日吉 圭の時事寸評 「やったもん勝ちとはもう言わせない」

イルミーという概念を頭に入れて世の中を見ると、目からうろこが取れたように世の中がしっかり見えるようになります。

プライバシーが破壊されれば民主主義制度は瓦解する

2012-05-25 12:45:09 | 日記
今日は当たり前のことをもう一度確認したく思います。

私たちは、主に第二次世界大戦以降、民主主義制度を洗練させ発展させてきました。

日本の戦後民主主義は今その瑕疵をさまざまな角度から指摘され「もうそのシステムに頼るのをやめて、新しい別の制度に乗り換えるべき」といった発言をする人が増えてきましたが、心ある良識人は、そうした発言をする人々が希求する新制度とは、独裁制に他ならないことを肝に銘じる必要があります。

この独裁制とは、日独伊が推し進めた全体主義とは少しニュアンスを異にします。

それも独裁制なのですが、全体主義は「政府の一機関である軍部が、集団催眠にかかった国民を誘導しつつ、国家運営を恣にした」というものであるのに対し、今世界が導かれるままに模索している独裁制とは、「秘密結社組織を自在に操る超絶的な富裕層による、恣意的な人間集団形成」であって、事態は「全体主義の昔より悪い方向に向かっている」と言えるのです。

さて、現行の民主主義制度が不完全なものであれ、それが人間集団に制度が施行される前より大きな幸福を齎したのは「個人を尊重した」からと言えます。

その昔、政治は宗教と不可分で、神の権威を背負った為政者たちがいかなる統治をなそうとも、人々はそれに従う他なく、至る所で不正が横行していました。

民主主義制度は、為政者が独占していた神の権威を民衆に解放したとも言え、一人一人が神の如き公正・平等・博愛の精神で、自ら主体的に統治活動に参加することによって、従来見過ごされていたさまざまな不正が鳴りを潜めたのです。

例えば、近年導入された裁判員制度は、法律に無知な一般市民であっても、その人格がそれまでの人生で形成した正義の感覚に価値があると認め、それを被告人を裁く際の一票として反映することによって、裁判所の判決がより公正になるように計らった制度です。

つまりこれは、「個々人の神性を認め、それぞれに個性のある神性が集団を形成したときに、より公正さの程度の高い人格がこの世に現出する」という、人間性に全幅の信頼を置く理念によって運営されている制度だと言えます。

「裁判員制度の導入によって、世に横行する不合理がよりその程度を増した」と考える人がいるでしょうか?

そうではなく、「今までの社会が抱いていた歪が、この制度によってより是正された」と考える人が圧倒的ではないでしょうか?

こうして成熟の度を高めつつある民主主義制度が、今ぼろ雑巾のように捨て去られようとしています。

その原因は「個人尊重の原則が崩れているから」です。

近年急速に拡大しつつある秘密結社組織の紐帯を形成している要素は、「特権者に盗聴装置の使用を開放すること」であって、いかなる盗聴もその経路を追跡調査されないウエブ・システムに基づくインターネットこそ、その盗聴装置に他なりません。

秘密結社に所属した者は、他人のパソコン・スマホ・携帯電話による活動を丸裸に出来るのであって、その特権的地位を与えられた構成員(とその取り巻き)は、被盗聴者を差別するようになりつつあります。

と同時に、盗聴によって得られる利益を懐にしつつ、特権者同士の偽善的「友愛」によって、社会が有する富を全て自分たち構成員だけで独占しようとしています。

だがこれは表に出来ない卑劣な行為です。

そこで、秘密結社構成員たちは誰もが「脛に傷を持った者たち」であると言え、盗聴行為によるメリットと引き換えに、社会正義を公に主張出来る人間性の崩壊が進んでいます。

実際、脛に傷持つ者たちは、闇の独裁者に対し、民主主義制度が己に与えてくれた国家主権の一人分の断片を進呈し、独裁者に対して奴隷となることと引き換えに特権者の身分を獲得するのです。

そこで、これらの者たちが有する選挙権も、裁判員資格に基づく司法権も、独裁者の一存で実行されるのであり、民主主義制度の形骸化が進行していきます。

イルミーによる個々人のプライバシーの破壊が、民主主義制度の根幹を滅ぼしつつあることがお分かり頂けましょう。
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GOOGLE社をこの日本市場から排除しましょう

2012-05-24 17:35:16 | 日記

5月19日の毎日新聞によると、スマートフォン(多機能携帯電話)の電話帳データを勝手に外部に流出させるアプリケーションソフト(アプリ)が出回った問題で、警視庁が東京都内のIT関連会社の事務所や同社役員の自宅など数カ所を不正指令電磁的記録(ウイルス)供用容疑で家宅捜索していたことが分かった。

この会社の関係者が流出に関与したとみており、流出先などについて詳しく調べる。

捜索容疑は今年4月5ー13日、グーグルが運営する公式のアプリ販売サイトでウイルスが仕組まれたアプリを無料公開したとしている。

このアプリをダウンロードすると、利用者の個人情報や電話帳に登録されている個人名、電話番号、メールアドレスなどのデータが外部のサーバーに送信されていた。

サイバー犯罪対策課によると、情報セキュリティー会社から提供を受け、ウイルスが仕組まれていた15種のアプリを解析したところ、個人情報データの流出先が、すべて国内の同じレンタルサーバーだったことが判明。

このサーバーにIT関連会社や同社役員宅、別の個人宅など数カ所にあるパソコンからの接続履歴があることが分かった。

警視庁は17日に家宅捜索し、パソコンや書類など関係資料を押収した。捜査関係者によると、同課はこれまでに同様のアプリを28種類確認。

いずれも、スマホの個人情報を外部送信するウイルスが組み込まれており、うち15種類を解析したところ、送信先はこのレンタルサーバーになるようにプログラムされていた。(後略)


また18日の読売新聞によると、スマートフォン(高機能携帯電話)の電話帳に登録された個人情報を外部に流出させるアプリ(ソフト)が出回っていた問題で、このアプリが東京都内のIT(情報技術)関連会社を通じてインターネット上に提供されていた疑いがあることが捜査関係者への取材でわかった。(中略)

問題のアプリは米グーグルの基本ソフト「アンドロイド」を搭載したスマホ向けで、今年3月中旬から4月13日の間、グーグルの公式ストアに無料公開された。

サーバーの接続記録から、アプリの提供は、IT関連会社のパソコンが利用されたとみられるという。

アプリは動画閲覧用で実在の人気ゲームなどのタイトルの末尾に「the Movie」を付け、少なくとも十数種類が確認されている。

スマホにダウンロードし起動すると、電話帳内の名前、電話番号、メールアドレスなどが勝手に外部に送信される仕組みだった。


さて、世間を揺るがせた百万人分の情報流出事件において、今尚大手グーグル社の責任を追及する声が聞こえてこないのは遺憾なことです。

グーグル社のサービス「GOOGLE PLAY」において、アンドロイド向けに配布されたtsunakan と hamnaruka というプログラマーによって製作されたアプリには、ゲームとは無関係な個人情報漏洩機能がついていました。

この問題を悪意のプログラマーによって大手グーグル社が騙された事件と解する方は、どうか上の写真を見てください。

いずれも「アマがえるブログ」をキーワードにするグーグル画像検索でヒットした当ブログの写真をクリックした時現れる画面ですが、まず一枚目のように当ブログの内容は常に壊れて表示され、その詳細を見ようとスクロールすると壊れ方の程度はエスカレートして二枚目、三枚目のようになります。

