歯科技工管理学研究

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歯科技工士・岩澤 毅

岩澤毅 歯科補てつ物等の作成等の業務の委託受託を考える

2012年03月02日 | 日本歯技


日本歯技
2012年3月号 第513号 33-40
学術 サイエンス

歯科補てつ物等の作成等の業務の委託受託を考える

岩澤 毅(いわさわつよし)
秋田県歯科技工士会所属
歯科技工士生涯研修7期終了



1.はじめに

 平成22年4月6日付「読売新聞」夕刊に「CT診断 中国下請け/委託料国内の4分の1」という見出し記事が掲載された。当該記事により,IT技術の進展と通信環境の整備を背景に,遠隔地等の放射線(画像診断)専門医不足対策等への利用を想定し開発された遠隔地画像診断システムを応用し,わが国の医療機関等が撮影したCT(コンピュータ断層撮影法)やMRI(磁気共鳴画像法)で得られた画像のデジタルデータが,中国に送られ現地医師に画像診断を委託し,その診断結果を中国語から日本語に翻訳し,委託医療機関に返送される格安サービスを提供する業者の存在と,これら業者を利用する医療機関等の存在が報じられた。(図1)


(図1)

 歯科においても,歯科医療機関から外部委託される歯科補てつ物等の作成等の業務に関し,歯科技工士法や医療に関連する法令が従来想定していない国外委託1) が発生している。
 第三者を介する場合も含め日本の法令の効力の及ばない領土外との委託受託であり,現行法令の効力と限界を理解した基本的な視点の整理の上で,安心安全な医療・歯科医療を担保する制度構築が求められる(図2)。医療全般を規律する医療法(昭和二十三年法律第二百五号)の(第一条)「医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り,もつて国民の健康の保持に寄与すること」に応える秩序が,歯科医療の歯科補てつ物等に関連する分野の委託受託においても求められる。

(図2)

 本研究では, 歯科補てつ物等の作成等の業務の委託受託に関する問題の所在を可視化し関係者間の議論に共通基盤を構築することを目的に,日本の法令の秩序に適合し且つ前例として踏襲可能な医療関係法令の趣旨と条文に準じた歯科補てつ物等の作成等の業務の外部委託に関する規定を設け,所轄行政に適正な権限を付与する根拠となり得,歯科医療機関と歯科技工所の間の委託受託関係を明確にし,国民の健康保持に寄与する法律を起案した(図3,4)。

(図3)

(図4)

また本研究では歯科補てつ物等の安全性確保のため,歯科医療機関,歯科技工所,患者それぞれの利益に適い歯科補てつ物等のトレーサビリティーを担保する機能を付加した歯科技工指示書等についても検討したので報告する

2.考え方と方法 

 医療に関係する法令3,4,5)から業務委託に関する条文を調査した。


(図5)

 医療法と医療法施行令 (昭和二十三年政令第三百二十六号)・医療法施行規則(昭和二十三年厚生省令第五十号)等から医療機関からの業務委託の水準の確保6)に関す条文等(図5~7)を調査した。


(図6)

(図7)

(図8)

 医療法令においては,検体検査,滅菌消毒,患者等給食,患者搬送の業務,医療機器の保守点検・在宅酸素,医療用ガスの供給設備の保守点検,寝具類の清掃業務,施設(院内)の清掃の8業務の委託の水準の確保が図られているのを確認した(図8)。


(図9)

また,医療に関係する法令と国会議事録から歯科補てつ物等の作成の業務委託の水準の確保の起点の担保となる委託側の歯科医師の歯科技工指示書の発行義務の有無を調査した。


(図10)

以上の調査結果から本件に対処するに際し応用可能な現行法令の条文を選択し,その応用としての「歯科補てつ物及び歯科補てつ物等の作成の業務委託に関する法律(仮称)案」を起案した。さらに,歯科技工士法第18条と歯科技工士法施行規則第12条に定める歯科技工指示書,歯科技工士法第24条の構造設備等の基準や指針である「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針」(平成17年3月18日 医政発0318003号),医療法第3章に定める医療安全の確保及び同法第15条に定める業務委託の水準の確保の趣旨に準じ,歯科補てつ物に対する歯科医療機関と歯科技工所の役割と責任を具体的に明確化する「歯科技工委託受託基本確認書」を考案し(図9),「歯科補てつ物の委託受託サイクル」の構想を構想した(図10)。


(図11)

 現行歯科技工士法令に規定される歯科技工指示書は,歯科技工所に保管義務があり,歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針に求められる歯科技工録も同様である。歯科医療機関に提出される歯科補てつ物等の作成に関する歯科技工の完了等に関する報告書等は制度上存在しない。
 また,歯科技工所が発行する患者の手元に到達する報告書に類するものも同様である。すなわち,歯科医療機関,歯科技工所,患者間のコミュニケーションを確保し,且つそれぞれの利益に適い歯科補てつ物等のトレーサビリティーを担保するシステムの構築と発展が期待される。


(図12)

3.結果

 医療法第十五条の2は,「病院,診療所等の管理者は(中略),著しい影響を与えるものとして政令で定めるものを委託するときは(中略) ,当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならない」と定めている(図11)。また, 歯科技工法案(当時)を審議した第22国会参議院社会労働委員会議事録によれば,高田浩運(政府委員)の法案説明では「(法律上歯科医師に指示書の)発行の義務は,お話のようにございません。」とあり,歯科技工の委託側の歯科医師に歯科技工指示書の発行義務が無い7)ことが,明らかになった(図12)。

 以上のことを基とて歯科補てつ物等の作成の委託受託の双方を規律し歯科補てつ物等の安心安全を担保する事を目的に「歯科補てつ物及び歯科補てつ物等の作成の業務委託に関する法律(仮称)案」(以下本法律案とする)を構想した(図13)。
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歯科補てつ物及び歯科補てつ物等の作成等の業務委託に関する法律(仮称)案

