四季の歌と暮らす

 年齢ごとに「一度っきり」の四季と、
旬(しゅん)のヨコハマを味わう「くりごとの集」です。

ピンチをチャンスと受け止めよ

2017-04-21 07:12:45 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『幸福の女神を「ぜひともわが家においでいただきたい」と招いたら、妹の不幸の女神も一緒についてきてしまった、という話があります。幸福もその裏側に落とし穴があるわけです。同じように、不幸も裏返すとそこに幸福の芽が隠されています。

自分では一生懸命に努力しているつもりなのに、人に誤解されたり嫌われてしまうことがあります。精いっぱいがんばっているのに、逆の結果ばかり出ることもあります。それが続くと、だれもが腐ってしまうのですが、私は、みなさんが頭を抱え込むような、真っ青になるようなことが起こると、「いよいよおもしろくなってきたぞ」と、自分に言い聞かせるのです。自分に不利なことも功徳と受け取る。逆縁も善縁と考えて、努力して解決をめざす。それが仏道修行だと思うのです。

私は若いころ、「あんたは毎日が平穏無事で刺激がないと、のんびりしてしまう。なにか事が起こると発奮する人だ」と言われたことがありました。難題が私には発奮材料なのです。精いっぱい努力をしていれば、必ず見ていてくださる人がいます。かりにだれが見ていなくても、仏さまはすべてご照覧です。それを信じられなくては本物の信仰者といえないと思うのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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大願を立てよう

2017-04-15 05:23:14 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『物や自由はふんだんにあるけれども、社会も世界も先行きどうなるのか分からないという時代ほど、青年の生き方が難しい時代はないでしょう。

 先ごろ『青少年白書』が出されましたが、街頭でのインタビューを聞いてみると、高校生は、ただ大学へ行くことだけで何を勉強するのかは考えていない。大学生は、卒業して将来安心な企業に就職することだけで、どんな仕事で自分の役割を果たすのかは考えていない。そういう人が大半だったといいます。

仏教では、総願と別願の大切さを教えています。総願とは、なんのために人は生きるのかという大目的です。別願とは、その人、その時の願いともいえましょう。

 松下幸之助さんは、傘下の企業を合わせると数十万人という社員を抱える会社を築かれた方ですが、「人間として生まれたら、人間としての成功が大事。自分はまだまだだ」と言っておられたそうです。

 自分の人生の目標をしっかりつかむと、人は行動が変わってきます。それによって性格も変わってきて、偉大なエネルギーが噴出してくるのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。

2017-04-12 05:35:15 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『「これだけはやりぬこう」と誓ったのに、またできなかったとガッカリしている人がおられるかもしれません。しかし、思い立っても実行がいかに難しいかを思い知っただけでも、一つの前進だと思うのです。

 「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや」と親鸞上人はおっしゃられます。

ちょっと逆のように聞こえます。どんな悪人も広大なお慈悲でお救いくださる仏さまなのだから、まして善人をお救いくださらないはずがない、というほうが分かる気がします。

 しかし、「私は、これっぽっちも間違ったことはしていない」と思い上がると、仏さまのお救いも、教えも求めなくなってしまうのです。自分の弱さ足りなさを本当に思い知った人は、真剣に教えを求めずにいられません。その自覚を持った人こそ、仏さまのいちばん近くにいる人なのです。

自分が弱くて間違いやすい人間であることを思い知ったら、新たな決定(けつじょう)をし直せばいいのです。今年だめだったら、来年は必ずと決心すればいいのです。

それができれば願いは必ずかないます。懺悔とは、新たな決意で一歩を踏みだすことです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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お釈迦さまの誕生日

2017-04-08 06:25:10 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『因縁というと抹香(まっこう)くさく聞こえるかもしれませんが、これこそ仏教の中心的な教えです。また因縁というと暗いイメージを抱く人がいるのですが、これも誤解です。

AさんにはAさんの因縁があり、BさんにはBさんの因縁があります。別の言葉で言えば、AさんはAさんでなければならない因縁、つまりその人なりの特色や役目があるということです。

 たとえば、Aさんが私に、私がAさんになろうと思っても、それはできません。AさんはAさんになるような、さまざまな環境、出会いによってAさんになっているからで、それがAさんの因縁です。そして、人それぞれに自分でなくては果たせない役目があるのです。

 お釈迦さまは誕生されると、「天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」と宣言されたと伝えられています。私は天にも地にも、ただ一人しかいない存在、自分にしかできない役目をもってこの世に生を受けた存在である、という宣言とも考えられます。

