山頭火つれづれ-四方館日記

放浪の俳人山頭火をひとり語りで演じる林田鉄の日々徒然記

捨し子は柴苅長にのびつらん

2008-03-31 21:40:51 | 文化・芸術
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―表象の森― 前向きか、後ろ向きか

3月も末日、先日卒園式を迎えたK女は、保育園のこととてその後も連日通い、自転車で送り迎えをしてきたのだが、それも今日で最後、長年お世話になった保母さんたちや一緒に遊んできた仲間たちとお別れの日だ。
「何時に、お迎え行こうか?」と声をかけると、
間髪入れず「7時!」と答えが返ってきた。
子ども心に名残が尽きないのか、保育園に居られる時間はギリギリ目一杯みんなと一緒に居たいらしい。
その小さな胸が熱くなっているのが傍らの私にも微かに感じられた。
そりゃそうだろう、6年も毎日遊び馴染んできた世界だもの、その脳裏にはさぞ愉しかった記憶がいっぱいに詰まっている筈で、なにやらザワザワ、心落ち着かぬ様子がありありと見て取れた。

「前向きか、後ろ向きか」とはサルとヒトの出産の違いのことだ。
別冊日経サイエンス№151「人間性の進化」を読んでいると、進化の過程のなかで、なぜヒトだけが他の多くの霊長類とは違って、特異な形で胎児が母体から出てくるようになったか教えてくれている。

サルの胎児は母親の骨盤と尾骨で囲まれた広い後部に幅広い後頭部を押し当て、頭から先に産道に入り、そのまま母体と向き合う形で出てくる。
サルは後ろ脚でしゃがむか、四つん這いで出産する。子どもが出てくると、母親は手を伸ばして産道から出てくるのを助けてやり、自分の乳首へと導いてやれる。サルの新生児は、ヒトの場合ほど未熟児ではないから、力も強く、いったん手が外に出たら、母親の身体にしっかりと掴まり、自分で産道から出てこられる。

ヒトの出産も、サルと同様、母体に向き合う形で出てくるとすれば、分娩時の介助も要らず、母親の苦労や胎児の危険も大いに少なくてすむのだろうが、二足直立歩行と脳の肥大化の代償として、後ろ向き-母体と反対の向き-で出てくるという出産を余儀なくされてきた。

二足直立歩行はヒトの骨盤口を捻れさせ、胎児の出てくる産道を複雑にさせた。大きな脳を持つようになったヒトの胎児は、頭と肩を産道内で回旋させる必要があり、母体とは逆向き-後ろ向き-に生まれてくるようになった。

大きな脳をもつ胎児、直立歩行に適応した骨盤、胎児が母体に対し後ろ向きに生まれてくる回旋分娩という、ヒトの出産における三重苦は、他者の介助がなければ胎児にとっても母体にとってもきわめて危険のともなう難事となってしまった。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」-23

   庄屋のまつをよみて送りぬ   

  捨し子は柴苅長にのびつらん   野水

捨-すて-し、柴苅-しばかる-長-タケ-に

次男曰く、訳あって捨てた子が、拾われて今では庄屋の許に養われている、ということを内容とした相対-あいたい-の付である。話としてはつまらぬが、父親の俤は家康の父松平広忠だろうと考えれば、この捻りもわるくない。

諸注は成行上、「左辺の匂」付-秘注-、「起情の附也。他のことぶきによみ送りたる松の狂歌より、ふと吾子の事を思ひ出たるなるべし」-升六-、「前句を遠き境より庄屋が家の老松を詠じて贈りたると見て、其歌を贈りし人の心の中の想を叙べしなり。‥旧家の老松といふによりて案じたるなるべけれど、たゞにそれのみならず歌といふところに深くくひ入りて、一句の姿を映りよく作り出したれば、再三吟誦するに、其人其事其情、目前に髣髴として現れ、そゞろに人をして堕涙せしむるに足る」-露伴-というような解になる。いずれも二句同一人と読んでいる、と。


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庄屋のまつをよみて送りぬ

2008-03-30 23:19:37 | 文化・芸術
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―表象の森― 生命の非平衡性、創発性 

寒の戻りか、思いのほか冷え込んだ朝。車を検査受けに出しているため、地下鉄で稽古へと出かける。
外へ出たらポツリポツリとしのつく雨、傘を持たずに飛び出したのを悔やんでみたがもう遅い。ままよ長くは降るまいと高をくくったのが運の尽き。夕方近くなっても雨はやむどころか、かえって本降りの体。
ふだん車で通うものだから、空模様に頓着しない習性がついてしまって、こんな抜かりをしてしまうのだ。