これでは当ブログへのリンクをクリックする人はいないでしょう。

これは明らかに、大手グーグル社がその利用者のアマがえるブログへの接続を最小限にするために、意図的に行っている操作です。

この現象は一年ほど前からずっとアマがえるブログの写真に対して観察されましたが、私は他人のブログ写真をクリックしてこのような障害が発生した事例を見たことがありません。

それはともかく、イルミーと敵対する当ブログにかくなる妨害を為すグーグル社が、イルミー陣営であることは疑いなく、アンドロイドの事件もグーグル社こそ不正の発信源であると考えられます。

昨年12月にグーグル社は、同社サービス「ストリートビュー」向けの撮影車を使って全国のパソコンから発した無線LAN通信情報を蒐集していることが発覚、「決して意図的ではなかった」と切り抜けました。

しかし、火のない所に煙は立たずで、またしてもグーグル社による盗聴に準じた卑劣な事例が見出だされたのですから、その日本市場からの追放が正式に議論されねばならない段階と言えます。

プライバシーが破壊されれば、民主主義制度は崩壊します。

私たちは日本国の民主主義の伝統を、このような会社に踏みにじられてよいのでしょうか?
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性文化を汚し放題にするイルミーを非難する勇気を持ちましょう

2012-05-23 12:08:25 | 日記
この21世紀において猛威を揮っている秘された結社組織を支えているのは、催眠という現象です。

そして、それを発生させる大元であるイルミーの祭祀とは、生贄の祭壇を祀るものです。

歴史的に見て、遊牧民族は程度の差こそあれ、動物を捧げものにする祭祀を中心に結束を為してきました。

そしてこの点こそ、私たち農耕民族と彼ら遊牧民族を隔てている決定的な差異と言えましょう。

イルミー組織の生贄の祭壇に捧げられる動物とは、決して家畜だけではありません。

フェニキア人が活躍した昔からそれは人間であり、それも生まれたての幼児が好まれます。

さて話は変わりますが、一人の人間の中には相反する両極端の要素が存在していることをご存知でしょうか?

私はそれらをギリシア神話の2神に例えて、アフロディーテ的要素とヘカテ的要素と呼んでいます。

人は心の持ち方によって、己の中に存するどちらか一方の要素を人生において主に涵養していくと言えます。

イルミーはカルトであり催眠的結束ですが、それを宗教と呼べるのならば、彼らの拝む神をヘカテと称しても決して間違いではないでしょう。

アフロディーテの司る感情とは、愛であり、献身です。

そして、ヘカテの司る感情とは憎しみであり、羨みであり、妬みであり、そして復讐です。

これら感情の虜となり、そこから生きるエネルギーを得ることが当たり前になった者は、陰からこっそり相手を陥れる卑劣さに馴染み易くなっています。

そして、そのことは往々にしてその者に金銭的成功を齎します。

しかし当然ですが、このような心の持ち方は諸刃の剣と言え、それを為す者は苦しみによって生涯苦吟し続けることになります。

その苦しみこそ、その者の内心に滾々と沸き続ける自己嫌悪の感情です。

イルミーは誰であれ、己を嫌悪しています。

ですが、彼らはこの嫌悪感をやりすごす方法を歴史的に確立しています。

それが嫌悪感を他者に被せて、その他者をいびり抜くことで発散するという方法です。

一般的に言って、人間の他者への加害行動は自己嫌悪の衝動をルーツとしており、加害者は被害者に自己に属する醜い要素を見てそれを攻撃していると言えます。

さて、ここで愛について考えてみましょう。

愛に背を向けたイルミーたちは、愛を目の当たりにすると拷問の如く感じ、それを憎み滅ぼそうとします。

しかし、人間とはそもそも愛の力でこの世に生まれ出でてきた生き物です。

それを感謝することなく憎むとは、まさに根源的な矛盾に他なりません。

古来より続くこの憎しみを表現する方法の最たるものがイルミーの生贄の祭壇であり、愛の結晶である赤ん坊を焼くという行為なのです。

それも憎しみの根源である己を焼くのではなく、一番の弱者でであるところの他者の赤ん坊を焼くという卑劣さに、イルミーたちはエクスタシーを感じます。

そして無論のことですが、このような矛盾に生きている者たちは、人間を産み出す元となる性の営みを嫌悪しています。

そこで、女性が胸に清純な愛を抱いて子供を欲する感情を彼らは嘲り、「肉欲の虜となった乞食が卑しさの限りを尽くしている」という構図の中にそれを見ようとします。

だからこそ、彼らは性行為を冒涜しなければ気が済まないのであり、イルミーがほぼ独占している性産業(アダルトビジネス)は、彼らの考えに合うセックスを世に広める道具と言えます。

また、イルミーはエゴイズムの虜、即ち快感の下僕ですから、嫌悪しながらも同時に被虐的な性行為を欲し続けています。

ここで思うに、セックスとは優れた魂をこの世に齎そうとする形式であり、良い性行為により良き魂がこの世に生を与えられ、悪しき性行為により悪しき魂が生を与えられるのではないでしょうか。

とするならば、この人間社会をより良いものにしていくためには、人間が生まれ出づる根本に関わる性文化の乱れを糺すことが緊喫の課題となってきます。

男女を問わず、性の衝動とは決して辱められるような卑しいものではないでしょう。

本物の愛と共にあるならば、それこそこの世で最も素晴らしい宝と言えるものではないでしょうか。

性を蔑みそれがイルミーに冒涜されるのを野放しにしている世の風潮は、社会が育まねばならない人間愛をその最底辺で破壊する行為で、厳に慎まれなければなりません。

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yakultを標的にするフランスの侵略を許さない

2012-05-19 13:11:53 | 日記

ダイヤモンドONLINEによると、ヤクルトの筆頭株主で、世界的な食品大手のダノンがヤクルト本社に株の買い増しを迫っている。

ダノンは2000年、私募債「プリンストン債」による巨額損失事件で経営不振に陥ったヤクルト本社に5%出資。

03年には出資比率を20%まで引き上げたが、07年に向こう5年間、出資比率を引き上げない契約を結んでいた。

契約が切れる5月15日以降、ダノンはヤクルト株を買い増すことができるようになる。

ダノンは現在、ヤクルト本社に対し、出資比率を28%まで引き上げることや、常勤役員の派遣などをめぐって交渉しているとされる。

ダノンの最大の狙いはずばり、ヤクルトが持つ乳酸菌技術と、特にアジアで強い海外販売網だ。(中略)

ダノンはこれまでにも、再三にわたってヤクルトとの連携強化を求めてきたが、特に経営の独立性を維持したい堀澄也会長が協業に難色を示していることもあり、成果はあまり出ていない。

20%の筆頭株主になってすでに8年たつこともあり、協業を前進させるために何らかの手を打つ必要があった。

そこで、交渉難航を見越したダノンはある秘策を打つ。

ヤクルト本社と距離を置くヤクルトの有力販売会社と手を組んだのだ。

ヤクルトはそもそも、100を超す販売会社の“連合体”であり、ヤクルト本社は全国の販社を通じて商品を販売している。

ただ、独立性の強い販社も多く、本社の経営方針に反発している販社もある。

実際、有力販社の幹部は「本社の不透明な原材料購入によって、不当に割高な卸値を押し付けられている」として、堀会長の辞任を求めている。

ダノンだけでなくこうした有力販社にとっても、堀会長は“目の上のたんこぶ”だ。

利害が一致した両者は急接近。

「ダノン幹部とは都内ホテルで定期的に会合の場を持ち、準備を進めてきた」と販社幹部が明かす。

もし今後、両者が連携してTOB(株式公開買い付け)を行うなどし、経営トップの交代を求めるという展開になれば、ヤクルト本社への包囲網は狭まる。

新興国を中心に売上高を伸ばし、好業績を維持しているヤクルト。

これまではダノンの株買い増しの提案をはねつけてきたが、思わぬ“敵”が、しかも“身内”から現れ、状況は混沌としてきた。(後略)(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木洋子、山口圭介)


