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ニューヨーク 6 自由の女神

2010-10-05 06:02:30 | アメリカ

日が前後するかな?

フェリーに乗って、自由の女神を見に行く。

スタテン島まで20分!

船の上で、スペインから来たおじさんなどと、ワイワイしゃべる。

水上から見るマンハッタンは美しい。

この像の機増派、アメリカの独立戦争のとき、同盟国だったフランスが両国の友好関係を、

もう1度よびさまそうという目的で1860年代に発案された。

当時の最新のテクノロジーが駆市使され、

内部の枠組みの構造は、

これも有名な塔、エッフェルが参加。

後ろはこうなってるんですよ

楽しかったニューヨーク

5番街とかセントラルパークもいっぱい歩いて、

大好きになったニューヨーク。早くまたいきたいなあ。

次はロスにとびます

 

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ニューヨーク 5 ツインタワー

2010-09-09 08:26:09 | アメリカ

相変わらず楽しいニューヨーク

だいたい私は年も考えず、このアイドルポーズをしている事に気付く

最近、スポーツジムで、アイドルダンスというのを、友達と受け始めた。

結局私の基本の動きは、アイドルダンスだったのだ・・・

さて、ツインタワーに上る。

この写真は、ブログであっても、載せてはいけないのでしょうか?

実はこのとき、まだ腰痛が完治していなかった。

この屋上についたとき、何と腰が抜けてしまったのだ!

高いところは全然大丈夫だから、やっぱり腰痛だ。

写真もピンボケ・・・

何とか夜景も撮り・・・

ブルックリン橋の反対側、当時大流行だった田村さんのドラマのお店に行ったら!

すっかり治って元気になりました

身体も単純

今度は、自由の女神にいきます

 

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ニューヨーク 4 自然史博物館

2010-08-26 14:23:42 | アメリカ

随分、あいてしまったけど、ニューヨークです(笑)

と、いうか娘のマンガです(笑)

’よしこライオン’の恐竜偏。

いつも娘は、私と話していて、ネタを見つけると速攻で書きだす。

私は、娘からいわすと、ネタの宝庫らしく

それをきいた瞬間、一気に書きだす。

その完成を、わくわくして待つ私・・・

そして出来あがりを1番喜ぶのも私・・・(ホント変な親子ね

赤ちゃんコンサートもゴキゲンな1枚を描いてくれた。

もうすぐⅠのブログにUPしますね!

何も考えず、適当に進めてるこのⅢのブログ、

これを機会に、また時々かきます

 

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ニューヨーク 3 自然史博物館

2010-06-27 07:09:07 | アメリカ

今、ニューヨークにいったら、まずメトロポリタン美術館へいって、

3日位いるだろうなあ(笑)

今、ニューヨークにはフェルメールが7枚あるから、

これも絶対観たい。

このときは、ガイド完璧だった友人もびっくり。

なぜかメトロポリタン、休館していたのだ。

私はアムステルダム行った時も、ゴッホ美術館改装中

でもいいのだ。また行けると思っていたら、本当にいけるのだ。

この日は夜近くに、近代美術館いって、モネの『睡蓮』やゴッホの『星月夜』をみた。

という事で、セントラルパークを楽しんで、歩いて、

私たちがやってきたのは、ここです、自然史博物館(アメリカ博物館)!

中世のお城のような建物。

中には、私の大好きなコーナーがいっぱい

2階の「アフリカの動物」 がぜん元気に写真を撮ってもらう私。

目はキンキンだ(笑)

ここには、世界最大の563カラットのスター・オブ・インディアなどの宝石類も

展示してある。

何といってもうれしかったのが、『化石セット』

これは速攻で買ってしまった(笑)

これはのちに、男の子の生徒さんにあげてしまうのだが、

ブランド品の店にバスが到着(ツアーだからあるのだ!)

でも、友人はバッグやワインなどしっかり買いこんでいたが、

まったく興味がなく、私はただ店内を「へー、こんなにあるんだ」と感心しただけで、

終わってしまった。

 

最大のお楽しみ!世界一凶暴肉食恐竜(これが、肉食 の正しい使い方 笑)

ティラノザウルス

このころって、日本でも恐竜ブームってなくて、

確か小さいとき『原始少年 りゅう』というアニメをTVでやっていて、

大好きすぎて、毎日のように恐竜の夢を見てた私・・・

(今でも時々見る。何とティラノの背中にのって歩いているのだ願望かしら

大学生の時、新宿駅南口に『世界最大の草食恐竜、ブラキオザウルスが新宿に!』

というイベントがあり、大きなテントが1カ月、新宿駅南口に設営してあった。

音大生の友達を何人か誘ったが、誰もいってくれず(笑)

1人ではりきっていったのだ。

ブラキオザウルスは、静かに新宿にたたずんでいた。

私は、骨の1部を、じいーっとさわってきた。

こういうとき、何ともいえない感動が走る。

何億年も前の化石が、自分の目の前にあるのだ。

 

続きはまた次回!