<A thinking reed> S.カウフマン「自己組織化と進化の論理」より

生命の法則‥‥。「創発理論」の探求

予測の不可能性-
第一の根拠は、原子より小さな世界における基本的な非決定性を保証している量子力学である。
この非決定性は巨視的な結果に影響を与える-たとえば、ランダムな量子的事象はDNA分子における突然変異を引き起こすことができる-ために、すべての分子や超分子の事象に関して、詳細な特定の予測をすることは基本的に不可能である。

第二の根拠は、カオス理論。
いわゆるバタフライ効果を考えれば理解できる-カオス的な系においては、いかなる小さな変化も、大きく増幅された効果をもちうるし、実際にそれが普通なのだ。

生物は単純でランダムな系ではない。ほぼ40億年かけて進化してきた、高度に複雑で不均一な系なのである。たとえば、受精卵が成体へと成長する個体発生は、体内の各細胞内における遺伝子とその生成物のネットワークによってコントロールされている。

もしこの発達が、ネットワークのあらゆる状況に依存しているとしたら、生物の秩序を理解するには、これらすべてを詳細に知らなければならないが、成長の際にみられる秩序の多くは、相互作用し合う遺伝子のネットワークがたがいにどのように関連しているかと無関係に生ずる。

こうした秩序は強靱であり、創発的であり、自発的な構造が集団的に結晶化した構造といえる。そしてその秩序の起源や性質が、個々の詳細とは独立に説明されることが期待できるのである。

自然淘汰は、この自発的に生じた秩序に対して働きかけを行うに過ぎない。

宇宙が進化するのは、究極的には、宇宙が平衡状態にないことの自然な現れではないのか。
150億年前のビッグバンの閃光によって生み出された宇宙は、現在も膨張し続けており、おそらくビッグクランチへと再び収斂することはないだろうと言われている。

宇宙は非平衡状態にあり、最も安定的な原子である鉄よりも、水素原子やヘリウム原子のほうが過剰に存在している。何も形成されない可能性もあったのに、実際はさまざまなスケールの銀河や銀河団が存在している。また、宇宙には、仕事を行うために用いることのできる非常に豊富な自由エネルギーが存在している。

われわれのまわりの生命は、おそらく、形のある物質と自由エネルギーが結合したことの、当然の帰結であったに違いない。

秩序が生まれる際の二つの代表的な形式-
その一つは、低いエネルギーをもつ平衡状態である。
ウィルスは、核を形成する繊維状のDNAあるいはRNAからなる複雑な分子システムである。核のまわりには繊維状の尾や頭部構造、その他の特徴を形成するためにさまざまなタンパク質が集まっている。水に富んだ適当な環境下では、DNAやRNAの分子と構成要素のタンパク質が、ちょうど鉢の中のボールのように最もエネルギーの低い状態を探し、自発的に集合することによってウィルス粒子が作られる。
一度ウィルス粒子が作られると、維持するのにそれ以上のエネルギーは必要ない。

二番目の形式では、秩序化された構造を維持するために、質量あるいはエネルギー、またはその両方の供給源が必要となる。これらは鉢の中のボールとは異なり、非平衡状態における構造である。
浴槽の中の渦巻が、水が連続的に供給され、排水管が開いたままになっていれば、この非平衡の渦は長い間安定に存在できる。

このように維持された非平衡の構造の例で、最も驚くべきものが木星の大赤斑だろう。大赤斑は、あの巨大な惑星の大気の上層部にできた渦巻であり、その寿命は一つの気体分子の平均的な時間よりも遙かに長いもので、物質とエネルギーの安定な組織であり、物質もエネルギーもその中を流れていく。

構成要素である分子が、一生のうちで何度も交換される人間の組織は、これと類似の性質をもつと見做しうる。

大赤斑のような非平衡状態における秩序は、物質とエネルギーが継続的に散逸することによって維持される。

散逸構造は、平衡状態にある熱力学的な系とは、まったく対照的である。
この構造では、系の物質とエネルギーの流動が、秩序を生み出す推進力となっている。

自由な生活を営む生物システムは散逸構造になっており、物質代謝を行う複雑な渦巻である。
ウィルスは自由生活を営む存在ではない。複製を作るためには、細胞を侵略しなければならない寄生者である。

細胞は低エネルギー状態の構造ではない。複雑な化学物質のシステムとして活気にあふれており、内部構造を維持したり複製したりするために、持続的に物質代謝している。
細胞は非平衡状態で生じた散逸構造なのである。ほとんどの細胞にとって、平衡状態は死を意味する。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」-22