さて、ヤクルトと締結したスタンド・スティル条項の期限が切れて今年株買い増しが出来るフランスのダノン社が、持ち株比率を一気に上げようと欲し、拒絶するヤクルトの堀会長にその身内を造反させて揺さぶりをかけています。

まず、ダノン社はヤクルトと同じ乳酸菌食品中心に成長を遂げてきた会社であり、他社の株を買い増す余裕があるのなら、その金で自社製品を開発し、味で勝負してヤクルト製品を駆逐すればよいのです。

ところがそうせずに、ヤクルトの買収と常勤役員の派遣を望むのは、ヤクルトの優越を認め、技術では太刀打ち出来ないので寄生を志し、あわよくば一呑みにしようと狙っているのです。

せめて株式の公開買い付け(TOB)を仕掛けるのなら筋が通りますが、ヤクルト株式の主幹事である野村證券を裏切らせて、ダノン側の戦略指南に用いています。

これは一流証券会社としてはあり得べからざる裏切りであり、イルミー本部から「ヤクルトを陥落させよ」との指令が降りていると考えて間違いありません。

今や世界中で資本主義はその終焉を迎えており、資本主義原理に基づく公明正大な戦略をダノンが仕掛けていると考えてはいけません。

ダノン社はアメリカのペプシコーラ社から買収を仕掛けられていましたが、フランス政府はそれを撥ねつけダノン社を守りました。

つまり、ダノンはフランスの国策会社なのであり、ヤクルト買収はフランスの日本侵略行動の一環と捉えねばなりません。

ダノン社は「エビアン」と「ボルビック」という水の販売が経営の柱となっていますが、地球が恵んでくれた世界共通の資産である水を汲み、それを売った金で必死に技術開発をしてきた日本企業を買収しようとするなど、虫の良すぎる話で許されません。

また、ヤクルト製品はおいしいですが、ダノンヨーグルトは平凡です。

ヤクルトは善良で日本人の健康を長年守ってきた会社ですが、それが将来ダノン社から危険な遺伝子組み換え乳酸菌を押し付けられてもよいのでしょうか?

食物を他国に握られたら、もはやその国民は他国の制御下となり、奴隷の身分に落ちてしまいます。

食品会社であるヤクルトの主体性を他国企業の買収から守ることは、日本の国策であるべきで、それを為さない民主党も野村證券も、この列島で居住する資格のない主体と言えます。
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イルミーはそのうちネットで各受信者に別個の仮想現実を見せ始める

2012-05-18 11:05:04 | 日記
インターネット通信はイルミーのデザインにより発足し、今も彼らの完全な支配下にあります。

パソコンに映し出されるネットの一画面を表示するためだけでも、パソコンとサーバーとの間で複数回の細かいパケットのやり取りが必要です。

そのようにインターネットをデザインしたのは、不正なアクセスに使用されたパケットが捕捉されても言い逃れが出来る様にするためです。

しかし、より大きなパケットを使い少ない回数のやり取りで通信が完了するように出来るはずです。

世界中に設置された無数のルーターをすり抜けてパケットがやり取りされるシステムも、不正アクセスの発信元が特定されないようにするための、イルミー独自の特異な設計といえます。

これも、専門家の目から見れば恐ろしい無駄であるに違いありません。

私たちはパソコンでそして携帯で多額のネット使用料を払わされていますが、その費用のほとんどは連中が世界中のパソコンを盗聴する経費に当てられていると言ってよいものです。

もし、彼ら以外の者がインターネットを設計していれば、払う費用は極めて少額で済んだに違いありません。

テレビのCMは、盛んに有害なサイトから子供を守るために有料のフィルターをつけよと勧めていますが、有害なサイトは先進国が協調してそもそも閲覧出来ない形に排除すれば済む話です。

そして、どうしてもそのようなサイトが見たい人だけ特別な会員となってお金を払って見ればよいのです。

実際にはポルノ映像や残虐映像が広く垂れ流しになっているので、一般の善良な人々が通信料を上乗せしてそのようなサイトを除外するものを設置しなければならないと言うのは、悪が主となり善が従属する、まさにあべこべのシステムと言えるでしょう。

連中は全ての個人や企業の情報をほしいままに盗み見して利益を得ようとしていますが、通信の発信元は特定出来ないようにシステムを設計していながら、通信の受信者は100パーセント特定されるような仕組みにしています。

これは極めて危険な状況です。

何故なら、彼らはそのうち受信者毎に個別の環境設定をして、情報操作を開始すると思われるからです。

例えばある人がインターネットで株取引をしたとしましょう。

連中はその人のパソコンや携帯の画面だけに不利益な状況を現出させて損をさせ、その人が後で一日の株価チャートを確認したとしてもその人が見るチャートだけが彼が経験したことを示していて、それは他人が見ている一般的なチャートと異なるということが起こり得ます。

そこで私たちは政府や地方自治体に、そこで映し出される内容が公的標準となるインターネットの受信専用閲覧室を、身近な所に設置するように求めなければなりません。

そのような公の閲覧環境があってこそ、個人は己の置かれたインターネット環境が第三者に操作された特殊な環境でないかどうか確認することが出来るからです。
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今やっと阿片の夢から醒めたあなたへ

2012-05-17 13:09:19 | 日記
私はバブルの狂乱騒ぎの被害者と言えます。

法学部卒業後就職した都市銀行は、当時日本を覆っていた土地・株式のバブルで完全に羽目を外していました。

銀行幹部は全行員一人一人に膨大なノルマを課し、かつ渉外を中心に過度の労働を課した結果、発生した巨大な雑用の歪が新入行員に容赦なく襲い掛かってきました。

同期入行は3人いましたが、東大と早稲田の2人は手厚く庇護されたので、巨大な雑用は、当時の課長たちから見て、どうでもよい二流大学卒である私の肩に重く圧し掛かりました。

私は自分でもよく頑張ったと思います。

しかし、意味のない仕事の山は銀行で働くことの意味を集中的に問い糺しました。

そして銀行を辞めて京大理学部に再入学した私は、バブル経済が完全に崩壊した後に起きた、大蔵省のノーパンシャブシャブ事件に憤慨しました。

脳みそ筋肉の銀行幹部は明らかに痴呆でしたが、彼らをあのようにした責任は大蔵省にあるではないですか。

彼らが、バブル崩壊の罪を真摯に受け止め、襟を正して日本再生に向けて精進しているならともかく、銀行や大企業のうめきをよそに、ノーパンシャブシャブで乱痴気騒ぎとは馬鹿馬鹿しく、鬱憤は言葉にもなりませんでした。

けれども今私は思います。

「バブルが日本人を狂わせたのだ」と。

バブルの膿を押し付けられて苦労した人間は、その催眠から自由になれたとしても、「バブルの旨みを知り、その膿を他人に押し付けて快感を貪った連中にとって、バブル景気は1990年後もずっと継続していたのだ」と。

