ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H28.9.21(水) 拝島駅の昇降式ホーム柵

2016-09-24 | その他
 国分寺から快速青梅行に乗ったが、目が覚めたら立川駅を出発。
 拝島経由で帰ることにした。


 拝島駅に着き、八高線ホームに行くと、ホーム柵が設置してある(ただし、八王子方面のみ)。

 すっかり忘れていたが、平成27年に設置されたものである。



 昔に比べ、八高線の朝ラッシュは混雑が激しくなってきており、八王子駅の八高線ホームは8時前後になると非常に混んでいる。
 八王子駅にも設置されるといいかも。
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国分寺崖線 ~中央線の路線選定~

2016-09-24 | 中央線・中央本線(その他)
 中央線の新宿~立川間の路線選定の経緯については、諸説あり、となっているようであるが、国分寺崖線はできるだけ避けるべきところとして考慮されていたであろう。
 中央線のルートが今よりもう少し、例えば500mほど南を通していたら、国分寺崖線の崖っぷちを走ったり、崖線と交差するところには高低差を埋めるため、高さ10m程度の盛土が必要になっていたかもしれない。
 それはそれで眺めのいい路線になっていたかもしれない。

 同じように、吉祥寺付近も500mほど南を通していたら、井の頭池の水際あるいは池の上を走っていたかもしれない。

 しかし、おそらく路線選定の際、これらは避けるように考えられたのでは、と想像する。

 さて、そんなことを考えながら、今まで国分寺崖線や、その近くの国分寺にも行ったことがないので、行ってみることにした。


 まずは、国分寺の駅を出て、坂を下り野川流域へ。


 このあたりだと野川はまだ細い川だが、水量は少なくない。


 武蔵国分寺公園ではところどころ、彼岸花が見られた。


 武蔵野の雑木林ってこんなところだったのかなと思いながら国分寺崖線を下ると、お鷹の水が見えてくる。




 ちょろちょろ湧き出す湧水もあるが、ここの湧水量は豊富である。


 すぐそばには真姿の池。



 ここで思った。
 中央線路線選定の際に、高低差のある国分寺崖線は避けたかったであろう。しかし、この程度の高低差であれば、切盛の土木工事は、むかしからの築城技術+αで十分対応できただろう。
 それより、これらの崖線から湧き出る湧水は東京の貴重な水源であり、これらを破壊することは考えられなかったのではないだろうか。すなわち、国分寺崖線の高低差よりも、湧水地の分布が路線選定の際の重要なファクターだったのかも・・・。



 お鷹の道を少し歩くと、「おたカフェ」というお店を見つけた。
 国分寺関係のお土産や軽い食事が出るようだ。

 12時を回っており、少々腹が減ってくる時間だったが、さきに国分寺資料館を見ることにした。


 武蔵の国分寺は国分寺崖線の下に作られていたことがよくわかる。
 安定して水が確保できるいい土地だったのだろう。


 昔の道路マップが掲げられているが、このころの東海道は茨城まで行っていた。
 ふふーん、東海道と常磐線はこの時代は直通していたのか・・・と妄想しつつも、「店屋」=いまの町田だろうか。そうすると、小田急と常磐線の直通はこの時代にもあったのか・・・。
 国分寺と豊嶋の間の「あまぬま」は荻窪近くの「天沼」に相当するのだろうか。

 国分寺資料館は、小さな資料館だったが、意外に面白いものを発見できた。



 国分寺はずいぶんと静かなお寺だった。


 さて、「おたカフェ」でランチをとることにした。
 このネーミングは「オタク」の「カフェ」に思えなくもないが、おそらく「お鷹の道」に由来するのだろう。


 若干、変な組み合わせだが、スープカレーと「武蔵国分寺」というお酒を頂いた。国分寺の酒ということで、正直あまり期待してなかったけど、また飲みたいと思う、おいしい酒だった。

 ランチのあと、国分寺の跡地や殿ヶ谷戸公園を歩いてみた。
 (H28.9.21)

