わたしんちの医学革命と雑多な情報

「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて

part3健康への脅迫 その2(世界医薬産業の犯罪より)

2017年03月07日 | 世界医薬産業の犯罪
ウェブ魚拓 世界医薬産業の犯罪 より

 

PART3 健康への脅迫 

基本原理は「利益」●APと『タイム』に抹殺されたニュース●独自の考えの抑圧●アメリカは最高の医療環境に恵まれている癌で生計を立てる人々

 

以下転載ーーーーーーーーーーーー

 

基本原理は「利益」

ヒューストン=ナルの記事以前にも、『罪なきものの虐殺』の中で指摘したように、医学エスタブリッシュメントの基本原理は、国民の健康ではなく自分たちの利益である。もちろん医学の世界に限らずどんな職業でもそうであるように、医師の中にも知的で良心的な人はいるだろう。しかし大勢として、医学界は利益のために動いていると言っていいのである。彼ら医師の思考回路が、医学校で最初の生物学の講義を受けた日から、間違った方向に向いてしまったのは、医師個人の責任ではない。当時、彼らには選択の余地などなかったし、ましてや現在、支配者として君臨する医学シンジケートの構造を変革するなどという選択はあり得ないのだろう。
ここでもう一度、さきのヒューストン=ナル・リポートを引用してみよう。

ACSとNCIは「癌戦争」プロジェクトの目玉商品として、二八万人の女性を対象とする乳癌の集団検診を共催した。悪名高きX線乳房撮影(マンモグラフィー)である。医師たちのさも親切げな微笑や楽観的な説明にのせられて、いけにえの小羊たちは科学という名の祭壇で、発癌のリスクを高めるとされているX線に我が身を晒したのである。
しかも重点は五〇歳以上の女性におかれていた。この年齢層はX線による発癌の危険性がきわめて高いのである……。
ACSの開くセミナーは、言ってみれば春のファッションショウである。医学記者や科学記者に、多額の研究費の行方を華々しく披露しておこうというわけである。現実には、その大金は失敗以外の何も生み出していないのであるが。このショウではいつも必ずひとつやふたつの「大発見」が発表される。
これが、うまい具合にちょうど寄付金募集の頃に発表され、その上、みごとに科学記者会議の時期とぴったり重なっているのである。この華やかな年間行事を見ると、科学記者というものが、報道よりも宣伝に関わっているということがよく分かる。彼らは医学エスタブリッシュメントの利益の増大の片棒を担いでいるのである。
国民はこの時期、科学記者の書く膨大な量の「癌研究さらに前進」なる記事を集中的に読まされることになる。彼らの癌意識は高まり、はかない偽りの希望を持たされて、不毛な癌研究への攻撃の矛先は鈍る。この辺りでACSの資金集めのエンジンがかかる。
すぐそこまで来ている勝利までもう一歩!という歌い文句につられた何百万人という人々からの小切手が、ACSのもとに殺到するのである。確かに「すぐそこ」――地平線のすぐ向こうまで来ているに違いないが、一九一三年にACSが「緊急臨時団体」として発足して以来、ずっとそこに留まったままなのである……。
医学エスタブリッシュメントが地平線目指して走らせている純金製癌研究馬車の用心棒をつとめるのが、体制派科学記者たちなのである。彼らは決して、代替療法などについて報道しない……。
一九六四年、一人のロンドンの医師が、外科手術は癌を根絶するよりも癌の成長を促す可能性の方が大きいと発表した。その年以来、外科手術による切除とその痛みに果敢にも反対してきた多くの癌専門医たちの研究の理論的帰結がガーソン式食餌療法である。ガーソン以前の医師たちも、癌が全身の病気であり、適切な食事が、癌と戦う体を助ける、との見解を持っていた……。
一九世紀の癌治療医で、外科手術に反対した人々の多くが、適切な食事の持つ治癒力を認識していたという事実は注目に値する。
しかし一方で、いわゆる公的医学が、このような栄養学的アプローチに対し、露骨な嫌悪を示して、いずれはにせ医者の烙印を押されるに違いないと考えていたのも事実なのである。
マックス・ガーソンへの攻撃は執拗に繰り返された。もっとも激しい攻撃は身近な仲間からのものだった。
それでも彼はニューヨークの診療所でかなりの年月、頑張った。癌患者は彼の診療所に最後の望みを託してやってきた。そしてその患者の癌が治ると――事実、多くの場合治った。以前の担当医は、その患者が確かに癌であったということを示すカルテを処分してしまうことさえあった。