勿論、その快感を極めた連中とは、自民党幹部であり高級官僚たちです。

実に、バブルの催眠は連中を20年も支配してきました。

そして、今やっとそれが解けようとしています。

連中は「何事もやったもん勝ちだから、いいじゃないか」と下卑た笑いをするイルミーたちと一体化し、辛い事は他人に押し付け、自分たちは「蝶よ、花よ」と浮かれていました。

それが、今やっと目が醒めつつあります。

「自分たちが未来永劫日本の支配階級であり続けられる」という考えが、幻想だと真に気がついたからです。

ずっと腑抜けていた彼らは、イルミーも自分たちと同じくらいものを考えていると思い込んでいました。

「これだけ大勢の人間と一緒にいて、自分が貧乏クジを引くことはない」と高を括っていました。

ですが、自分たち全員がイルミー組織から裏切られており、イルミー構成員の一人一人もその目を見てみると焦点の定まらぬ狂人ばかりだとやっと分かったのです。

阿片の花園の夢から醒めたらそこにオカルト世界が広がっていたような、発狂しそうな現実から受ける恐怖に、彼らは今恐れおののいているのではないでしょうか?

これは決して日本社会が自立し始めた兆候ではありません。

今も社会は自立とは程遠い状態で、為政者の心は甘えに満たされています。

ここで、赤子のように虚弱な連中は、オカルトの現実に立ち向かう勇気などなく、「なんとか自分だけうまくこの悪夢から抜け出せないか」と、安直な考えに耽っていることでしょう。

しかし、これは小さな一歩です。

少なくとも連中は、最悪の腑抜けである阿片の夢からは脱出できたのです。

さあ、私はこれら為政者たちの中で、もっとも優秀な者に向かって言いましょう。

「イルミーを恐れるな」と。

例えどれほど今の状況が絶望的に見えても、この世の中は催眠状態のゾンビたちが作っているのではありません。

ゾンビが千匹いようが万匹いようが、彼らの実質は一人であり、その謂わば悪の大王の考えを、ゾンビたちはオウム返しに模倣しているに過ぎないのです。

とにかく、この日本が滅亡する前に、あなたの目が醒めたことを神に感謝しましょう。

どんな時も遅すぎるということはありません。

イルミーは何人いても一人ですが、このブログを目にすることが出来たあなたは、決して一人ではありません。

少なくとも私という味方がいます。
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卑しき外人に阿り日本古来の鳥獣を殺す連中を野放しにするな

2012-05-15 12:34:33 | 日記
5月11日の読売新聞によると、ニホンジカなど野生鳥獣による農林業被害を防ぐため、静岡県は9日、市町職員らをハンターとして養成する方策を探る「鳥獣捕獲職員育成研究会」を発足させる。

猟友会員らが高齢化などで減る一方のため、若手職員をハンターとし、猟友会と連携して有害鳥獣の捕獲・駆除を目指す。

研究会には、県や県猟友会のほか、下田、伊東、伊豆、富士宮、浜松の5市とJA伊豆の国など5JAの職員が参加。

9日に沼津市内で初会合を開き、ハンター養成に向けた費用や技術継承などの課題を検討する。

県自然保護課によると、2008年2月に「鳥獣被害防止特別措置法」が施行され、公務員の職務として鳥獣駆除が認められるようになったことが、「公務員ハンター養成」の追い風になっているという。

県内の銃猟免許の所持者は2001年度末には5737人いたが、10年度末には3647人に減少。

その一方、60歳以上の比率は47%から65%に増加した。

逆に県内の野生鳥獣による農林作物の被害は、01年度の3億8000万円から10年度は6億4000万円に増加。

同課は「被害を防ぐには鳥獣の適正な個体調整が不可欠」として、特定鳥獣保護管理計画を策定し、ニホンジカの駆除を行ってきた。

計画では、伊豆半島に推定2万1900頭いるシカを年7000頭駆除し、11年度末に1万頭まで減らすことを目標としていたが、ハンター不足などもあって駆除実績は年5000ー6000頭にとどまった。

さらに、県は伊豆半島だけを対象にしていたニホンジカの保護管理計画を今年度、県内全域に拡大した。

計画を実現するには「屈強な若手ハンターの養成が急務」(県自然保護課)となり、地域事情に通じた市町職員やJA職員を対象に、ハンター養成の可能性を探ることになった。


さて、何とも惨たらしくかつ浅ましいニュースです。

「伊豆半島に2万頭いる鹿を、半分の1万頭に減らす計画」と聞いて胸がつぶれます。

野生の鹿は人間同様この日本列島の古来よりの住人であり、独力で困難を乗り越えて生きてきたというのに、その個体数がたった数年で半分になってしまうとは、伊豆の鹿にとってなんという凶事でしょう。

この数年の天候不順で、山の実のなる木も大打撃を受け、鹿や猿が人間の農作物を荒らすようになりましたが、その被害額が1.5倍になったら鹿の個体数が半分にならなければならないのでしょうか?

おかしい。

ここまでやる必要がありません。

鹿の個体数の把握も正しいのでしょうか?

明治以降狂い始めた日本人のエゴイズムがここに極まったとしても、それでも説明に苦しむ事態です。

そもそも野生鳥獣による農作物被害は昔からありましたが、国がここまで農民の利益に肩入れしてくれたことがあったでしょうか?

どうも連中は農民の為に鹿を駆除しているのではないようです。

つまり自分たちの利益のためにやっているのです。

アメリカも韓国も遊牧民族国家であり、その山野は収奪の限りを尽くされ、山は禿山になっています。

侵食が進み、なだらかな丘が広がっている風景は一見美しいけれども、アメリカにおいてそれら放牧地は「眠り病」を媒介するダニで汚染されており、レクリエーションのためその地に入ろうとする人間はいません。

ここで、もし彼らがこの日本国の政権を握ったらどうするでしょう。

自分の国と同じように、日本中の山林を禿山にするのではないでしょうか?

在日イルミーの党である民主党が、日本中で熊、鹿、猿といった野生動物の駆除を奨励しているのは、日本中の山林を丸裸にして放牧地にし、また宅地造成する事業を次の時代の産業にしようとしているからではありませんか?

その時に保護活動で水をさされないよう、農作物被害にかこつけて野生動物をあらかじめ殺そうとしているのだと思います。

イルミー勢力が優勢な静岡県や大分県が、やたらこの駆除に熱心なこともその懸念を裏打ちします。

しかし、私たちは日本人です。

生贄儀式を紐帯とする秘密結社が、こっそり日本の政権を騙し取ったとしても、何千年何万年と続いてきた、日本人本来の自然との関わり方を変える気などありません。

この道を遮ろうとする者は、ひき潰されるだけです。

それがアメリカ人であろうとも、在日朝鮮人であろうとも。
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中国に生産拠点を置くような馬鹿企業は滅んで当然である

2012-05-14 14:38:36 | 日記
産経新聞によると、野田佳彦首相は12日から3日間の日程で中国・北京を訪問する。

13日の3カ国首脳会議(日中韓サミット)では、日中韓の自由貿易協定(FTA)について「年内の交渉入り」で合意する見通し。

政府は日中韓FTA交渉を先行させることで環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する対米交渉を有利に進めようともくろんだが、韓国が慎重姿勢を崩さず「年内」で妥協した。

