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仙境異聞 天狗少年寅吉物語13

2017年05月06日 | 不思議
(二人が語っている)その間に、毎日通って来る竹職人が今日もまたやって来られたが、(その際)戸口において、「例の小僧殿が一人で、今しがた、この門の前を七軒町の方向に慌てている様子で駆けて行きました。」と語った。そこで、(これを聞いていた)二人の門人達は立ち上がり、それを差し止めようと急いで(外へと)駆け出すと、童子寅吉は、まるで飛んでいるが如くの(信じられない)勢いで、あっという間に半町程もある距離を通り過ぎて行ったのだが、二人も後から(懸命に走ったので)早々に追いつくことができた。

そして、(寅吉に)一体何処へ行くのかと尋ねると、今から深山に旅立つところで、それに関する急ぎの用件を片付けるため宿に向かっているという理由を話した。この時、二人は果たして思ったとおりと衝撃を受け、「しばらく(私達のところに)お立ち寄りなされ。」と誘ってみたものの、(なかなか)云う事を聞かないので、左右両脇から手をとり、最初に我が家の入り口まで一緒に連れて来て、そこに至る顛末を語った。

ここで、私も腰をあげて出て行けば、それと同時に(寅吉が)、十一月の末までに登山する旨を語ったので、如何して出発がそんなにも急な事になったのだと尋ねると、
「突然に、思いがけない出来事が勃発したものですから、今日、急いで出発したくなったのです。それについて、再び山に登るときは必ず持って来なさいと師が命じられた一通の書を、宿に置きっ放しにして来たので、取りに行こうとしていたのです。だから、(その手を)放してください。」と云った。

私も呆れてその顔を見ると、(寅吉は)眼も逆立って正気を失っている感じだったが、笛を作っていない事が余りにも悔しいと、その事をわめきまくり、左右の手をつかんでいる健雄、稲雄の両門人は、
「まずは、大好きな岩笛を吹いて心を御鎮めなさるがよい。」などと語るのだが、(寅吉は、そんなことなど)耳にも聞き入れず、(手を)振り切って駆けて行こうとするのを、二人して抱き上げると、童子寅吉も少々困惑した様子で、「それだったら、今のうちに笛を作りましょう。もし、作り終えたあかつきには、直ぐにでも帰して頂きたいのです。それでなくとも、家に置いてある一通の書の事が心配なのですから、それを取って来ることにいたします。」と語った。

すると、稲雄門人が、「それは、私が取って来よう。」と云ったが、(寅吉は、)「(そなたは)その在り処を知らないのだから、私も行きます。」とその場を去ったのだった。
健雄、稲雄の両門人は、また見失ってしまうことを考えて一緒に付き添って行き、母上様と兄上とに(寅吉が)深山へと旅立つ旨を告げ、そのための暇を頂くよう(寅吉に)お願いさせたところ、兄上は別れを惜しんで泣き始めた。

それなのに、母上様は大変思い切りが良く、「このように我が儘に生まれついた者であるから、どうしようもなかろう。」と言いつつ、肌着、ふんどし等を取り出してきて渡すと、(寅吉は)「深山に行くと、私の様な者どもは服を重ね着せず、同じものを二つと持たない掟があるので要りませぬ。」と、何も受け取ろうとしないのだった。そして、かの一通の書を取り出して来ると、(たまりかねた)兄は別れの杯を交わそうと(杯を)取りに行ったが、必要ない事だと無視し、健雄、稲雄両門人には、「さあ、参ろう。」と云うが早いか家を出て行ったということである。
(この一通の書の事に大変興味を持ったので、無理を言い拝見すると、かの白石丈之進が預けた一通なのであった。(寅吉が)これを大切にしている理由は、既に前述したとおりである。)

そうして、我が家にやって来るや、(寅吉は)すぐさま笛の製作に取掛かったが、一丈と九尺の雌竹の(内部の)節をどうやって抜くのであろうかなどと、(本当に作れるものか)周囲が不審がって騒ぎ立てた。しかし、茶碗と一緒にに水と火箸とを用意してもらい、節の間に火箸を差し入れて水を注ぎ入れながら直接に石に突き当てると、何のことも無く(節が)抜けたので、篠竹の長めのものを入れ、これを上下することで中に残っっている部分も奇麗さっぱりと貫通した。

かくして、穴と穴の間の寸法を目盛りして、鼠歯錐を持ってもみ回し穴を開けると、忽ちのうちに長笛二管を作り終えた。すると、(寅吉は)「(笛も完成させましたので)それでは旅立つとしましょう。」と云ったものだから、家にいる者たちや、来合わせた主の小嶋様の他、佐藤信淵、五十嵐対馬、小林元二郎等の門人達が、あれこれとご機嫌取りに石笛を預けて吹き鳴らさせ、菓子などを勧めて気を引いたのだが、心なしか和みつつも落ち着きかねる様子で、ともすると今にも駆け出さんばかりであった。
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