 私たちも一人ひとりが、それぞれ尊い役割、使命を持ってこの世に生まれてきているのです。それを自覚しなくてはなりません。』

 庭野日敬著『開祖随感』より

 4月8日は灌仏会(かんぶつえ)、花まつり、釈尊の誕生された日です。最寄りのお寺の「花御堂」に参じて、甘茶を誕生仏にそそぎお祝いしてください。

 

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人格をみがく道を行こう

2017-04-06 06:24:28 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『法華経は、仏になるための教えといってもいいでしょう。では、どうしたら仏になれるのか。いつも申し上げるように「若し法を聞くことあらん者は一りとして成仏せずということなけん」と仏さまは断言しておられるのですが、そう聞いて、「ただ聞くだけで、仏になれるのですか」と尋ねる人がいました。

 「聞く」とは、心の底から「そのとおりだ」と納得することなのです。それには、耳で聞くだけ、知識を蓄えるだけではだめなのですね。一つでもいいから真剣に聞いて、聞いたらそのとおりに実行する。すると、自分の一念で三千世界が変わる真理のはたらきがありありと実感できるのです。

 人さまをお救いしたいという慈悲心で活動したことのない人は、仏教の本当の教えの尊さがなかなか分かりません。教えのとおりに一つでも実行してみると、だれもが本当の喜びを味わえます。

立正佼成会の歴史が、それをはっきりと証明しています。その菩薩行を一つ一つ積み重ねていけばいいのです。真剣に人さまのために打ち込むと、自分をしばっていた固定観念や身構えがほどけて、仏性が輝き出てきます。人さまを仏の道へお導きすること、それが自身仏になる道です。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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どちらの道を行きますか

2017-04-03 05:59:14 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『新たなスタートに胸がはずむ四月の月を迎えましたが、それをよそに、受験の失敗や不本意な配置転換で、真っ暗闇の思いでいる人もいると思うのです。

自分はこんなに努力していると思っているのに、それが認めてもらえず、努力が裏切られる結果になってしまったら、自信が吹っ飛んで、やけを起こしたくなることもあると思うのです。しかし、そのときがいちばん大事なときなのですね。

私たちはぎりぎりのところまで追い込まれないと、なかなか真剣になれません。そこのところで原因を外に転嫁して恨みに凝り固まってしまうか、それを契機に自分をもう一度見つめ直すかで、これからの道がまるで違ってしまいます。

自分を反省する心になると、人の言葉を素直に聞く謙虚さが生まれます。人の言葉に耳を傾けて、教えられるとおりにものごとを見、考えようとつとめると、我見がきれいに抜けていくのです。これが懺悔なのです。

結果はおまかせしてしまって、自分の最善を尽くそうと心が決まると、自分では考えてもみなかったような結果がいただけるのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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栄転も左遷もチャンスだ

2017-04-01 04:30:28 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

『新年度は、どこでも配置転換や異動があります。抜擢されて意気込む人もいますが、その陰には、「会社は、私の働きを評価してくれない」と、すっかり落ち込んでしまっている人もおられると思うのです。

 私たちは「嫌なこと」と「うれしいこと」を二つに分けてしまいがちで、自分の意にそわないことはあくまでも拒絶して、気に入るほうだけを歓迎するのですが、じつは禍福はひと続きのもの、表裏一体のものなのですね。

雨がふれば、次は晴れる日がきます。晴れが続けば、次には雨のふる日がきます。いつも春や夏のような陽気が続くつもりで有頂天になっていると、冬の寒さに震えなくてはならなくなってしまいます。しかし、冬の日に力を蓄えておけば、その力を思いっきり発揮できる春が必ず訪れるのです。

 栄転がチャンスなら、左遷もチャンスです。それをどちらに変化させていくか、自分の受け止め方次第です。「いま自分に与えられたこの場が修行の場」と腹が決まると、たちまちそれが結果になって現われてきます。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

 

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他人の支援あれば百人力

2017-03-28 05:19:35 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『一人の力には限りがあります。お金も身分もなかった秀吉は、「十人の力を借りれば十人力、百人の力を借りれば百人力。人の力を借りるには、人を喜ばせなくてはならん」と、ひたすら人を喜ばせることに心をくだいたそうです。それで、あれだけの大仕事を成し遂げたわけです。

 では、どうしたら本当に人を喜ばせることができるかです。佼成会を始めた当初、私は牛乳屋のおやじさん、妙佼先生はイモ屋のおばさんでした。けれども、人さまをお救いしたい一心で、ただひたすら相手のことを考えて尽くしました。苦しんでいる人を見ると、車に乗せてあげる。後押ししてあげて、仏さまの教えに導く。しかも、なんの見返りも一切求めないのです。すると、人が必ず集まってきてくれるのですね。