玄葉光一郎外相は11日の記者会見で日中韓FTAについて「大局的にみれば、年内交渉入りくらいがちょうどよいのではないか」と述べ、「6月ごろがタイムリミット」とみられるTPP参加交渉を先行させる考えを示した。

だが、実際には、日本側は中韓との事前協議で、首脳会議を機に即時交渉入りを求めてきた。(中略)

背景には、TPP交渉参加の条件として米側が「保険」「自動車」「牛肉」の3分野の市場開放を強く求めていることがある。

日中韓FTAを先行させれば、米国が焦って譲歩する可能性もあると踏んだのだ。

加えて民主党のTPP慎重派には「中国とのFTAもちゃんとやるべきだ」との声が根強い。

日中韓FTAを先行させれば「TPP慎重派の説得材料にもなる」(政務三役)という思惑もあった。

だが、韓国では、米国とのFTA発効への反発がなお強いこともあり、日中韓FTAの即時交渉入りに難色を示した。

日本政府では韓国を切り離し、日中FTA交渉の先行開始を模索する動きもあり、中国側も前向きな姿勢を示していた。

ところが、日中FTAが先行することになれば、TPPによって中国を牽制し環太平洋経済圏で主導権を維持したいと考える米国を過度に刺激しかねない。

結局、「日中韓も大切だが、TPPが大戦略としてあるべきだ」(玄葉氏)との判断に落ち着き、韓国に足並みをそろえた。


また読売ONLINEによると、【北京=高橋勝己】野田首相は13日、北京の人民大会堂で中国の 温家宝首相、韓国の 李明博大統領と会談し、日中韓の自由貿易協定(FTA)に関する交渉を年内に開始することで正式に合意した。

北朝鮮が核実験などの挑発行為を阻止するため、3か国が連携を強化することも確認した。

FTA交渉をめぐっては、中国と韓国が2国間の交渉入りをすでに決め、大きく先行している。

日本の経済界では、関税面などで巨大な中国市場で不利な競争条件を強いられかねないとの懸念が強まっていたが、今回の合意により、日本にとって最悪の事態は免れた形だ。

日本の輸出産業の競争力を維持するうえで意義は大きい。

野田首相は会談後の共同記者会見で、「地における高いレベルでの経済連携を進めるために、自由な貿易投資のルール作りを主導したい。TPP(環太平洋経済連携協定)と日中韓FTAを並行的に追求し、すべてが活発化していくことを期待したい」と述べた。


さて、日中韓FTAなど論外の話で、「馬鹿も休み休み言え」と言うしかありません。

ところが野田首相は日中韓首脳会談の席で、いきなり交渉入りを宣言するつもりだったようで呆れます。

民主党とは一言で言えば「鼠族」であり、日本国の歴史・文化と全く接点のないエイリアン政党です。

彼らは、イルミーの糸の力で政権につくことが出来た僥倖を生かし、日本国が持つあらゆる利権をアメリカに売り渡し、韓国に売り渡し、ロシアに売り渡し、中国に売り渡して、それを仲介した鼠族たちに見返りがあるように働きかけているだけの連中です。

彼らの行う対外交渉は、全て日本にとって最悪の形で締結されるように仕組まれており、日本人が賢明ならば即刻全交渉を中止させて、彼らを拘束し、その罪を処断しなければならないのです。

そもそも共産主義体制下の中国に虎の子の生産拠点を移転させるなど、経済人としてはあり得べからざる軽率な振舞いで、イルミーの糸を介せずにそのような判断が下せるはずもありません。

今やイルミーは裁きを待つ集団であり、それに肩入れした全企業は大きな痛手を蒙って、この日本国の歴史から消えていくべき定めでしょう。

彼らを、日本の一部として慮る必要などありません。
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マスコミは司法権力に介入する報道姿勢を改めよ

2012-05-12 18:05:13 | 日記
(これは2010年10月4日ブログ人アマがえるブログに掲載された記事です。)

厚生労働省の障害者団体割引証明書偽造事件の裁判における検察による弁護側証拠隠滅事件は、前田主任検事が逮捕され一段落したかのように思われましたが、10月1日の京都新聞一面中央に小さな記事が出ました。

それは「前田容疑者が自分の上司である次席検事に証拠改竄をめぐる問題を報告する前に、副部長と特捜部長(いずれもその後転勤)に予め相談していたことが関係者への取材で分かった」という内容です。

関係者の名前と取材を行ったマスコミの名前は、共に示されていません。

またこの記事は、最高検が前特捜部長を積極的に「組織的隠蔽」を主導した人物と看做していることも伝えていました。

しかし最高検はまだ事件の捜査に着手したばかりで、同じ検察組織に所属する者として真相は糾明したくとも組織は防衛したいはずで、軽々しくマスコミに事件をどう見ているかなどという腹の内を明かすでしょうか?

もし明かしたのであれば、その者はマスコミと通じてはいないでしょうか?

この内容は1日の夕刊でも一面記事で扱われ、前田検事が故意に改竄した事実を二人の検事に伝えた際のより詳細な状況が説明されましたが、やはりその経緯を明かした検察関係者の名前は伏せられたままです。

2日の朝刊は前特捜部長と前副部長の逮捕を大々的に伝え、最高検がどこまで身内の犯罪を裁けるか疑問を投げ掛けた上で、事件を第三者委員会の手に委ねよと社説で議論しました。

3日の朝刊は、前副部長が前田検事による故意の改竄を過失で処理しようとした際の、下手な言い訳をまた一面トップ記事で伝えました。

4日の朝刊は、またしても某検察関係者への取材で明らかになったとして、最高検が立証を目指している構図の全体像の詳細が報じられました。

ということは、1日に報じられた検察関係者も最高検の人間だったと考えてまず間違いないでしょう。

それにしても、日本の組織は組織防衛に長けているものですが、せっせとミツバチの如く外人支配の強いマスコミに秘中の秘を明かしてくれる検察関係者とは一体何者なのでしょう?

これだけ連日一面記事を騒がせ続けた大ニュースを支える核心人物なのですから、新聞はこのような報道の立て方をした以上、この最高検の人物の名前を明かさなければ筋が通りません。

もしかしたら、最高検の捜査チームも裏切り者が誰か分からず、疑心暗鬼になっている可能性もあります。

さて果たしてこのような環境下で、正しい捜査が為され得るでしょうか?

検察幹部でありながら平然と組織を裏切っているこの人物が、イルミーでない可能性など私には夢想だに出来ません。

だからこそ、マスコミは彼の名前を秘して、自分たちの望むように事件が裁かれるよう最高検に圧力を掛け続けているのだと思われます。

しかし、最初は小さな記事から始まって段々大きくなっていくところなど、心理効果を踏まえていて心憎い演出ではないですか。

恐らくこれら一連の記事は、証拠の残る通信手段を利用しないイルミーたちの、組織幹部に事件の進捗状況を示す報告書の役割も果たしているのでしょう。

かくの如くマスコミは検察非難の大合唱ですが、私はこのようにマスコミがその影響力を用いて司法権力に対して圧力を掛け、イルミー傘下の人間による支配を強めようとしていることを、三権分立を基盤とする民主主義社会の根幹を揺るがす極めて遺憾な攻撃であると考え、憤りを感じます。

ですが、二日以降騒ぎ始めた評論家たちは、「今回の検察不祥事こそ民主主義社会の根幹を揺るがす事件だ」と吠え立てていますが、全く彼らこそ恥を知れと言いたいです。
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無秩序な2ちゃんねるに対する警察取締強化を歓迎する