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H28.9.17(土) 釜石線

2016-09-22 | 東北
 盛から三陸鉄道に乗り、釜石へ移動した後、釜石線に乗車した。
 

 JR釜石線のホームから盛~釜石間で乗車した36-703を撮影。
 盛から三陸までツアー客が乗車しており、唐丹までは車内販売も乗車しており、賑やかな車内だった。


 釜石駅には「あすなろ」が来ていた。9月17~19日に「リゾートあすなろ釜石」として盛岡~釜石間で運行された臨時列車だったようだ。


 陸前大橋のΩカーブでまずは下からトラス橋を眺める。


 陸中大橋を通過した後、何本かトンネルを通りぬけ、さきほど通った線路を俯瞰。
 釜石線は5年ぶりの乗車。次回来たときは遠野に泊まろうと思っていたが、今回は通過となってしまった。




 快速は盛岡行だったが、花巻駅で下車。花巻駅の西口に花電車が置いてあると思っていたが、行ってみると勘違いで、カンバンが設置されているのみだった。


 今年(平成28年)は宮沢賢治生誕120年らしい。

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H28.9.17(土) 大船渡線BRT(奇跡の一本松→盛)

2016-09-19 | 東北
 奇跡の一本松バス停からBRTに乗車し盛に向かう。


 陸前高田のバス停は丘の上の、陸前高田ICに近いところに設けられていた。


 小友付近はバス停の前後のみ専用道となっていたが、専用道区間の終点から先、盛方面に向かって専用道の延伸と思われる工事が行われていた。


 下船渡バス停から再び専用道に入り、終点の盛までは専用道を走行する。

 昼飯を食べた後で、うつらうつらしていたので記憶が怪しいが、下船渡バス停の気仙沼方でも専用道の延伸工事をしていたような・・・。
 在来線の線路をはがして、BRT専用道を整備するにはいくらか時間を要するであろう。今後も少しづつ専用道区間が拡大していくのかもしれない。



 盛駅は気仙沼駅と同様に、駅構内にBRT乗り場が設けられ、三陸鉄道と同一ホーム乗換えができるような構造になっていた。




 運がいいと、岩手開発鉄道の貨物列車とBRTがセットで撮影できる。










 JRの盛駅にはNゲージの模型が置いてある。

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陸前高田 奇跡の一本松

2016-09-19 | 東北
 いまから5年ほど前、資料を奇跡の一本松のクリアファイルをしまっている人がいた。
 打合せの中身よりもクリアファイルの写真が妙に気になった私は「これはどこ?」と尋ねたところ、陸前高田ですよ、とのこと。


 4年前、たまたま出張で陸前高田を通りがかった際に、国道45号線から奇跡の一本松を見ることができた。当時、すでに海水の影響で枯れてしまった状態と聞いていたが、その後、保存工事を行っていたらしく、今では陸前高田のシンボルのようになっている。

 普門寺を訪問した後、奇跡の一本松を見に行ってみることにした。


 どういう保存工事を行ったのか不思議だが、レプリカではなさそう。
 ただ、避雷針がついていることだけはわかった。
 それより、震災の爪痕は奇跡の一本松よりも、その後ろにある建物の方が痛々しい。


 海岸では堤防の工事が行われ、旧市街地も途方もない規模で盛土工事が進められていた。







 お昼は一本松茶屋にある岩張楼で海藻たっぷりの岩張楼ラーメンにした。



 もともと陸前高田駅があったところはすでに高く盛土されており、地形は大きく変わっている。
 むかしの陸前高田駅の最寄バス停は、「奇跡の一本松」バス停であり、いまの陸前高田バス停は高台にあるので、注意が必要だ。

(H28.9.17)

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陸前高田 普門寺

2016-09-19 | 東北
 気仙沼駅前の観光案内所で入手した陸前高田の観光パンフを眺め、どこか歴史を感じられるようなところがあれば・・・と思って探したところ、普門寺が目にとまり、まずはここに行ってみることにした。


 BRTの高田病院から10分ほど歩くと、立派な松の木が立つ普門寺の参道にたどり着く。









 サルスベリが見ごろを迎えていた。





 ここの五百羅漢はなんだか見ていて楽しそうな顔が多い。










 ゆっくりしたいところであるが、BRTの時間もあるので、参道を戻ることにした。
(H28.9.17)

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H28.9.17(土) 大船渡線BRT(気仙沼→高田病院)

2016-09-19 | 東北

 気仙沼駅の正面は少々手が加えられ、小奇麗になった。ただ、アーチ構造を裏側から見ると・・・あぁ、なるほど、といったところ(笑)。


 バスの時間まで、少々観察。


 鉄道駅の名残だけど、跨線橋を使う人はあまりいない。


 バス通りは横断歩道のようなマークにした方がわかりやすい気がするけど、もしかして、ここは道路ではない、とか???
 そもそも、ここは道路なのか、あくまで鉄道なのか???


