The Alan Smithy Band

The band is on a mission.

進まないONE PIECE

2012年02月19日 | もとやん氏ブログ
毎度、もとひろです。

僕が月に1、2度のペースで通う整骨院の待合室にONE PIECEが揃っている。
複数の友人に感動する漫画だと聞いていたので、キッチリ読んでみたい気はあった。

昨年末あたりに、おそらく整骨院のスタッフが持ち出したのだろう。
待合室にズラリと並んでおり、あーそうそうと第1巻を手に取り読み始めた。
そして話が深まっていくであろう展開部分(まだ1巻)で、
「藤原さんー」
と呼ばれた。

そして次もチャレンジする。
1ヶ月ほど空いているのでまた始めからおさらいも兼ねて読むと前回と同じところで、
藤原さんー、であった。

ちなみにその部分とは主人公ルフィが大きくなり、海賊として初めて航海に出るところである。

次は、次こそは、と先日その整骨院へ行ってきた。
もう話は分かっている。おさらいも必要なし。さぁと第1巻を手に取るが先か

「藤原さぁんー」 だ!


これは相当な月日を要するなぁと思いながら施術を受けたのだった。
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刻め驚異のビート

2012年02月12日 | ヒデ氏イラストブログ
電車に長い年月乗っている人なら、誰しもが考えるのが自分だけの「ベストルート」だ。
どの車両で乗れば一番乗り換えの階段に近いか、どの道を選択すれば一番スムーズに移動できるか。面白いのがこれが単なる距離の問題ではなく、混み具合や「なぜか自分はこのルートが好き」というような曖昧な感性も交わってくるので人それぞれなのだ。だから電車ネタは尽きない。

ひで氏です。

電車の話だと行きの話が多いが、今日は帰り。
自分の駅に着く電車に乗る時は、上述したようにやはり最終降車駅の出口につながる階段に一番近いところで降りられるよう特定の車両、ドアを狙って乗る。
そして電車が駅に到着すると同時にドアの前に立ち、プシューとドアが開くのをおでこをドアに押しつけながら待つのが正しい作法だ。
余談だがエレベータでこれをやるとドアに顔面を押し付けるあまり目的の階かどうかの確認を忘れ、目的階以外で飛び出すだけでなく外側で待っていた人に頭から突進するという惨劇を招くためお勧めできない。そこからさらにエレベータ内に慌てて戻り突進した相手との目的階までのこの上なく気まずいショートトリップが待っているのだから、なおさらである。

さて話は駅に戻る。
そんなに急いで降りてどうする、と言われればどうしようもないが目的地がある以上(この場合家)、一分一秒でも早く家に帰りたいというごくシンプルな欲求から起こる行動だと思う。
そのほか、いち早く誰もいない階段を降りるのが気持ちいい(この駅は降りる構造)、というのもある。降り切ったときにもう一つある対面の階段からもトップの選手が現れ、表情には出さないもののお互い無意識に改札を出るまで競ってしまうという自然の法則も見逃せない。

今日もまた、ドアから飛び出し階段を下りた。
誰にも踏まれていない階段を下りる。降りるとき私ひで氏が推奨するのは、もちろん「タタン降り」だ。
言葉を知らずとも聞けば「あーあの降り方ね」とわかってもらえると思うが、そう、極小のジャンプを連続してタタンタタンとリズムを刻んで降りる、あれだ。
別に正式名称ではない。しかしどっかでこう呼ぶのを聞いたことがある、ただそれだけのことだが、的確な表現だと思う。

一日の疲れをそれによって散らすかのように、軽快に階段の表面にリズムを刻みつけていく私ひで氏は、次の瞬間自分の目を疑うことになる。
右斜め後方から超高速の「何か」が近づいてきたのだ。

「…パタパタパタパタパタパタパタパタッ!」

極上のドラムロールのような速さのそれと共に私ひで氏を悠然と追い越したのはロングコートを着た男性だった。
ドラムを連想したためか一瞬「も、もとやん?」と思ったが髪がふさふさしているので違う。

