日蓮聖人のご霊跡めぐり

日蓮聖人が生涯をかけて歩まれたご霊跡を、自分の足で少しずつ辿ってゆこうと思います。

持名山蓮華寺(富士河口湖町大嵐)

2017-06-18 15:42:18 | 旅行
1282年の初秋、日蓮聖人は住み慣れた身延山を下り、病んだ身を癒すために常陸に向かいました。

身延を発って5日目に河口湖の御師の宿・本庄家(屋号は梅谷)に宿泊しました。

当時の梅谷の主人・采女は教化を受けていましたが、この機会にと、弟を日蓮聖人に会わせました。

采女の弟は、梅谷から見て河口湖の対岸・大嵐にある真言宗寺院の住職をしていた方です。



日蓮聖人と采女の弟は法論をし、結果、法華経に帰依をしました。

日蓮聖人から「日領」の名を授かり、大嵐のお寺も日蓮宗寺院になりました。

「蓮華寺」です。

身延山直末って刻まれてますね。



河口湖とはいえ観光地の賑わいは一切なく、結構な山林の中にあるお寺です。

もともとこのあたりには道者道という修験者の歩く道があったそうですよ。


水が豊富なようで、手水舎の水はかけ流し!!
ホント、じゃぶじゃぶ出ています。



山門です。
蓮華寺は天保の大火でほとんどの建物が焼失してしまい、この山門は宗祖700遠忌に再建されたそうです。



山号は「持名山」です。



この庫裏は梅谷の建物を移築したもののようですよ!



三猿の彫刻!!

日蓮宗のお寺には時々見られます。
「人の欠点は見ない、言わない、聞かないのが良い」的な故事をお猿をモチーフにして表現したものだと思います。
日蓮聖人がピンチの時に何度もお猿が助けてくれたという事も関係あるのかな?

そうそう、御師の梅谷の宿で、こんな護符を頂きました。

富士講の行者の護符として、また行衣のバックプリントとして馴染みのある絵柄のようです。
二匹のお猿が描かれていますが、お猿は古来から「山の神」「神の化身」として礼拝されていたそうですよ。

逗子のお猿畠・法性寺の権現様の話にも通じますね!



おそらくこの蔵は、大火にも耐えた「宝蔵」だと思います。



扉に井桁に橘の宗紋が刻まれています。



本堂です。

江戸時代の再建らしいのですが、渋みのある、とてもいい建築です。
腕の良い大工さんが建てたのでしょう。



木の風合いがいい具合に出ています。



こんな山奥に・・・と思うほど美しい本堂です。
しばらく魅入っちゃいました。



寺紋は丸に梅鉢の紋です。
本庄家の屋号・梅谷と関係ありそうです。



日朝堂です。
現在の身延山を整備した日朝上人をお祀りしていると思われます。

身延山の直末だからかな?



第六天魔王の法塔がありました。

第六天魔王は信者を仏教から遠ざける魔王なんだけど、日蓮宗では、強い信仰を持つ修験者については逆に守ってくれる存在とされているみたい。



日蓮聖人に教化を受け、法華経に帰依した日領上人。

このお寺を他宗から改宗するのは大変な事だったと思います。
それを成し得たのは、納得できる強い信仰があったからでしょう。

古くは修験者の道があった場所でもあり、第六天魔王のご加護があるのでしょうね!



土石流危険の看板も驚きましたが、ここが相模川の上流っていうのにもビックリ!
僕の住む西湘と川を通じてつながっているんですね!

また訪れたいお寺が、ひとつ増えました。
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