2009年
2006年のアーノンクールの日本でのコンサートでは涙が自然と流れた。
ウイーンでのコンサートとか、いろいろ思い出した。
自分も老いたが、彼も老いた。
2003年のウイーン楽友協会ホール(ヴィーン ムジーク フェライン ザアール)のシャキシャキした彼の姿ではなかった。
そして場数を踏んだ彼のバッハは説得力があった。
奇抜なモーツアルトの交響曲のこともあるけれども、、、
グスタフ レオンハルトとの共同作業のバッハンタータ全集の陰干し兼
聴きなおしをやっている。カール リヒター(独アルヒーフ)、フリッツ ヴェルナー(仏エラート)のものと方向性が違う。
アーノンクールは古楽器を使用しているので響きがずいぶん他のものとは違う。
そしてこの全集には楽譜が添付されている。
いずれにしてもこの3人の違った指揮者で聴くバッハのカンタータは音楽の基盤としての価値は時が経ってもなんら色あせることはない。
カンタータ
「心と日々のわざもて」
バッハ カンタータ 第147番
BWV 147
Herz und Mund und Tat und Leben
原詞:S.フランクに基づく
大村恵美子訳詞,東京バッハ合唱団出版局発行
Wohl mir, daß ich Jesum habe,
O wie feste halt ich ihn,
Daß er mir mein Herze labe,
Wenn ich krank und traurig bin.
Jesum hab ich, der mich liebet
Und sich mir zu eigen gibet;
Ach drum laß ich Jesum nicht,
Wenn mir gleich mein Herze bricht.
主は われに います
わが 心の 主
悲しめる ときの
友なる わが イェス
主は われを 愛し
その 身を 賜いぬ
イェス 君の もと
われは 離れじ
(Martin Jahn „Jesu, meiner Seelen Wonne“1661第6節)
日本語版曲名(大村恵美子訳詞,東京バッハ合唱団出版局発行)
東京バッハ合唱団は,1962年の創立以来今日にいたる47年の間に,現存カンタータの半数をこえる120曲ほどを,独唱者やオーケストラとともに上演しつづけてきましたが,これらは,ドイツ各地での公演や外国からの賓客をむかえた記念演奏会に際してなど,わずかな例外をのぞき,原則として日本語歌詞によっておこなわれています.すなわち,われわれにとっての母語によって歌いつづけているのであり,この原則は,カンタータ作品の土台をなす「コラール」の存在理由に通じるものと確信しています.
ニコラウス・アーノンクール(Nikolaus Harnoncourt もしくは Johannes Nicolaus Graf de la Fontaine und d’Harnoncourt-Unverzagt, 1929年12月6日 - )はオーストリアの指揮者、チェロ奏者、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。
ドイツのベルリンで生まれ、グラーツで少年時代を過ごした。ウィーン国立音楽院時代はチェロを専攻、卒業後1952年から1969年までウィーン交響楽団にチェロ奏者として在籍。
ウィーン交響楽団入団の翌年、1953年にはアリス夫人らとともに古楽器オーケストラ「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を立ち上げるも、このオーケストラの演奏会デビューは4年後の1957年に持ち越された。
1960年代からこのオケとの外国公演や録音も始まり、バッハやヘンデルの作品に意欲的に取り組んでいる。その集大成が、古楽復興の一方の雄であるグスタフ・レオンハルトと共同(カンタータ全作品を半数ずつ振り分けた)で作り上げたバッハのカンタータ全集の録音である。この業績によりレオンハルトともども1982年のエラスムス賞を受賞している。
1970年代からはチューリッヒ歌劇場をホームグラウンドとしてオペラにも取り組むようになり、ジャン=ピエール・ポネルが演出したモンテヴェルディとモーツァルトの一連のシリーズで世の注目を浴びた。
1980年代からは古楽オーケストラにとどまらずモダン・オーケストラも指揮するようになり、近年ではベルリン・フィルやウィーン・フィル(2001年および2003年の同団ニューイヤーコンサートを指揮)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団などのクラシック界の保守本流と目される有名オーケストラやヨーロッパ室内管弦楽団への客演が大幅に増え、レパートリーも古楽系のものにとどまらず、バルトークまで振るようになっている。
アーノンクールはグラーツを舞台とする音楽祭、シティリアルテ音楽祭を主催しており、1990年代まではザルツブルク音楽祭にも出演していた。その後同音楽祭への出演はしばらく途絶えていたが、2002年にモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』とブルックナーの交響曲第9番(作曲者の死により未完に終わった第4楽章のフラグメントも解説付きで演奏するという意欲的な試みがなされた)を指揮して復帰を果たす。今後毎年にわたって同音楽祭でのモーツァルトの新演出のオペラを指揮する事が予定されている。
2005年6月、古楽演奏の成果および近代・現代作品の斬新な演奏を称えて京都賞の思想・芸術部門を受賞した。
2006年11月にウィーン・コンツェントゥス・ムジクスおよびウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて再来日し、モーツァルトなどの作品を演奏した。