  おかざきや矢矧の橋のながきかな  

   庄屋のまつをよみて送りぬ    荷兮

次男曰く、景から情を引出した、其人の付。
「たちわかれいなばの山の峰に生ふるまつとしきかばいま帰りこむ」-古今・離別-、ご存じ「百人一首」の在原行平の歌だが、これり捩-もじ-りだろう。

因幡山-歌枕-を「庄屋」に読替えればよい。むろん「まつ」は松、待つの掛である。この付句によって、その名も松平家康の望郷の謎かけは愈-いよいよ-はっきりする。「庄屋」はさしずめ今川義元と読めばよい。

「庄屋の松-待つ-」にひとしい身は、岡崎からも、待つという便りが届くのを首を長くして待っている、というのである。
「まつ-松、まつ、松平-」は、尾張藩の根をたどって思付いた軽口だ。


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おかざきや矢矧の橋のながきかな

2008-03-29 18:12:08 | 文化・芸術
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―世間虚仮― A.ネグリの来日中止

この20日には来日して、昨日は京都大学で、今日29日は東京大学でのシンポジウムや東京芸大で歓迎イベントなどが催される筈だった「帝国」や「マルチチュード」の著者A.ネグリ氏らの来日が、外務省と法務省入国管理局の演じたドタバタ劇で直前にして中止された、という。

抑もこの来日は財団法人国際文化会館による招聘で半年ほど前から予定されていた。EC加盟国の外国人が報酬の伴わぬ形で来日する場合には入国査証は必要ないということだったが、直前の17日になって査証申請が要求された。

その根拠となったのが入国管理法第5条4項「上陸の拒否」-1年以上の懲役もしくは禁固またはこれらに相当する刑に処せられたことのある者は本邦に上陸することができない-だそうだ。たしかに彼は政治犯として祖国イタリアで刑に服した前歴がある。ところでこの第5条4項には「政治犯罪により刑に処せられた者は、この限りではない」という但し書きがあり、政治犯には「特別上陸許可」が認めれる。これを根拠に入国管理局はネグリ氏に対し「政治犯」であった「書類上の根拠」を示せと要求したらしい、彼が政治犯として服役したというのはあまねく周知のことだろうにだ。03年の釈放以来フランスに在住する彼に直ちに「書類上の根拠」を示せる筈もない。急遽来日は断念せざるを得なくなったというわけである。

以下は「日本の友人たちへの手紙」と題し、財団法人国際文化会館に寄せられたたネグリ氏らからの一文抜粋。

まったく予期せぬ一連の事態が出来し、私たちは訪日をあきらめざるを得なくなりました。この訪日にどれほどの喜びを覚えていたことか! 活発な討論、知的な出会い、さまざまな交流と協働に、すでに思いをめぐらせていました。
およそ半年前、私たちは国際文化会館の多大な助力を得て、次のように知りました。EU加盟国市民は日本への入国に際し、賃金が発生しないかぎり査証を申請する必要はない、と。用心のため、私たちは在仏日本大使館にも問い合わせましたが、なんら問題はありませんでしたし、完璧でした。

ところが2日前の3月17日(月)、私たちは予期に反して査証申請を求められたのです。査証に関する規則変更があったわけではないにもかかわらずです。私たちはパリの日本大使館に急行し、書類に必要事項をすべて記入し、一式書類(招聘状、イベントプログラム、飛行機チケット)も提示しました。すると翌18日、私たちは1970年代以降のトニの政治的過去と法的地位に関する記録をそれに加えて提出するよう求められたのです。これは遠い昔に遡る膨大な量のイタリア語書類であり、もちろん私たちの手元にもありません。そして、この5年間にトニが訪れた22カ国のどこも、そんな書類を求めたことはありませんでした。

飛行機は、今朝パリを飛び立ち、私たちはパリに残りました。

   2008年3月19日 パリにて。
       ジュディット・ルヴェル/アントニオ・ネグリ

文中にあるように釈放後の5年の間に22カ国を訪れているというそのなかには中国や韓国も含まれていると聞く。グローバル化した世界で知識人・文化人たちの交流を阻む此の国の壁はかほどに厚く高いとあらためて思い知らされ暗澹とさせられる。

予定されたシンポジウムでパネリストとして参加する筈だった東大の姜尚中ら19人の関係諸氏が24日付で、「来日直前にビザ申請などを要求したのは事実上の入国拒否であり、自由の侵害だ」として抗議声明を出した、というのも無理からぬ話だ。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」-21

