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グレンファークラス 12 : 博士噺「パチンコ新時代の目撃」

2016年04月03日 00時06分01秒 | スコッチ

昨夜は寝てしまったので、今晩酌にミニボトルのグレンファークラス。

初なので楽しみにしていたのだが、香りを嗅ぐと、ツンとくる刺激。

これはあまり美味そうではないなと不安に感じながら口にしてみると、

あぁ、案の定だった。

 

やはりミニボトルは、何年も経つと間違い無く激しく劣化する。

いくらなんでもスコッチシングルモルト12年物が、こんなに風味の無いはずが無い。

でもこの銘柄のミニボトルは簡単には手に入らないから、

ボトルが入手できただけで良しとする。

 


 

先週も爆死。

ちなみに受付番号1の方は知人の分を買ってあげたものだが、そちらも爆死だった。

だが、そちらは三連複なら取れていた。

1,2,3,位が人気通りの順番で来るなんて、そうそう有る事ではない。

 

さてパチンコ回顧。

台に出玉の上限が決められていた頃、打ち止めは素人には至難であった。

但し、唯一、それが狙える方法は有った。

今でも或る程度は通じる手段だが、かつて程の神通力はなくなっているそれとは。

 

新装開店日に並んで、朝一で台を確保する事である。

少なくとも昭和時代は、これでグンと勝率が上がったはずだ。

ワタクシはまだガキだったからそんな常識も持っていなかったのだが、

或る時、朝一で台を取れば良いのを選べるかなと開店前に並ぶ事にした。

 

それがたまたま、新装開店の日だった。

その頃、ワタクシは新装開店という言葉も、その意味も知らない。

ただ開店前に並んで台を確保しようとしただけなのに、その人数の多さに驚いた。

それでもワタクシは結構前の方だったから、おそらく平日だったのだろうと思う。

 

まだガキと言える時分に平日から開店前のパチ屋に並んでいたのだから、

いま考えるとかなりの不良だが、当時の自分としては罪悪感の欠片も無かった。

パチンコは遊びとしか思っていなかったし、年齢制限が有るのも知らなかった。

ワタクシの身長が高くて顔も老け顔だったからか、店から注意された事も無かった。

 

流石にその頃は学校を休んでまではやっていなかったはずだから、春休みとかだったのだろう。

初めて開店前のパチ屋に並んでみて、東京の片田舎の駅前の小さなパチ屋でありながら、

大の大人が朝から五十人は並んでいる図に驚いた。

そして自分は、その先頭10人くらいにはいた。

 

ワタクシの狙っていた台は、お気に入りの、ワニが役物中央部に有るものだった。

ドアが開くと、ワタクシは一目散にそちらへと走った。

あれだけいた人間の誰一人としてワタクシの後には来なかった。

これは選び放題だとほくそ笑んだ。

 

他の皆は、最新台へと群れを成して向かっていた。

それこそ奪い合いという様相で、我先にと鬼気迫る思いだった。

自分が目指す台がすいていて良かったなと、つくづく思った。

だが、ワタクシの狙っていた台は、一向に誰も寄って来なかった。

 

皆が向かっていた台は、ワタクシも名前は知っていた。

その時には、かなり名前が鳴り響いていた台だったが、

ワタクシはその台に全く興味を持っていなかった。

何故ならば、それまでの正村式と一線を画し、球の動きが楽しめない台だったからだ。

 

その名は三共フィーバー。

今にまで至るパチンコ台の長き主流、7が三つ揃えば大当たりという形を作った、

デジパチの元祖も元祖、第一号機であった。

そんな味も素っ気もない物を必死で取り合って馬鹿な連中だと思っていた。

 

ワタクシのいた島は、結局、最後まで人があまり来ず、

ワタクシを含めて、誰もロクに出す事が出来なかった。

おかしいな、新装なのに、なんでこんなに出さないんだろうと怪訝に感じながら、

種銭が切れたので渋々切り上げる事にし、帰り際にフィーバーの島に寄ってみた。

 

お祭り騒ぎだった。

あちらこちらの台がフィーバーを出していて、バケツに次々球を放り込んでいた。

それまで、出玉を溜めておくのは緑のラバー製の入れ物で、

大きいのが約700発、小さいのでその半分の大きさだった。

 

初代フィーバーは、7が3つ(正確には上も含めての4つ)揃えば、

あとは打ち止めまでほぼ一直線という、単純明快な台だった。

だから大当たりするとそれまでの入れ物では入れきれないので、

店によって様々な入れ物を用意していたが、バケツを使っていた店も多かった。

 

700発ほどで一杯になる入れ物に少しずつ球を溜めていた時代に、

バケツにガッポガッポ球をぶち込んでいる図を見た時の衝撃が想像できるだろうか。

打ち止めの球数は、大体の店で3000発、射幸心を煽る店で5000発だったと思う。

700発の箱が二つも並べば得意になっていたワタクシには、驚天動地の図だった。

 

打てたのに。

一目散にフィーバーの島に走っていれば、絶対に席を取れたのにと悔やんだ。

所詮はまだ若く、遊べるか否かなどという感覚は、どこかへ吹き飛んでしまった。

そして、開店の時は新しく入った台以外は打ってはいけないと、遅まきながら学んだ。

ジャンル:
お酒・お茶
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