一九四六年、上院は、癌の予防と治療研究用の予算承認のための公聴会にガーソンを招いた。
彼は五人の治癒患者の病歴を紹介し、委員会のメンバーに大きな感銘を与えた。この時の二二七ページに及ぶ記録(公文書八九四七一号)は、今では連邦印刷局の古文書の中に埋もれてほこりをかぶっている。
この記録の閲覧を申し込んだある新聞記者は「コピーは一部も残っておりません」との素っ気ない応待を受けた。この公聴会の五年後、とうとうガーソンは、ニューヨーク内のすべての病院での医療行為が許されなくなってしまった。今ではすっかりお馴じみになった「抹殺」の犠牲者になったのである。新しい療法の考案者は杜会的に完全に孤立させられ、医学雑誌に論文を発表させでもらえない。どこかで何とか発表したとしても「非科学的」と一言のもとに切り捨てられる。これが抹殺である。
この間にも切除手術や放射線治療を受け、墓場へと急ぐ犠牲者はどんどん増えた。「あれ以上手の尽くしようはなかった」というのがエスタブリッシユメント側の医者の決まり文句だった。
犠牲者は検査も済ませ、支払いも済ませ、お決まりの苦痛と死への一方通行の道をひたすら辿った。

一九五九年、ガーソンは死んだ。アルベルト・シュバイツァーの妻の結核を治した医師、しかし公的医学界からはまったくかえりみられることのなかったガーソンを、シュバイツァーはこう悼んだ――彼を知り、彼の価値を知る我々は、今日この医学の天才に哀悼の意を表する。
医学界の弾圧を受けてきたさまざまな治療法の詳細な説明の後に、ヒューストンとナルはこう書く。

科学の世界では、革新に対しては、信じ難いような弾圧が、これまでも常にあったのは確かだろう。しかし、第二次大戦後、強大な権力をもつ石油化学工業の抬頭に伴って、弾圧の激しさは一段とエスカレートした。

●APと『タイム』に抹殺されたニュース

一九六〇年代から七〇年代にかけて、化学療法は癌治療の新しい希望としてマスコミでももてはやされていた。薬品の副作用の恐ろしさや、その発癌性、致命性についてはほとんど触れられることはなかった。
七三年、NCIの細胞化学部部長ディーン・バーク博士が当時のNCI所長フランク・ラウシャー博士に宛てて公開状を出したことは本書の「ヒューストン=ナル・リポート」で触れた通りである。その中で、バーク博士は、従来の抗癌剤は事実上そのすべてに発癌性があるということがNCI自身の研究によって発見されたと告発している。
APと『タイム』の一般ニュース担当の編集長は当初、このニュースの報道に非常に乗り気だった。ところが医学科学担当の編集長がこれを握りつぶしてしまった。
なぜ、APのごとき大通信社や『タイム』のような有力雑誌がこの種のニュースを抹殺するのかという事情については後述する。

●独自の考えの抑圧

今日、医師たちは、医学界という威圧的なシステムの中で、常に上層部の意向を気にし、独自の考えを抑えながら仕事をせざるを得ない。医師たちは他の何を差しおいても検査を行なう。彼らの診療は、ひたすら防衛的であり、良い診療をしようという積極性がまったくない。彼らは独自の判断で新しい学説を取り入れることを恐れ、どうひいき目に見ても非科学的としか言いようのないやり方でお茶を濁しているのである。
CAST(農業科学技術協議会)、IFT(食品技術研究所)というふたつの半官半民「非営利」団体がある。CASTの場合を見ると、その運営は、加盟メンバーからその規模に応じて年会費を五〇〇〇ドルかそれ以上を徴収して成り立っている。現在のところ、ダウケミカル、モンサント、ホフマン・ラロシュその他九四社からの会費がCASTの収入の半分を占める
非営利とはいえ食品工業、化学工業の営利第一主義の影響をもろに受けたこのような団体が、アメリカ国民のための「食事プログラム」なるものを作り上げ、現在のような問題の多い食習慣を国民の間に定着させてきたのである。その上、発癌性食品添加物の問題では、これを過小評価し、国民に誤った意識を植えつけてきたのもこれらの団体である。ヒューストン=ナル・リポートは、CASTのような団体の実態の暴露を試みた全国規模の報道が、これまでまったくなかったことに気づかせてくれる。

