後悔したくない大学

低偏差値高校から大学を目指し、現役ではMARCH日東駒専1浪してやっと入れたのが中央大学経済学部だった。しかし・・・

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高校時代までの自分

2017-07-17 12:04:22 | 日記
高校時代までの俺は本当に勉強というものをしてこなかった。
そのくせプライドだけは異常に高く、いつも「自分はやればできる。やらないだけだ」と自分で自分を慰めているクズ野郎だった。
そんな俺だったから高校受験でもたいした学力もないくせに高偏差値高校を受けまくり、そして案の定落ちまくった。

結局入学できたのは偏差値が40もない都立の共学高校だった。
入ってみると男も女も他のまともな学校を落ちてきたような生気のないやつばかり。
こいつらは最初からもう人生をあきらめてしまっているのだ。

でも俺はこの環境がどうしても我慢できなかった。
「俺はやればできる。本当はエリートの側の選ばれるべき人間なんだ」
そう自分に言い聞かせて、何とかこの環境から脱出したかった。
入学式から3か月
俺は思い立って高校の再受験をすることにした。

親はびっくりだった。
必死に俺を説得しようとした。
「身の程を知れ!」
「お前の頭で今の高校に入れただけでもありがたいと思え」

そういう言葉に俺は必死に抵抗した。
「俺はやればできる人間なんだ!」

親は
「大学受験ならまだしも高校受験で浪人するやつなんかほとんどいないぞ!」
と言った。

しかし俺はその言葉に対してこう返した。
「有名大学の付属に入れば元は取れる!」
「有名大学なら1浪して入れるとは限らないだろ。絶対お得だって」

そして俺は1週間の説得の末、やっと再受験を許された。
ただし今の高校をちゃんと通いながらという条件付きだった。

俺は英国数の3教科を中1のところからていねいにやり直した。
中3の時に受けた模擬試験も何度もやり直して、そのうち答えを暗記してしまうまでやりこなした。

こうした努力の成果で7月から受けた模試では現役(中3)のころと比べて飛躍的に成績が上がっていた。
現役のころは3教科で偏差値が40前後だったが、それがなんと62に20以上も上がった。
さらに10月の模試では65にまであがる。
模試の結果表をにやにやした顔で何度も見返して、俺は有名大学の付属高校合格を確信した。
ところが12月ごろになるとこの偏差値が62にがくんと下がってしまう。
それでも俺はたまたま問題の相性が悪かっただけと思った。

そして志望校を決める時期が来た。
俺は内申書をもらいに中3の時の担任を訪ねた。
担任の先生にはものすごくびっくりされた。
「高校で再受験ってお前いったい何考えてるんだ!?」
「その分大学受験で頑張ればいいじゃないか」
そう言って説得されたが俺は効かなかった。
結局根負けして担任は内申書を書いてくれた。

俺は中学浪人しても後悔しないレベルの高校を3つ受けることにした。
偏差値の高い順に早稲田実業、青山学院高等部、明大明治の3つだった。
それは俺が大学に進学したときこの大学だったら俺のプライドを満足させられると思ったところだった。

偏差値の高い大学でみんながうらやむ様な学生生活を送りたいと思った。
中学時代俺のことを馬鹿にしてきたクラスメイト達を見返してやりたいと思った。
俺のことを「気持わるい」とかって言ったあの女にも言ってやりたかった。
「今の俺がお前なんか逆相手にしねーって」
ってな。

直前の模試ではどこの高校も半分の可能性もなかったが、不思議と俺は受かる気がしていた。

しかし現実はそう甘くなかった。
3つが3つともスコーンと落ちた。
しかも問題見たらぜんぜん、まったく、完全にチンプンカンプンだった。

あとで中学の時の担任に言われた。
「それは本当に実力があがったんじゃななくて、単に模試慣れしただけだったんだよ」
とね。

模試を何度もやり直せば、同じ会社の模試なら毎年使われている単語や問題の形式なんかはあまり変わらないから
けっこう点数に結びついたりする。
でも違う単語や形式になるともうお手上げになってしまう。

結局俺は元の高校に戻らざるを得なかった。

高校受験の勉強ばかりしていたから学校の定期試験の成績はもうメタメタだった。
とりあえず何とか進級できるという最下層の成績で、俺は底辺高校の中でさらに最底辺になってしまったのだ。

それから何とか高2に上がりはしたが、1年間の再受験の勉強の反動で何もやる気がせず、結局高2でも底辺層から抜けられず
高3になるとさすがに自覚して予備校に通い始めた。
しかし俺は懲りなかった。
入るなら早慶、妥協してもMARCHだな。
そう思ってたが、高校の担任はそんな俺に専門学校を勧めた。
俺は自分のプライドがズタズタにされる気がして担任と大喧嘩となった。

結局担任は一切責任をもたないという条件で、俺は早稲田の法と商と教育、そして青学の総文と国際政経と経営それと立教の法と経済を受けた。
とにかく皆が羨む都会にある格好いい一流大学に入りたかったのだ。
ただ親と担任から条件として専修大と千葉商大を受けるよう言われた。
模擬試験の成績では早慶MARCHなんてどこも合格可能性は0%に近かった。
でも俺はこれだけ受けていればどこかひとつくらい引っかかるんじゃないかという気だった。

しかし結局受かったのは千葉商大の商経学部の1つだけだった。
驚いたことに専修大も落ちた。

でも俺はどうしても納得できなかった。
このまま千葉商大なんかに行けば中学の同級生から馬鹿にされてしまう。
俺はどうしても大学受験であいつらと立場を大逆転したかった。

そこで泣いて親に頼んだ。
今までの自分を反省する。
自分の力を過信しない。
謙虚になって1年間死んだ気で頑張る。

親は頭をこすりつけて頼む俺の姿に
「じゃあ、1年だけだぞ」
「その結果がどうなっても納得するというのを約束できるか?」
俺はブンブンと頭を縦に振った。

こうして俺の1浪(大学受験の)生活が始まった。
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