あきーとのブログ

ブログにより、まず、大学の学生時代の親友、その人生を語ることで、逆に自分の人生を見詰め直したい。

日誌2016年(平成28年)の思い出

2017-06-25 08:18:49 | 日記
1月:気温は10度前後から一けた温度に推移し、月末にちらっと雪模様になった。
昨年末に腰部骨折し地元の公立病院に通院治療、腰痛をいたわりながらの生活であった。
 2月:(1)月1回病院に行き、診察・投薬・注射を受けた。立ち続けたり座り続けると腰痛があり、湿布とコルセットをしていた。
  (2)この時期、確定申告に取り掛かり、必要な書類など市役所に取りに行った。電動アシスト自転車で約20分かかり、計2度も行った。e-taxで申告しようとしたが、電子証明書の再発行が期限切れとなり個人ナンバーが必要になった。そのカードは3月に交付郵送とのこと、残念ながら書面で提出することにした。家内の国民健康保険証を再発行してもらい、昨年は4.7万円であったが、今年は4.84万円になっていた。
  (3)この月中旬の土曜日に、福井市フェニックスプラザでノーベル物理学賞受賞者、名古屋大の天野浩教授の特別講演会に参加聴講した。課題は「青色LEDに続く未来へのメッセージ」であった。開発までのご苦労した道のりや苦難など細かに述べられ、同じ材料開発をしてきた自分にとって身に包まされる思いがした。腰痛で歩き続けると痛く、立ち止まりながら歩いた苦しみを忘れさせるほどの感激を頂いた。
  (4)2月14日(日)最高気温16℃、最低気温13℃になり、春一番の風が吹いた。しかしその翌日は最高8℃ー最低2℃と落ち雪模様、冬到来であった。三寒四温まさしく春到来の幕開けであった。この頃、インターネット接続のプリンターを西日本Bフレッツのポイントを使って、エプソンカラリオを注文し既設のものと交換し、使い勝手の良さに感激した。
  (5)酒を毎日飲むせいか、「よく寝られない、体がだるい、疲れ易い」などで悩まされ、日経新聞広告に掲載されていた活性酸素除去・軽減剤「セサミンEX」を注文し飲み始めた。最短1か月間の試飲でダメなら中止の思いであった。

  3月:腰痛がある上に、体のだるさや疲れやすさに悩み苦しめられた。先月は体内の活性酸素を除去すべく「セサミンEX」を飲んだが効果なかった。腰痛から来るのではと思い、サントリーDHA&EPAを飲み始めた。でも休みながら行動すれば、日常生活は何とかこなせる。外出も時々休みながら動けば何とかなる。実際、月一回程度の整形外科医院や高血圧診断・施薬のための病院通い、また半年毎の歯石取りのための歯科医院通いにも行って来た。

 4月:(1)昨年12月初旬に階段から滑り落ち腰を強打した。近くの公立丹南病院整形外科に行き、X線診察により「腰椎上部一部変形」と診断された。注射、薬、コルセットを処置され、通院治療した。しかし翌年3月になっても腰痛は無くならず、医院を変えてみようかと考えた。福井市の安土整形外科医院に転院し、X線とCT検査を受け「右第5腰椎横突起骨折」と診断された。公立病院ではX線のみで骨折とは診断されていなかった。4月初め転院先に入院し、注射、施薬、コルセットおよびリハビリをさせられた。3週間の入院の状況は他のブログ項目に具体的に述べられているので参照のこと。
 (2)4月から福井県美容製菓専修学校に、非常勤講師として行くことになっていた。4月11日(月)には病院からタクシーで学校に向かった。50分「間を続けて2回講義をしたが、立ちっぱなしで腰のしびれに我慢して乗り越えた。入院約2週間後の4月23日(土)に退院した。

 5月~6月:(1)最高・最低気温も30~20℃台と陽気も温かくなったが、体のだるさなど疲れが残る状況が続く。これまで疲労回復に効果があると新聞等で宣伝されていた日本予防協会の「イミダペプチド」を約7か月飲んで見た。計4万2千3百8十円支払ったが、疲労回復に効果あったかと言われると首をかしげたくなり、飲むのを止めた。 (2)例の専修学校には毎週又は隔週毎、月曜日に9:00~10:50にあり自宅近くの私鉄駅から福井駅まで乗りタクシーで学校まで通った。立ったり座ったりが続くと腰の痛みや痺れがあり、途中で立ち止まったり立ち上がったりして腰の負担を避けた。学校の帰りに安土整形外科に寄り、医師の診断を受けその後リハビリおよび投薬を受けた。時間的に約30分であり、その後腰の状況が良くなったかと言えば、残念ながら腰の痺れなど取れていなかった。
 (3)毎年6月に、京大電気関係卒の交友会や高専の元教職員交流会があり、必ず出席して来た。しかし、今回は欠席せざるを得なかった。健康に異常がなくやむを得ざる事情により欠席したら、後ろめたさが残りストレスを覚えた。でも今回は自分の健康が一番で他は拘らずの思いがあり、反って爽快感も覚えた。

