ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H22.1.31(日)中央線201系H4・H7編成

2010-01-31 | 中央線201系(H21.8.21~)
【午前の部】
 今朝も、9時半過ぎにトタ区に行ってみた。


△H7編成
 3レーンでお休み中。



△H4編成
 こちらは32レーンで出発準備中。
 出発を見てから浅川へ。


 85レはEH200-19が牽引。


 H4編成は昨日とほぼ同じ時間に通過。

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 北野駅から京王線で高尾に向かう。
 しかし、高尾に着く直前に大岳山が見えたので、高尾山に行くことにした。


 2路線が発着する八王子市内有数の大ターミナル駅!


 時間の節約のため、運行頻度の高いリフトを利用。

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 中央本線を俯瞰。
 雲が何度も通り、設定変更を繰り返したが、通過数分前から安定した。
 大岳山はイマイチくっきり写らないので、編成写真にした。



 中央線のH4・H7編成のすれ違い写真は、狙っても外れることが多々あるが、こちらは間違いなく決まったところですれ違う。
 今日は人出が多く、臨時便が出ていた。


 お昼は、冬そば。
 京王の吊広告に釣られた。

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【午後の部】


 高尾山からの帰りは102(MOMIJI)で下山。
 ちなみに、清滝駅の標高は201m。


 腹がいっぱいになり、午後からは曇りのようなので帰ろうかと思っていたが、高尾駅で201系が見えたので気が変わった。
 山線に入り、線路際を見ていると、どこも人出が多いので、山から撮ることにした。


 ここは晴れていても、雲が出てくることもあり、今日も到着時は曇っていた。
 幸い、通過時刻前に見事な晴天となった。

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 最後は相模湖で。

 
 

H22.1.30(土)中央線201系H4・H7編成

2010-01-30 | 中央線201系(H21.8.21~)
【午前の部】


 9時半過ぎにトタ区に行ってみると、H4編成が「試運転」を表示して出発準備をしていた。


 上り線に向けて出発。


 H4編成を待っていると、いろどりと85レがすれ違った。


 ようやく、試運転を撮れた。
 が、この時間帯は次の写真の場所で撮った方がよかった。
 後の祭り。


△H7編成 89T運用
 H4編成は追いかけず、H7を狙う。

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【午後の部】

 
 
 高尾駅に行くと、H4編成がのびのびと寝ていた。
 

 3番線の電車に乗り込むと、隣のホームの向こうにH4編成が見えた。
 こちらの出発の時間まで201系をゆっくり眺めてられるぞと思ったら、1番線にE233が入ってきて見えなくなってしまった。


 梁川で降りる予定だったが、寝過ごしたので新桂川橋梁で。


 大月からは、所定の時刻で戻ってきた。
 百蔵山をバックに、天空を駆け抜ける。


 鳥沢駅に戻る途中で杉の木発見。


 そろそろ、散布開始か・・・。


 鳥沢の駅前にはこじんまりとした和菓子屋が一軒あるが、鳥沢に来たときは時々寄っている。
 最近、足が遠のいていたので、寄ってみた。


 「扇最中」は売り切れており、今日は「扇の梅林」を。



 あとは家に帰るだけ。
 鳥沢から高尾行きに乗車し、ほとんど寝て過ごす。

 高尾で快速に乗車したが、西八王子駅進入時に、カメラを持った群集が目に留まる。

 ん、何が来るのか?
 寝てる間にH4を追い越したのか?


 八王子駅で待っていると、「通過電車がまいります」との案内放送が流れ、H4編成がやってきた。

 油断して寝るな、ということか・・・。

H22.1.29(金)中央線201系H7編成

2010-01-30 | 中央線201系(H21.8.21~)

△H7編成 87T運用
 朝は神田で迎撃。


 ラッシュ時の輸送を終えるといったんムコ区へ向かう。

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 夜は久しぶりにモハ201に乗って帰宅。


 身近なところに209系が走っているのだが、実は、209系はなくなってしまったと言う感覚を持っている。
 

 新宿行きが到着。

H22.1.28(木)中央線201系H7編成

2010-01-30 | 中央線201系(H21.8.21~)

△H7編成 85T運用
 最近、遠出した日は別として、朝晩、撮る回数が減っている。
 この日は、この一枚だけ。


 201系の30周年記念はなにもないのかと思っていたら、2010年2月1日にひっかけて実施されるとは。
 120周年キャンペーンとかぶらないよう時期をずらしたのか、「201」にこだわったのか。

 H4・H7編成とも、2月上旬からヘッドマークを付けて3月31日まで運行されるようだが、「愛されて30年」キャンペーンをやりつつ、ダイヤ改正後あたりにどちらかが「そして、さようなら」となりやしないか・・・などと考えてしまう。