 法的にはどういう位置づけなんだろう。
 誰か調べている人がいるだろうから、まぁ、いいや(笑)


 7時30分発盛行きがやってきた。送込み回送ってところか。





 気仙沼からは専用道を走行し、鹿折唐桑バス停の少し先で国道45号(東浜街道)に入る。
 盛行きは上鹿折には行かず、陸前高田に向かうルートとなっている。

 陸前高田の旧市街に入ると、平野部一帯で盛土工事が行われ、昔の地形がさっぱりわからない状態になりつつあった。



 まずは普門寺に行きたいので、最寄の高田病院バス停まで乗車することにしたが、BRTは普門寺の前を通るにもかかわらず、1㎞くらい走ってようやく停車。
 普門寺の前にバス停あればいいのに・・・。


 気仙沼線BRTも大船渡線BRTも、バス停の間隔が非常に長く、速達性の観点からはいいのだが、ここにバス停があれば多少の利用が見込めるのでは、と思うようなところも多い。
 おそらくいろいろ議論を重ねた上で、いまのような姿になったんだろうけど、あまりお客が多いとは言えない状態なので1~2㎞毎くらいにバス停設けてもいいのでは、という気がする。
 地方の人は1㎞ですら歩くのに抵抗があるかもしれないので、もっと短くした方がいいのかもしれないけど・・・。
 並行している既存の路線バスとの競合といった課題もあるのかもしれないが、長い目で見て中途半端なサービスだとマイカーからの転換は厳しそう。
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H28.9.16(金) 気仙沼散策

2016-09-19 | 東北
 気仙沼は、特段何か目的があるわけではないが、この10年くらいの間に4~5回行っており、若干記憶があいまいなので帰って調べたら、今回で5回目であった。

 1回目は、平成17年1月。大船渡線乗りつぶしが目的で、一ノ関11時25分発の盛行き快速「スーパードラゴン」に乗っており、この時は気仙沼は通過している。

 2回目は平成21年11月。気仙沼線乗りつぶしのため、仙台から小牛田・前谷地経由の気仙沼行きに乗車。
 気仙沼では大島航路に乗っており、「海来」で大島(浦の浜)を往復し、昼飯は気仙沼の港近くのあさひ鮨で「ばっぱ丼」というものを食べたというメモが残っている。
 帰りは、南気仙沼まで歩き、南気仙沼から小牛田行に乗車。柳津でいったん途中下車し、柳津から快速「南三陸」で仙台に戻っている。

 3回目は、震災からしばらく経った平成23年12月。気仙沼ってどうなってしまったんだろうと思い、行ってみた。
 この時は一ノ関9時43分発気仙沼行きに乗り、この時も大島航路に乗ったが、気仙沼の港も大島の港も、打撃を受けたまま時間が止まってしまったような風景であった。

 4回目は平成24年10月であるが、この時は時間の関係で、気仙沼と陸前階上の間のBRTを乗ったのみで引き返した。



 今回、約4年ぶり、5回目の訪問である。
 気仙沼駅からタクシーに乗り、港に向かった。
 津波の被害を受けた港に近づくと、放置された建物もあるが、再建工事もところどころ始まっており、盛土工事も行われていた。
 タクシーの運転士日く「高さ5mの防波堤をつくることになった。もうこの景色も最期。私は反対なんだけど・・・」と残念そうであった。