 7~8月:(1)腰部骨折で入院治療し一応骨折は修復したが、左首筋や右肩など腰以外で痛みあり、当然腰にも痺れ・痛みがあり家に閉じこもりがちで全く冴えない日々であった。3週間の入院で体も余り動かさずじっとしていたせいか、筋肉などが劣化したからか、医師に相談するがリハビリを家の中でもせよと言われた。思い出しては教えられたリハビリをするが少しでも良くなって来るか思いきやそうでは無かった。
(2)4月末退院し、その後週1回程度通院しリハビリをして来たが、これまた効果は薄かった。リハビリ施術師は資格を取って数年の若者で、一通りの施術をするが終わって歩いて見ると腰の痺れは軽減されなかった。5月~8月の間毎回殆ど同じ施術、時たま違った施術を挟むが残念ながら効果は無かった。
(3)医師の診断では骨折は治ったが、腰部脊柱管狭窄は治っていないから、腰の痺れや痛みがありリハビリをするのだと言う。書店などで見かける「脊柱管狭窄症の治療」の雑誌を数冊買って、リハビリの仕方など読み実施して見た。仰向けに寝て足の膝立ひねり・腰の左右ゆさぶりなど試して見た。毎日行い約1月効果を見たが、しゃきっとした効き目は感じられなかった。その他いろいろな体の動作や体操もどきを試したが駄目だった。やっぱり各人の症状に合ったやり方があるのではと思った。それを施術師に期待したのにと口惜しさと情けなさを痛感した。

 9~10月:(1)整形外科医院を4月末退院し、5月以降週1回通院しリハビリを受けた。8月まで計4か月通院したが、足のむくみや腰の痺れは引かなかった。効果なしと通院を中止し、代わりに近くの整骨院に行った。中年の頼もしそうな男性が院長で、これまでの経過について診断書を示し説明した。約5分間、院長の手で腰回りをマッサージ、その後2種類の機器により自動的な施術があり、一つはSSP(Silver Spike Point)と称する電気によるツボ刺激で、横に寝かせられ腰にゴムパッチを張り付け振動し約15分実施された。二つ目はローラーベッドに仰向けに寝て指圧マッサージを自動的に約10分実施された。この整骨院には毎週2~3回通った。
(2)例の専修学校に月2~3回月曜日に行った。また高血圧の診察と施薬は2か月毎に福井市にある光陽生協クリニックに行った。そして、春と秋には各2回、電車で3つ目の駅にある福田歯科医院に出向き、歯石の除去と歯肉のマッサージをした。天気が良いとお酒を求めに外出したくなり、自転車に乗っている分にはいいのだが、歩行すると腰に痺れが生じ我慢しながらであった。家にいるときはテレビを見たり、パソコンを使ったりでこれも座り続けると腰に負担がかかり、長くは続かない。こんな過ごし方で一日は過ぎて行く。

11月~12月:(1)毎年11月は各種の同窓会があり、誠に忙しい月になっている。今年も11日(金)出身校の東京の攻玉社高校、12日(土)高専電気卒1期生、24日(木)千葉大電気・化学同期卒と3件もあり、行きたいけれど体調が今一歩で、かつ東京に出る時間的にもまた費用もかかり、残念ながら欠席した。もうこの年になって会いたい気持ち半分、会ってもどうってこと無しの気持ち思い半分、そんな年になったと思うと同時に、さもありなんとも思えて来た。
(2)毎日の疲れとだるさが取り健康維持のため、支払いのお金もほどほどにして、サントリーの「黒酢ニンニク」及び伊藤園の「毎日一杯の青汁」を飲み始めた。いずれも一か月千円台でもう数か月飲み続けただろうか。効果のほどははっきりしないが、メーカー製のが安心度を買って試用している。
(3)整骨院には12月末まで4か月間計45回通ってきた。健康保険がきき一回120円で、それほど負担にならずいずれ効果も期待できるかと思い続けて来た。大体半年で効果がないと保険からの援助がなくなると言われていた。半年が見極めの時期であると思った。
(4)この1年間、整形外科、健康食品、リハビリなどいろいろ頑張って来たが、少しずつでも腰の状況は回復して来たと思う。年とともに筋肉や骨が老化し、それを補い増強する姿勢が欠けていたことを痛感した。でも何とか丈夫で元気な体に戻したい思いは強く持ちたい、必ず出来ると思い日々を送りたいと思う。
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