が終息していないから」という理由で今年の白書発行の中止を公表しました。
 
 今までどんなことを言っていたのか「内閣府原子力委員会」のホームページで読めますので、みなさん読んでみましょう。

 ぼくも読んでみます。

 参考までに昨年3月に出された「平成21年版」の冒頭「刊行によせて」部分を紹介します。

「平成21年版  原 子 力 白 書 平成22年3月  原子力委員会

 刊行によせて

 我が国における原子力の研究、開発及び利用は、原子力基本法に則り、これを平和の目的に限り、安全の確保を旨とし、民主的な運営の下に自主的に行い、成果を公開し、進んで国際協力に資するという方針の下、将来におけるエネルギー源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与するべく行われています。

 原子力委員会は、このための国の政策を企画・審議・決定する責任を踏まえ、「原子力政策大綱」にその基本的方針を示して関係者に尊重していただいています。

 「原子力白書」は、この方針に基づく我が国の原子力研究、開発及び利用における新しい動きについて、広く国民の皆様にご紹介するものです。

 昨年9 月に発足した新政権は、地球温暖化対策に関して意欲的な政策目標を打ち出しました。

 9 月22 日に行われた国連気候変動首脳級会合で、鳩山総理大臣がすべての主要国による公平かつ実効性ある国際枠組の構築や意欲的な目標の合意を前提に、我が国は2020 年までに1990 年比25%の温室効果ガスの排出削減を目指す旨を表明したのです。

 原子力発電は、発電過程において二酸化炭素を排出しない、大規模かつ安定的な発電技術として、我が国をはじめ世界の主要国で地球温暖化対策やエネルギー安全保障の確保の観点から基幹電源の一つとして活用されていますから、この目標の実現に向けて大きな貢献が可能です。

 また、昨年4 月の米国オバマ大統領の「核兵器のない世界を目指す」との決意表明を受けて、核軍縮、核不拡散に関する新たな動きが始まりました。

 昨年9 月には国連安全保障理事会首脳級会合が開催され、鳩山総理大臣をはじめとする主要国首脳により核軍縮、核不拡散、原子力平和利用、核セキュリティに関して国際社会が共同して取り組むことが合意されたことは画期的なことでした。

 さらに12 月には、政府が「グリーン・イノベーション」や「ライフ・イノベーション」等を日本の強みを活かす成長のための戦略課題とする「新成長戦略(基本方針)」を閣議決定しました。

 原子力委員会は、原子力に係る科学・技術に関する研究開発を推進し、その成果を踏まえて、我が国の発電設備に占める原子力発電の割合を増加させ、海外において高まる原子力発電所新設需要に対して原子力発電機器設備を供給し、医療分野におけるCT やPET による診断技術や放射線によるがん治療技術を内外の医療分野における普及させていくことにより、これに貢献することができると考えています。

 このように、最近に至り、原子力の研究、開発及び利用に関する取組を巡って様々なイノベーションをという期待が高まっていることが強く感じられます。

 そこで、この原子力白書では、「原子力利用の新しい時代の始まりに向けて」と題する第1 章において、こうした取組の現状を概観するとともに、今後の課題についてまとめています。

 現在、我が国においては、新元素の発見につながる成果を産み、重粒子線を用いたがん治療技術が高度先進医療技術として高い評価を得ているなど、学術分野から医療、農業、工業などの多岐にわたる分野で放射線が利用されており、供用が開始された大強度陽子加速器施設(J- PARC)の生み出す成果に世界の注目が集まっています。

 他方、原子力発電の分野においては、54 基の原子力発電所がエネルギー安全保障と温室効果ガス排出抑制に貢献しており、新潟県中越沖地震を踏まえた各原子力施設の耐震安全性の再確認、諸外国と比較して低水準にある原子力発電所の設備利用率の改善、使用済燃料の貯蔵能力の増強、プルサーマルの推進、原子力発電所の新増設、六ヶ所再処理施設の本格稼働、高速増殖原型炉「もんじゅ」の再稼働、高レベル放射性廃棄物の処分施設建設地の選定等、その役割の一層の充実と拡大に向けて重要な取組が進められています。