   真昼の馬のねぶたがほ也   

  おかざきや矢矧の橋のながきかな  杜国

矢矧-やはぎ-

次男曰く、前を日永もきわまると見た、場の付である。「矢矧の橋」は東海道岡崎の西、矢作川の架橋で長さ208間、扶桑第一の長橋とされた。平句とはいえ、初五に「-や」と遣い句留を「かな」と作るなど平句の作法に反するが、それほど長さをもてあます情を誇張し滑稽化して連衆に伝えたかったか。

因みに岡崎は家康の祖父松平清康が居城を構えてより三代、徳川氏発祥の地である。6歳で今川氏の人質となった家康が晴れて岡崎城に戻れたのは14年後、義元の桶狭間敗死によってだった。尾張衆がこういう句を詠んで、神君家康の若き日の望郷の念を含ませぬはずがない。

「やとかなを重用してその如何にも長々しき気分を出せる手段巧を極め、特にながきかなのかなが取って付しように不随にぶら下れるが半ば眠り居る気分によくうつりてまことに妙なり」-樋口功-、と。


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真昼の馬のねぶたがほ也

2008-03-28 16:03:10 | 文化・芸術
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―表象の森― 自然淘汰と自己組織化

このところの陽気で桜前線は一気に北上しているそうな。
昨日、一昨日と、K女の通うピアノ教室の送り迎えに自転車を走らせたが、ちらほらと開花した桜木が不意に眼に飛び込んできては、もうそんな時期かとちょっぴり面喰らったものである。
季節の移ろいはまことに無常にして迅速、無粋者の私などはほのかに忍び寄る気配などほとんど察知していないから、いつも突然の嘱目となって驚かされる羽目となる。
さて今年は宇陀の又兵衛桜でも見に出かけてみようか。

<A thinking reed> S.カウフマン「自己組織化と進化の論理」より

「自己組織化と自然淘汰が生物世界の秩序を生んだ」

ダーウィン以前には、合理主義的形態学者と呼ばれる人々が、種は、ランダムな突然変異と淘汰の結果なんぞではなく、時間の概念を含まない形に関する法則の結果であるという考え方に満足していた。

18世紀、あるいは19世紀において最も優れた生物学者たちは、生き物のもつ形態を比較し、いまも残るリンネの分類学に基づいた階層的なグループにそれらを分類した。

ダーウィンの進化論-ランダムに突然変異したものに作用する自然淘汰説
「進化とは、翼を得た偶然である」-ジャック・モノー
「進化とは、がらくたを寄せ集めて下手にいじくりまわすことである」-フランソワ・ジャコブ

ここには、偶然の出来事、歴史的偶発、除去によるデザイン設計といった概念が含まれている。
深遠な秩序が、大きな、複雑な、そして明らかに乱雑な系で発見されている。
このような創発的な秩序が、生命の起源の背後に存在するばかりではなく、今日生物でみられる多くの秩序の背後にも存在するのではないか。

自然界の秩序の多くは、複雑さの法則により、自発的に形成されたもの-自己組織化-である。
自然淘汰がさらに形を整えて洗練させるという役割を果たすのは、もっとあとになってからのことなのだ。
自己組織化と自然淘汰をともに包含する枠組み-自発的に秩序が生じ、自然淘汰がそれを念入りに作り上げる。
生命とその進化はつねに、自発的秩序と自然淘汰がたがいに受け入れあうことによって成り立ってきたのである。

「創世記‥‥」

19世紀に生まれた二つの系統の概念が合流し、その結果、星が渦巻くこの世界において、われわれは孤立した偶然の存在であるという観念が完成したといえる。

二つの系統とは、一つはダーウィンの理論であり、もう一つはS.カルノーやR.ボルツマン、J.W.ギブスらが構築した熱力学・統計力学である。後者は、一見神秘的な熱力学第二法則-エントロピーの法則-を提供した。

物質代謝や生殖の能力があること、進化できることなどを、われわれは生きている状態に特有の性質と考えている。たがいに相互作用し合い、これらの性質を示すのに十分なほど複雑な初期の分子集団から進化したものの中で、細胞は最も成功を収めたものであるにちがいない。

その一方で、細胞の形成以前に生じた生命体の起源も、まだ生物が存在しなかった世界の化学進化において、最も成功したものである。原子の地球におけるガス雲の中にあった限られた種類の分子から、生命、すなわち自己複製能力のある分子系へとつながっていく、多様な化学物質が作られた。