 相手の喜ぶことだけを考えていると、相手に何かしてもらいたいといった要求もなければ、不満も生まれません。こちらに感謝や尊敬を求める気持ちがあると、こんなに面倒をみてあげているのに、何ひとつ返してくれない恩知らずの人だ、などといった不満が頭をもたげてくるわけです。これでは、どんなにしてあげても、人が慕い寄ってくるわけがありません。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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プラスのイメージを描け

2017-03-26 05:52:56 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『大勢の人の先頭に立つリーダーは、あくまでも「この仕事をやりぬくのだ」という意志、そして、「これは必ずやり遂げられるのだ」という確信が、なによりも大事です。それが、周囲の人を引っ張っていく力の源泉だからです。

 リーダーは、みんなに新たな一歩を踏みだしてもらう、その先頭に立つ人です。これから始める仕事の可能性は半々であっても、出発点で「この仕事は果たしてできるのだろうか」と迷うと、天秤は失敗のほうに傾いてしまうことが多いものなのです。

 かつて「ミスター・ジャイアンツ」と呼ばれた長嶋茂雄さんは、ここぞという見せ場で必ず打つといわれたものでした。その秘訣について長嶋さんは、「そういう場面でホームランを打つ自分の姿を、いつも頭に描いていることです」と話されていました。「打てるだろうか」「いや打てないかもしれないな」などと迷わないわけです。

「この仕事は必ず成し遂げられる」と信じる力が、天秤を可能性のほうに傾けるのです。

信仰の世界も同じです。「この教えどおり行じれば、必ず救われます」と言いきれる人でなくては、人は救えません。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

PS 私はよくゴルフでOBが出ました。OBラインが迫っているコースのドライバーや谷越えのアイアンが悪い方向へ飛んでしまうのです。

これは、マイナスのイメージがOBを招くのですね。

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仏さまは見捨てない慈父です

2017-03-23 06:55:26 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『夫婦仲がこじれた上に、子どもが急に乱暴になって「これが自分の子か」と恐ろしくなるような言葉を親に投げつけてくる。「もう、どうしたらいいのか分からなくて……」と訴える方がいました。しかし、そうして追い詰められ「自分の力では、もうどうにもならない」とせっぱ詰まって初めて、人の言葉を本気で聞く気になってくるのですね。

 仏さまは「一切衆生はわが子。私が必ずみんなを救護(くご)してあげます」とお約束くださっています。それなのに、どうしてこんなつらい目に遭わされるんだろう、と恨みたくなることも人生にはしばしばあります。次から次へ不幸が重なって、「神も仏もあるものか」と捨てばちになりかけるときもあります。しかし、仏さまは決して私たちをお見捨てになることはありません。

 苦しみを与えられるのも仏さまのお見守りで、いまこそ自分をしっかりと見つめて、自分を変えなくてはならない時だ、と教えてくださっているのです。崖っぷちに追い詰められた時こそ、正念場です。また、その時こそまわりの人が声をかけてあげなくてはならない大切な時なのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

PS 不都合なことをも仏さまからの叱咤激励と感謝で受け止める。自分を変える、これが仏法による本質的な救われ方です。悟りです。

 

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2017-03-23 06:52:58 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『夫婦仲がこじれた上に、子どもが急に乱暴になって「これが自分の子か」と恐ろしくなるような言葉を親に投げつけてくる。「もう、どうしたらいいのか分からなくて……」と訴える方がいました。しかし、そうして追い詰められ「自分の力では、もうどうにもならない」とせっぱ詰まって初めて、人の言葉を本気で聞く気になってくるのですね。

 仏さまは「一切衆生はわが子。私が必ずみんなを救護(くご)してあげます」とお約束くださっています。それなのに、どうしてこんなつらい目に遭わされるんだろう、と恨みたくなることも人生にはしばしばあります。次から次へ不幸が重なって、「神も仏もあるものか」と捨てばちになりかけるときもあります。しかし、仏さまは決して私たちをお見捨てになることはありません。

 苦しみを与えられるのも仏さまのお見守りで、いまこそ自分をしっかりと見つめて、自分を変えなくてはならない時だ、と教えてくださっているのです。崖っぷちに追い詰められた時こそ、正念場です。また、その時こそまわりの人が声をかけてあげなくてはならない大切な時なのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

PS 不都合なことをも仏さまからの叱咤激励と感謝で受け止める。自分を変える、これが仏法による本質的な救われ方です。悟りです。

 

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理屈の不平より情の感謝で

2017-03-21 07:14:34 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『「法華経の一偈一句でも聞いて一念でも随喜する者は、必ず最高の悟りを得て仏になれることを、私が保証します」と「法師品」で仏さまは約束しておられます。