 これらの取組の中には困難に直面しているものもあります。そうした事業にあっては、いまいちど足下を見直し、その困難の克服に向けて、リスク管理を行いつつ、しっかり取り組むことを期待します。また、政府と民間はそれぞれの役割と責任を踏まえつつ、国民の利益の観点からその推進に協力していくべきでしょう。

 もちろん、こうした活動を進めるに際しては、国民の皆様に、それが国民の利益に資することについてご理解をいただき、ご協力をいただくことが不可欠です。

 原子力委員会は、これまで、我が国の原子力政策を、企画、審議、決定するにあたっては、透明性を確保し、広く国民の声を聴き、対話を重ねて参りました。今後ともこのことの重要性を片時も忘れることなく、その任務を果たして参ります。この原子力白書が、原子力政策に対する皆様のご理解を深めるための一助となれば幸いです。

平成22年3月 原子力委員会委員長 近藤駿介」







雨宮日記 6月27日(月) 妻・則子さんの悩みに心通わせて僕も…

2011年06月28日 06時20分38秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月27日(月) 妻・則子さんの悩みに心通わせて僕も…

 土曜と日曜の夜に里山に行ったせいなのか、どうなのか
 それとも僕の部屋の、しきっぱなしの僕のお布団から僕が持ち込んだのか…

 則子さんが,仕事から帰ってきて「見て、こんなに喰われた」と
 めったに僕なんかには見せない、白い脚を太ももまで見せるので、
 僕はドキッとして、目をそらしてしまいました。

 おそるおそる見ると、紅い斑点がいくつも…
 こいつら…則子さんのはだかの太ももにかじりついて…うらやましい…え?

 則子さんは「これ、ダニだと思うんだけど…」と言ってました。
 「じゃあ、ダニーボーイじゃなくて、ダニーレデイだね」とは、
 怖くて言えませんでした。

 あ、思い出した!
 数日前に則子さんが言ったこと
 「これからは、直接ブログを自分で見て検閲しますからね」
 
 うわ、どうしよう…

 これは時間限定で、則子さんに見つからないように
 すぐ削除しますので、見るなら今のうちです。

 則子さんの悩みに合わせて、ぼくも手や足が
 かゆいです。

 則子さん、「ムヒを買っといてね」


 

 

震災・くらし情報 文献5 週刊誌『週刊ポスト』で測定器の話…

2011年06月28日 05時53分29秒 | 地震・原発・津波・防災情報
震災・くらし情報 文献5 週刊誌『週刊ポスト』で測定器の話…

 まず、こういう「まじめな」ブログで『週刊ポスト』という名前を書いたトタンに
 「雨宮ってやつは大バカだったのか」とアクセスを切断する人もいるかもしれません。

 ぼくの立場は「全方位、どんな文献でも、どんな情報でも
 平等に批判し,平等に扱う」ので、週刊誌だから信頼しないとか
 とくていの個人、特定のマスコミだから信頼するとかいうことは、ぼくはありません。

 それで『週刊ポスト』の7月8日号(定価380円)は
 昨日夜、コンビニ「ローソン」に飲み物のお茶を買いに行ったら、
 「ぼくを読んで」と誘っていたので、誘いにのって買いました。

 タイトルは「ガイガーカウンターでは被曝量は測れない」です。

 こういう時を利用して、外国製の粗悪な測定器が売れているが…という記事です。
 
 ガイガーカウンターは物質からでる放射線を測っていて空間線量を測っているのではないこと、ベータ線を測る機械であり、放射線の数「ベクレル」を測っているので「シーベルト」はそれから計算式で導き出さないといけないこと、などを記事は指摘しています。

 これは正しいと思います。
 ただし、文系のぼくの知識では理解できない部分もありますので、もっと勉強します。

 正しい数値を出すためには、シンチレーション式の空間線量を測る機械が必要と指摘しています。

 これも正しいのではないでしょうか。

 記事は、東京都が6月15日から測定し始めた器械は1台70万円と指摘しています。

 70万円くらいなら、浜松市も7台買って、7つの区役所に設置して欲しいですね。
 どうでしょうか?浜松市長さん?