パタパタ降りである。

パタパタ降り自体は珍しいものではない。たまに見かけるし、アンチタタン降りの急先鋒としても有名だ。
しかし、これほどの高速パタパタ降法はかつて見たことがない。そのスピードも去ることながら、驚くべきは姿勢の安定感だ。
小刻みに慌ただしく動くのは足首から先のみで、そこから上は微動だにせず階段を舐めるようにスーっと下方向にスライドしていく。
一流のモーグル選手を見たときのような衝撃だった。

「彼」はさらに私をあざ笑うかのように右から追い抜いた後その進路をやや左にスライドさせ、私の真ん前を驚愕のスピードで降りて行った。


完敗だった。
圧倒的なスピードの差。揺るぎのない安定感。迷いのないコース取り。
習得したい、という思うことすら憚られるような、余りの格の違い。

軽快とは程遠くなってしまったマイナーコードのタタン降りで階段を下りきった私ひで氏は、それでも彼以外の他の誰よりもまだ早かった。
しかしそんなことにも最早何の意味も感じない。タタンが何だ。時代はもうパタパタなのだ。ネットで言うならダイヤルアップとブロードバンドワイファイだ。俺は化石だ。もうだめだ。。。


ピンポンピンポンピンポーーーン!


コンコースに鳴り響いた突然のけたたましいサウンドで我に返った私ひで氏が音のした方に目を向けると、
改札ゲートで膝を強打して顔を歪める「彼」の姿があった。


あ、そこはだいぶ下手やったみたい。




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コンビニサービス

2012年02月11日 | もとやん氏ブログ
今日は土曜日、大阪はまったくいい天気です。
ドラムのもとひろです。
久しぶりの投稿です。

この気の使いようには贔屓してしまうというコンビニがある。
阪急沿線に多く、その名はアズナスという。

このコンビニのすべての店舗というわけでないだろうが、
会社近くにあるアズナスのサービスは行き届いているというか、
少しの気配りが抜群に僕を含めた消費者をうならせている。

例えば、ホットコーヒーのカンをレジに持っていくと、
ピッっとバーコードを読み取る際に、
「あ、こちらあまり温かくないので、温かいのと替えてきます。」
と小走りで替えに行ってくれたりする。
まぁ仕事中にちょびちょび飲もうと、どうせぬるくなるんやし良かれと思って
選んだのだが、この対応が何かうれしくなる。

会社の同僚が、これもまたカンの話だが
凹んだカンを持っていった際に
「すみません、凹みに気付かず陳列したまま申し訳ございません。」
と替えてくれたそうだ。
しかしきょうびのコンビニでこんな接客するとこがあるのか?
しかもレジに人が並んでいる忙しい時にでも、並んでいる人に不快感を与えず
テキパキと対応してくれるのだ。

極めつけは、会社近くのある居酒屋で飲んでて
帰ろうと出たときに、コートの背中部分が広範囲に汚れていた。
同僚が指摘してくれ、居酒屋に戻って濡れたふきんでも借りればよかったのだが、
終電間際ということもあり少しほろ酔い気分だったので、コートを脱いで駅に向かった。
だが寒い。このままでは厳しいなと思っていると前方にアズナスがドーンと光り輝いていた。  

あそこなら!
迷わず店に入りレジに向かっって店員に
「ナプキンありますか?」
と言ってしまった。もう僕の中ではウェットティッシュのつもりだったのだが、
店員はこちらですと女性用の陳列してるとこへ誘導した。

そらそやわ、僕の言い方が悪かった。
「いや、すみません、じつはコートの後ろが汚れていて、、、」
「あ、少々お待ちください。」と
レジ後ろのスタッフルームから、いわゆる飲食店で使われる薄手のキッチンダスターを
濡らして持ってきてくれたのだ。
それがまた汚れが落ちる落ちる!

