ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H28.9.16(金) 気仙沼散策

2016-09-19 | 東北
 気仙沼は、特段何か目的があるわけではないが、この10年くらいの間に4~5回行っており、若干記憶があいまいなので帰って調べたら、今回で5回目であった。

 1回目は、平成17年1月。大船渡線乗りつぶしが目的で、一ノ関11時25分発の盛行き快速「スーパードラゴン」に乗っており、この時は気仙沼は通過している。

 2回目は平成21年11月。気仙沼線乗りつぶしのため、仙台から小牛田・前谷地経由の気仙沼行きに乗車。
 気仙沼では大島航路に乗っており、「海来」で大島(浦の浜)を往復し、昼飯は気仙沼の港近くのあさひ鮨で「ばっぱ丼」というものを食べたというメモが残っている。
 帰りは、南気仙沼まで歩き、南気仙沼から小牛田行に乗車。柳津でいったん途中下車し、柳津から快速「南三陸」で仙台に戻っている。

 3回目は、震災からしばらく経った平成23年12月。気仙沼ってどうなってしまったんだろうと思い、行ってみた。
 この時は一ノ関9時43分発気仙沼行きに乗り、この時も大島航路に乗ったが、気仙沼の港も大島の港も、打撃を受けたまま時間が止まってしまったような風景であった。

 4回目は平成24年10月であるが、この時は時間の関係で、気仙沼と陸前階上の間のBRTを乗ったのみで引き返した。



 今回、約4年ぶり、5回目の訪問である。
 気仙沼駅からタクシーに乗り、港に向かった。
 津波の被害を受けた港に近づくと、放置された建物もあるが、再建工事もところどころ始まっており、盛土工事も行われていた。
 タクシーの運転士日く「高さ5mの防波堤をつくることになった。もうこの景色も最期。私は反対なんだけど・・・」と残念そうであった。


 港(エースポート)からの湾の景色はけっこう気に入っている景色だが、この景色が見られるのも終わりなのかなと思い、写真を撮っておく。


 今回は「亀山」に乗船。船のチケットと同時にかっぱえびせんも購入。


 震災前は岸壁にびっしりと漁船が並んでいたが、いまはまばらの状態。


 かっぱえびせんを狙って戦闘開始。
 カメラを構えると、かっぱえびせんと勘違いするのか、それともかっぱえびせん出せよと催促するのか、果敢に接近してくるものもおり、少々怖い。


 途中で大島(浦の浜)発、エースポート行きと離合。


 大島と本州を分ける大島瀬戸の両岸では橋台らしき工事が進められている。
 これは、大島にわたる橋の工事だろうか。


 大島に到着したが、路線バスがあるとは知らなかった。


 橋ができるとこのような風景は見られなくなるのだろうけど、それなりに通行量はあるようなので、橋は望まれているのだろう。




 帰りも折り返しの「亀山」に乗船。


 かっぱえびせん狙いで休憩中?

 出港まで根気よく狙っていたようなので、コイツにはかっぱえびせんを食べさせてあげることにした。
 すると、船のどこかに止まっていたほかの部隊も飛行を始めたが、かっぱえびせんは自分の夜食用に取っておくことにしてかばんにしまった。


 湾にはどっくが点在しているが、この船はずんぐりむっくりな体型でおなかいっぱいな感じ。


 晩飯はエースポートから5分ほどで行けそうな「一心」という鮨屋に行ってみることにした。


 エースポートから5分ほど歩いたところで見かけたバス停。
 気仙沼は宮城か岩手かまぎらわしいエリアである。
 それはそうと、「バスのりば」と「停留所」と両者主張。


 「一心」ではこちらを頂いた。
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