笑う門には*福*来る in巴里

Parisを拠点に活動する舞台俳優Y.Fの楽しい日々を綴っております。

引っ越し

2011年02月08日 | 2011新生活
この度、新しい生活を始める、ということで心機一転、ブログも新調します

↓ブログのお引っ越し

〜笑ウ門ニハ福来ル〜 in 佐渡ヶ島

よろしくお願いします
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佐渡ヶ島へ

2011年01月30日 | 2011新生活
昨日、有兵衛が5月から始めた太鼓の発表会がありました。
助六流のななめ打ちで振りも大きくスピードも早いけど、よく頑張っていました

さてさて、
今日から家探し&職探しの為、佐渡へ行ってきます!!
有兵衛と一緒です

ピトッツィ家の仲間入りをしたカプチーノちゃん(Honda Vamos)に乗って
てくてく行ってきます。

またメールなどなかなかお返事できないと思いますが、
週末には戻る予定ですので、よろしくお願いします。

雪がすごいということなので、
注意せねば


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鼓童文化財団研修所

2011年01月28日 | 和太鼓
10ヶ月に渡る鼓童文化財団研修所での研修を終え、東京に戻りました

鼓童のサイトを見ていただくとわかりますが、
研修所は修行の場です。
夏は起床時間が4時50分。
冬は5時30分。
研修は朝早くから夜遅くまで続きます。

一流の講師の元、太鼓、唄、踊りの稽古を受け、
田んぼ、畑、陶芸、わら細工、竹細工、佐渡の鬼太鼓、などなどに携わる濃い〜日々。
実地研修として鼓童の公演のお手伝いもしました。

下は18歳から最年長の私が33歳の計17人での集団生活。
場所は佐渡市、柿野浦の旧岩首中学校の校舎。

研修所での厳しい日々でも一番辛かったのは
有兵衛と離れ離れの生活。

私も有兵衛も和太鼓のプロを目指してこの研修所を受けたのですが、
私だけが受かりました。

素直には喜べない複雑な心境でしたが、
最終面接時、片方が受かった場合はどうしますか?
という質問に、それでもやりたいです、と答えており、
それを嘘にしない為にもやるしかなかった。

これは私達が乗り越えねばならない試練である、と受け止めたのです。

入所したその日に、プロを目指すにはこの生活を2年続けなければならない。
それは有兵衛と2年間離れ離れで生活するということ・・・
また、もしもメンバーに選ばれたとしても、ツアーの日々。
ということを目の当たりにしました。
そういう状況になってみると、やっぱり私の人生って、まずは有兵衛との生活があって、
その他のことはその上で成り立つんだなって分かってしまい、
当初の2年という目標を1年にしました。

鼓童では、2年の研修の後に選考があってメンバーもしくはスタッフになれるかどうかが決まります。
1年希望というのは鼓童ではない道に進む人の為にも開かれており、
同期にも私以外に2名の男性が別の目的を持って研修生活を送りました。

体力的にも精神的にも苦しく、途中何度も辞めたいと思ったけど、
所長や補佐の方、理事長に励まされ、仲間からの声援もあり、
最後までやり遂げることが出来ました。

携帯は禁止、インターネットも出来ず、
禁酒、禁煙、男女のけじめにも厳しい研修所では、
休みの日だからといって、例え夫婦でも会うことはできません。
それでも許可をもらって10ケ月間の間に3回、たった数時間ですが、
有兵衛と会うことができました。
それ以外は研修所の電話か手紙でのやりとり。

やっと終わって嬉しい反面、10ヶ月苦楽を共にした仲間とのお別れは、涙涙涙でした

文章で表現するのはとても難しい、貴重な貴重な体験です。

これから私のした体験を有兵衛にも伝えたいし、
なんとかみなさんにもお伝えできるようにしていきたいです。

いやぁ長かった〜。
苦しかった〜。

この10ヶ月を通して、今後したいことがクリアになりました。

それは、
有兵衛と共に自給自足に近い生活をし、そんな生活の中から生まれる創作活動をしていく
ということ。

研修所を通して佐渡というとても魅力的な島と出会いました。
佐渡の自然、暮らし、人、文化、芸能、とても魅力的です。

というわけで、今後のAleTyuの拠点は、

なんと、

佐渡ヶ島

戻って来て間もないのですが、明後日から家探しの為にまた行ってきます。

ざざざ〜っと書いてしまいましたが、
少しずつこの10ヶ月間のこと、それから、家さがし、引越し、などについても綴っていきたいと思っています。

メールやmixi、facebookなどで私に連絡をくれたみなさま、必ずお返事しますので、もう少しお待ちください!!

