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仙境異聞 天狗少年寅吉物語8

2017年04月22日 | 不思議
さて、六月の末頃になると、既に髪も生え伸びてきたので、頭上で束ねる普通の男子の髪型に整えた。ちょっとした訳があって、七月から、ある人の家の許で暮らすことになったのだが、私は昔から、おおかた山育ちなこともあって、現世の人に習うすべを知る機会もなかった。

召使をしている熊という男にさえも、見習うことに不器用でいると馬鹿、阿呆とさげすまれ、さっぱり役に立たないというので、八月の初めに、元の家に返されてしまった。この事があってから、それとは別の、多少の縁が幸いして上野町の下田氏の許で暮らしていた。そこに、かの山崎美成氏がやって来られたのである(この時が彼との初対面である)。私の噂をおおよそ聞きかじっていたのか、非常に珍しがって「是非、私の許に来て欲しい。」と懇願されたので、母上にも打ち明けずに、九月七日より、彼が主を勤める家に赴き、生活を始めた。

噂のついでであったが、つい少しばかり、深山における体験話、更には、私の身の上さえも語り聞かせる羽目と相成った。ところが、(美成氏が)これを他人にも喋ってしまわれたので、噂を伝え聞いた人々が、引きも切らずやって来られたのであったが、祈祷師の萩野先生、もしくは山崎様などのように、仏法を好み信ずる方々には問われるままに、その道の事々、印相の事などをお答えする他はなかった。

師が戒めたように、決して仏法を気色の悪い道とは語らなかったが為、(美成氏は)
「それほどまでに仏法の事を知っているのなら、俗人でいるのは勿体無いことだ。私達は、是非とも世のため人のために尽力せねばなりません。ですから僧侶におなりなさい。」と、度々勧められたことであったが、私は、師が仰られるように、本当に前世からの因縁による事と強く感じていた上、仏法を好まなかったがため、その道をわざわざ辞退して生活していたのであった。されど、私の本心に共感される方はおられず、事を弁えない門下の弟子はどこのどいつであるかと、まるで悪事をなしているかのごとく批判を言っている噂なんぞも聞こえてきた。

また、私は世間の交際事、世のしきたりにすら無知であったので、どのようにすれば上手くやってゆけるのであろうかと、我が身ながら思いあぐねる気持ちがしたものだから、時々、火の見やぐらに登っては外に顔を出し、岩間山の上空を(懐かしんで)眺める毎日を送っていたのである。

その月の末日に、美成氏の店の者が使いに行く際、一緒に連れられて出たのであったが、途中で同友である高山左司間氏と偶然出くわした。けれども、彼も誰かと連れ添っているので、互いに何も言葉を交わさず別れてしまった。恐らくは、師の使いとして私の方へ来られたのに違いないと心待ちにしていたところ、その夜、家の外で私を呼ぶ声が聞こえたので、それとなく様子を伺いに出て見ると、思ったとおり左司間氏であった。

その際、師がご伝言を仕向けられた事柄について(彼は)、近いうちに、そなたの頼りになる方が現れるから、それほどに、思い煩う必要は無い。
そうしてまた、師走の三日より寒に入るがゆえ、例のごとく三十日の行があるから、十一月の末までに山へ戻って来られたし。だが、師がもしも讃岐国の山巡りに出ている時に当たったならば、寒行は休みとなるから、また下山し里に返されることになるとの仰せである。と、言い残して帰っていった。

私はこれに、大いに力を得て、主の美成氏には、
「同友の左司間氏がやって来られ、師走には例のごとく寒行が始まりますゆえ、十一月の末までに登山されよと師よりの伝言を頂きました。」とだけ語ってあったが、

十月末日に、お偉い方と屋代先生とが訪ねて来られ、あれやこれやと諸事をお尋ねになられた中で、優れたる方の尋ねる事は(他の方と比べて)少々趣が異なっており、心に強く訴えかけてくるものがあった。とりわけ、そのお偉い方が美成氏を制して、
「僧に成れなどと、どうか勧めないで頂きたい。深く精通しておる道を遂げさせなさい。」
と仰って頂いたのが、この上も無く嬉しく、かたじけなく、「私の許へも、是非にお越しくだされ。」と、返す返す有り難いお言葉をお残しになって帰られた為、直ぐにでも伺いたいものだと心が逸った。師が左司間氏を使いに出して、近いうちに私の頼りになる方が現れると、ご伝言なされたのは、(きっと)この方の事なのに違いないと大変心強くも思えた。

このように(寅吉は)、自らのたどった経緯を「(山へと登る)その時が来るのを心待ちにしておったのでございます。」などと結んで、後に詳しく語ってくれたことであった。
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