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仙境異聞 天狗少年寅吉物語16

2017年05月12日 | 不思議
そうこうしているうちに、午後四時頃であったろうか、芳彦門人が、あの石笛を手にして信友の許から帰って来た。その際渡された譲り状には、

石笛を持ってゆきたいとお願いされたので、これをお受けするに立ち至ったのでありまするが、
(ご持参されたる石笛は)篤胤氏より贈られた物なのですから、所持する必要のある間中、御献上致したいと存じます。永遠なる神界探求のために御重宝下さるならば、本望とするは勿論でございます。

文政三庚辰年十月十四日                            伴信友押印

白石平馬君

と、このように書いてあった。童子寅吉はこの上も無く悦んで、すぐにも(岩笛を)吹き鳴らし、「それでは、これから旅立つといたしましょう。」と立ち上がった。

そこで、「今日は午後四時を回ってしまったので、もう日が暮れてしまう。だから今夜はここに泊まって、明日旅立てば良いではないか。」と全員で言葉をかけたが、その中の誰であったろうか、「(もし)今夜、こちらに泊まってくれるならば、ここにいる人数でもって、目隠しの遊びをしてしんぜよう。」と進言すれば、どの方も「それは良かろう。」と云って賛同なされた。すると、寅吉は手をたたいて、いたく悦び、「そういうことならば泊まる他はございません。」と返事をした。(もう直ぐ)日が暮れる頃なのだし、私は(それが)当然であろうと思ったことである。

竹内健雄、佐藤信淵、五十嵐対馬、守屋稲雄、岩崎芳彦らの門人達が、何れも寅吉の心を掴もうとして、午後十時を過ぎるまで、目隠しの遊びに興じたのであった。すると(寅吉が)、「もっと、いつまでも遊びたいのです。」と無茶を云うのものだから、「夜も更けてしまったから、また明日遊んで差し上げよう。」と返答して寝かしつけた。

かくして十五日となり、朝も早くから起きて食事が終わるなり、(寅吉が)早くも目隠しの遊びをしようとせがむので、「この遊びは、大人もいっしょに交ざって行うとしたところで、日中致す事では無いのだよ。」と言い諭すと、しぶしぶ聞き入れて、「それならば、夜になったら、きっと遊びましょう。」と云った。

そのような訳で、この遊びのために登山は十一月の末までに延ばしても良いとして、あのへそ曲がりな性格がまったく静かになってしまったのだから、本当に可笑しかったものである。 

さて、この日の昼頃に、(寅吉は)誰も促しはしなかったのにも関わらず、短笛の方も三管作るに至り、七韶舞とその唱歌、長笛、短笛で吹き鳴らす型さえも心を込めて指導してくれた。これを習ったのは、主の小嶋様、守屋稲雄門人、そして私とであった。ところが私は、昨日の夜から悪寒と発熱があるような気分の悪さを訴えていたが、この昼過ぎになると高熱が出て腹がさしこみ、悪寒も一層強くなった。

(すでに我慢の)限度も超え、悪性の疫病ではないかと思われる程に苦しかったので、病床に臥せっていたのであったが、(そのとき)寅吉が傍らに寄ってきて、熱冷ましの呪いというものを施してくれたのであった。それというのも、夜に入って(いっしょに)目隠しの遊びをしたいと思っていたからなのである。(すると)思いがけない事には、疫病が原因と見られた高熱が忽ちにして冷めてしまった。

すると、午後四時頃になって、屋代翁と萩原専阿弥様とが連れ立ってやって来られ、童子寅吉に逢うと、相変わらず七韶舞のこと、その際奏でる楽器のことなどを伺っていた。私も病をおして出迎えると、「どうやって童子寅吉殿はここに参ったのか。」と尋ねられたので、昨日、我が家の門前を通るところを(強引では有るが)抱き抱えて迎え入れ、笛を作ってもらった、その顛末の一部始終を語ったのである。

私は続けて、「美成氏の家に居る方々に対し、こちらの勝手で(寅吉を)引き止めてしまった事は(確かに)義理としては違うのだけれども、その様に義理ばかりを立てていると、いつまでも笛を完成させることは出来ないに違いない。(その上)しばらくは、(ここに)留まってもらって、かの幽冥界の事について聞いてみたいと思い至ったものだから、このように計らったのでござる。」と語った。

これには、屋代翁も笛が完成したことには悦びつつも、「急いで(寅吉を)美成氏の許へと返して頂きたいのです。」と云われたが、その際、童子寅吉が語ったのには、「私の主であります美成様の許でじっとしている事は、奉公という類のものではありません。遊びに来なさいと言われたからこそ、こちらに出向いたのでありますから、今夜はここで遊んでいたいのです。だから、(美成様には、ここに)居たということを伝えさえすれば良い事で、(どのみち)明日になったら、そちらの家へと退散することに致しますゆえ。」と云って帰ろうとはしなかった。

その夜も、我が塾に居る輩達が、やはり召使等に無理を言って頼み込み、例の遊びに付き合ってあげるのであった。
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