礼を言ってこのまま帰るのは悪いと、
ここで女性用ナプキンを買って帰るのが基本かと迷ったが
缶コーヒーを購入してアズナスを後にした。

いやしかし、良い店である。
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開幕前の最高に楽しみな前哨戦、ソムリエ!

2012年02月07日 | ASB活動日誌
3月17日土のライブ、まだまだ先のような気がして早いものでもうあと1ヶ月と10日。。。まだ長いか。
そんな中、その1週間前にあの!ひで氏+田中賢氏のカバーライブが決定しました。
場所は、ソムリエです。

毎回やる度に本人たちも驚きの成長を見せるこの、まだ名も無いユニット、それでも4度目のライブです。
その曲をやるか。。。!という当人たちの願望むき出しの選曲、そしてあまりに気持ちよさそうに演奏し歌うその姿が密かに好評のカバーライブ。

ぜひ。ぜひ聞きに来てください。
動画は昨年9月、ハウリンバーでの1曲。

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2012年3月10日(土) 京橋ソムリエ ひで氏x田中賢 カバーライブ
コンビネーションの妙でここまで音楽は違って聞こえるものかという大好評カバーライブ。
美味しいお酒と共に、60-80年代のカバー中心にピアノとボーカルというシンプルな構成でお届けする贅沢且つ特別な一夜です。
※ご予約いただいた方から優先的にお席の手配をさせていただきます。

樫本英之+田中賢
OPEN 19:30 / START 20:30ごろ
ライブチャージ500円

【アクセス】
大阪府大阪市都島区東野田町3-6-8
06-6357-9609
JR・京阪京橋駅より徒歩300m


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黒いメッセージ

2012年02月05日 | ASB活動日誌
もう早くも少し前の話になってしまったが、正月のある日。
ヨウジ氏宅でおせちを食べていた我々に降り掛かった謎の事件。

餅を焼いて、そろそろ仕上がる頃かと一人でヨウジ氏宅のトースター付近へ。
するとふと異変に気付いた。
異変と言っても、機能そのものの故障などではない。
背面の壁に黒いシミが見える。過去に見た記憶はないシミである。
目を凝らして見る為にトースターの上に乗っていたものをどけてみた。

昔の本宮ひろし、いや宮下あきらの漫画に出てくる様なブラシで飛ばしたような黒いシミ。
ぶしゃあッ!という擬態語がいかにも似あいそうな感じだ。

まず濡れたタオルで拭いてみるが、かなり強い汚れだ。
しかも壁紙の微妙な細かい凹凸のせいで、拭けば拭く程汚れが壁に浸透して取れなくなっていくような感じの汚れだ。

次に気付いたのはトースターの天板。
ここにも同じ様な宮下あきらデザインの黒しぶきが確認された。

この時点でようやく事の異常さに気付きヨウジ氏を呼ぶが、
ギターを弾きながら近づいて来たヨウジ氏は壁紙のシミを確認するも「これはこういうプログレなデザインの壁紙だったように思う」
と取り合わない。ではトースターの天板にも同じシミがあるのはおかしいではないかと言うと
「それもそういう天板デザインのトースターだったと思う」となす術が無い。

これは自分で解明するしかないと思い、
そうだ、上に置いていたもの、と自分がどけたモノを振り返る。
すると文房具がたんまりささったカップのようなものがこんな状態に。


ここにも「あきらスプラッシュ」が。。。
このカップ、天板、そして壁の3点のあきらスプラッシュから判断するに何か小爆発があったとしか思えない。
しかしその割に何の音も聞こえなかった。

除光液を借りてこのカップのあきらはかなり綺麗に取れた。
まず思ったのは、インクである。カップに入っていたすべてのペンを確認するが、どれも無傷。
考えてみればカップの外側に汚れはついているのだから、内側のペンが影響しているはずもない。
それでも人間というものは不思議なもので、インクの元になるペンが大量に入ったカップとその外側の汚れを見せられると、
カップに穴があいているのではないかとか、しつこく考えてしまう。