H22.1.27(水)阪急

2010-01-30 | 関西、北陸

 7時過ぎに阪急梅田へ。
 9号線から新開地行き通勤特急が出発していった。


 次に9号線に入ってきたのは3000系の新開地行き通勤特急。


 電車が到着すると通勤・通学客が吐き出される(宝塚線ホーム)。


 さきほどの3000系の通勤特急に乗車して西に向かう。
 車内はまったく古さを感じさせない。

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 夙川で下車。
 ここ数年ご無沙汰していたが、確かに10連化していた。


 5000(写真左)の顔がこんなになっていたとは・・・。


 大阪方面のホームに行ってみると、なんと成城石井。
 ikariの地盤に進出していたとは・・・。


 甲陽園線ホームの入り口にあった池も鯉もかろうじて残っていたが、味気ない池に
なってしまった。


 甲陽園線ホームはさほど変わっていないようだ。

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 大阪へ、JRで引返す。
 さくら夙川は六甲の山々がよく見える。


 電車接近メロディは開業時と変わらず、コブクロの桜だった。

H22.1.26(火)阪急

2010-01-27 | 関西、北陸
 久しぶりに蛍池経由で大阪へ。


 阪急は、8000系以降はともかく、マルーン一色を基本としてほしい。


 梅田駅9号線で思わぬ編成を発見。
 左が8155、右(三宮方)が7023。


 おっと、元宝塚。


 こういうところが阪急らしくて。

H22.1.25(月)中央線201系H7編成

2010-01-27 | 中央線201系(H21.8.21~)

△H7編成 79T運用
 JRマークがだいぶ痛んできた。

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 日曜に豊田駅の発車時のチャイムが変わったことに気づいた。

 出だしはどこからだったか忘れたが「たき火だ たき火だ 落ち葉たき~」

 曲名が思い出せないのだが、安易に検索しないで思い出してみようと思っているのだが、まだ、思い出せない。

 気になるのは、冬の曲なので、春になったらどうするのかなと・・・。

H22.1.24(日)209系引退後の京浜東北線

2010-01-27 | E233系
 羽田空港到着後、京浜東北線209系の運用を調べてみると、ちょうど、ウラ52編成が南浦和に向かって、最後の運転をしているようだった。

 209系は、短命を宣告されて登場したが、本当に短い間の活躍だった。



 209系引退後の京浜東北線を撮って帰宅した。

H22.1.24(日)青函連絡船八甲田丸

2010-01-27 | 東北
 浅虫温泉でスーパー白鳥を2本撮った後、青森に戻った。

 津軽線の蟹田~三厩間が未乗区間として残っているが、三厩まで行くからには竜飛岬まで行きたい。しかし、そこまで行っている時間はないので、この区間は先送りとした。



 前から行ってみたかった青函連絡船八甲田丸に行ってみることにした。
 船内に入ると、青函連絡船にまつわる資料や写真が展示してある。
 
 面白いグラフがふたつあった。


 ひとつは、青函連絡船の貨物輸送のうつりかわりというグラフ。
 青い線が上り、赤い線が下りであるが、航路が開設されてから昭和50年頃まで一貫して「上り」が「下り」を上回っており、2割くらい上回っている期間もある。
 ところが、昭和50年を境にこの関係が逆転している。
 要因はわからないが、輸送を担う国鉄は状況の急変に翻弄されたんだろうなと思う。


 旅客輸送のうつりかわりのグラフもあった。
 貨物は上下便のアンバランスがあっても不思議ではないが、年単位で見れば、旅客は上下便で大きく変わることはないはずである。

 ところが、昭和20年と、昭和43年頃から48年頃までの間は、上下便でアンバランスが見られる。
 昭和20年の下りが多いのは、終戦によるものだろうか。
 復員して、北海道に帰る、ということだろうか。

 しかし、昭和45年前後の原因はよくわからない。
 単純に考えれば、北海道から人口流出していることになる。
 石炭産業の低迷などありそうだが、これは調べてみないとわからない。

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 青函連絡船には昭和63年1月に十和田丸と羊蹄丸に乗ったことがあり、今回、八甲田丸に入ったのは、当時の客室をもう一度見られればと思ったが、残念ながらこの点は期待はずれ。


 そんな中でもいくつか懐かしいものが見られた。
 ひとつは、乗船名簿の案内。

 
 そして、オレンジカード。
 乗船記念に買ったが、「今、栄光の航跡をきざんでいます・・・・・・」というフレーズが非常に懐かしい。

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 舵を握ってみたが、計器類の多さに目が回った。

 航海シミュレーションゲームのようなものがあったので、何度か挑戦したが、「付近の船に接近しすぎです」「所定の時間より速すぎます」などとコメントが出て、いずれも船長として「失格」と判定されてしまった。