30億年-地球の年齢の大部分に相当する年月、単細胞生物という生命形態だけが存続した。
8億年ほど前、多細胞生物が出現した。
およそ5億5000万年前、カンブリア紀の「生物種の大爆発」-生物の主要な門のほとんどすべてが、この進化の創造の爆発で作り出された。
2億4500万年前の二畳紀における絶滅の危機-すべての種のうち96%が消えてしまったが、その反動期、多くの新しい種が進化した。

カンブリア紀の上から下へという進化の爆発の方向性と、二畳紀の下から上へと種の多様化が進んだ、その非対称性の不思議。

「最適化」問題-爆発的な多様な種の誕生と絶滅のパターン、生態系と時間の双方にまたがる雪崩的現象は、自己組織的であり、集団的創発現象であり、複雑さの法則の自然な現れであるようにみえる。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」-20

  うれしげに囀る雲雀ちりちりと  

   真昼の馬のねぶたがほ也    野水

次男曰く、さえずるヒバリは揚雲雀、眠たげな貌の馬は俯き。時刻を見定め、春昼気分にも自ずと上下の別があると対にして付けている。二句一章の遣句と云ってよいが、只打添うて取出しているわけけではない。「-馬も-」と作らなかった所以だ。

ヒバリが空でさえずるのも自然の営みなら、春昼それをよそに馬が眠たげにうつむくのも自然の営み、馬耳東風とはまさにこれだわい、と眺めやっている。滑稽のたねに李白の詩句から出た格言を含ませたところがみそだ。

「前句の長閑を眠る馬也、余情に人あり」-秘注-、「東海道を春の好き日に旅するがごとき心地す」-露伴-、「真に暖和の光景を描き尽して居る」-穎原退蔵-などと云っても解にはならぬ、と。


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うれしげに囀る雲雀ちりちりと

2008-03-27 11:21:43 | 文化・芸術
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―世間虚仮― 道路特別財源から省職員の人件費

今日の朝刊、
道路特定財源の一般化をめぐって紛糾、国会は膠着状態のまま、いよいよガソリン税など暫定税率の期限切れを迎えそうだが、そんな渦中に、問題の財源を原資とする道路特会-道路整備特別会計-から関係省職員の人件費に充当されていた額が創設当初より49年間で2.3兆円にのぼる、との報道。
この措置が特別会計法に照らして問題はない、合法だ、と国交省は曰っているのだから、まこと官僚の論理とはわれわれ無辜の民の論理とかけ離れているものだと驚き入る。
現国交省に属する職員約4万人の、その2割に相当する約8000人分の人件費で、06年度で約680億円の支出だともいう。

成程こんな構造だから、頑ななまでに一般財源化を拒絶するのも無理はない、まるで省益の守護神の如く答弁に立つ冬柴国交相の渋面のこわばった表情がまざまざと思い出されもする。
だが、今頃になってこんな事実が表沙汰になるというのは、評論家やマスコミも含め、一体どういう事なのだろう。長年、行革やら財政改革が叫ばれつづけてきたなかで、こんなことは評家諸氏、政治部や国会詰めの記者なら百も承知のことでなければなるまいと思うのだが、本当にこれまで知らなかったとすれば、日々一体なにを追っかけてきたのだろうか、まこと不可解なことこのうえない。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「霽の巻」-19

   五形菫の畠六反      

  うれしげに囀る雲雀ちりちりと  芭蕉

囀-さえず-る、雲雀-ひばり-

次男曰く、二-名残-ノ折入。執筆の正平が実は亭主-重五-の仮の名だとすれば、「五形菫の畠六反」はいっそう興に乗せて読めるだろう。たぶんそうだったらしい、と思わせる芭蕉の作りである。雲雀揚るうらうらとした景を句の表にして、和気藹々とした一座の情を裏に含ませている。

   仏喰たる魚解きけり      芭蕉
  県ふるはな見次郎と仰がれて   重五
   五形菫の畠六反        杜国
  うれしげに囀る雲雀ちりちりと  芭蕉

というはこびは、偶々五吟の順の定法に従ってそうなったまでだが、一巻の見どころを成す。
とりわけ花の綴じ目-初折の折端-に機転の妙手が出ただけにこの移りはいっそう効果的で、芭蕉は重五・杜国の付合に上々機嫌と見える。

諸注、「註に及ばず、其場なり」-秘注-、「五形菫の咲揃ふ野づらの暖なる気色を附たり」-升六-、
「前句をよく味わへば、此句は解を須たずして詩趣現前すべし」-露伴-、
「前句の景気に付しまでにて別意なく、解くまでもなし」-樋口功-、
「前に大魚の奇警に人を驚かした芭蕉は、ここではただ軽い捌きを見せて居る」-穎原退蔵-
などと云うが、果たしてそうか、と。


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