あきーとのブログ

ブログにより、まず、大学の学生時代の親友、その人生を語ることで、逆に自分の人生を見詰め直したい。

入院の辛い思い出

2017-02-27 12:00:00 | 日記
お題「2016年を振り返って一言」に参加中!
 平成27年の年末に階段から転倒、腰を骨折した。近くの公立病院で診断し、注射・施薬を施された。寝て起き上がるときの激痛、立ち続けるときの痛みに苦しめられた。翌年正月は殆ど横になったいた。3月末まで通院しながら良くなるのを待ち望み、痛みを堪えながら過ごしてきた。 通院して治療してきたが、回復の兆候が見られず意気消沈の日々であった。
 そんなとき、近所の知り合いから新たな病院を紹介された。
4月初め紹介された整形外科医院へ行った。MRIやX線検査などで診断され、腰から出ている第五番の突起骨が骨折していることが分かった。女性の院長からすぐ明日入院せよと宣告された。公立病院整形外科から入院の一言も無かったのに、あわてふためいた。帰宅して持っていくものを整理収集、段ボール3箱にもなった。翌土曜日の午前中に入院した。一部屋に一人の病室、ベットに寝かせられた。これからが今まで経験したことのない体験が待ち構えていた。
 ベッドに寝たままでは腰の痛みはないので、起きたりしていた。でも起きて何もする道具立てもない。テレビはカード入れないと見られない。カードは自販で千円札で一枚、大体10時間弱見られるが、つけっ放しにするとあっというまに消費され、2日毎に買い求めねばならない。
 また、洗濯も約五百円ほどかかる。2日毎に洗濯するとこれも出費に重なる。そして、パソコンの接続端子もなし、個人接続用の無線LAN装置を通してやっと接続できた。退屈から気を紛らわすには、お金が必要であり待合室は気楽な空間になっていない。 それに、体温・血圧測定や注射などで看護師や職員が見回り、余計気ままな時間が持てない。半ば監獄に入れられているよう。
 コルセットをするよう求められていたが、これをすると腰が締め付けられて、逆に痛みを感じる。

 パソコンはメールが出来ない、外出も届が必要、新聞も読めない。自由に動けない。ストレスがたまる。気分転換の機会がない。しゃべる相手もない。テレビはカード残度数が気になる。
 早く退院したい、でも腰痛は完治したい、これもまたストレス。3食確保され、思い直してこの居場所を心地良いと思えば、とも思う。
 コルセットきつく締められ、こうでもしないとダメなのかホトホト嫌気がする。隣のおばあさんは娘の迎えがきて退院。同じ年頃の老女と大声で立ち話。隣の若き男性は友達と歓談している。 腰締められ、パソコンも動かず、洗濯もままならず、TVもカード数が気になる。八方ふさがり、ここから抜け出したい気持ちで嫌になった。
 でも何か月もいることないとも思い、数週間位の閉塞感はあるが、最低の生活は可能な状態、まあいいかとも思う。 外界から閉ざされた世界も一つの経験かとも思う。よい経験と思って耐え忍ぶか、高々数週間とも思う。
 苦痛:新聞もない、インターネット端子もない、TVカードあれどBS見られない。TV控えめに見ても、新聞雑誌もない、全く情けなくなる。
 朝風呂に入る、付き添いのおばさんがいる。自分で勝手に入って付き添いは外で待ってと願うのだが。自分の好きなようにやりたい。食事でも風呂でも自分好みでやりたいのに、向こうで仕組んでくる。嫌気がして早く縁を切りたいと思う。孤独な部屋にいると、息抜きできる時間と空間がほしい。ストレスとキツイコルセットで益々閉塞感がつのる。
  毎回、3食食事は運ばれてくるが、一人で淋しく食べるとそれなりのおかずがあって旨いはずなのに味気なし。食堂に行って、自分の好みにあった料理や量を選んで食べたいと思うのだが、運ばれてくる。一応全部食べるのだが、旨かったと実感した覚えは無かった。残念至極。これが入院の実態なのか、情けなし。
入院して二週間になる。退院の目安を院長からもらいたい。朝晩の体調検査、毎日のリハビリ、三回の食事などで起き上がり、それ以外は横になっている。夜は院長の回診がある。一見恵まれた環境にあるやに思われるが、便通も良くないし熟睡も出来ていない。
同じ階の入院者が8人いたが、4人は退院し在院の最先輩になっていた。 TVも自由に見られて、食事も量・質など自由に選別できたらと思う。決められたスケジュールにうんざり、寝不足感で頭ボートしている。
 でも、お陰さまで断酒も出来たし、正しいコルセットの付け方を指導され腰の痛みも軽くなった。
 この頃、熊本に大地震があり大騒ぎになったのを覚えている。幸い当地では地震の余波もなくほっとしたのも記憶に残る。
余り語りたくないのだが、入院して一番苦痛だったのは、三食食事しているのに便が極めて出にくい。必要栄養は食事で十分取れる内容のはずなのに、朝起きてトイレに行くのだが出ない、数回トイレに行くのだが、最後にいき込んでやっと出る状態、これは入院中そうだった。自宅にいるときは、朝は毎食ネギ、キャベツなど野菜を気を付けて取っていた。入院の食事は野菜が少ないのか、疑問を持った。人によると思い、担当者に言えなかった。この点でも早く自宅に帰りたいの思いはつのるばかり。
 そして、内側から鍵が掛からない個室で、係の人が自由に入ってくる、一瞬緊張する。着ているものや置物にも気配りせねばならず、一日の少々の時間でもリラックスできる雰囲気でない。個室なので宿泊料金は相部屋より料金は高いだろうと思う。
 
 入院してから3週目にやっと退院の許可が出た。土曜日の午後2時に家内の迎えの車が来た。その前に入院費用の清算、段ボール3箱に持ち帰り品を詰め、院長に面会し今後の通院の打ち合わせをした。
 幸いに今まで出向いていた美容製菓専修学校に、入院中1回だけ許可を得て外出した。その時はタクシーで登校した。退院後は家内の車で運んでもらったが、時間は100分の講義であった。立ちずくしだったが、何とか持ちこたえた。帰りはバスと電車で帰った。時間的に帰りは昼近くになり、ストランで休養がてら昼食を楽しんだ。
こんな時間が持てて幸福感を味わった。 日頃、何ともなく当たり前のように過ごせた日々は、何て素敵な幸せだったのどろうかと思い知らされた。


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