ようやくあきらめ、要因は外側にあると切り替える。
壁のシミをまず発見した時にトースターの天板からどけたのは何か他にもあったはずだ。
周りを見ても、他にも何もない。慌てていたのと、人の家だったということで記憶も曖昧だ。

な、なんなんだ。。。

と途方に暮れそうになったその時、
全くの明後日方向にあった別のペン立てに気付いた。

このその下の方に、小さなあきらスプラッシュがあった。


あ。。。!
見ると思い出す、自分の行動。モノをどけながら、「うわ〜壁になんかすごいシミついてる〜」と思うと同時にこのもう一つのペン立てを持ちつつ歩き回り、全く離れた別のところにそれを置いたのだ。我ながらひどい記憶力に情けなくなる。

そしてこのペン立ては網目仕様である。ここだ。。。!
がさっとペンを抜き出すと、意外にもペンは全て無傷。しかし底にコロンと転がっていたモノを発見した。
それは、ペンの「詰め替え用インク」。

餅を焼くという相当な高温作業、そしてその天板に置かれていた編目のペン立て。
それでもささっていたのがペンだけなら無傷だっただろう。しかし、底に潜んでいた詰め替え用インク、そのボディは樹脂製だ。
これまでもトースターが使われるたび阿鼻叫喚の如き熱地獄に耐えて来た彼も、この正月についに暴発。
それでも正月である事に気を使ってか、全く音を立てず、人知れず散るというあまりにストイックかつサイレンスな最後。
しかし残したしぶきだけは、ペン+網というまさに漫画家が血しぶきを描く時の道具そのままの状況を利用して、情熱たっぷりに壁にしぶきをまき散らしながらその役目を最大に果たし終えたのだ。

トースターの上にペン立てを置くと言うソリッドな感性もさることながら、
全ての謎が解けた達成感と、このインクの強烈なダイイングメッセージに感動すら覚えヨウジ氏に事の顛末を説明するとヨウジ氏、


「いや、やっぱりそれにしてもその壁紙はそういうデザインやった思うわ」


あかんわ、この人。






















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弾丸列車シン

2012年01月31日 | ASB活動日誌
日本が誇る高速鉄道、新幹線。その存在感は圧倒的だ。
特に日本を訪れる外国人にとっての新幹線乗車はそれだけでかなり話題の種になるようだ。
関係ないがテレビかなんかで「日本で最も有名な曲はなーんだ」というクイズの答えが新幹線車内で駅に到着する前に流れる「タン タン タン タタン」というあの音楽だったことがある。ああいう聞き方はやめて欲しい。
あと更に関係ないが「麻雀の実力こそが個人の頭の良さを表している」という一連のあの表現もやめて欲しい。

ひで氏です。

所謂アメリカ番外編になるのだが、滞在中のミッションで仲間になったあるアメリカ人を交えての酒の席のことだ。
そのアメリカ人T氏の息子は日本に住んでいたことがあり、T氏はその息子を訪ねて一度日本に来た事がある、と言う。
その話の席に居た日本人は私ひで氏一人で、あとの2、3人はいずれもアメリカ人だった。

最初は、そういう名前の男性の話だと思った。

頻繁に出てくる「Shin=シン」という謎の男。
しかし使われ方がおかしい。そのうちに、文脈の中でそれがヤツの事だとわかった。

新幹線。

しかし普通、この手の会話だと圧倒的に「あれはなんという名前だったかな。。」と正式名を聞かれることが多い。
シン、という一部分を覚えているのならなおさらこの展開になりそうなものだ。
もしくは、日本名に関心がなく外国人がよく言う"Bullet Train" が会話を通して使わたりする。弾丸列車。これはこれでかっこいい。