2012-05-11 15:17:37 | 日記
京都新聞によると、国内最大級のインターネット掲示板サイト「2ちゃんねる」が、昨年1年間にネット上の違法情報を監視する民間団体「インターネット・ホットラインセンター」(IHC、東京)から削除要請を受けた薬物取引などの書き込みのうち、97%を削除せずに放置していたことが10日、警察庁のまとめで分かった。

2ちゃんねるには薬物のほか、通帳や携帯電話の売買を持ち掛ける書き込みも氾濫しており、「重大な犯罪の原因となる可能性がある」(警察庁幹部)情報が野放しとなっている現状があらためて浮き彫りとなった。

片桐警察庁長官は同日、国家公安委員会後の記者会見で「ほとんどが薬物の宣伝など悪質な情報で看過できない」と述べた。

薬物売買の書き込みの放置をめぐっては、警視庁が昨秋以降、麻薬特例法違反(あおり唆し)のほう助容疑で2ちゃんねるの関係先を家宅捜索し、運営実態の解明を進めている。

IHCは警察庁の委託を受け、薬物取引を持ち掛ける書き込みや児童ポルノの掲示など内容自体が法律に反する違法情報や、自殺を勧誘したりする有害情報を監視。

サイト管理者などに削除を要請している。

警察庁によると、IHCが2ちゃんねるに昨年、削除要請した違法情報は5223件で、97%に当たる5068件が削除されていなかった。

未削除の情報の大半は覚せい剤などの薬物関連。他のサイトも含む違法情報全体の未削除件数は5381件で、ほとんどを2ちゃんねるが占めた。(後略)

インターネット問題に詳しい園田寿甲南大法科大学院教授(刑法・情報法)

警察の削除要請をあえて放置したら刑事責任に問われる可能性があるが、民間団体の要請に基づく削除が妥当かどうかの判断は表現の自由の問題などから難しい。

ネット上には犯罪助長の書き込みがある反面、薬物中毒からの更生などをテーマにしたものもあり、リスクを甘受せざるを得ない。

薬物取引など、実際の犯罪の行為者を取り締まることが先決だ。


さて、話は少し脱線しますが、ブログ人アマがえるブログの記事作成に対する盗聴者による妨害は、「インターネット経由のものと、ウイルスで勝手に作動させられたパソコン無線通信経由のオフラインのものがある」と記事にしてから、めっきり少なくなりました。

公表されたので盗聴者が警戒したものと思われます。

かなり以前から、アマがえるブログ及び当ブログは「2ちゃんねる」及び「阿修羅」両メガサイトと敵対関係にありますが、特に「2ちゃんねる」を悪し様に書いた際の盗聴者の激怒が只事でなかったことから、彼らが「2ちゃんねる関係者」もしくは「2ちゃんねると同じ組織系列に属する者」である可能性は極めて高いと思われます。

恐らく、その組織をイルミーと評しても問題はないでしょう。

また、陰謀サイトとして有名で「2ちゃんねる」とブログ形態が酷似している「阿修羅」も、アマがえるブログからの著作権を侵害する無断引用の削除依頼に一切応じないことから、アマがえるブログの重要記事の閲覧者を解析する必要があるサイト、つまりイルミー系サイトであると考えられます。

アマがえるブログ及び日吉圭のブログは、日本世論を操縦する目的で、イルミー系列の人間が運営していると思われるサイト「2ちゃんねる」に対し、日本警察が「犯罪ほう助のサイト」と断定し、関係先を家宅捜索し運営実態の解明を進めた動きを、全面的に支持致します。

勿論、イルミーとほぼ同体のマスコミはこのような動きを苦々しく思っていることは間違いなく、その姿勢は記事末尾のコメンテーターに甲南大園田教授を選んだことに現れています。

彼の主張は一見正論ですが、「犯罪ほう助の一大掲示板を放置して、実行犯だけを捜査の対象とせよ」と無理難題を言っているのであり、犯罪ほう助であることが100%明らかな書き込みまで擁護するその姿勢は、表では言論の自由を語りつつ裏ではその無秩序化による全面崩壊を志している偽善の答弁である可能性が高いと思われます。
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いくら組織に縋っても、縦の線は守ってくれない

2012-05-10 12:55:34 | 日記
戦後の高度経済成長時代、池田勇人首相は国民に所得倍増を約束し、それが実現されたことから国民の政府に対する信頼が醸成されました。

そしてこの信頼が、つい最近の交代劇まで自由民主党が政権を維持する原動力となりました。

政府は下々の暮らしまで案じてくれているという安心感が、何千年にも亘って培われたお上に対する信頼感情を呼び覚まし、結果日本人はその本性を輝かせて昭和という一大文化時代を築けたのです。

西欧支配権力は戦争によって一度は奪った日本の統治権を恭しく返上する体裁を取り、日本人に独自の政治・経済運営を為さしめ、その予想以上の成果に驚嘆しました。

一方で彼らは、戦前から日本の産業界を中心にイルミー人脈を忍び込ませており、馴れ合い戦争が故に無傷で残ったこの人脈を権力中枢に深く浸透させた上で、日本が丸々と肥え太る瞬間を待っていました。

そして1990年代、クリントン民主党政権は、家畜の飼育モードから屠殺モードへと、つまり日本社会からその富と独自性を奪い取る形に、対日政策を180度転換させたのです。

それまでの日本社会に存在した様々な横の連携は、イルミー人脈の急速な拡大により無残に破壊され、これは諸分野における日本文化の衰退を齎しました。

今や、人々はデフレ経済下に徐々に富を奪われる断末魔の苦しみに晒され、それから逃れんと自分より不幸な人間を見て心慰めるようになりました。

そして、この差別意識に準ずる格差意識の蔓延により、人々の所属組織に対する依存心は以前より高まっています。

ここで日本人は、権力に甘える悪い癖が出て、「日本という国が滅んでもホンダやトヨタといった大企業さえ存続していれば、自分はそれにすがって生き延びられる」という夢をみてしまいがちです。

これは、イルミー組織の中枢に居座る「悪魔崇拝」という事実に、日本人があまりにも馴染みがないことの反映です。

イルミーを肯定する日本人はこう言うでしょう。

「何千年と続いた日本社会を西欧権力は武力で制圧出来たのに、戦後日本人に一旦統治権を返してくれた。そのような慈愛心があるのだから、昨今多少乱暴になっていたとしても、彼らの望む統治システムさえ完成すれば、それを導いた日本人にまた統治権を返してくれるだろう」と。

そんな調子のよいことがあるはずもありません。

連中が日本に統治権を一旦返上したのは、戦後日本人の団結力が大きく、悪の中枢がそれに怯えたからに他なりません。

連中は日本人全体に猛然と襲い掛かり、音を立ててその骨を噛み砕くにはまだ時期尚早と踏んだからこそ、万を期してじっくり毒を垂らしこむ戦略を継続したに過ぎないのです。

そして次の戦略として彼らは、来るべき大革命を生き延びたそれぞれの日本企業に対して、「存続させて欲しければ、社内から日本人のスケープゴートを差し出せ」と命じてくるに違いありません。

もちろんそれは公の命令ではなく、闇秩序に基づく闇からの指令です。

ですが、その時は闇秩序が世を覆っているのですから、それは公の命令と変わらぬ威力を持ちます。

かつて殷帝国は、占い師の命ずるまま非征服地の長たちをじわじわ殺していく征服策を採りました。

殷帝国と同じく「魔」を崇拝する西洋イルミー権力は、日本の各組織体に対して、過剰競争の緩和と効率化により発生した余剰人員を、「自分の手で一定割ずつ減じよ」と命じるでしょう。