 ただし、GMカウンターでも、精度を考えて使い道はあると考えます。

 どれくらいの精度になるかは、記事も指摘していますので、直接、ぜひ380円を支払ってお読みください。

 なお、新聞マスコミは、こういうレベルのいい記事をきちんと掲載して欲しいですね。

 

雨宮日記 6月26日(日) 今日も2人で里山へ行けるって…嬉しいな

2011年06月27日 06時54分23秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月26日(日) 今日も2人で里山へ行けるって…嬉しいな

 則子さんの新職場は,土日休みで、今日は昼間、則子さんの以前の職場の「介護施設 曳馬の家」で同僚だった他の3人の女性との食事会でした。

 今夜が8回目で最終回の里山で「ホタルを見る会」は、仲間のk子さんと2人でガイドをやるはずでしたが、急な用事で、ぼくだけになってしまったので、おそるおそる則子さんに、お願いをして、一緒に行ってもらえることになりました。

 うれしい!

 なんだか、新婚当時のような新鮮さで、2人でドライブしました。

 「どうして、30数年たって、そんなに新鮮なの?」って思いますか?

 一つは、時空的な、時間空間的な区別で、毎日がへんかしていって新鮮です。

 2つは、もっと根本的な、個別・具体・抽象・一般という概念の所で、つねに「一般化・抽象化」の努力をしていると、いうことでしょうか?

 そういう努力をしないと、それはぼくの恋歌ではなくなって、たんなる自己満足・自己逃避で終わるんでしょうね。

 この項目は、すごく大事なので、もっと続きます。

 あ、こんなとんでもない話題、どうするんでしょうか?

 「30年経っても新鮮な結婚生活」は、ぼくの実感ですが、これを他人に説得してもらうのは、すごくむずかしいです。

 でも、そういうむずかしい作業に挑んでみようと思います。

雨宮日記 6月25日(土) 則子さんは新しい職場でバザーでした 

2011年06月27日 06時36分33秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月25日(土) 則子さんは新しい職場でバザーでした 

 則子さんは、午前中は、6月1日から勤務し始めた新職場でのバザーでした。

 「星の子」という名前で、障害児のための、保育園のような通園施設です。
 
 則子さんとは、結婚して30数年間ずっと、今日お互いが体験したことや、悩みや希望、提案など、なんでも言い合う習慣です。

 コミュニケーションの方法は、直接話をしたり、むかし使った交換ノート(12冊保存してあります)やぼくがパソコンで打つ「○○○○通信」など、いろいろです。

 最近は、ノートも、パソコン印刷も使わず、ほとんどは直接の会話でしています。

 新しい職場も、則子さんはむかし障害児の施設に勤めていたので、むかしの情熱を呼び覚まして心新たに参加しました。
 
 やっぱり大変ですが、そういう話も有名な言葉「妻の苦労は夫の苦労」ですので、すこしづつ書いていこうと思います。
 
 え?「妻の苦労は夫の苦労」って誰が言ったのですか?って?
 それはいい質問です。
 それを最初に言ったのは、雨宮智彦という名前の人です。

 やはり、則子さんの夫だからこそ、言える言葉ではないでしょうか。

 なおグーグルで「妻の苦労は夫の苦労」と検索したら
 506万件がヒットしました。
 ただし、ぼくの書いたような中身では、どうもなさそうです。

 写真は、バザーで売った職場の商品です。

 「星の子」っていい名前でしょ?
 どうして、いい名前なのか、別途書きますね。


震災・くらし情報 6月21日「静岡新聞」夕刊「窓辺」で障害児たちのこと…

2011年06月25日 06時59分06秒 | 地震・原発・津波・防災情報
震災・くらし情報 6月21日「静岡新聞」夕刊(1)面「窓辺」で障害児たちのこと…

 久保田翠(みどり)さん(NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長さん)が、浜松特別支援学校と津波のことを書いています。