そのどちらでもない本件においてT氏は全くもって自然にこの「シン」という言葉を新幹線に対して使い続けた。
またその内容は、新幹線がサービス、速度、フォルム、発着駅、すべての面においていかに印象的だったかという話なので恐るべき回数の「シン」を聞くことになったのである。シンはとにかくすごかった、早いし、シンの中のサービスがまた凄い。そしてシンのボディ。これがまたクールで写真を撮りまくった、と。。。

ここまで自信満々に言われるともしかしてアメリカでは「シン」と普通に呼ぶことになっているのかと疑ってしまうくらいだがどうもそういう事実はないように思う。そして本人にも何の迷いもないため、日本語ネイティブである私ひで氏に確認してくることもない。周りのアメリカ人はそもそも新幹線のことをほぼ知らないので、うんうんと聞いている。

「ジャッカルの日」という映画がある。

私ひで氏は成人してしばらくするまでずっとこの映画を「ジャッカルの目」だと思っていた。
大人になるまでに数々の気付きの瞬間や、ありとあらゆるハードルを超えて来たのは奇跡だとすら思う。むしろ気付きたくなかったぐらいだ。

ここで盛り上がっている話を止めてT氏に敢えて「T、それはシンじゃなくてシンカンセンだよ」と言うことにどれほどの意味があるのだろう。会話を運ぶ上での支障はほぼ無いといっていい。懸念があるとすれば、T氏が将来何らかの形でこの「シン」によって意思疎通が出来ない場面が起こり、その時に恥をかく、もしくは本人が自発的に正式名称を発見しこの会話を回想し赤面する、というようなことだ。その恥や赤面の度合いによっては「なぜあのときヒデは直してくれなかったのか。。。」と不可解に思い彼にとっての暗い記憶になるかもしれない。

間違っているならはっきり言ってあげるのが親切心というものだ、という正論はわかる。
しかし私はこの時の空気を大切にしたかった。そう言うといい人みたいだが、私における「ジャッカルの目」であるこの「シン」を私の手で摘み取りたくなかった、という思いがなかったと言えば嘘になる。

深刻な間違いなら私でも修正するが、内容が内容である。別にシン、でいいではないか。
そもそもなんとキャッチーで、覚えやすい名前だ。Shinkansenは、長すぎる。なんだったらこの小さなほころびが大きな渦を呼び、いつの日か外国人観光客向け媒体に「シン」の文字が踊れば面白い。

永遠に続いて欲しいなどとは思わないけれど、気付いてもなんだか笑えるこの愛しい間違いがこんなに想い出深いことになるなら、それはそれですごくいい。

だから言葉が好きだ。













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今季開幕戦決定!

2012年01月29日 | ASB活動日誌
大変長らくお待たせしました、アランスミシーバンド2012年の開幕戦日時が決定しました。

第1戦目は、それでもまだ少し先ですが、3月17日(土)南堀江Knaveです。
まだ詳細は出ていませんが、開幕戦に相応しいライブになりそうです。

そして第2戦も続けて決定!
コチラは4月22日(日)難波、ArtYardという無限の可能性を秘めたアート空間です。

まだ詳細は決まってないのでお伝えできるのは日程だけですが、
カレンダーブロックすべし!

最近はスタジオにこもってリハーサルに注力しているアランスミシーバンド。
もちろん、新曲もお届けすることになるかと思います。

寝て待て!