その殺しの圧力から日本人が逃げ出して横に繋がらない様、今は所属組織への帰属意識を強めているのです。

連中は決してカルマを自分たちが被らないように、韓国イルミー人脈を使って、また日本支配層を使って、彼らに帰属する日本人を徐々に減じさせるように圧力を掛けるでしょう。
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車はおいそれと集団登校児童の列に突っ込まない

2012-05-09 12:37:17 | 日記
4月24日の毎日新聞によると、京都府亀岡市で23日、集団登校の児童ら10人が無免許の少年の車にはねられて死傷した事故で、運転していた無職の少年(18)=自動車運転過失傷害容疑で現行犯逮捕=が「前日の夜から寝ていない。事故の直前、一瞬、ふっとなった感じで眠ってしまった」と供述していることが捜査関係者への取材で分かった。

また、現場の状況などから、車は事故当時、制限速度を超える時速50キロぐらいのスピードだった可能性が高いという。

府警は、少年が事故前日の22日夜から徹夜で車を運転し、事故の直前に居眠りをしたとみて、さらに詳しく調べている。

捜査関係者によると、車の破損の程度や現場の痕跡から、事故当時の車の速度は、現場の府道の制限速度である時速40キロを超えていたとみられる。

捜査幹部は「児童らに衝突した時の速度は、時速50キロぐらいだったのではないか」と推測しており、今後、詳しく分析するという。

府警は24日、運転していた少年を自動車運転過失致死傷と道交法違反(無免許)の疑いで、同乗の少年2人を道交法違反(無免許運転)のほう助容疑で、それぞれ京都地検に送検した。


また4月27日の毎日新聞によると、27日午前7時15分ごろ、愛知県岡崎市2件鉢地町開山の国道交差点で、集団登校中に横断歩道を渡っていた市立本宿小の児童4人の列に、軽ワゴン車が突っ込み、3年生の女児(8)と5年生の男児(10)がはねられた。

女児は左足の骨を折り重傷、男児は顔面打撲で2週間のけが。

他の同小6年の男児2人にけがはなかった。

県警岡崎署は、運転していた同市鉢地町沢口、会社員、冨田大智容疑者(24)を自動車運転過失傷害の疑いで現行犯逮捕した。

冨田容疑者は出勤途中で「ぼんやりしていて気づくのが遅れた。慌ててブレーキを踏んだが、路面がぬれていてスリップした」と話しているという。

同署によると、事故2件当時、現場は霧雨が降っていた。

同署によると、けがをした児童2人は集団登校の列の後部を歩いており、交差点に信号はなかった。

本宿小によると、児童4人は、右から来た別の車が横断歩道の手前で止まってから横断を始めた。

しかし左から冨田容疑者の車が突っ込んできたという。


また同日のMSN産経ニュースによると、千葉県館山市で27日、登校のためのバスを待つ小学生の列に軽乗用車が突っ込み、小学1年の山田晃正君(6)が死亡した事故。

ぐったりと横たわるわが子のそばで、母親は名前を叫び続けていた。

「ドン」という衝撃音と悲鳴を聞いて駆けつけた近所の主婦(65)は、軽乗用車を運転していた大河原央徹容疑者(20)が、山田君のそばに土下座して「ごめんなさい」と繰り返す姿を見た。

ガードレールのない現場は、朝から降りしきる雨で路面がぬれた状態。バス停の標識が道路中央まで吹っ飛び、衝突の激しさを物語っていた。

近所の主婦は「京都でも児童が死傷する事故があったばかりなのに、痛ましい」と声を詰まらせた。


さて、ゴールデンウィーク前、道路脇を正しく歩行している児童の列が車にはねられる事件が相次ぎましたが、同様の事件が立て続けに起きたという点で、偶然にしては少し出来すぎた感を受けます。

いずれも運転手が二十歳前後の若者である、という点も一致しています。

亀岡の事件はノーブレーキで突っ込んだ車に、子供が25メートルも引き摺られた痛ましいものですが、いくら睡魔に襲われていたとしてもこの距離は考えづらく、悪意を想定しなければならないケースだと思われます。

かつて、私がアメリカで命を狙われていた頃、イルミーはカード破産者を自在に操って、襲撃のお膳立てを整えさせていると感じたものですが、これら若年の運転手たちが、等しくサラ金で首が回らなくなっていないか、もしくは何らかのカルト宗教に所属していないか、事件の背景を精査する必要があるでしょう。

日本の警察はまだ健全なので、生贄儀式をおいそれと実行できないイルミー構成員たちは、若者を唆して子供を殺させているのではないでしょうか?

過失運転致死ということで、犯人が服役後2年程で出所出来、社会復帰が許される現行の刑法が諸悪の根源と言えます。

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人類が過去に犯した悪行の染み付いた遊び金こそ悪魔の正体である

2012-05-08 11:39:58 | 日記

このブログの読者ならお分かりでしょう。

この世の中は、人類が滅ぶ方向にしか進まないように、出来上がっているということに。

そうは言っても、「今や世界総人口は70億に迫り、人々の衛生環境は向上し、豊富な食材が世に溢れている」と人は言うかも知れません。

「これは滅びなのか?空前の繁栄ではないか?」と。

その通りです。

しかし、私たちは忘れています。

本当ならこの豊かな世界に生きていなければならない大切な人間が、もう死んでしまっていることを。

その子孫も絶えてしまっているということを。

そして、本当なら真っ先に死んでいなければならない者たちとその子孫が、栄え溢れわが世の春を謳歌していることを。

「これが世の中だ。このようにしか進んでいかないのだ」と人は言うでしょう。

本当にそうでしょうか?

青年期に神とは何か悟った私には、特にバブル後の日本社会の歩みは、何もかもが悪夢のように見えます。

日本独自の尊い人間秩序は破壊され、歴史と伴に成熟してきた道徳は腐敗し、悪しき者が高笑いし、良き者はオカルト映画さながらの苦難を舐めています。

私は問います。

「このように何もかもを醜悪に変えていく力は、一体何か?」と。

いや、その答えは薄々分かっています。

それは「マネー」です。

こう言えば読者は引くでしょうが、敢えて言いましょう。

「金とは、悪魔そのものなのだ」と。

この世の中の全てを悪しく変えていく力の本質は、世界中の価格を決定する力です。

ものの価値を決める力、それを相場支配力と言い換えてもよいでしょう。

これこそが悪魔なのです。

「君はアダム・スミスを悪魔だと言うのか?」と仰いますか?

「違います」

悪魔の定義を試みるならば、「神の見えざる手に一切仕事をさせない巨大なあぶく銭の塊」ということになるでしょう。

ここで視点を変えてみましょう。

ロスチャイルド家が有している総資産はいかほどになるでしょう?

またロックフェラー家の総資産は?

これらイルミー名家の資産総額など誰も知らないでしょう。

調べようとしたら殺されます。

ですが、世界中の民度が高まって人々が情報開示を求めたら、彼らは堂々とその額を公表するに違いありません。

所詮、公表したところで意味などないのです。

それは恐るべき額でしょうが、彼らの富全体の1パーセントにも満たないでしょう。

では残額は何処に隠れているのですか?

土地なのでしょうか、それとも貯金なのでしょうか?