●アメリカは最高の医療環境に恵まれている

ヒューストン=ナル・リポートは続く。

ACS(アメリカ対癌協会)は、ジェーン・プロディという『ニューヨーク・タイムズ』の敏腕科学記者に対し非常に好意的である。プロディは 九七七年、ACSの副所長アーサー・ホレブ博士と共著で『癌との闘いには勝てる』を出版しており、さらに同年、彼女のいささか感情的にすぎると思われる化学療法礼賛記事「癌との薬戦争」に賞を与えた。「卓越したコミュニケーション」というのがその受賞理由だった。
一方で、やはり科学記者で「アメリカ・ジャーナリスト作家協会」の会長をつとめるパット・マクグラディ・ジュニアーが、西ドイツ・ボンのヤンカークリニックで成功した癌に対するビタミンA.酵素療法についての記事を書いた。
この記事は一部ではアメリカ・ジャーナリズムの古典とさえ絶賛されているにもかかわらず、五年間もあちこちの雑誌から掲載を断られ続けた末、ようやく『エスクァイア』に拾われたのだった。なぜ断られたのか?パットはこう言う。「雑誌社がACSにお伺いを立てたからなんです。私の原稿を見せて『これどうでしょうか』と尋ねたわけです。するとACSはあっさりとこう言ったんでしょうね。『アメリカじゃ、もっと水準の高い医療環境に恵まれてるんですよ。外国でのことなんて役に立たないんじゃないですか。ボツにしましょう』とかね」。
彼女の父、バトリック・マクグラディ・シニアーは、かつて、ACSの方針に反旗を翻してACSを辞職した人物である。そのマクグラディ・シニアーはこう語る。「ACSの科学部門、医学部門の連中は誰一人として本当の科学研究などできはしない。彼らはこと金集めに関しては素晴らしいプロだ。だが、癌をどうやって予防するか、どうやって治すか、という点に関しては何も知りはしない」。

さて、ヒューストン=ナルの結論はこうだ。

癌戦争における我が軍の将軍たちは不適格である。医学・石油化学連合軍の銃口は間違った方向――すなわち我々国民に向けられている。今、我々は、我々の基本的人権の第「番目である生命の権利――ひいては健康の権利を断固要求しなくてはならない。

癌で生計を立てる人々

年々、癌による死亡者数に匹敵するだけの人々が、癌によって生計を立てていると言って過言ではないだろう。それゆえにこそ、化学・医学・動物実験コンビナートが現状維持に全力を注ぐのである。
ACS(アメリカ対癌協会)は、一九一三年に設立された時点では「緊急臨時組織」だった。しかし今や、化学・医学・動物実験コンビナートと結託して行動する永続的集金宣伝マシーンになってしまった。一九七八年会計年度のACSの収入は一億四〇〇〇万ドル、総資産は二億二八〇〇万ドルを越えている。このうち研究活動に支出するのは年間収入の三〇パーセント以下で、その研究もACS自身が行なうものはほとんどなく、外部団体の研究に資金援助をするという形が多い。
しかし、それらの「研究」がどのようなものか、またどのような成果が上がっているかについては、ほとんど話題に上ったことがない。

ヒューストン=ナル・リポートによれば、ACSの年間予算の五八パーセントは職員の給与と事務費に消えており、上層部の年収は七万五〇〇〇ドルにもなるという。二億ドルを越える資産が投資に回されており、その結果、ACSは銀行の上得意におさまっている。ACSの重役のうち一八人は銀行関係者で、七六年八月現在、資産の四ニパーセントがこれらの重役の関係する銀行に直接投資されている。ここにも当然のようにロックフェラー家が顔を出している。
各種慈善団体の独立監督機関として全国的にその名の知られている全国情報局が七六~七八年度のACSの会計検査を行なっているが、その結果もかなりスキャンダラスなものだった。次のようなものである。
「ACSの資産の累積に関しては、これが次年度の予算要求額を越えるものであり、疑問の余地がある――ACSは過去数年にわたり、より十分な資金があればより多くの研究補助金が出せただろうとの主張を繰り返してきた。しかしこれは、その正当性が事実によって立証される主張ではない」。
今のところ、このような、エスタブリッシュメント内部の真実の姿を伝える声は無視されている。
その種の報道記事は、体制派の新聞社や出版社では受けつけられない。単行本の場合も普通は出版してくれる出版社がなく、万が一、何とかして印刷までは漕ぎつけたとしても、メジャーな販売ルートに乗ることはなく、その上すぐ絶版にされてしまうというのが現実なのである。
出版された少ない例を見てみよう。ロバート・E・ネターバーグ博士とロバート.T・テイラーによる『癌産業の陰謀』(ピナクル出版、ニューヨーク、一九八一年)である。