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有田さんと林田さん

2012年01月18日 | ASB活動日誌
朝、私ひで氏は毎朝ほぼ同じ電車に乗る。そして乗り換えの時も同じルートを辿る。
私の乗る大阪の地下鉄の、C線からM線に乗り換える時の距離が結構あるのだが、通勤を経験している人はほとんどそうだと思うが皆自分なりの最短ルートを持っている。余談だが主要駅に時折貼ってある「乗車位置案内」(乗り換えの位置や各駅までの所要時間はもちろん、扉の開閉サイド情報まで書いてあるヤツ)はすごすぎる。あれはザ日本という感じがする。

さて私の場合。C線からM線に乗り換えるこの駅は大きな駅なので、乗り換え先のM線の乗り場に行く為のルートがいくつもある。
ほとんどの人がエスカレータのあるルートに行くのだがこういうとき出来るだけ人が少ない方を好む私ひで氏は一番マイナーなルートを通る。
そのルートは階段のち短めのエスカレータを通るのだが、上がり切った所で最終ストレートが約50メートルほど伸びており、その50メートルを歩く眼下には乗り換え先のホームが並行に走っている。50m歩く間にいくつか降りるポイントがあるので、階下の状況を見ながら電車が来れば必要に応じて降りる事が出来るというなかなか華麗な道順である。

そのストレート50mの途中左手に、ベンチがある。

かれこれもう半年以上、ここに毎朝同じ中年女性二人が座っている。年の頃、50代後半といったところか。
遠くから近づいてくる、いや正確には自分が近づいて行ってるのだが、見るとずーっと何かを話している。
朝の何時からそこに座っているのかはわからないが、すっかり落ち着いて話し込んでいる様子だ。それが毎日。

自然と名前がついた。片方の細身で早口の女性はきっと有田さん、そしてもう一人のおっとりとした女性は林田さん、だと思う。いやそうあって欲しい。
それが私のイメージだからだ。

会話をリードしているらしいのは常に有田さんだ。
林田さんは聞き上手。

彼女達の横を私ひで氏が通るのはせいぜい1秒か。
朝の1秒、平日毎日聞き凝らしてもわずか5秒分の言葉。
いつしか私はこの1秒に全身全霊をかけて耳に入ってくる言葉を拾う習慣がついてしまった。

とりわけこの3日間、いつもに増して神経を研ぎすまし聞く事にした。
連続で聞こえた言葉をつなげてみれば、あるいは、彼女達がこれほど長期に渡って情熱的に話すそのヒントを感じることができるかもしれない。
毎日違う話をしていれば意味もないかもしれない、でもそれは同様に、すべて繋がっている可能性もあるということだ。

そこで拾った言葉がこれだった。

「恭平ちゃんはあそこまではしたらあかんかった。。。」

「バイクの音が余りにもうるさい言うてご主人が。。。」

「なんぼ綺麗や言うたかてわからへんやん整形してることかてあるわけやんか。。。」


推測するに

「いい年にもなって親戚の恭平ちゃんは身も固めず未だに愛車のハーレーダビッドソンを住宅地の中で空ぶかし。あまりの騒音に耐えかねたお隣の木島さんのご主人がたまらず抗議のため訪問。しかしそのとき恭平ちゃんはツーリングに出る直前。怒り心頭の木島さんに対してそれは申し訳ない事をしたと謝る恭平ちゃんの横でサイドカーに乗ってジッとたたずんでいた仲間と思われる人が不意に立ち上がりヘルメットを脱ぐと現れたのは長髪の美人。美人にジッと見つめられ拍子抜けしてしまった木島さんは「ま、まぁ、ハーレーやから」と否定とも肯定ともつかぬ意味不明の捨て台詞をして家に帰るなり奥さんに、隣りのハーレーのあいつがえらい美人を連れとったと妻に報告。妻は、美人を見た途端文句も言えず戻って来た骨抜きの夫のふがいなさを電話で友達の有田さんに報告。有田さんはいくら美人でも整形美人かもしれない、そのヘルメットから長髪がふぁさっと出たのが重要だったのだ、だから今度ご主人帰ってくるときあんたも食卓でヘルメットかぶって座っとき、とアドバイスした」

という話を林田さんに語っていたのだと思う。

だから。。。だ。そら毎日聞きたいわ。

こんな話をされたら確かに続きが気になって仕方がない。翌日仕事に疲れて帰って来た木島さんが「おい、メシ」とリビングのドアを開けたときフルフェイスのヘルメットを被った妻が間接照明の下たたずんでいたら戦慄するだろう。

いつしか自分も有田さんの話術にはまっていたのだ。。。。!

