わたしんちの医学革命と雑多な情報

「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて

食と生命ーー森下博士の国会証言

2007年10月01日 | 医学と健康
医学の曙 (【『食と生命』より】
 新しい生命観

 ――食は血となり肉となる――
光は東方より昭和四十一年四月七日、春爛漫と咲き誇る議事堂前の桜並本を通り
て、一人の少壮医学者――ーー森下敬一博士(当時葛飾日赤血液センター所長)
が国会の赤絨毯を踏んだ。
この日午前十時三十九分から開かれた衆議院科学技術振興対策特別委負会(第5
1国会)において、対ガン科学に関する学術参考人として出席するためである。

特別委員会には、他に参考人として当時わが国―流の三人のガン学者――吉田富
三博士(癌研所長)、東昇博士(京大ウイルス研教授)、久留勝博士(国立がん
センター総長)が出席していた。

評々たるガン学界の大御所が居並ぶ国会の証言台で、森下博士はこう言いきった。

「現代医学のガンに対する考え方は完全に間違っている。ガンは今の医学が言っ
ているように突然変異によって生じるものではなく、血液からできるものである。
そしてその血液は腸において食物からつくられたものである。
この事実を認め、食事改善によるガン対策を進めないかぎり、日本のガン対策は
早晩行きづまるであろう!」と。(この国会議事録は四五頁に収録)

まさに現代医学への挑戦状である。一瞬、三人のガン学者たちは呆っ気にとられ
たが、やがて“何を小僧が・・・・”と言わんばかりに、この発言を黙殺お説拝
聴するに終わった。
そして日本の国会も政府も、そしてマスコミも、この警告を無視し、何の動きも
しなかった。

それから十六年後――。
森下博士が警告したガン対策路線”食事改善によるガン対策“は、はるかに海を越え、アメリカ独自の調査結果--―『がん子防の食事指針』として、全アメリカ人の進むべき道を示すことになるのだ。
一方その間に、日本のガン死は死亡順位の第一位に躍り上がり(昭和五十六年)
、フランスと並びガン王国を出現した。
歴史に“もし‥‥‥たら”はあり得ぬこととしても、もしこの時、日本の国会が
動き、政府・ガン学会も素直に森下博士の警告を受け止め、真剣に対策を打ち出
していれば、おそらくガン王国の悲劇は避け得たのではなかろうか。かえすがえ
すも残念なことである。

ところでーーー、いま述べた森下博士の証言は、実は同博士が十年の歳月をかけ
、幾多の実験とと膨大な顕微鏡フィルム(カラースライドを含む)によって確証
した事実《血液(赤血球)は腸粘膜(絨毛組織)において、消化された食べ物か
ら造られ、その赤血球が集まって体細胞(肉体)に発展する》という消化管造血
学説によって裏付けられた確固たる生命観に基づいた発言だったのである。


要するに“食は血(赤血球)となり、血は肉(体細胞)となる”ということであ
る。この言葉はちょっと聞くとごく当たり前のことのように聞こえるが、その意
味する内容(腸造血説)は実はドえらいこと――現代医学の土台を揺がす話なの
である。

それというのは、現代医学の定説では、《血液の主成分である赤血球および白血
球は、骨髄細胞の細胞分裂によって生じる》(骨髄造血説)と考えられているか
らだ。
しかもそれだけなら、造血場所が“骨か、腸か”というだけの話だが、その赤血
球が腸の壁(絨毛組織)で食べたものから造られる、ということになると只ごと
では済まなくなる。

その理由は、今日の医学では、細胞は細胞分裂によってのみ生じ、それ以外には
絶対に発生しないと確く信じられているからだ。
この考え方は、一九世紀ドイツの病理学者ウイルヒヨウが唱えた学説で、この細
胞概念に基づく細胞病理観を基礎にして現代医学が成り立っているからだ。

したがって、もしこの考え方にケチがつくと、いまの医学全体がひっくり返って
しまうという、一番大事な考え方であり、絶対に手を触れてはならない聖域なの
である。
森下博士はそこに手をつけた。それが腸造血説――“食は血となり肉となる”と
いうことが示す意味なのである。


この考え方に立つと、ガン細胞も体細胞の一種であるから、当然血液(赤血球)
からできたものであり、その由来は食物ということになる。言いかえれば、食物
が悪いためにガンになるわけで、食物を正しくすればガンは自然に消えるという
ことである。
したがって、いまの医学のように、薬づけ、メス、放射線。。・・・・といった
攻撃的な方法によってガンを退治するということは、まさに狂気の沙汰というこ
とになるわけだ。