 浜松特別支援学校は南区江の島の、海岸から1kmにあります。
 小学生から高校生までの、「浜松市内の」「障害のある子どもたちの3割が通っています」

 久保田さんは以下のように書いています。
 「3階建ての建物は、10メートル級の津波に耐えられるはずもなく」「先生も合わせて500人の命は絶望的であるかも知れません」

 「こうした子どもたち、人たちの施設は遠隔地に建てるしかなかった時代もありましたが、今はマイノリティな人々を社会の中に包括する時代に変わりました。そうした中で、安全性だけではなく、障害のある子どもたちをどのように社会の中に位置づけていくのかも合わせて、早急な議論と実行が必要です。皆さまのお知恵をぜひともお貸しください。」

 ぼくやみなさんに「知恵」があるなら、それを使うべき瞬間だと思います。
   

震災・くらし情報 文献4 NHK取材班『朽ちていった命』新潮文庫

2011年06月25日 06時33分01秒 | 地震・原発・津波・防災情報
震災・くらし情報 文献4 NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命 ~被曝治療83日間の記録~』新潮文庫、平成18年10月1日発行、221ページ、定価438円+消費税

 みなさんは、次の日付けを覚えていますか?

 1999年9月30日。

 この日、午前10時35分、茨城県東海村の、ウラン燃料会社「JCO」東海事業所で、3人の男性が作業中に、ウランが臨界状態になり、大量の中性子線を放出したのです。

 突然、東海村に出現した、遮蔽のない「臨界」=むきだしの原子炉は19時間40分続き、10月1日の午前6時15分に終息しました。

 3人の内、大内久(おおうちひさし)さんは20シーベルト、篠原理人(しのはらまさと)さんは6~10シーベルトを浴びてしまいました。

 これは、主に大内さんの過酷な83日間の治療記録です。

 いや治療記録と言うより、治療が効果の無い記録というべきでしょうか。

 これを読んでいて、心が動揺せずにはいられません。
 人間は同じ人間に対して、なんということをするんだ。
 耐えられない感じ、でも直視しないと…。

 大量の放射線を浴びるということは、生命の素である「染色体」=DNAも壊されて、身体の再生は自力では不可能になっていくということで…。

 放射能を知るための必読文献だと思います。
 でも、読むのは、しんどいです。

 
 

 

雨宮日記 6月24日(金) 深夜の北の空は稲妻が光って…

2011年06月25日 06時12分37秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月24日(金) 深夜の北の空は稲妻が光って…

 深夜の仕事の前、準備が終わって、
 トラックが来るのをしばらく1人で待つ時間

 外に出ると、上空は都会の貧しい星空
 北の方に雲があり、雲の中で雷光が断続的に光っています

 じっと見ていると そのうちに白く細く
 深夜の白蛇のように稲妻が光っていました

 たしかに「稲妻(いなづま)」=「稲の妻」は
 女性で、しかも白い蛇神です

 稲の神さまは、柳田さんの日本民俗学では
 春に山から田へ降りてきて、稲が実ってから秋に山へ帰っていく男性神で
 「さつき」の「さ」、「早苗」の「さ」が稲の神さまのようです

 その稲の神の奥さんは、たんぼを守る蛇神、
 つまり雨と水を支配する「稲妻」の神です。

 蛇神さまは、「ヤマカガシ」と言うように、
 あるいは田の「かかし」ともいいいます。

 つまり母を「おかーさん」「かかさま」というのは、
 蛇神さまのことではないでしょうか。

 じゃあ、父を「おとうさん」「ととさま」と呼ぶのは?
 
 母は植物採集をするのが元々の仕事ですから、稲の栽培も母の仕事です
 「早乙女」といいますが「早おとこ」はいません。

 旧石器時代・縄文時代から採集は女性の仕事で
 狩猟は男性の仕事でした。
 
 ですから男性の狩猟はもともと海の動物(魚=おとと)を取るのが仕事で
 そこから派生して、陸上の動物や空の鳥をとるのも男性の仕事です。

 日本の呪術師・シャーマンで女性は蛇シャーマンですし、
 男性は鳥シャーマン、といっていいのかどうか

 鳥の「とり」と「おとうさん」「ととさま」は関係あるのかないのか、どうでしょう?