そして今日、同じようにこのストレート50mにさしかかったとき、

なんとそこには二人の姿はなく、代わりに20代の女性が二人座って話していた。熱っぽく語っていた。
ついにSFに突入したのかと思うぐらい、まるで40年前の二人を見るようだった。

何か繋がりがあるような気がしてやはり聞き耳を立てて横切った。

「会った事なくても、申請してる時点で友達は友達やんか。。。」

と聞こえた。

若くなった有田さんは、ソーシャルネットワークにはまっているようだ。

若かりし頃の林田さんも、いつもと同じ様にうんうんと頷いていた。


何か安心して、私はM線のホームに降りて行った。



















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ただいまです。

2012年01月17日 | ASB活動日誌
あまりにぽっかりと穴の空いてしまった、ASBブログ。
どうしたんだ!?と思われた方もいたかと思います。実際、そんな声も聞きました。
音沙汰がないなーと思ってくれていた方、ごめんなさい。

実は私ひで氏、正月を過ぎたすぐの頃、本当に心に穴の空く様な、人生における大きな大きな喪失がありました。
しばらくはブログはおろか、PCや携帯のメールを見るのも億劫な状況を過ごしました。

それでもやはりそんな時、身を持って体感したのが家族や友人の支えです。月並みですが。
駆けつけた幼馴染みに救われ、学生時代の親友の顔を見た時には、それまで張りつめていた糸がプツりと切れはらはらと泣いてしまいました。

そしてしばらくして、バンドというもう一つのファミリーに戻って音を出した時には、本当にバンドやっててよかったと思いました。
Counting Black Sheep、蛍、Good Advice。。。やる曲やる曲、最高に気持ちよかった。

それに思わぬ変化も起きました。
これまで進まなかったある曲や、なんとなく止まってた曲達が動き出しました。
心境の変化によるものか、曲が動く。とても不思議。
長い間川の流れの中でどこかに挟まって止まっていた枝が、グラりと動いて流れに乗ったような感じ。

この変化がどう出るのかわかりませんが、アランスミシーは新曲に取り組んでいます。
またみんなとの距離を近くに感じながら心を込めた曲をお届け出来ると思います。
ライブはまだ決まってませんが、もちろんいいライブを提供できるよう頭をひねりながら日々考えています。ご安心を。

みんなやや気を遣ってくれて入った、1月のあるスタジオセッションの日。
やたらとこちらに背中を向けようとするもとやん氏。
見ると、なんと肩からかけていた鞄が12月の「ASBクリスマス会」にて行われた
「絶対にもらいたくないプレゼント大交換会」でもとやん氏がゲットした「ハンティング風ノンブランド合皮バッグ」でした。

「あーこれ、使わせてもらってんねん、ちょっと小さいけど」というもとやんのその鞄からは、ドラムスティックがあり得ないくらいはみ出していたのです。


全員腹を抱えて笑い、私ひで氏は久方ぶりに「あ、この事ブログに書こ」と思ったのです。



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Finally I met you

2012年01月02日 | ASB活動日誌
前回までのあらすじ:ついにホテルに到達するもシャワーを浴びる事も出来ぬままその日のミッションを敢行したひで氏。戻ってから発見した室内プールでトランス状態に陥り、誰もいないのを良い事にまさかの全裸でジャグジー入り。恍惚の癒し時間を楽しむのも束の間、プールのドアに人影がよぎった!ひで氏またもや絶体絶命のアメリカ編最終章!

