ワンダーランドの日記帳goo

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べっぴんさん11感想

2016-10-14 12:16:42 | テレビ番組
しあわせの形5
紀夫に召集令状が
届いた。
わが子と会う前に。
すみれは出征する紀夫に
小さな裁縫道具を渡した。
服がやぶれたり
ボタンがとれたり
したときに便利だと
すみれは言った。

紀夫は子供の名前について
話した。
男の子だったら
坂東の家を継ぐので
五十八につけてもらって
欲しいという。
しかし、女の子だったら
さくらとつけてほしいといった。

「昔、学生時代、帰省した時
すみれを見たことがある。
子供のころからすみれにあこがれて
いたけど、桜の花びらが舞う中を
あるくすみれをみて
心を奪われた」という。

すみれのように
すみれの母のように
花を咲かす人生を送って
ほしい。
「僕の子を
僕とすみれの子を
しっかりたのみます・・」
「はい・・・」
静かに話し合った。
懐中時計の音が鳴る。

翌朝、紀夫は「いってまいります」と
いって出ていった。
「必ず帰ってこいよ」
五十八がいう。

「はい・・・」
こうして紀夫は出征した。

戦時中の食糧不足で
坂東家の庭は菜園となった。
野菜をここで取った。
子供の服やおしめを
古着からとった。

やがて、紀夫からハガキが来る
ころ、すみれは出産と
なった。

無事に生まれたのは女の子だった。
紀夫の言う通り
さくらと名付けた。

「さくらちゃん・・・
こんにちは・・。」

昭和19年6月すみれは
母になった。

紀夫からのハガキは
「子供は無事に生まれましたか?
お体大事にしてください」
それだけだったので
みんな、あっけにとられた。

だが、戦時中のことである。
粉ミルクがない
すみれは栄養不足でお乳が出ない。
米をすりつぶして白湯でとく。
うまく行くわけがない。
でも、さくらも、おなかがすいて
いる。

あるひ、近所のクリスティーナの
家の庭で育児教室をしている
所を見た。

そこには小野明美が
育児エキスパートで
外人の母親教室を
やっていた。

クリスティーナは
さくらをみて、粉ミルクを
分けてくれた。
もうすぐ帰国するという。
「日本の育児は遅れているので
すみれも、ここで育児方法を
ならったらどう?」と
誘ってくれた。
それを明美がすみれに通訳した。

明美がおしめの付け方を
教えていた。
すみれはそれをじっとみた。
そして、夜になって
おしめを作ってたたんでいると
・・・・
さくらが泣いた。

夏以降、紀夫からの便りは
途絶えていた。

そして、米軍による
本土への無差別爆撃が
行われた。

サイレンのなる中
すみれはさくらを連れて
防空壕に
にげた。
大きなサイレンの音に
さくらは、怖がって
泣いた。
**************
昭和19年ですよね。
まだまだ、このつらさは続き
ますね。
ご近所のクリスティーナは
以前、ゆりと英語で話をして
いた女性で、その時は
妊娠していたけどいまは
育児中のお母さんです。
帰国が決まったという。
それはきっと空襲が始まる
ということだったのでしょう。

戦争中の苦しさはもし、赤ん坊が
いないままだったら、
もう少しは楽だったかも
しれません。
五十八は貴族院議員だから
なんとかできないものかと
思います。

トト姉ちゃんで、多くの女性たちが
言語を絶するほど苦労をしたと
ありましたが、すれみたちは
そのような雰囲気では
ないのでやはりセレブだなと
思いますが、どうでしょうか。
セレブでもこうして、粉ミルクが
ないという苦労をしています。
まだまだあと一年は
続くのですね。
小野明美は結構、しっかりと
仕事をしているらしく
凛々しい感じですが。
あの時、泥棒扱いを
されて、乞食のようにクッキーを
施されて
あの、苦い思いを明美は許さないのでは
と思います。



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