ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H28.11.3 甲州道中小原宿

2016-12-31 | 中央線・中央本線(その他)
 甲州街道の相模湖付近は、小原、与瀬、吉野、関野と、妙に宿の間隔が短い。


 11月3日に小原宿本陣祭があったので、何か手がかりがあればと思い、行ってみた。





 これは、国道20号沿いに掲げられた高札を再現したものであるが、「吉野迄」しか書かれていない。隣の宿は小仏と与瀬なのに、なぜ吉野なのか・・・。




 小原本陣から東に歩いて数分のところに小原の郷というところがあり、ここにも小原宿に関する説明が掲げられている。
 甲州街道に関する本にはサラッと「小原宿は片継ぎ宿で・・・」と書かれているが、この図を見て初めて理解できた。
 鉄道に置き換えれば、小原宿は下り便停車、与瀬宿は上り便停車、といったところか。
 なぜ、このような形態になったのかはなぞだが、我田引宿で小原と与瀬で誘致合戦があったのか、あるいは、小原も与瀬も傾斜地で、まとまった敷地が取れなかったからか、それとも何か理由があるのか・・・。


 さて、イベントのひとつ、大名行列が本陣前を通過。


 神奈中バスが大名行列を追い越していくシーンも見られる。


 相模湖の遊覧船は、30年、あるいはそれ以上乗っていない。10年くらい前に、乗ってみようかなと思った記憶があるが、まぁ、いつでも乗れるし、ということで乗らなかった。
 暇つぶしに乗ってみたが、案内放送を聞いていると「桂川、嵐山、小原、与瀬、吉野など、京都に由来する地名から来ているという説がある」「小原は大原、与瀬は八瀬が転じたものと言われている」と。


 相模湖駅の北西にある孫山(子孫山ノ頭)は、嵐山と桂川との位置関係、山容から愛宕山とつけたくなるのだが・・・。