人間、本当に慌てた時と言うのはあたふたするというより息を殺してその場でフリーズしてしまうのだ、と思った。

ひで氏です。
あけましておめでとうございます。

天国から地獄。
もしこの人影が室内に入って来て、プールでなくこのジャグジーに向かって来たら、正直対応策が頭に浮かばない。

ものすごいリアルな下半身を描いた水着を履いているのだと言い張るか。
高速で動き回り裸でない事を装うか。
とにかくガン見で話し続け決して下半身に目を逸らさせないか。

どれも無理がある。多分一番現実的なのは、居直る。これしかない。
えー知らんの、このやり方?という方式だ。
覚悟を決めたその時、ドアが開いた。

入って来たのは若いアメリカ人らしき青年だった。
1歩、2歩と中を見渡しながら入ってくる。そして私ひで氏に向かってこう言った。

「ここはジムじゃないの?」

息を呑み平静を装いながら聞いたので、一瞬状況を理解できなかった。
しかしTシャツに短パン姿、片手に小さなタオルを持つ彼の姿を見てはっと思い出した。
そうか。彼は隣りにあるフィットネスルームと間違えて入って来たのだ。

彼の目線からするとジャグジーに悠々と入っている上半身しか見えてないであろう私ひで氏は、
それまでの半泣きの心の状態を見せる事なく堂々と「それは隣りさ、あっははは」という感じで微動だにせず答えた。
そして彼はありがとうと言うとジムの方に消えて行った。

緊張の糸が一気に弛緩し、そこがジャグジーでなければ床に崩れ落ちたのではないかと言うほど力が抜けた。
逆に言うとジャグジーだったからふわーっと浮いたぐらい。

この後、同じ危機が襲ってくる可能性があるはずなのに、何故か「もう二度と人は来ない」という確信めいたものがあり、焦る事もなくゆっくりと体をジャグジーにたゆたわせ心置きなく体を温めたあと、部屋に戻り安眠を貪ったのであった。

そしてこの夜、歴史が動いた。

あ、じゃなくて、何かが動いた。きっと。そう、体の中で。


翌朝、トイレに立って用を足すと一瞬、ピリッという電気の様な刺激を感じた。
あいた、と思わず声を出し目を下に向けてみると米粒のようなものが便器の中に沈んでいた。

すぐにそれが石だと思えなかったのは、最後の最後、出る瞬間の痛みというのはこんなものではないという妙な思い込みがあったからだ。
しかし現実には、小便と一緒に排出される時は尿管ではなく尿道すなわちもう最終フェーズであり、多少個人差はあるにせよ、なんといってもそこに行くまでの背中の激痛が一番辛かったのである。

身近にお箸というものが無いことで、そうだここはアメリカだということを実感し、
よくホテルに置いてあるペン一本でなんとか引きずりだそうとするがいくらトライしても上のほうまで来たところでバランスを崩しするすると落ちて行く。
しかしよくよく考えると自分の尿の中に沈んでいるだけではないか、昔は尿を飲むのだって流行ったくらいじゃあないかと開き直り、
手を突っ込んで拾った。キレイに洗えば何の問題もない。

いざ手に取ってみると石は思った以上にずっと小さく、しかし鋭利にところどころが尖っている。
この小ささであの激痛を引き起こすことを考えると、尿管の細さに驚くと同時に、それでも破れたりしない頑強さ、果ては人体の神秘にまで思いを馳せてしまう。

体も心なしか軽くなったような気分で支度をし今日のミッション遂行のためホテルの外に出る。
この日の気温はマイナス15度。この極寒の地で、まさか出来るとは思っていなかった「ゆっくりお湯に浸かること」をした翌朝に出たという皮肉めいたコントラストには運命めいたものを感じる。

思い起こせば今回、ピンチの時には石の痛みに悩まされる事はなかった。
出発前、医師は、もう出たと思って行くしかないだろうと言った。
その思い込みがそうさせたのか、それとも石が状況を見かねて沈黙を貫いたのか。

出て来ても石は決して真実を語ることはなかった。
だがこの奇縁を心に刻みつけるため、私ひで氏はこの日うっすらと美しく地面を覆った雪に石を埋めた。












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