森下博士は、このような学説(消化管造血説とそれから導かれるガン対策)を引
っ下げて単身国会に乗り込んだ。そして、現代医療のピラミッドの頂点に立つ三
人のガン学者にアイ首を突きつけ、“医療づけか、食事改善か”――と医学革命
を迫ったのである。


ときに一九六六年四月七日、春酣(タケナワ)の頃。アメリカ上院レポートーに先立つ
こと十一年前。この日、東海の一角に日は差しかかり、夜明けを告げる一番鶏の
声は高らかに上がったのである。

いままさに明け染めようとする医学の黎明。



     バクテリヤは自然発生する

「何だこれは‥‥‥‥?」
森下博士は、、顕微鏡を覗く目を休めて考え込んだ。気がつくとあたりはようや
く白らみかかりていた。
昨夜から一睡もせず顕微鏡を覗き込んでいたのだ。
「目の錯覚かな」そう思ってもう一度顕微鏡に目を戻したが、その視野には明ら
かにバクテリヤ様の顆粒がうごめいている。
「そんな筈はない―」――、彼も現代医学を学んだレッキとした医学者。健常な
赤血球を無菌的に取り出し、薄いガラス板で押しつぶして中身の細胞質を一定方
向にはじき出した内容物だ。そこからバクテリヤが自然発生するなど、絶対に考
えられないことであるからだ。
博士は何度も慎重に実験を繰り返した。しかし結果は同じ。中身をはじき出した
瞬間に、内容物はバクテリヤ様の顆粒に変貌するのだ。念のためこの顆粒を写真
にとって、ある著名な細菌学者に見てもらうと、まぎれもなくバクテリヤである
ことが確認された。

博士の研究は急ピッチで進んだ。やがて、赤血球や白血球の崩壊過程でそれらの
内容物(細胞質)からバクテリヤが発生し、その関係が可逆的であること。また
バクテリヤとウイルスとの間でも同様な関係があることが確認された。図式的に
示すと――


赤血球(白血球)→バクテリヤ→ウイルス―という一連の可逆的関係である。
← ←


バスツールが有名な“首つきフラスコ”を使った実験―によって、バクテリヤの
自然発生を否定し、またコッホによって結核菌やコレラ菌が発見され細菌病理観
が確立してからすでに百二十年。
いま再びバクテリアが生きた細胞からの発生の事実が確認されたのである。昭和
二十八年のことである。


その後博士は、特殊な試験管に血液を入れ、完全滅菌した空気を送り込んで、一
~二カ月無菌培養を行い、血液(血球)の変化を追跡した。
その結果、血球からまず球菌が発生し、その球菌がつながって桿菌に変化するこ
とが観察された。

これらの事実は、バクテリヤが外部から侵入して感染するという現代医学の考え
方を完全に否定し(二次的感染はあり得るとしても)、それが体内の条件次第に
よって細胞から自然発生することを示すものであった。

つまり、反自然な生活、とくに薬毒や美食飽食によって体内環境(血液性状)が
悪化すれば、細胞が自然崩壊してバクテリヤが発生したり、あるいはそのような
体質者は外部からのバクテリヤに感染しやすいわけだ。

ということは、バクテリヤが悪いのではなく、バクテリヤを発生(あるいは感染
)させる体質が悪いのであって、そういう体質を是正(浄化)するために自然が
与えた天使(体内の汚物清掃者)がバクテリヤであると考えなければならない。


また抗生物質や化学物質万能の現代医学に対して、血液の浄化(体質強化)を図
ること、つまり食事を改善することが最善の道であることを示すものでもある。

森下博士が“薬づけか、食事改善か”と国会で三人の医学者にアイ首を突きつけ
たのは、こうした研究成果をふまえてのことであったのだ。




    丸山ワクチンはなぜ認可されないのか

余談になるが、森下博士が国会証言した経緯には、このバクテリヤの自然発生問
題が一つの理由になっていた。
当時、長野県の茅野病院長・牛山罵夫博士が「SIC」というガンの特効注射薬
を発見したということで、賑やかな話題を呼んでいた。この薬を有名なガン研の
田崎勇三院長が「あれは鼻くそだ」といって問題にしなかったことに端を発し、
その問題を国会が取り上げたのである。

田崎博士が「鼻くそ」といった理由は、SICの抽出過程が近代医学の常識では
考えられないものであったからだ。

SICの抽出法を簡単にのべると、人体から血液をとって、その血液を無菌的な
条件下において培養しておき、二週間たつと、必ず一定の@菌が現れてくる、こ
の@菌を集めて抽出したものがSICである。