NCI(国立癌研究所)やACSの行なっている研究活動は、何億何十億ドルという大金を費やしているにもかかわらず、癌征服の歩みにまったくの逆効果しかもたらしていない。これらの癌エスタブリッシュメントは新しい方法や考え方に対し非常に閉鎖的である。そのために、視野のうちに明確な目標を見定めることのない自閉的組織になってしまっている。

しかし、ACSの筆頭副所長フランク・ラウシャーは七八年六月五日、WMCAラジオで臆面もなくこう言ってのけた。「ACSは国民の利益のために活動する団体です。ACSの資金の大部分は癌患者のケアとリハビリのために使われています」。
このきれいごとの科白の裏にかくされた真実も、ヒューストンとナルは暴いた。ACSの七八年度の予算を検討してみると、たった六二〇万ドル、すなわち五パーセントだけが「個々の癌患者の援助」のために支出されているにすぎないという。

この数十年の歴史を持つ癌撲滅運動の宣伝マシーン、ACSの資金集めの巧妙さには、今や何かしら芸術的な雰囲気さえ漂っている。もちろん、大義を掲げた団体はACSに限らず一般論として、資金集めには長けている。動物愛護団体は言うに及ばず、老人福祉しかり、難民救済しかり、癩救済しかり。
しかし、癌は群を抜いているのである。
多くの著名人が、癌との「聖戦」のためとあらば、その団体がどんなことをしているのか、どのように運営されているのか、はたまた誰を益するのか、などまったく気にする様子もなく、いそいそと名前を貸すのである。八一年三月一三日付『インターナシ・ナル・ヘラルド・トリビテン』に載った次のような記事は珍しくもないだろう。

パスツール研究所およびワイズマン研究所の癌研究費のために催されたパリ・オペラ座での慈善公演で、モナコのカロリーヌ王女の姿が目を引いた。ルドルフ・ヌレイエフが自作の「ドンキホーテ」を踊ったこの公演では二〇万ドルの収入があった。
主催したのは、オペラ座を借り切った宝石商のジャック.アルペル氏とギイ・ド・ロスチャイルド男爵夫人である。男爵夫人は、ロスチャイルド家のパリでの住居であるランベール・ホテルで二五〇人招待の夕食会も開いた。

パスツール、ワイズマン両研究所の研究が主に動物実験によって行なわれているということは、今さら言う必要もあるまい。そして両研究所が、癌研究の分野での大混乱に大いに貢献してきたことも。
さらに八一年十月十二日号『タイム』を見ると、「フランク・シナトラ(六五歳)がスローン・ケタリング癌センターのための慈善興行でルチアーノ・パヴァロッティと共演――」とある。
喜劇俳優のジミー・デュランが死んだ時『タイム』はこう書いた。質素な八室の家に住み、ダモン・ラニョン癌研究基金のために、生涯飽くことなく働いた」。

この奇妙なACS方式はヨーロッパ各地でも真似されている。ごく最近のことだが、イタリアの新聞が、自動車王エンツォ・フェラーりがその全財産をイタリア随一の動物実験研究室である「マリオ・ネグリ薬理学研究所」に贈るとの遺言をした、と発表した。この研究所は創立以来一五年、何百もの論文を世に送り出してきたが、その中に有益な発見は唯のひとつもないと言ってよいだろう。
フェラーリのケースは悲劇的な例と言えよう。彼は最愛の一人息子ディノを筋ジストロフィーで失っている。明らかに誰かが、もし、より多額の資金が動物実験に投資されておれば、ディノの病気は治ったに違いないと、フェラーリに信じ込ませるのに成功したのである。ディノがずっと幼い頃投与された薬か母親が妊娠中に飲んだ薬が原因で、不治の病にかかった可能性が高いのだということを、誰も彼に教えはしなかった。

さらに同じイタリアで、七九年五月八日報道された感動物語がある。ピサに住むパオロ・ギアンダイという一〇歳の少年が癌で死ぬ際に、イタリア対癌協会に自分の貯金を全額寄付すると遺言したというのである。新聞社はこの話を大々的に取り上げ、癌研究資金調達の絶好のチャンスを逃がすまいと張り切った。記事にはパオロ記念寄付金の送り先の住所が抜け目なく付け加えられた。

人は死ぬ。癌で死ぬ人も多い。そして全財産を、ありもしない「癌研究」に遺贈する。それが自らの苦痛と死の原因を生み出した組織そのものへの遺贈であるとも知らずにいるのである。これは故意に流されるにせ情報の威力なのである。そしてこの陰謀は今や本家アメリカのみならず、世界中に広がっているのである。

治療しない方が長生きできる へ続く

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« part3健康への脅迫 その1... | トップ | part3健康への脅迫 その3... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

世界医薬産業の犯罪」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL