ちょっと休憩しよ。

この小さな脳みそで抱えられる限りの話題をば。

尊敬する人は誰ですか?

2017年04月19日 | 日記
今日は、ふと思ったことを────────。



尊敬する人は誰ですか?と、若い頃よく聞かれたような気がする。

そして当然のように、両親だとか学校の先生だとか答えていた気がする。

何年も経ってヒネこびてくると、学校の先生も欠点だらけだと知るようになったり、

親は完璧じゃない、一人の人間なのだと分かるようになったりする。

色んなところで、人間について疑問を持つようになる。

誰でもそう簡単に成長できないのだと悲しく悟るようになる。



ところが、親が死ぬと自分もそこそこ年を食っているので、

あの時親はこう思っていたんだなとか、あの行動は間違いだったなとか、

同じ親の立場から色々な事柄がはっきり分かるようになる。

同時に、親と今の自分を比べて、とても敵わないと気がつく。

不思議と、親の死後何年も経っているのにその思いがどんどん強くなる。

そして改めて、親の偉大さをひしひしと実感する。

私の場合、母一人子一人の環境だったので、親とは母のことだが。



最近、子供達と墓の話をしたりする。

そんな話をする自分に笑えたりするのだが、

こちらの気持ちを慮って答える子供達の成長ぶりに驚く。

この前までランドセル背負って夢中で学校行ってた子が、

この前まで難しい顔して勉強してた子が、

この前までお粗末な親の横暴さに振り回されてた子が、

「まあ、そんな事より長生きしてくれる事やな」と、

既に全部を背負う覚悟でいるような言葉を聴くと、私を軽く追い越してしまっているのを知る。



そして、この子供達を育ててくれていたのが母だったなと、ふと思い出す。

私が親なのだから、自分の子供達を育てていたのは私だと思いがちだがそうじゃない。

私達夫婦を見守ると同時に、母は孫達も育てていた………。

成人した子供達が母のことを時折「あの人はすごかったな」と言う。

自分の友達の祖母や近所のお婆さん達を見比べて、つくづく違うと思うらしい。

「あんな神がなんでおかんを産んだんや」と笑うのだが、同感なので怒れない。



でも、母を思う時、尊敬という言葉だけではぴったり当てはまらない気がする。

母とは「いつまでも愛しい人、恋しい人」だ。

母の元に娘として居られたことが感謝でならない。




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