娘の書いてる傑作まんが『よしこライオン』も!

 

 

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ニューヨーク 2 エンパイア・ステート・ビル

2010-06-17 09:54:47 | アメリカ

これは、ホテルの前?

なんか洋服いつも一緒ねもってってない

このツアーはおのぼりさんツアーなので、おなじみのところばっかりですよ。

エンパイア・ステイト・ビルって、1920年代、アメリカの最高の好況時代に計画され、

続く大不況時代に建設、

1931年に完成。

着工からわずか19カ月という超突貫工事、

以前は世界最高の高さだったんだよね

てっぺんにいくと、少し風にゆらぐ?

でも高いところ大好きな私はどこでも大丈夫です。

アメリカの技術革新時代の見事な成果。

この屋上にいると、ニューヨークの街のパワーがぐんぐん伝わってくる。

このパワーがすごかった。

東京では感じられない。

この気というか下からぐんぐん来るエネルギーで、

私はニューヨークが大好きになった。

アメリカ編、まだまだ続きます!お楽しみに

 

 

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ニューヨーク 1 

2010-06-05 14:52:05 | アメリカ

アメリカ編、今日からスタート!

この旅行は、大学の同級生の女の子と2人で行ったツアー旅行。

でも、各地で自由行動だったので、コースはお決まりでも、結構自由だった

これは、エンパイアステートビルの屋上から見た、この年のニューヨーク。

下からぐんぐんエネルギーがわいてくる感じで、

ものすごくニューヨークが好きになった。

3泊したホテルは、エンパイアステートビルをすぐ横に見れるビジネスホテルのような

こじんまりしたホテル。

どこでもそうだが、旅行中も関係なく食欲旺盛な私

1日目の朝食、わりとさっぱりした感じのホテルのレストランで、

周りは、ほとんどが出張らしきビジネスマンのおじさんたち。

日本人は私たちだけ。ツアーの人ってどこにいたんだろ?

ブレッドバイキング?直径15センチほどの丸い甘いパンが、

いろんな種類、食べ放題!だったので、

おいしい、おいしいといつものようにバクバク食べ、

最後に紅茶をおかわりしようとした時、

おじさんの一人が近づいてきて、

「君は、このフロアーで、1番ちっちゃいのに、1番良く食べたよ!

Japanese girlは強いなあ!」

これは次の日の昼の写真。

そのとき、フロアーにいたおじさんたちは、全員、わっはっはと大笑いになり、

私は、でへへとちびまるこちゃん状態

こんなことは、旅行でよくあります。

イタリアのシエナに2カ月滞在してたときのこと、

ある暑い真昼時、ぶらっと一人立ち寄った可愛いお土産屋さんでの出来事。

お店にいたお客さんは皆、イタリア人で、

全員が、「日本人は大勢でバスでおしかけて、お店ごと占領し、

すごい短い時間に買い物をしまくり、

大騒ぎであっという間にいなくなる」といっていたので、

それが大嫌いな私は「そうだ、そうだ、ジャポネはそうだ」といっしょにしばらくイタリア語でわーわー言ってたら、

「ところであなたジャポネ?」といわれ、

うなづくと、また皆そこで大笑い

本当に、日本でも外国でも、こういう事が良く起こります(笑)

写真は、エンパイアステートビルのエレベーターの入口。

楽しい旅は、ここから始まったのでした。

 

アメリカ編、まだまだ続きます!お楽しみに

 

 

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オランダで生まれたゴッホ 3

2008-12-23 06:32:05 | オランダ

 

                  

ゴッホの少年時代のエピソードは、あまり多くない。

少年時代のフィンセントは、特に美術的天分があったとは考えられないらしいが、

上の素描は、フィンセントが11歳のときに描いた素描。

私から見るとすごいなあと、おもってしまう。

これは、母親の影響が大きかったらしい。

       

ゴッホの母、アンナは、自然を愛し、その愛を刺繍や素描に表現したらしい。

資料に、母アンナの1844年に描いた花の素描があった。

それが上の1枚。

フィンセントの素描は、おそらく本を見ながら、鉛筆で模写したようだが、

母親の影響が、すごく大きかったと思われる。

        

ちなみに、これは、これも天才画家ピカソの11歳の時の素描。

ピカソの描く絵は、最初から完成されていて、未熟なところが全くないという。

ピカソは、言葉を覚える前に絵を描いて、意志を伝え、

最初に口にしたのは「鉛筆」という言葉だったらしい!