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 車両甲板へ。


 こちらは、自動連結器付き車止め。


 キハ82 101が潜んでいるとは。


 ここから車両を出し入れしていた。
 大変な作業だったんだろうなと思うが、昔のようで昔ではない。
 20年とは微妙な歳月だと思う。


 機関は工場のようだ。


 裏方車両のヒ600。


 先ほど書いたとおり、私が乗った2等座席の客室が見れればと期待したが、それは果たせなかった。
 船の科学館と函館の摩周丸に期待してみることにした。

 
 しかし、こうやって、青森に停泊(もはや動けないが)して、青森駅の歴史をしのぶことができるのはすばらしい。

H22.1.24(日)東北本線を駆け抜けるスーパー白鳥

2010-01-27 | 東北
 今回、東北本線を走る特急を撮っておこうと思っていたが、事前に撮影地の下調べをする時間がなく、車内から撮影地を物色。
 海を入れて撮れそうな所があったので、浅虫温泉で下車。

 陸奥湾から吹き付ける強風にあおられ、列車を待った。
 強風で時刻表のコピーを見るのも難儀した。


 スーパー白鳥1号は、ほぼ予想通りの時間にやってきた。
 しかし、普段、中央線を主に撮っているので、その速さに目が追いつかない。

 10分ほど待てば上りのスーパー白鳥14号が来るので、待機。
 この頃から、寒さで、指の動きが悪くなってきた。


 トンネルから出てきた14号を追う。
 やはり速い。


 普段、連写はしないのだが、寒さで指が瞬時に動かないので、適当にパシャパシャ連写。
 2本ともスーパー白鳥になってしまったが、雪景色の東北本線で撮れて満足。

 さらに30分待つと白鳥3号が撮れるが、海風が寒すぎるので、ここで撤収。

H22.1.24(日)大湊線へ

2010-01-27 | 東北
 この日は6時半頃チェックアウトし、大湊線に乗りに行った。


 7時前、青森駅でDE10-1761+24系客車(6両)を撮る。


 野辺地からはキハ100-202の単行(723D)で大湊へ。

 
 有戸から吹越までの間は海岸際を走る。


 
 下北に来たからには恐山に行ってみたいが、バスが冬季運休であるし、東北本線を走る特急を撮っておきたいので、ただちに野辺地に向かった。
 他にも仏ヶ浦などいってみたい所があるので、下北観光は別の機会に譲ることにした。

 これで、JRの未乗区間は、10路線、729.1kmとなった。

H22.1.23(土)青森駅にて

2010-01-27 | 東北
 本年12月、東北新幹線は、盛岡開業から28年を経て、新青森まで到達する。

 新青森開業後、八戸発着の特急列車の運行形態は変わるだろう。
 青森駅を発着する特別急行列車の写真を撮っておいた。


 弘前発「つがる28号」到着後、最後尾車両の雪落しが始まる。


 ヘッドライトが点灯し、八戸に向けて出発。



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 長いホームの先は青函連絡船のりば。
 かつては連絡船に乗り継ぐ客が走ったらしい。
 ホームの奥の階段は閉鎖されている。


 八戸発「スーパー白鳥19号」が2番線に到着。

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 18時前に1・2番線から出発する看板列車の案内が並ぶ。




 DE10-1762があけぼのを引っ張って1番線に入ってきた。


 到着後DE10は切り離される。


 牽引はEF81-139。


 左は快速深浦行き。

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 夕食は、味噌カレー牛乳ラーメン。
 これはなかなか絶妙。


 軽く、散歩してホテルへ。
 さくら野百貨店を見ると東北の街にいることを実感する。

H22.1.23(土)雪見列車 風っこ3号

2010-01-26 | 東北
 
 五所川原から弘前までは、23日、24日のみ運行される「雪見列車 風っこ3号」に乗車。

 津軽鉄道からの乗り継ぎで、たまたま乗ったのだが、乗車前にホームで記念乗車券、絵はがき、パンフレットを受け取り、得した気分に。
(ホテルで撮影)
 そして、「津軽路」という歌詞プリントもある。
 車内で歌うのか!?!?

 JR版ストーブ列車という売り文句なので、ストーブを見に行くと、演歌歌手風のおばさん(?)と三味線を持った若そうな男性がいるではないか。
 そして数人のスタッフが、マイクの準備などをしており、イベント付きの列車であることに気づいた。

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 列車が動き出すと、秋田支社の女性社員の司会でイベント開始。
 あわせて米と米こうじのみで作ったという甘酒が振舞われる。


 さきほどのおばさん(?)は、高瀬まみという地元のFM局のパーソナリティーをやっている人らしく、彼女の「津軽路」を聞きながらキハ48に揺られる。
 一方、津軽三味線奏者の男性は、その世界では名の知れた人らしく、名前を知ると驚いて近寄っていく客もいた。

 列車は、雪見列車というより、高瀬まみリサイタル列車だったが、ノリのよい津軽路を楽しめた。

 弘前駅に着くと、JRの駅員が10名ほどホームで出迎えていた。
 
 東北新幹線新青森開業プレイベントとして運行された列車だが、青森では12月に向けて、観光客の受入れ準備を整えているようだ。