 信仰は不思議なもので、ほんのわずかしか教えを知らなくても、「ありがたい、ありがたい」と言っている人は、次から次へ功徳を頂戴できます。

ところが、あれこれ理屈をこねる人は、隅から隅まで教えを諳(そら)んじているようでも、なかなか功徳がいただけません。どこに原因があるのかというと、理屈だけの人は感激がないのです。それで打ち込み方が違ってくるわけです。

 教えの一句でも、感激を持って受け止める人は、その教えを行じることに自分を燃やし尽くします。自分を燃やし尽くせる人は、周囲の人をも燃えさせることができるのです。ですから、まわり中が功徳だらけになってしまって、もう、ありがたくてたまらなくなるのです。

 素直な心で一瞬の感激ができるか、いたずらに理屈をこねまわして、行がおるすになってしまうかの違いで雲泥の差がついてしまうわけです。』

 庭野日敬著『開祖随感』より

 

PS 果報は如是因による実践。つまり自分次第です。

 

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不平が自他をスポイルする

2017-03-15 05:05:40 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『「口は禍の門」といいます。うっかり口にした言葉が、災難の元になるわけです。『懺悔経』ともいわれる『仏説観普賢菩薩行法経』には、「舌根は五種の悪口の不善業を起す」と説かれ、また八正道の「正語」の教えでも、妄語(もうご=嘘)、

両舌(りょうぜつ=二枚舌)、悪口(あっく=わるぐち)、綺語(きご=いいかげんな言葉)など、

すべて自ら禍を呼び寄せる元になる、と戒めています。とりわけ修行の妨げになるのは、不平を口にすることではないでしょうか。

 不平というものは、いったん口から出すと、その言葉によって自分の不平不満が倍にも三倍にもふくれ上がっていきます。

そればかりでなく、まわりの人にも悪い影響を及ぼしてしまうのです。自分の口ひとつで、なにもかもつまらないものにしてしまうわけです。これが自ら苦をつくりだす「苦語」です

 それとまったく逆に、どんなことにも満足して、それをいつも口に出して言うことにしている、という方がおられました。毎日の奥さんの料理でも「うまい、うまい」と口に出して言うと不思議においしくなるものだといわれるのです。

同じ口から不平の言葉が出るか感謝の言葉が出るかの違いで、人間関係も環境も、まるで違ったものになってしまいます。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 PS 感謝を選ぶか、不平不満を選択するのは自分、自分次第なのです。因縁果報の「如是因」です。

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よき習慣をつくろう

2017-03-09 07:03:41 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『たとえば柔道の投げ技にしても、また野球のバッティングやゴルフのスイングにしても、「こうやるんだ」と教わって、すぐ、そのとおりやれるものではありませんね。毎日、繰り返し繰り返し練習して自分の身について初めて、試合でその技が出てきます。

 信仰も同じで、理屈は一度聞けば分かりますが、それを本当に自分のものにするには、毎日毎日の行が欠かせません。とかく人は、その気さえあればなんでもできるように錯覚しがちなのですが、習慣の力の大きさを忘れてはならないのです。

よい習慣も悪い習慣も、それが身につくと、人の意志も、判断力も、その人の人生までも支配してしまいます。よい習慣が身につくと、ことさら意識して努力しなくても、やすやすと事が成っていきます。逆に、悪い習慣がついてしまうと、自分の意志に反してずるずると引きずられていってしまうのです。

 毎日出会う人、出合うことに対する見方、考え方、行動が自然に教えにかなうようになっていく習慣づけがどんなに大切であるかが分かります。習い性にしてしまうその訓練の場がサンガであり、道場なのです。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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全てをプラスに受け止める

2017-03-08 06:49:22 | 元気を頂く言葉(庭野日敬師

 『私が立正佼成会の会長になったのは31歳の時でした。頭も黒々としていたのですが、50年余も説法してきますと、屋根もだいぶいたんでまいりました。しかし、これは自然現象ですから、ちっとも苦にはなりません。

 今日まで、人さまに一心にご法を説かせていただいてこれたことがなによりもありがたくて、その日その日に起こったことを日記に書いたあとに、「今日も楽しく終わった。ありがたいお手配だった」と書き加えるのです。

こうして毎日の変化を感謝で素直に受け止める生き方が、そのまま「生老病死を度(ど)し涅槃を究竟(くきょう)する」ことだといってもいいのではないか、と私は思うのです。

 年のわりに老けこんでしまう人と、とてもその年には見えない人とがいますね。その差が、年とともに開いてきて、五十歳を過ぎるとプラス・マイナス十歳以上になるといいます。それは気力の差が大きく影響しているように思えます。

どんな変化も感謝で受けようとする心から、謙虚さ、優しさ、楽しさがあふれてきます。幸せの源泉は、そのへんにあるのではないでしょうか。』

 

庭野日敬著『開祖随感』より

 

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