 うわー、リアルな夜の白い稲妻から始まって
 すごい妄想仮説=即興ファンタジーを書き散らしてしまいました。

 ショパンの即興幻想曲、大好きです 

雨宮日記 6月23日(木) 長女のTさんが結婚式の相談に来ました

2011年06月24日 05時42分31秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月23日(木) 長女のTさんが結婚式の相談に来ました

 すでに彼氏と同居をしているTさんが、8月の結婚式の内容の相談に来ました。

 Tさんが「ただいま」と言ったのに
 ぼくは「いらっしゃい」と答えてしまい、すこし怪訝な顔をされました。
  あ!失敗!減点パパでした。
 「お帰りなさい」と答えるべきでした。

 台所へ行って、則子さんと3人で相談。

 長女「入場の時ね、Tくん(彼氏です)と私と入場するか、
    お父さんと私で入場するか、どっちにしますか?って聞かれてるの」

 ぼく「えー???!結婚するのは2人だろ。
    なんで、ぼくが入場するの?」

  (最近は、そんな変な親が増えてるんでしょうかね。
   ぼくは主体ではなくて、2人を祝福する方です)

  (いや、というより、ムカシの「家と家が結婚する」という感覚が
   いまの50代から60代の人にも残っているのかも知れません)

  (日本古代史の『古事記』や『日本書紀』では
   出てくる結婚はぜんぶ政治同盟ですからね。)

 長女「お父さん、何か発言したい?」
 ぼく「いえ、したかない。傍聴でいいです」
 長女「じゃあさ、お父さん、カメラマンやってくれる?」
 ぼく「あ、いいよ!そういう方がいいな。何か役があった方が。
    ただ座っているのは,苦手だから」

 Tさんと呼ぶ親族のリストや
 プログラムを相談しました。

 暑い時期に、熱い2人で、いいですねえ。

 それから2人のアパートに行って部屋へ入れてもらいました。
 
 ぼく「広くていいけど…壁に何もかけられないんだね」
 長女「それは、借家だもん。あたりまでしょ」
 
 Tくんは、まだ仕事でした。

  (今夜、思ったことは式場では「娘をイヤイヤ手放す寂しい父親」役の
   演技をしないといけないんでしょうか?
   ぼくは、娘の結婚を心からうれしがってるんですが…)

  (まあ、結婚はたしかに大変ですよ。今でもね…
   ずっと1人で生きてきて、それを1つにするわけですから。
   しかも2人だけですから、多数決はできませんからね。

   しかもボクの場合は、従順ではない、激烈な妻である則子さんですからね。  
   
   でも、2人でゼロから自由に創造していけるのですから
   こんな楽しいことはないと思ってください。

   でもそれを伝えるためには、則子さんとぼくで
   30年間に創ってきたもの・ことを書いておかないといけませんね。

   雨宮ブログで、30数年間のことを、書いていきたいと思います。
   新カテゴリーで、ワンコーナー創ります )
 
 

 
 

雨宮日記 6月22日(水) 今日も里山へ行けず環境審議会の傍聴…

2011年06月23日 06時16分00秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月22日(水) 今日も里山へ行けず環境審議会の傍聴…

 今日も、ほとんど飲んでいないので、早めにお昼過ぎに目が覚めました。
 午後1時半から、鴨江の浜松市別館で、第1回環境審議会の傍聴です。

 一人で傍聴しているなら、退屈きわまりないのですが、
 仲間と2人で傍聴しているので、メモで感想を見せたり
 顔を見合わせて、目線で同意し合ったり、3時間を過ごしました。