(この法律の目的)
第一条  この法律は,歯科補てつ物及び歯科補てつ物等の作成等の業務委託に関し必要な事項を定めること等により,良質な歯科補てつ物の(質の)確保を図り,もって国民の健康の保持に寄与することを目的とする。
(用語の定義)
第二条  この法律において,「歯科補てつ物」とは,特定人に対する歯科医療の用に供する補てつ物,充てん物又は矯正装置等をいう。
2  この法律において,「歯科技工所」とは,歯科技工士法(昭和三十年八月十六日法律百六十八号)第五章第二十一条から第二十七条に定めるものをいう。
(品質基準)
第三条 「歯科補てつ物」の品質基準は,良質な歯科補てつ物の確保を図るものでなければならない。
(業務委託)
第四条  病院,歯科診療所の管理者は,歯科補てつ物等の作成等の業務を歯科技工所に委託しようとするときは,当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならない。
(歯科技工指示書)
第五条 歯科医師は,歯科補てつ物等の作成等の業務を歯科技工所に委託しようとするときは,歯科技工士法(昭和三十年八月十六日法律百六十八号)第四章第十八条に定める歯科技工指示書を発行しなければならない。
(図13)
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 本法律案は,第一条で目的を歯科補てつ物及び歯科補てつ物等の作成等の業務委託に関し必要な事項を定めることにより,良質な歯科補てつ物の確保を図り,もって国民の健康の保持に寄与することと定めた。第二条で用語定義を行った。第二条の2で歯科技工所の定義を歯科技工士法と同一とした。第三条で品質基準を定めた。第四条で病院,歯科診療所の管理者に対する業務委託に関する義務を定めた。第五条で歯科医師の歯科技工指示書の発行義務を定めた。

4.まとめ

 本法律案は,歯科医療機関と歯科技工所の間の業務の委託受託関係に,医療法令における8指定業務の外部委託と同等の業務委託の水準の確保を図るための法律的根拠を与え,さらに歯科技工の国外委託の起点となる歯科医療機関からの法令に適合した歯科技工所以外への業務委託の道を塞ぐものである(図14)。


(図14)

即ち本法律案により,国内の歯科医療機関からの委託に関する,その法秩序が構築される(図15)。


(図15)

 本法律案の第二条の2では,歯科技工所の定義を歯科技工士法第五章第二十一条から第二十七条に定める「所在地の都道府県知事(その所在地が保健所を設置する市又は特別区の区域にある場合にあつては,市長又は区長。)に届け出た」等と同一とし,歯科補てつ物等の作成の業務の国外委託を制度的に不能にした。
 本法律案の第四条では, 歯科補てつ物等の作成等の業務の委託先を,当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準の省令への委任を定め,歯科補てつ物等の質の確保を図るための担保としている。第五条で歯科医師の歯科技工指示書の発行義務を定めることにより,歯科技工の委任受託関係の明確化と責任の所在の担保とした。


(図16)
同時に受託側の歯科技工所に対しても「業務委託の水準確保」の責務を課す根拠を置くことを目指した。また,医療法第五次改正(平成18年)に対応した「医療安全」の責務を,求める根拠を置くことを目指した(図16~21)。


(図17)


(図18)


(図19)

(図20)

(図21)

(図22)

 歯科技工録の書式を発展させ,歯科医療機関に提出されさらに患者の手元にも到達可能な歯科技工報告書の書式を構想した(図22,23)。


(図23)

 機能を付加した歯科技工指示書を起点とした「歯科技工の委託受託サイクル」(図24)の形成は,医療法の医療安全の確保と業務委託の水準の確保の趣旨に準じ「歯科技工の質と安全のサイクル」を形成し,歯科医療機関,歯科技工所,患者間の信頼関係構築に寄与することを目指した。

5.おわりに

 本考察から次の結果を得た。本法律案は,医療法第一条の趣旨と医療法令の業務委託の水準の確保の趣旨に準じ,歯科医療機関と歯科技工所との間の委託受託関係を明確化し,歯科補てつ物等の作成等の業務の外部委託を規律する。
 機能を付加した歯科技工指示書を起点とした「歯科技工の委託受託サイクル」の形成は,医療法の医療安全の確保と業務委託の水準の確保の趣旨に準じ「歯科技工の質と安全のサイクル」を形成することが期待される。

(図24)

 なお本稿の要旨の一部は,第31回日本歯科技工学会学術大会(2009年11月22日~23日,福岡市) 及び第32回日本歯科技工学会学術大会(2010年11月6日~7日,名古屋)において発表した。

[文献]
1)岩澤毅:患者の自己決定権と海外製歯科補綴物,QDT 27(5):115~119,2002。
2)岩澤毅:PFI導入に伴う病院歯科の歯科技工の外部委託に関する考察,日本歯技 485:33~38,2009。
3)基本医療六法編纂委員会:基本医療六法平成20年版,121~243,中央法規,東京,2007。
4)医療関連サービス研究会:医療機関業務委託関係法令解説集―医療法・通達・全資料改訂版,8~12,ぎょうせい,東京,2000。
5) 医療関連サービス研究会:医療機関業務委託関係法令解説集―医療法・通達・全資料改訂版, 71~82,ぎょうせい,東京,2000。
6)片岡佳和:医療法の一部改正について,ジュリスト 1007,124,1992。
7)高田浩運:第22国会参議院社会労働委員会議事録 第二十四号,10,昭和三十年七月十一日。

※なお法令の校訂等には,厚生労働省法令等データベースサービス(http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/index.html)を利用した。



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