狭間に揺れて

どうか英雄とならぬように。英雄の志を起さぬように力のないわたしをお守りくださいまし。‪‬‬‬‪‬(芥川龍之介)

世情と人情(毎日新聞 2017年6月28日)

2017-06-28 | 虚しきもの(時事・国内)
裁判官の一番欠けたところは、世情と人情に疎いことだろう。

勝手な推測ではない。裁判官を41年間務めた原田国男さんが「裁判の非情と人情」(岩波新書)でそう書いている。

自らを戒め、映画「男はつらいよ」シリーズを見たり、藤沢周平全集や池波正太郎の「鬼平犯科帳」を読んだりしたという。20を超す無罪判決を出した異色の法律家による随筆は、今年の日本エッセイスト・クラブ賞を受けた。

ところで世情と人情に疎い人が、法廷で人間くさいことを口にしたら、それはニュースである。

よく知られるのが2002年2月の東京地裁判決だ。

東急田園都市線の駅ホームで銀行員(当時43歳)が少年たちと口論になった末、暴行を受け、死亡した事件だった。この時の裁判長は主犯格の2人に懲役3年以上5年以下の不定期刑を言い渡した後、語りかけた。

「さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」。

「歌詞だけでも読めば、君たちの反省の言葉がなぜ心を打たないかわかるだろう」。

それはこんな内容だ。

<交通事故で男性を死なせた若者が、男性の妻に少ない給料の中から送金を続ける。「あんたを許さない」と言った妻から7年目に初めて手紙が届いた。

「あなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました。どうぞ送金はやめて下さい」。

若者は償いきれるはずもない妻から返事が来たことが、ただただありがたかった>。

2人の少年は遺族や婚約者に謝罪しながらも「酔っぱらってからんできた」と言い訳も口にしていたという。裁判長は、心の底からの謝罪を促したかったようだ。

判決の言い渡し後のひと言は、刑事訴訟規則で「訓戒」と定められている。新聞などは「説諭」と呼ぶ。

説諭について原田さんは、100人のうちたった1人でも再犯を思いとどまるなら大きな価値があると考えていた、と本で語っている。

原田さんへの賞の贈呈式が26日にあった。あいさつで本の題名は最初、「裁判と人情」だったと明かした。

「私は多くの死刑判決を出してきました。その中には、まだ執行されていない者もいるのです。彼らに『あの裁判官は人に死刑を言い渡しておいて、人情を売りにするのか』と思われるのは、つらかった。だから非情を加えてもらいました」。

世情と人情、その機微にふれた思いがした。
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