 環境審議会のちゃんとした報告は「ゴミ環境ネット」のブログで(久しぶりに)
 書くつもりですが、すこし後になると思います。

 それでも、だんだんと欲求不満になってきて…
 終わってから、仲間と元城町の喫茶店に行って、思い切りだべりました。

 「環境教育」だったら、一番大事なのは「社会」のはなしではなくて
 「環境」=「生命」=「生態系」の方が一番だいじだと思います。

 生命というのは「炭素生命」なんですから
 「低炭素社会」の話は、なにか的外れではないでしょうか。

 生命を増やすのは炭素を増やすことなんですから。

 それにしても、委員のみなさんも、環境部の職員のみなさんも、
 これにつきあうのはたいへんだなあと…。
 
 こういう「審議会」というのは「儀式」なのでしょうか。
 あ、そんなこと言っちゃうと、やばいでしょうか。
 「議会」そのものが「儀式」の側面もあったりして…。
 
 これを読んで、環境審議委員や浜松市から
 抗議と訂正のメールを送ってくれると嬉しいですね。

 なお、今日、審議会の休憩の瞬間に、
 部屋の屋根から細長い金属の部品が落ちて、みんなびっくりしました。
 けが人がなくてよかったです。

 それと、前回の傍聴のときは、冷房がきいていて、しかも
 傍聴席の真上から吹き付けたので、去年は「氷の女王」のとりこ気分でした。
 今日は、窓を開けて、涼しい風を外から入れてくれたので、よかったです。

 なお「議会」のなかでも、ぼくの知人の少数派・革新派議員は別ですからね。
 「それは誰?」と聞く方があれば、
 個々で対面であれば、氏名をお教えします。

 ここで公然と語るような無粋なことはしませんので。

 疲れて、家に帰り、夕方は則子さんの部屋で寝ていました。
 則子さんが帰って来たので、起きると
 「汗臭い、シーツも替えないと」と言うので、ちょっとぼくもムッとして
 「じゃあ、さよなら」と言って、則子さんが苦笑いする中、部屋を出ました。

 

 

雨宮日記 6月21日(火) 暑いし…あせもがかゆいし…

2011年06月22日 06時02分08秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月21日(火) 暑いし…あせもがかゆいし…

 明日は夏至(げし)です。

 暑いし、あせもはかゆいし…昼間はせっかく腫れたのに、里山にも行かずに、自分の部屋の「紙類」を整理して、汗をかきました。

 けっして「古紙」のたぐいではありません、大事な「古文献」です。

 夜、則子さんが別の会議に出るので、則子さんの代わりにレジュメを打って、事務局・司会として出席して、帰って来たら…
 
 「智彦くん、近くに来ただけで汗臭いから、お風呂に入って!」のお言葉。
 「はい」と従順に、お風呂でシャワーを浴びました。

 「お風呂入ったから、近づいてもいい?」
 「それは別問題でしょ」
 「はい…じゃあ…またいつか…」

 
 

遠州古代史考 5 『諏訪明神絵詞』「遠州の「サナキの社」」とは?

2011年06月22日 05時34分53秒 | 遠州古代史
遠州古代史考 5 『諏訪明神絵詞』「遠州の「サナキの社」」とは?

 「遠州古代史の本 12」で紹介した大庭祐輔さん『竜神信仰』論創社、2006年(2011年06月20日 19時45分42秒)に銅鐸問題で大事な指摘がされていますので、紹介します。

 「四 諏訪に来た神々」の「3 天竜川の再生観」の章、p273です。

 「中世の文書である『諏訪明神絵詞』にも次のような記述がある。
 「ある行者がお御神渡り(おみわたり)を待つために諏訪湖の寒氷の上に旬日通いつめた。ところがある夜、行者は湖上で寝込んでしまった。…そして、目覚めて左右を見たところ、自分の国ではない、重いもかけない所に浮き出てしまっている。そこで近くの人に何処かと尋ねてみたところ、遠州の〝サナキの社〟という答えがかえってきた。諏訪湖から天竜川を下って流れついたのである。行程七日ばかりのところであった。」