 問題の焦点は、無菌的な血液の中で桿菌が自然に発生してくるという点である。

牛山説によると、バクテリヤが自然発生することとなり、近代医学の定説に反す
る。だから“鼻くそ”というわけだ。


牛山博士自身は、なぜ桿菌があらわれてくるかという理由については、よく分か
らなかったらしい。

そこで、森下博士の登場となるわけだ。といって森下博士がSICを使りている
わけでもなく、またSICを使うことに賛成していたわけでもない。ただ、自分
の研究過程で、バクテリヤの自然発生(血液からの)を確認している関係もあり
、また自説を述べるチャンスでもある、ということで証言を引き受けたわけらし
い。

そこで、言ってみれば“鼻くそ”談義が森下博士の国会証言を実現させたような
もの。
“縁は異なもの”というが、世の中は何が縁となるか分からない。

それはともかく、ことほど左様に、現代医学はパスーツール・コッホの細菌病理
説を金科玉条とし、それに反するものは“鼻くそ”として歯牙にもかけないわけ
だ。

P107
実は、これと同じ憂き目に会っているのが、いま話題の丸山ワクチン。
数万人というあれだけたく山の支持者と体験者がいても、それが“結核菌からこ
しらえたワクチン”と言うだけで、現代医学では葬られてしまうわけだ。頑迷固
階を通りすぎて、もはやつける薬はない。

ご自分たちが認可する抗ガン剤ば、薬効よりも副作用の方が遥かに大きい猛毒で
あることも忘れて‥‥‥‥‥恐ろしい話である。

もっとも最近では、さすがに世論の氏力で何とか認可に漕ぎつけられるとか‥。
結構な話であるが、しかし、ガン対策の本道は「上院レポート」が指し示してい
るように、また森下博士が明らかにしているように、食事改善にあることを夢お
忘れなく。


 青草から赤い血が出来る謎――血は食べものからできる――
牛や馬は、青草だけを食べて赤い血をつくる。一体、このカラクリはどうなって
いるのだろうか。

一九四九年、イギリスのデュラン・ジョルダは、ラクダの消化過程を研究して、
血液は腸でできるという腸造血説を唱えた。
同じ年、スウエーデンのボストレームも同じ見解を、その二年後(一九五一年)
に日本の千島喜久男教授(岐阜大学)も腸造血説を発表した。

三年間に三人の学者が、それぞれ独自の立場から腸造血説を提唱したのである。



それまで医学界ではカニンガム、ジョルダンといった病理学者たちが、絶食させ
たハトを使った実験によって、血がつくられる場所は骨髄である、という骨髄造
血説(一九二五~六年頃)が唱えられ、それが定説となっていた。

骨(骨髄)か、腸か――、この造血場所をめぐって、森下博士は医学生時代にふ
としたことから、“オタマジャクシには骨がない。では何処で血はできるのか?
”という素朴な疑問を抱いたことがキッカケとなり、卒業後直ちに母校(東京医
大)の生理学教室に入室、この研究に没頭した。
オタマジャクシが取りもつ不思議な縁であった。


それから数年後、森下博士は、この謎を完全に解き明かした。
腸の壁―枚をへだてるだけで、“緑の青草(葉緑素)が血液(血色素‥‥ヘモグ
ロビン)”に変わるカラクリを――。その謎を解くカギは葉緑素にあった。。

葉緑素と血色素とは、その構造が全く同じである。ただ中心にある元素が、一方
はマグネシウム(葉緑素)であるが、他方は鉄(血色素)。フグネシウムを鉄に
入れ変えると、緑(葉緑素)から赤(血色素)に変わるのである。

このカラクリは、実はもっと複雑であって、葉緑素は腸で吸収されて肝臓に運ば
れ、そこで壊されて(開環)、黄色いビリルビン(胆汁色素)となり、胆汁とし
て十二指腸に排出される。このビリルビンが再び腸から吸収されるとき、腸の粘
膜(紘毛組織)で鉄をどり込み赤い血色素につくり変えられ、これを孕んで赤血
球が誕生する
ということである。

これが生化学的にみた腸造血の概要である。

青(葉緑素‥クロロフィール)→黄(胆汁色素‥ビリルビン)→赤(血色素‥ヘ
モグロビン)。
まるで交通信号である。

葉緑素や血色素は、図のようなポルフィリンと呼ばれる構造体が立体的に四個つ
ながってできたものであるが、ポルフィリンー個だけでできた酵素もある。筋肉
中のミオグロビンや細胞内にあるチトクロームなどがそれだ。
チトクロームのチトは細胞、クロームは赤の意味であるが、このチトクロームは
、すべての動・植物の細胞内に共通して存在している最も基本的な色素(呼吸酵
素)で、生命体のエネルギー産生(電子伝達系)の主役を演じている。つまりチ
トクロームの世界では動・植物という区別はなく、生命は一元の世界である。

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