ピカソの父親は、学校で絵画を教えていた画家で、

物心ついたピカソは、いつも父親の真似をして、

絵を描き続けていた。

         

うえは、14歳の時のバルセロナの美術学校での作品。

もう彼のスタイルは、この時期、完成されていて、名画の条件にあてはまってくる。

小学校でも、ピカソ少年は、授業中も絵を描き続け、

算数やアルファベットには興味も示さず、教科書の余白は、絵で埋め尽くされていた!

でもそこですばらしいのが両親。

「勉強しなさい」とは一言もいわず、

父親も自分を超えたと確信したとたん、

専門的な先生につけ、自分の絵具と絵筆をピカソに与え、

自分は絵を描くことをやめてしまった。すばらしい!

こうして天才は造られるのだ!

 

ピカソのエピソードがあったので、それてしまいましたが、

全く違う少年時代を送ったゴッホ、

内気で引っ込み思案だった少年、

家に帰ると、弟や妹達と外で遊び、芸術的片鱗も見せなかった。

彼のその後にどんな変化があり、そして、あの名作を残していったのか?

いよいよゴッホはフランスに自分を求めて旅立ちます。

また年明けの時間のあるときに、続けていきますね

 

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オランダで生まれたゴッホ 2

2008-10-07 05:54:39 | オランダ

                  

16歳で学校を離れたゴッホは、伯父さんの世話で、ハーグで、画商の仕事につき、

後にロンドンまでいくのだが、徐々に精神にも異常のきざしがあったらしく、仕事も

手につかず、23歳で失業。

24歳でアムステルダムで牧師になる勉強、

25歳でベルギーのブリュッセルで福音伝道学校に入学。

でも、あまりに聖書の言葉を教条的に守りすぎ、罷免。

9ヶ月にわたり放浪生活をしたのち、画家になる決心をして、

27歳になって、ゴッホはようやく描き始めるのだ!

上のスケッチは、弟のテオに書いた手紙の中に、

文と一緒に描かれているもの。

       

自分の技術とスタイルを完成させるために、

彼は基本的に独学であらゆる習練を積み、

前回の「じゃがいもを食べる人々」を制作する。

少年時代は、果たして本当に美的天分は発揮されていなかったのか?

って調べてみたらありました!

次回は貴重な11歳のヴィンセントが描いた素描!お楽しみに

 

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オランダで生まれたゴッホ 1

2008-09-23 05:45:44 | オランダ

 

  

フィンセント・ファン・ゴッホは1853年3月30日、

オランダ南部、ベルギーとの国境に近いフロート・ズンデルトという村に生まれました。

37歳という短い激動の人生を送ったゴッホの原点は、オランダ。

上の絵は、1885年に描かれた《じゃがいもを食べる人々》

あの鮮やかな、ゴッホの色彩とは、全く別物の、暗い土色の絵・・・

当時のゴッホは、独学で、

農夫や労働者の人生の気高い姿を描こうと、ひたむきにその道を歩んでいました。

                

13歳のフィンセント。少年時代のフィンセントは、とてもかわいい子供だった。

彼は、鳥の巣や昆虫を集めることが好きで、

新しい遊びを考えるのも得意。

4年間、寄宿学校で生活しますが、その時には後年の芸術的才能の片鱗さえも

見せなかった。

でも、この憂鬱なまなざしが、人目をひきます。

 

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オランダで困ったこと

2008-07-29 05:51:18 | オランダ

オランダで困ったことは・・・

外で食事をしているとき、皆、小声だ!

レストランに入って、メニューを決め、さーて食べるかというときも、

食事の最中も、

皆、下をかがむ感じで、ボソボソと小声でしゃべる。

別に困ったわけでもないけど、最初はびっくり!

やっぱり北の国の特徴なんだろうか?

2週間後にイタリアに行ったら、どのテーブルでも、

ワーワー大きな声で、しゃべるし、歌うし!

という感じで、私はものすごく楽だった(笑)

オランダは大好きだったけど、しゃべる声は大きい方が好きだったなあ(笑)

 

もう1つ、オランダ人に限らず、ドイツにいったときも感じたこと。

皆、ものすごく背が・・・高い!

日本人ですもの、そう思うのは当然。

でもドイツの時は、夫が、変な話ですけど

「トイレの高さが、高い!」とぼやいていたし、

私も実際、手洗いの鏡に、顔が半分しか映らなかった(笑)

オランダにはいったのは6月、

そのあとイタリアで2ヶ月だったので、夏服ばっかり持っていったら、

これが寒い!あわてて街でジャケットを探したんだけど、

サイズが大きいのばっかり!(色も結構地味)

自分のサイズに合うのを見つけるのに、すごく時間がかかったのでした。

やっぱりイタリアにいったら、ピッコロ(小さい)サイズの服がすぐ見つかり、

といっても、オランダで1枚、イタリアで1枚だけ買った私です。

 

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