日詩〜ヒビノウタ〜

再開・再会・斎戒

《ありがとう》

2012-01-25 00:00:00 | 第4章
*アメリカ行った時に、何かあった時用のメモ(何もなかったら消します)


自分の人生を振りかってみると、

自分の下向きな思考は、

苦しい思い出ばかりを思い出させる。


中学受験辞退

中学サッカー選抜試験不合格、

高校入試不合格、

大学入試不合格、

指導教官の死、

いじめ、

アイデンティティ喪失、

精神疾患、

部活・サークルの人間関係の不和、

失恋の数々、

大切な人たちの死。



数えきれない苦い思い出・逆境の数々。

小さい頃から、

毎日、毎日、悩んで、泣いて、悩んで、泣いて、ばっかりだったな。



でも、人との出会いは、けっして下向きにさせるものじゃなかった。

絶対的に嫌いな人は一人もいなくて、

みんな出会えて本当に良かったと思える人だった。


特に、、、


幼なじみは、この人が幼なじみで本当に良かったと思える最高の心友だった。

地元の仲間は、みんな口は悪いし、いじりまくってくるけど、みんな愛情のある最高の仲間だった。

高校テニス部の仲間は、1つの目標に向かって一緒に頑張れた最高の仲間だった。

高校の同級生は、男女関係なく、歳とともに仲が深まって、おいしいお酒をいつも飲める最高の仲間だった。

教育学科の仲間は、出会った瞬間から本当にみんな仲良しで、今も語り合える最高の仲間だった。

特に、男女問わず、親友って恥ずかしがらないで言えた最初の仲間だった。

ESSの先輩・後輩・同輩は、総勢100人以上いるけど(笑)、みんな大好きで、青春といえる大切な時間を過ごした最高の仲間だった。

特に同期でESSの時から一緒にいろんな山を乗り越えたメンバーは、今も誰か何かあれば助けあう最高の仲間だった。

心理学科で出会った仲間は、4つ下から10こ上まで多様だったけど(笑)、みんな素敵で転科して良かったと思える仲間だった。

SDSの子達は、院生の俺なんかを受け入れてくれてた本当に素敵な仲間だった。


先生との出会いも大きかった。

厳しい先生もたくさんいたけど、そのおかげで今の自分があるってのは間違いない。

保育園の先生、小学校の先生、中学校の先生、高校の先生、大学の先生、塾の先生、予備校の先生、

みんな本当にありがとうございました。

特に、塾のO先生には感謝してもし尽くせない。O先生との出会いがなければ、俺がこれまで生きていないとマジで思う。

本当にありがとうございました。



また、こんな俺でもお付き合いしてくれた人には本当に感謝してる。

特に、、、

付き合うって何か、人を想うって何かを最初に教えてくれたH先輩には今も本当に感謝してる。

大学生活のほとんどの時期を一緒に過ごし、最長のお付き合いさせてもらった憧れの存在だったYさんには今も本当に感謝してる。

期間は短かったけど、今までの人生の中で、最も好きだった言えるYにも本当に感謝してるし、

失ったことを本当に後悔してる。どんなことがあっても嫌いになれなかった。


そして、

家族のみんな、

恥ずかしいから、今まで一度も言ったことないけど、

俺は、

おじいちゃん・おばちゃんの孫で、

お姉ちゃんの弟で、

お父さん・お母さんの息子で、

本当に幸せだと思ってたよ。


みんな、

本当にありがとう。


下向きな思考な俺でも、

いつも太陽のような笑顔がつくれたのは、

間違いなく、みんなのおかげ。

本当にありがとう。

一人ひとりに、ありがとう。

《出会い》

2012-01-24 02:29:47 | 第4章
”ひとつの幸せのドアが閉じるとき、もうひとつのドアが開く” by ヘレン・ケラー


一つの別れ。

それは、すべての終わりだと思っていた。

閉ざされた側は、

その終りに苦しみ続ける、

そう思っていた。



けど、そんなことなかった。

むしろ、

閉ざされたことで、

生まれた新たな出会い。



運命って分からないもんだ。



閉ざされたの苦しみは、

開かれた喜びをもたらすのだから。

《コイン》

2012-01-24 01:37:00 | 第4章
誰かの幸せの裏には、

誰かの苦しみが必ずあるのかもしれない。



人の幸せってコインの裏と表みたいだ。



例えば、

大会で優勝して喜んでいる人の裏には、

負けて泣いている人が必ずいる。



そう思うと、

いまの痛みや苦しみというものは、

誰かの幸せにつながっているのかもしれない。


そう考えれば、

いまの痛みや苦しみにも

少し意味があるのかなと思う。





自分の幸せで、

誰かを傷つけるよりも、

誰かの幸せにつながる苦しみならば、

喜んで受け入れられる人になりたい。



少なくとも、

大切な人の幸せは、

たとえ、自分がその幸せに貢献できなかったとしても、

幸せだと思えるような人になりたい。






《気づき》

2012-01-18 07:42:12 | 第4章
「どうして?」

あれから、

何度も君に思ってきた。


「なんで?」

あれから、

何度も君に問いかけた。




でも同時に、気づいた。

心のなかで、

君のことを分かってしまう自分がいることを。

別の人に、

同じ「こと」をした自分がいたから。




そして、あらためて気づいた。

あの人にしてしまった「こと」の重さに。

何度も反省したはずなのに。

今頃になって。



失って気づいたその大切さ。

二度と会えなくなってからでは、遅すぎたんだと。


戻れなくて気づいたあの人の痛み。

思っていた以上に、深いものだったんだと。


無くして気づいた自分の本当の想い。

本当になくしてはいけない存在は、移ろいやすいあの人だったんだと。




今さら気づいた自分の思い違い。

戻りたくても、いつでも戻れるわけじゃなかったということを。

今になって気づいた自分の過ち。

取り返しがつかなくなる前に、もっと素直にならなきゃいけなかったということを。

今頃気づいた自分の悔い。

もっと早く気づけば、戻れたかもしれなかったということを。




そして、気づく。

そのあとに続く

苦しみの日々は、

妥当だったんだと。



同じ後悔を

もう二度としないということを胸に刻んだ日々は、

間違いじゃなかったんだと。

《キヅナ》

2012-01-15 00:18:10 | 第4章
一度つながったキヅナ。


それは何か特別な意味のあるキヅナ。




何か縁がなければ、


何かきっかけがなれば、


つながらなかった、そのキヅナ。



けれど、


一時的な感情や環境で、


その大切さを忘れ、


失ってしまうことがある。



特に、自分はこれまで何度もあった。


その大切さに気づけずに、


取り戻しのきかなくなってしまったものがたくさんある。


そして、


未だそのキヅナを取り戻せないものもある…。



だから、


信じたい。


そこには何か意味があって、


そこには何か大切なものあると。



もう二度と失って、後悔しないように。


たとえ、一度切れてしまったキヅナだとしても。