まずは、近況のご報告でした。


11月の末に有兵衛が会いに来てくれた時の写真、ちょっと寂し気ですよね
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いよいよ

2010年04月02日 | 本帰国
日本に戻って2週間強。いよいよ明日からそれぞれの生活が始まります。

フランス生活の後片付け、転入届、健康保険加入、有兵衛の外国人登録書、運転免許証翻訳&書き換え、銀行口座の開設、送金手続き、新生活へ向けての買い出し&準備、などなどやることが山積みでした。有兵衛はアーティスト・イン・レジデンスにも滑り込みで応募。

会おうね!と言っていた友人達と会う余裕もなく、ごめんなさい!!

今後こちらのブログはなかなか更新できなさそうなので、
有兵衛と共に共同のブログ開設を考えたのですが、
せっかくある私たちのAleTyuのサイトを生かしたいと思い、準備しました。

AleTyu 日本上陸

有兵衛も写真のサイトも更新しました。

Alberto PITOZZI

有兵衛と離ればなれになってしまうことが辛くてへこたれそうですが、有兵衛の想いも背負っているので、ふんばってみます
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さよなら、巴里

2010年03月17日 | 本帰国
イタリア滞在10日間を経て、やっと日本に到着。時差ぼけの為、4時に起床。とはいえ、4月から早寝早起き生活が始まるので、このペースを保てたら、とも思っています。

パリを離れる時に心残りだったのは、友人との別れ。

出発前にユカリさんとジャックの家でお食事に呼ばれ、心から別れを惜しんでくれている二人とさよならをする時は本当にさみしくなって涙がほろほろ。翌日たまたま家の近くを通り、やっぱりもう一度と、早速再会してしまいましたが(笑)

荷物を積むのを手伝ってくれたギヨムとミエちゃんが(ありがとう*)いよいよさよなら〜って階段を下りていく姿をみたときも、かなり淋しくなりました。

舞台関係の友人や、和太鼓のみんなとのお別れも。

お隣のヨウコさんや、今まで、何かがあったら集まっていた友人達とこれからは簡単には会えないんだぁって想像がつきません。

皆様、いろいろとお世話になり、本当にありがとうございました。

ご縁のある人たちとは絶対に再会できるはず。
せっかく自分たちのやりたいことに没頭できる毎日が手に入ったのだから、
頑張ろって思っています。

4月からの新生活に向かって準備が山ほどあります。
ちょっとずつクリアしていきたいです。

* * * * * * *

引っ越し直前、はるばるパリまで来た母と叔母とイトコとパリ観光を3日間しました。
出発前にパリの見所を一気にまわれて良かったです◎


エッフェル塔


ご機嫌の有兵衛

* * * * * * *

母達が帰国した翌日にイタリアに向けて出発予定でしたが、
準備が間に合わず1日遅れて出発。


家はがらん

※この家は買い手が見つかりましたが、
もう一つのアパルトマンはそのまま持っていることにしたので、
パリとのご縁も全くもって切れたわけではないのです。

さて、私は有兵衛両親と私達の荷物を積んだワゴンで、
有兵衛はバイク(マルゲリータ)で1000キロの旅。
晴天だったけど、風が強く、とても寒く、有兵衛には相当きつかったはず。
途中休憩を入れて13時間くらいかかりました。


国境越え モンブランはとても美しかった


有兵衛、よく頑張ったー

* * * * * * *

そして、イタリアでは、実家から300キロ離れているアルプスに滞在。



早朝にジョギング(というより早歩き)をし、シャワーを浴び、朝食を食べ、山歩きをする毎日。
強化合宿みたいです。

朝は氷点下15〜20度くらいの中を走り、鼻の中が凍りました。睫毛も。
でもとても乾燥しているし、防寒具がしっかりしているので寒くありません。
パリの方が寒かったくらい(湿気があるから)。


パリまでは750km


一面、雪景色の中をさくさく歩く


有両親から靴の贈りもの

* * * * * * *

まだフランスを離れた、という実感がわかず、これから日本に本帰国したという実感もわかず。次の新居が決まるのがいつになるのか、しかもどこになるのかも全く想像できません。

ただ、もう都会には住まないだろうなぁ。

4月からの新生活では自分たちの身の回りのもののみが必要で、食器類やその他諸々は全てイタリアの実家に置いてきました。ここに根を張っていこうっていう場所が見つかるまで、そこに置いておきます。

ひとまず、疲労がたまってしまった体を整えることを最優先に、
新生活に臨みたいと思います
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