日蓮聖人のご霊跡めぐり

日蓮聖人が生涯をかけて歩まれたご霊跡を、自分の足で少しずつ辿ってゆこうと思います。

鼻まがり石(富士河口湖町小立)

2017-06-08 17:58:01 | 旅行
富士山の麓に、日蓮聖人ゆかりの奇岩があるというので訪問しました!



当日は梅雨入り直前、雨雲が低く垂れこめ、もちろん富士山は見えません・・・


1269年、小松原法難と龍ノ口法難の間の年に、日蓮聖人は富士登山をし、5合目付近で法華経を読誦、書経した法華経を土に埋めたということです。

その前年に蒙古から使節が来て、「属国になるよね~?え?」という書状を置いて行ったこともあり、幕府も混乱していたさなか、日蓮聖人は日本最高峰のお山で国家安泰を祈願したようです。

その場所には現在、八角堂という建物が建っているそうです。
富士山が山開きしたら、是が非でも訪問したいですね~!



富士山から下山した日蓮聖人は、麓の小立村で説法をされたそうです。


その際、既に教化を受けていた28人の村人が、日蓮聖人にお曼荼羅を書いて頂いた場所にある奇岩が「鼻まがり石」です。

なかなか場所がわからず迷ってしまいましたが、この歯医者さんが目印です。
歯医者さんの横の路地を入ってゆきます。
いい名前付けましたね!
耳鼻科だったらマズいですけどね!



おお~!あれが鼻まがり石!!

神様が降りてくる目印になるように注連縄が掛けられています。


28人の村人のために28枚の紙を貼り合わせて、巨大なお曼荼羅をこの岩の上で書かれたそうです。
もともとは普通に切り立って突き出していた岩だったそうですが・・・

書いているうちに、ご本尊の重みで象の鼻のように下に曲がっていってしまったそうです。



日蓮聖人にまつわる逸話の中には、さすがにそれは科学的ではないよな~、と思うものもあります。
ただ、何でも科学的に解決や証明ができなかった時代・・・例えば龍ノ口の奇瑞など、当時の方がどういう思いで伝承してきたかを考えると、まんざら笑うことはできません。
全てを解明することが、人間の心を豊かにするとは決して思えないのです。




鼻まがり石をあとにして歩いていた時に、腰の曲がったおばあちゃんが道ばたの馬頭観音に何かを置いて手を合わせる場面に遭遇しました。

何を置いたかというと・・・

人参でした。
それもヘタの部分がきちんと切られていました。

昔、馬は移動や農耕などを担う家族同然の存在でした。
馬頭観音は、生きている馬の健康祈念と亡くなった馬の供養のために建てられていることが多いそうです。

馬の好物の人参、それも美味しい部分が食べられるようにヘタを切って供養するおばあちゃんの心。

いい場面を見ることができました。

鼻まがり石の功徳ですね!!
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 本庄家(富士河口湖町河口) | トップ | 休息山円教寺(座間市入谷) »
最近の画像もっと見る