それは、イルミーの秩序においては、人間そのものなのです。

見えざるブラザーシップ(秘密結社の徒弟社会)自体が、あぶく銭の塊と言ってもよろしい。

これを例えるのにピッタリの生物がいます。

それはオーストラリアの砂漠地帯にすむミツツボアリです。

このアリの巣を掘ってみると、巣の天井にぶら下がり腹を蜜でパンパンにして何もせずにじっとしている無数のアリたちが目につくでしょう。

これこそがイルミー構成員たちであり、生ける貯金箱なのです。

つまり、イルミーに所属した者は莫大な富を手にしますが、彼らはそれを自分の思惑に従って勝手に投資したり、他人に与えたり出来ません。

彼らの富は全て闇の大王さまからの預かり物であり、求められれば差し出さねばならない性質の物なのです。

そして、豊かなイルミー幹部のあぶく銭は、世界中の相場を駆け回る闇の巨大マネーに姿を変えており、この金こそが世界中の価格を決定している正体です。

連中は相場のここ一番の勝負所では一国すらも相手に回して大博打を打ちますが、負け知らずです。

それもそのはず、彼らはミツツボアリ集団の資産を担保にして巨大なレバレッジを効かせることが出来るからです。

例え国であれども、動かせる金の額には限度があるでしょう。

しかし、イルミーのここ一番の流動性には限りがありません。

これこそが人類を生きるに値しない無能な屑の集団へと変質させていく、巨大な悪魔の正体なのです。
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既存社会の愛をぶち壊して新秩序を立てるイルミー

2012-05-04 13:54:34 | 日記
イルミーは組織または個人が堕落、転落していく経緯を克明に観察し、事例を典型化してケースごとに保存していることでしょう。

恐らく、イルミーの出世の階段を駆け登った者だけが閲覧を許される悪の資料庫があり、一角のイルミーはそこから知識を得てさらに悪の筋金を入れていると私は想像しています。

今、兄弟が仲良く助け合って会社を経営しているとします。

弟が兄を立てて調和が保たれている時は会社に富が蓄積しますが、ひとたび兄弟が経営権を巡って争い、社員も分裂しそれぞれが弁護士を立てて法廷で争えば、瞬く間に富は散逸し悪い時は共倒れになります。

イルミーは愛によってもたらされた調和を破壊し、そこから富を奪うことを本質としますが、これは系のエントロピーを増大させてエネルギーを取り出していると見立てる事が出来ます。

例えば、水を満たしたコップに墨汁をたらすと、墨汁は緩やかに拡散し、やがてそれ以上拡散できない平衡に達します。

拡散した墨汁が、何らかの偶然で元の濃い状態に戻ることはありません。

これはエントロピーの小さな高濃度状態がエネルギーを有しているからですが、エネルギーである以上それを取り出すことが出来ます。

イルミーは愛によってもたらされた調和状態を破壊し、エントロピーを増大させて得られたエネルギーを元手にして新たな支配を打ち立て、そこに人々を搾取可能な状態にして囲い込みます。

彼等はこの過程を「混沌からの秩序」と称しています。

中世と称された時代に、ヨーロッパ社会はキリスト教のお陰で愛による調和の程度が高い状態になりましたが、そのエネルギーはイルミーたちに何度も搾られたため、今はもう搾りかすの状態に近いことでしょう。

そこで、イルミーは、度重なる搾取で心が擦れて低エネルギー状態になったヨーロッパから、まだ擦れていないアジアへとその軸足を移そうとしているそうです。

イルミーの手強さは、狙った獲物からエネルギーを奪うにあたって、集団で互いに協力して知恵を出し合う点にあります。

個人の知恵は、集団の知恵にはなかなか勝てないものです。

イルミーでない全ての組織は、お互いの人格と知恵を尊重し合い、協力し合って防衛力を高めていかなければ、この厳しい時代を乗り切ることは出来ないでしょう。

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民主主義とは大多数の民が不幸ならば革命を是認する制度である

2012-04-30 13:29:34 | 日記
日本はその政治中枢をイルミー組織に奪われてしまいました。

もちろん政治家だけにイルミー構成員が浸透したとしても、国家運営を為すことは能いませんが、行政官僚組織にも司法組織にも、戦後60年かけてイルミーの糸が浸透してきています。

今やイルミーでない者が首相になったとしても、官僚組織に浸透したイルミーたちが結託してその企図を阻み、ほぼイルミーで塗り替えの完了しているマスコミが一挙一動をこき下ろすでしょうから、彼は仕事にならず国民が望む政策の実現は難しいでしょう。

仮にこの日本国を病人と見立てるとして、癌の病巣が一箇所に歴然としているならば、手術も可能であろうし完治も望み得ます。

しかし、これだけ全身の組織に癌の転移が認められると、もはや外科的処置が奏功する望みはなく、安楽死に向けた延命治療しか期待出来ない状態です。

これは酷いことです。

ですが、嘆くばかりでは事は前に進みません。

私たちはまず気づかなければなりません。

何にかと言えば、「己が癌である」という事実にです。

イルミーたちは国家という宿主が滅んでも、世界中枢に設置されたスーパーコンピュータが人間の心を失った虚無を埋めてくれるが故に、毎日楽しく快活に過ごせる未来を夢見ています。

当ブログは、まずこの考えが「幻想に過ぎない」ということを示すために世に存在します。

イルミーという名の「畜群」に理屈を説くのはよしましょう。

そのかわりに、私はシンプルなモデルを提示します。

即ち、寄生虫であるイルミーが宿主の腹の中で耐え忍ぶのをやめ、その腹を食い破って太陽の光を拝んだとして、どうなるでしょう?

寄生虫たちは、うじゃうじゃと醜く蠢いた後に、干からびて腐臭を放つだけのことではありませんか。

寄生虫には寄生虫の分というものがあります。

寄生虫の研究家には、人間がサナダムシと共存していた時の方が、人間の免疫系が円滑に機能しており、アレルギー疾患などにならなかったとして、敢えてサナダムシを自分の身体に接種している者がいます。

そうかも知れません。

「寄生虫の存在はあらゆる場合において害でしかない」と主張するつもりはありません。

寄生虫が、その分を守っている限りにおいて、きっと社会への貢献もあるのでしょう。

けれども、寄生虫が宿主を食い殺し、「宿主に代って自分たちが天下の主になる」などということは、論外のたわ言であり、それを実行せんとしても壮絶な失敗は目に見えています。

今私たちが念頭に置かなければならないことは、中東諸国に対してイルミーが仕掛けている民主化革命の嵐が正当化されているという事実です。

民主主義が正当化されるのは、それが大多数の民の幸福を実現するからであり、その実現のためには既成の政権を転覆させる革命が、少なくとも西洋社会において、全面的に肯定されています。

つまり、民主主義制度というものは、革命を前提として成り立つ制度であり、一旦成立したそれが形骸化し内実が腐敗してしまったならば、また新たな革命によって息吹が与えられることを当然に期待しているのです。

西洋社会は、イスラム社会に革命を仕掛け、少なくともその民主化運動をNATO軍を動かし国連を動かして支援したのですから、自分たちの民主主義制度において大多数の民が不遇をかこった場合に、革命を否定する論理的根拠を持ちません。

年間3万人が自殺する日本国において、大多数の民は幸せでしょうか?

今後青天井の消費税が導入されたなら、大多数の民は幸せでしょうか?

為政者がわざと原発事故を起こし、民の土地を奪おうとする日本において、大多数の民は幸せでしょうか?
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