日吉 圭の時事寸評 「やったもん勝ちとはもう言わせない」

イルミーという概念を頭に入れて世の中を見ると、目からうろこが取れたように世の中がしっかり見えるようになります。

ハロウィーンの日の夕刻に来た襲撃隊

2011-04-27 00:02:18 | 日記


日本でも近年、ハロウィーンを祝う催しが各地で開かれるようになりました。

私はそのような風潮に反対であり、ハロウィーンの祭りが持つ根源的な禍々しさを知らぬ無防備な日本人を愚かだと思います。

私に言わせればハロウィーンとは墓場の祭りです。

そういう風習は日本には存在しませんでしたし、本質的に日本の伝統にそぐわないものだと思います。

しかしアメリカの10月31日、ハロウィーンの祭りの日には「トリックァ・トリート」と言いながらかわいいお化けたちが家々にやって来ます。


子供たちはお菓子が目当てです。

私たち家族も、この日はたっぷりお菓子を取り揃えて、不意の来客に備えていました。

2002年のハロウィーンはやたら来客が多くて、私は不審に思いました。

来客ひとりひとりに特に怪しい感じはありませんでしたが、イスラム系のインド人らしき人々とか、例年来ない来客が多くて、私は第六感にピンときました。

「今日だ。きっと明るいうちは来るまい。しかし、遅すぎてもドアを開けてもらえない恐れがある。ちょうど夕闇が深まるぎりぎりの時刻に来るのではないか」と私は思いました。

当時タバコを吸っていた私は、家族に副流煙で迷惑をかけないように外で喫煙していました。

家から30メートルほど離れたリバティ通りの角に、消火栓が突き出ています。

アメリカの消火栓は先が曲がっていて、ちょうど腰掛によいのです。

まさに夕闇が迫る時刻、私はその消火栓に腰掛けてタバコを吸っていました。

家を襲撃されたら何が起こるか分からないので、外で待ったのです。


するとほどなく左手からセダン車がやってきました。

そのセダンは私のいる場所を通り過ぎたかと思うと、けたたましくタイヤを鳴らして、目の前で急停止しました。
それが余りに急だったために、車体が斜め向きになっていました。

そして別につける必要もないのに、セダン車はハザードランプを点滅させました。

車内には男性らしき四人組が乗っていて、みなフランケンシュタインとかお化けの被り物をしていました。

彼らは皆私の顔を注視していて、一人は携帯電話で緊急の指示を仰いでいるようでした。

私は1分ほど彼らを眺めていましたが、連中動く気配がないので、そっと立ち上がり近くにある木製の電柱の影に身を置きました。

銃撃に備えるためです。


アメリカは右側通行なので、左手から来た車は目の前二メートルほどの所に停まっています。

電柱にぴったり隠れられる訳もなく、隙だらけの隠れ方でタバコをくゆらせながら、私は連中の次の手を待ちました。

周囲に人通りは全くありません。

連中もう2、3分は経っただろうに、携帯電話に取り付いたままで一向に動く気配がありません。

そこで私は緩やかに、連中の車が来た左手の方向、家からはどんどん離れていく方向に歩き始めました。

車の進行方向に歩けば自殺行為なので、その逆に歩いた訳です。

依然連中の車に動きはありません。

50メートルほど先にオーロン通りというモノレール高架下の遊歩道があって、見通しがよくどちらにも逃げられるその角で、私は次のタバコに火をつけて車を眺めていました。

すると突如車は猛発信し、Uターンしてさらに私の目の前を駆け抜けて行きました。

男たちはそれぞれ窓から腕を出し、何か雄叫びながら走り去って行きました。

「覚えてろよ」とでも言っていたのでしょうか。

Thirteen O'Clock
James Stimson
Chronicle Books
ジャンル:
事件
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