 港(エースポート)からの湾の景色はけっこう気に入っている景色だが、この景色が見られるのも終わりなのかなと思い、写真を撮っておく。


 今回は「亀山」に乗船。船のチケットと同時にかっぱえびせんも購入。


 震災前は岸壁にびっしりと漁船が並んでいたが、いまはまばらの状態。


 かっぱえびせんを狙って戦闘開始。
 カメラを構えると、かっぱえびせんと勘違いするのか、それともかっぱえびせん出せよと催促するのか、果敢に接近してくるものもおり、少々怖い。


 途中で大島(浦の浜)発、エースポート行きと離合。


 大島と本州を分ける大島瀬戸の両岸では橋台らしき工事が進められている。
 これは、大島にわたる橋の工事だろうか。


 大島に到着したが、路線バスがあるとは知らなかった。


 橋ができるとこのような風景は見られなくなるのだろうけど、それなりに通行量はあるようなので、橋は望まれているのだろう。




 帰りも折り返しの「亀山」に乗船。


 かっぱえびせん狙いで休憩中?

 出港まで根気よく狙っていたようなので、コイツにはかっぱえびせんを食べさせてあげることにした。
 すると、船のどこかに止まっていたほかの部隊も飛行を始めたが、かっぱえびせんは自分の夜食用に取っておくことにしてかばんにしまった。


 湾にはどっくが点在しているが、この船はずんぐりむっくりな体型でおなかいっぱいな感じ。


 晩飯はエースポートから5分ほどで行けそうな「一心」という鮨屋に行ってみることにした。


 エースポートから5分ほど歩いたところで見かけたバス停。
 気仙沼は宮城か岩手かまぎらわしいエリアである。
 それはそうと、「バスのりば」と「停留所」と両者主張。


 「一心」ではこちらを頂いた。
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H28.9.16(金) 気仙沼線BRT(本吉~気仙沼)

2016-09-19 | 東北
 本吉からは13時25分発の気仙沼行きBRTに乗車。本吉からは専用道を走行する。


 トンネルを出ると専用道区間は終わり。


 小金沢、大谷海岸付近は国道45号線(東浜街道)を走行し、陸前階上の手前で専用道に入る。




 陸前階上駅が近づいてきた。気仙沼と陸前階上の間は平成24年10月に乗車しており、ここからは一度乗車したことのある区間になる。


 最知駅は専用道区間であるが、最知駅を過ぎると、国道45号線に入る。


 南気仙沼を出ると、気仙沼線の桁が見えてくる。


 不動の沢からは最後の専用道区間となり、このまま気仙沼駅構内に入っていく。






 気仙沼駅は構内改良されており、BRTと大船渡線が同一ホーム乗換えができるようになっていた。


 大船渡線のレールは途切れていた。



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H28.9.16(金) 気仙沼線BRT(柳津~本吉)

2016-09-19 | 東北

 気仙沼線の柳津駅は7年前に下車したことがあるが、ふたたびここで下車することになろうとは思ってもいなかった。


 柳津駅の気仙沼方は雑草で覆われているがどうやらレールは剥がされているように見えた。


 跨線橋から列車を眺め、


 そして駅前広場のBRTを眺める。


 跨線橋から出発した列車を見送ったが、7年前も同じような写真を撮っている。


 柳津駅には観光案内所が設けられていたが、バス出発までの時間があまりないので、チラっと見ただけでバスに乗り込んだ。


 柳津からは並行する国道45号(東浜街道)を走行する。
 バス停は鉄道駅があったところに設けられているので、路線バスに比べバス停設置間隔が非常に長い。乗っている方は快適だが、この辺にバス停あってもいいのでは・・・と思うところもある。
 いずれ鉄道敷を走る予定でもあるのか、あるいはバス停を設置すると速達性が低下するためか、しかし、もう少しバス停があった方がローカル利用に結びつくのでは・・・と思ったり。



 BRT専用のバス停が設けられた陸前戸倉からは専用道を走行する。


 最初の交換所。信号が設置されている。


 トンネルは思ったより断面が広く、走りにくい感じではなかった。


 所によっては海も見えるところがある。この区間は見覚えのある景色であり、ちょっとうれしい。BRTとは言え、風速計が設置されていた。


 最初の専用道の終点。入口には遮断機が設置されている。ここから志津川地区までは一般道を走行する。



 志津川の旧市街一帯は盛土工事が行われ、むかしの首都圏のニュータウン工事を思わせるような規模で工事が行われている。実際、工事の看板を見ると、UR(都市再生機構)が名を連ねている。


