komaの こまごまひとりごと

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80年代前後の少女マンガで育った主婦が、今頃書いたファンタジー

2017年05月19日 | 小説

        星の下の晩餐会(カイル 1)

 

 非番の日にはいつも決まってそうするように、その日、カイルは川で魚を釣っていた。

 夏の日差しがきらきらとはじける澄みきった川面。涼やかな水音に、暑さを忘れさせてくれる心地いい風。
 対岸の木立にはあざやかな緑があふれ、流れに向けて差しのべられた枝々では、小鳥たちが楽しげにさえずりあっている。

 ふだん彼が身をおいているのは、燃えたぎる炉や真っ赤な鋼の塊、それを打ち延ばし鍛錬を重ねる槌の音といった刀鍛冶の世界だ。
 十分に熱くなった鋼片を長い鋏で炉から取り出し、鉄床の上で打つ。
 それを再び火の中へ入れ、出して打ってはまた火の中へ。

 ただの鋼の塊が刀剣へと生まれ変わっていく様はカイルの心を躍らせるが、静かな自然の中でくつろぐ時間があればこそ、鍛冶場の楽しさがわかるのかもしれない。

 家からほど近い場所を流れるこの川は、村人たちに日々の魚を運んでくれる恵みの清流でもあった。
 豊富に釣れるマスやフナやパーチなどが、山間の小さな村落で暮らす人々の食卓を支えている。

 釣った魚は串刺しにして塩焼き、大きな葉で包んで蒸し焼き、多く捕れれば塩漬けや酢漬け──しかしまあ、たまには恵みと縁のない日もあるというものだ。

 カイルはため息をつくと、いっこうに獲物の手応えがない釣り竿をおろして立ち上がった。
 対岸とちがい、こちらの岸は石ころが敷きつめられた河原になっていて、ところどころに張り出した岩などもある。
 腰をすえて釣りをするにはちょうどいい場所なのだが、同じ姿勢を長くとっているとつらく感じる年齢であることは、認めざるをえなかった。

 髪はふさふさしているものの、かなり白さが目立ってきたし、口ひげやあごひげも同様またはそれ以上だ。
 やれやれ、今度は尻に敷く藁のクッションでも持ってくることにしよう。

 もっともカイルは、刀鍛冶の仕事についてはまだまだいけると思っている。
 彼を指名した大きな注文がいまだにあるし、市に出せば高い値で売れる。
 釣り竿よりも槌や剣のほうが、カイルの腕にとってはずっと軽いのだ。

 気を取り直してもうひと頑張りするために、少し場所を移動することにした。
 今度は浅瀬に足を踏み入れ、清流の深みの部分をめがけて釣り針を放ろうとする。

 そのとき、ちょうどすぐ前を流木が流れてきた。
 突き出したままの枝と枝の間から、大きな銀色の魚がひっかかって動いているのが見えた。

 死にかけた魚でもないよりましか。そう思ったカイルは、何げなく手をのばして流木ごとそれをつかみあげた。
 だがそのとたん、彼は自分の迂闊さに気づいてぞっとした。
 魚だなんてとんでもない、手足と顔があるではないか。

 赤ん坊。それも脇腹から背中一面にかけて銀の鱗でおおわれた──魔物の子。

 彼は瞬間的にそれを川に投げ落とし、くるりと背中を向けた。
 魚だったのだと思おう。いや、何も見なかったことにしよう。
 もう釣りはやめだ。深追いしてもろくなことがないに決まっている。

 しかし下流の岸辺には、恐ろしいことに洗い物をしている彼の妻がいた。
 しかもさらに恐ろしいことに、妻は夫がたったいまおこなった所業を全部見ていた。

 彼女はためらいもなく水をはねあげて川に入ると、流れ去っていこうとする流木を抱えあげた。
 そしてはさまっている赤ん坊をひっぱり出し、息があるのを確かめるために必死に揺すりはじめた。

 ややあって、泣き声が響きわたった。
 思ったより人間の声に近かったが、そもそも赤子の泣き声というのは人間であっても魔物並みなので、判断の基準にはならない。

 カイルは妻に呼ばれる前に、おそるおそる自分から彼女のもとに出向いた。
 妻は美しい瞳に焼けた鋼のような怒りをたぎらせながら、夫を見据えた。

「カイル、あなたと結婚したことをわたしに後悔させるつもり?」
「いやその」
「信じらないわ。自分の伴侶が赤ちゃんを川に落とすなんて、落とすなんて」

「魔物の子だ」
 と、彼はうめいた。
 魔物の血が混じった子、という言い方が正確かもしれないが、この際たいした違いがあるとも思えなかった。

 赤ん坊がさらに激しく泣きじゃくりはじめた。
 妻は彼の意見を無視したばかりか、急ぎ家に戻ってたくさんの湯をわかすようにとの指示を出した。
 そして自分は赤子を揺らしすぎないよう慎重に帰宅し、用意された湯で赤子を洗い、怪我がないかどうかを確認した。
 清潔なやわらかい布でその子を包み込み、腕の中でやさしく左右に揺すって手際よく赤子を寝かしつけた。

 それから、現実問題に立ち返る時間がやってきた。
 カイルにとっての問題は、腰まで水につかって濡れた赤子を抱きしめた妻が、いまだにびしょぬれだということだった。
 この問題を解決するには、自分が赤子を引き受けて妻を手ぶらにしてやらなければならない。

 できるか? 半魔を抱くなんて。
 だが妻のかかえる問題はもっと深刻だった。

「・・・わたし、お乳をやることができないわ」
 リュシラは呆然と呟いた。
「誰かに乳母を頼まないと」

 カイルは妻をみつめた。
 自分同様、彼女も月日の流れとともに金色だった髪が白く変わり、顔には皺が刻まれている。
 それでも、彼女ほど美しく年を重ねている女性を彼は見たことがない。

 若い頃、彼はあまたの求婚者をさしおいて彼女を獲得したのだった。
 もっとも手ごわかったのは彼自身の兄である。

 権力者だった兄との抗争を経て、彼は彼女を得た。そしてそれとひきかえに生家や仕事を捨て、この辺境の村にやってきて刀鍛冶の道を選んだ。
 ずいぶん遅い弟子入りだったが、この仕事は彼の性に合っていた。

 最高の栄誉である妻と、やりがいのある仕事。それを獲得した自分自身を彼は誇りに思っている。
 だが・・・その栄誉も妻自身の美しさも、いま目の前にいる赤子に乳をやるという難問を解決することはできない。

「誰に頼むんだ」
 と、彼は唸った。
「魔物に黙って乳をやるような人間がどこにいる」

「魔物魔物ってやめてちょうだい。聞こえるじゃないの」
「こいつにか? 言葉がわかるはずもなし」
「心を読むかもしれないわよ・・・本当に魔物なら」

 青ざめた夫を、リュシラは冷静にみつめた。
 それから、布でていねいに包みこまれた赤ん坊をそっと差し出した。

「抱いてごらんなさいよ。川から拾い上げたときは氷みたいに冷たかったのに、いまはこんなに暖かい。わたしが暖めたのよ」

 切実な眼を拒むことができずに、彼は抱いた。
 腕に抱きとった赤ん坊は小さく軽く、そして胸の芯まで届くように暖かかった。

 

 

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