 これは、どう見ても「佐鳴湖」のことかと思うでしょう。
 
 ところが、さらにブログ「諏訪大社と諏訪神社《八ヶ岳原人版》」の「葛井神社 御手幣送りと葛井の清池 15.1.3」の項目に次のように書かれていました。

 「葛井神社から静岡まで2時間 諏訪教育会編『諏訪資料叢書』に『諏方上社物忌令之事(神長本)』が収録してあります。ここに「七不思議」の一つとして載っています。
 楠井池御幣・御穀・酒。十二月晦日夜寅剋(刻※朝4時)に彼(かの)幣穀を奉入れば、遠江(※静岡県)いまの浦見付郡猿擲(さなげ)池に正旦夘刻(※朝6時)に彼幣酒穀彼池浮かぶ、宮人取上拝す。楠井與(与・より)猿擲池の間七日路あり、只一時に通ずるなり。
 『諏方大明神画詞』にも、御神渡りを見ようとした「タフト坊」が神力で一晩の内に「遠州さなぎの社」まで“飛ばされて”、諏訪へ帰るのに七日間掛かったと書いてあります。」

 つまり、『諏方上社物忌令之事(神長本)』によれば「浦見付郡猿擲(さなげ)池」とあり、「見付」の、となれば、これは今の磐田市の、たとえば大池のことかとも思えます。

 今のところは、両説を並記しておきますが、大事なことは、天竜川の最上流の諏訪湖と、最下流の浜松か磐田の「サナギの社」または「猿擲(さなげ)池」と超常的な直接行き来できる通路があると信じられていたという伝承があることです。

 ぼくは一応歴史学ですので、実際にそういうハイパー空間的なワープ通路があることを信じているという意味ではありませんので。


 

雨宮日記 6月20日(月)夜 暑い夜、「都市伝説」街中の蛍の謎…

2011年06月21日 06時24分01秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月20日(月)夜 暑い夜、「都市伝説」街中の蛍の謎…

 昼間は暑くても、夜は涼しかったのに、
 最近は、昼間も夜も暑くて、ムシムシして、ぼくもあせも?
 手がかゆいんで、かいてしまいます。

 こう暑くなると、則子さんも、ぼくが近づくと
 「暑いから寝れない、あっちへ行って」とすげないし、
 そういうときは、ぼくもちょっとめげますね。

 実は昨日夜は、則子さんに「レジュメを打つから、あの感想文を貸して」と言ったら
 「え?何日か前に台所で渡したでしょ?」と言われて、愕然。
 なんにも覚えていません。
 いつ?

 かなり落ち込み、ちょっとどころではなく、深刻にめげました。
 ショックだったので、自分の部屋に逃避して、しばらく寝てから
 仕事に行く時間に起きて、のろのろと家を出ようとしました。

 珍しく則子さんが玄関に来て(さすがに心配になったのでしょうね)
 「だいじょうぶよ、そのうち出てくるから」と言ってくれて、
 なんとか持ち直しました。
 ありがとう。

 夜中はひどい雨で、午前3時頃にすこしあがりました。
 
 浜松市の中心部の龍禅寺町、有名な龍禅寺の門前のあたりでした。
 あたりは住宅街ですが、暗闇のなかを,小さな光りが一つだけ飛んでいました。

 えっっ?!なに?
 フワフワと飛んでいる白い光り。
 明らかに、里山で見慣れた蛍です。
 明るさは、ゲンジボタルです。

 こう書くと、則子さんに
 「智彦くんは、蛍大好き人間だから、
  幻視したんじゃないの」と言われそうです。

 見ていると,目の前の人家の壁にとまったので、
 証拠写真を撮りました。

 黒い線が中間で太いので、明らかに源氏です。

 推定ですが次のような可能性があるでしょうか。

 ① 大雨で西区や南区の蛍が飛ばされてきた
 ② 誰か蛍の生息場所からつかまえてきたのを家で放した
 ③ 近くにゲンジホタルの生息場所があるか?
   (それはかなり可能性は低いような)

 真実はなんなのか、眠れなくなるくらい、悩みますね。
 
 「浜松・都市伝説(その1)」でした。
 その2、その3は掲載未定です。