 BRTは、志津川のベイサイドアリーナというところを経由する。初耳でどんなところか知らないが、海辺の観光施設を想像し、そこで途中下車して昼飯でも食えのでは・・・と思っていたが、着いたところは丘の上の新しい市街地だった。付近では現在、南三陸町役場の建設が進められていた。


 BRTの特徴は、来の鉄道ルートから外れた市役所や病院などの拠点地区にも入り込むということが挙げられているが、ベイサイドアリーナはこれに該当するところのようだ。
 BRTが寄り道するのはどの程度になるのかなと思っていたが、そんなにあちこちに寄るルートにはなっていようで、せいぜい大きな町の拠点地区のみのようである。


 志津川、清水浜と一般道を通り、BRTと言うわりに一般道区間が多いなぁと思っていたら、歌津に到着。


 歌津のBRTバス停を出ると急坂を登り、専用道に入る。


 前に気仙沼線に乗った際に、歌津駅のホームは一度降りてみたいものだと思ったが、どうやら、それは無理そうである。


 トンネルを出ると専用道区間はあっけなく終わり、再び国道45号線に戻る。


 陸前小泉付近では、おそらく桁が流出したと思われる気仙沼線の橋りょうが見られた。
 その向こうで新しい道路の建設が進められている。


 本吉に到着し、ここで途中下車することにした。


 かつての本吉駅をバックに、気仙沼に向かって出発するBRTを見送った。






 朝7時台の気仙沼行きは5本。7時30分(土休日運休)の次は7時35分。7時半がピーク時か。


 気仙沼から本吉止りのBRTがやってきた。
 接近すると遮断機が上がる。

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H28.9.16(金) 気仙沼線 のの岳

2016-09-19 | 東北
 金曜日は連休につなげて夏休みを取ったものの、日本全般に天気が悪く、晴れマークが出ているのは東北地方のみ。しかも、18日の日曜日の予報はほぼ全国に雨マークがついているので、金曜・土曜の1泊2日くらいで東北旅行をすることにした。

 気仙沼線BRTは気仙沼市内だけ乗ったことがあるが、柳津からは乗っていないし、大船渡線BRTはまったく乗っていないので、気仙沼・陸前高田あたりに行ってみることにした。

 気仙沼線は平成21年11月に未乗車区間乗りつぶしのために、仙台から気仙沼行きに乗ったことがある。今回はその時以来、約7年ぶりの乗車となる。
 7年前は、前から〔キハ111-113│_│キハ112-113〕_〔キハ110-5(指定席)〕_〔キハ110-238〕というそこそこ長い編成だったが、今回はキハ110-106の単行。

 さて、前から不思議だな、と思っていた「のの岳」という駅名。


 旧北上川のすぐそばで、山なんぞないところになんで山のような名前で、しかも平仮名なのか・・・。
 車内で地図を眺めていたところ、のの岳駅の西方約4㎞のところに「箟岳山」という標高236mの山を見つけた。読み方がわからないので、スマホで検索したところ、これぞ「のの岳」。
 地図を見ればすぐにわかる話だけど、長年のナゾがとけた。


 高い山ではないけれども、平地から見ると、この一帯では目印になる山なのだろう。
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名古屋というところは・・・

2016-09-18 | 静岡、愛知
 8月末か9月1日ころに、名古屋駅からうなぎパイが消えた、というニュースを目にした。

 愛知県のお土産を置くようにしたという情報もあったが、赤福やなが餅は置いてあり、では、三重県のお土産はいったいなんなんだ、という気がした。

 うなぎパイは売上ベスト3には入っていないようだが、これまでうなぎパイに割かれていたスペースからすると、それなりに上位には入っていたのではと思う。
 お土産としてういろうは好みが分かれるし、ちょっと重いし、ビジネス客が職場に手土産、となると、うなぎパイを買う人も多かったのでは、と思う。


 15年ほど前に、数年間、名古屋に勤務したことがあったが、ちょくちょく「名古屋は閉鎖的」という話を聞いたり、本や新聞で見たりした。
 実際、わからんでもない気がしたことも多かった。


 うなぎパイの一件の真相はよく知らない。

 けれども、あぁ、名古屋は不思議な何かがあるところだなぁ、と思った。



 ま、とはいえ、あんかけスパゲティは好きなので、食べた。



 しかし、名古屋でお土産を買う気にはなれず、新幹線の車内でうなぎパイを購入。

(H28.9.4)
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若狭街道 熊川宿

2016-09-18 | 関西、北陸
 昨秋、鯖街道の難所である八丁平~オグロ坂と、針畑越えを歩いた。
 どちらもバスの頻度が少なく、帰りの時間を気にしながらの山歩きとなる上、道がわかりにくく迷ったところもあり、少々ヒヤッとしたときもあったが、旧街道を歩いた満足感は十分であった。
 一方、国道でサラッと通過できる熊川~朽木~梅ノ木~途中~大原を経由する若狭街道ルートは、あまり興味が湧かなかった。
 とりわけ、熊川宿は1時間毎にJRバスが運行されているのでいつでも行けると思って、いつも通過していたが、鯖街道の中の宿場町としては一番大きなところであり、重要伝統的建造物群保存地区にも指定されているようなところなので、見ておきたいところである。
 小浜から近江今津に移動する際に途中下車してみることにした。

 若狭熊川のバス停で下車し、旧街道に入ると、妻籠・馬篭ほどのにぎわいではないものの、宿場町らしい街並みが残っていた。


 まず、山すそのお寺が目にとまったので行ってみることに。


 お寺の名前は得法寺。お寺の門から旧街道を眺めてしばし休息。


 得法寺の少し東の白石神社。毎年5月3日は京都祇園祭を模した山車が巡行するらしい。
 近くにテレビ撮影のクルーがいたので、ささっと通過。


 宿の中を流れる川は水量が豊富。


 お昼は旧逸見家で。
 どちらから?と聞かれたので、八王子と答えると、珍しい、とのこと。観光客の多くは関西の人らしい。まぁ、そうだろう。


 こちらは熊川番所。こじんまりとしたものだった。


 若狭街道=鯖街道ではないのだが(笑)
 若狭街道という名のルートもたくさんあるのだが、名乗ったもの勝ちか。


 お土産はくず湯を購入。
(H28.9.4)
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若狭小浜散策

2016-09-10 | 関西、北陸
 鯖、ぐじを食べたくなり、久しぶりに小浜に行ってみた。




 小浜駅前のタクシーは観光客にわかりやすいデザインになっていた。



 また、市内循環のバスも設定されたようだ。



 街中を歩いていると市役所があり、北陸新幹線の横断幕が掲げられていた。
 以前は若狭(小浜)ルートと書いてあったと思うが、小浜・京都ルートに変わっていた。



 ホテルはせくみ屋にした。せくみ屋に泊まるのは初めて。



 小浜湾が一望できる部屋。こちらは内外海半島。




 
 大島半島の夕景を眺めた後、食事をしに出かけた。



 夕食は小浜駅近くの「はまがわ」で。
 いままで、たいていは焼鯖定食を注文しているけど、今回は、ぐじ定食にした。
 (H28.9.3)
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神田川にかかる淀橋

2016-09-10 | 中央線・中央本線(その他)
 新宿の高層ビル街は、もともと淀橋浄水場だった、というのは小学校4年生の時に習った。

 では、淀橋って橋があったのか?どこにあったのか?ということに頭が回ったのは、それから30年以上経った後。
 ふと、淀橋、って大阪っぽい地名だな・・・と思い、ふと調べてみると、青梅街道の神田川にかかる橋ではないか。

 神田川が東中野で中央線と交差しているのは知っていたが、西新宿の西側を流れているという意識はなかった。



 こちらは橋の北側。奥が新宿副都心。



 こちらは橋の南側。



 青梅街道の西側、中野坂上の方を見上げると、高いビルが何棟か建っていた。
 中野坂上がどんなところか知らなかったが、丸ノ内線、大江戸線が交差して何気に便利なエリアである。

(H28.8.28)
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