そろそろ文章を書くリハビリしないと、書くという行為っていうか思考が、なまりすぎていけない。
みなさまお久しぶりです。
やっぱり短くても毎日書くというのも長文をたまにでも書くというのも明確なモチベーションがないと難しいものです。書かない理由ならたくさん数え上げられる。それに対して書く理由なんて、ほとんどないようなもんだ。
さておき、近況です。
チサトは一歳を超えて毎日元気でご機嫌さんで、かわいさ爆発で過ごしています。「チサトのかわいさというものはない、かわいいと思う心がそこにある」とかなんとか、小林秀雄が良く似たようなことを言ってましたね。っていうかわたしが小林秀雄の言葉をもじって言うてみただけですね。自分が子供をかわいいと思えるのか、ずっと心配だったけれどその心配はなくなりました。かわいいと思う心はそこにある。
そして、
実は最近、事故にあいました。路肩に停車していたら、後ろから来た車が運転席側の側面をミラーやらバンパーやらを破壊しながらこすっていきました。真後ろからぶつからなかったのが不幸中の幸いで、私は助手席に乗り込もうとしていたところだったので衝撃で車から転げ落ちましたが運転席の夫も運転席の後ろのチャイルドシートに乗っていた子供も奇跡的に無傷でした。だけど気が動転していたので、泣きじゃくりながら車から子供を引きずり出しましたけど。こちらが停車中だったので全面的に相手側の過失で、相手方もそれを認めているので事後はもめずに収まりそうです。
それから、年末に引っ越しすることになりました。夫の実家で義父母と同居することにしたのです。いま、わっさわっさ言いながら夫実家の荷物を片付けています。義父はハカイダーのように要らなくなった食器や布団たんすを叩き壊したりしています。でも義父母は基本的に溜め込み体質、わたしは義父母よりは捨て体質のほうが勝るので、捨てる捨てないの嫁姑戦争がすでに始まっております。
義母はほんとに捨てないのです。わたしならかなぐり捨てるものも取って置くのです。片方になった靴下とかまったく使いもしないもらい物の数々とか。でも物理的な居住スペースを確保するためには、今まで溜め込んだかなりの量を捨てなければいけないのは明白なので、鬼嫁の言うことをしぶしぶ聞いてくれていた義母。
でも、今回の事故でこの立場が逆になろうとしてます。事故に遭ったことを聞いた義母は、それ見たことか顔で「使えるものでもぽんぽんほるからバチがあたったんや」と言い放ったよ。まあでも、夫にも「事故になったのはあなたのせいやで!」と責められていますが。
というのは、いつも通るはずのない道、とまることの無い場所に止まっていて、事故に遭ったからです。なぜそんなところにいたかと言うと、わたしが急にウンコがしたくなったので最寄のコンビニに迂回してもらったからです。ウンコがしたくなったらしたくなったところでする、というのはわたしの生活習慣の一つです。
あんなところで急にウンコがしたくなったのもわたし。あそこにコンビニあったなあ、って車通りの多い場所のコンビ二を指定したのもわたしでしたよ。わたしの行動のすべてが事故現場に向かってましたよ。勝間和代も「現在の自分の選択のすべてが未来の自分を決める」って新聞で言ってましたよ。
相手の人も気の毒です。わたしの事故パワーに吸い寄せられたんじゃないか、とか思うものね。考えてみるとへんな気持ちになってきます。「引き寄せの法則」ってこういうことか?とか、本を読んでないからよく知らないけど、思ったり。でも、ものを捨てたバチでは決して無いぞ!
そんなわけで今年もやっぱりみなさんに年賀状を出すことができそうにありません。もしみなさんも年賀状をまだ用意していなかったら、私への賀状はパスしてくださいね。こうやってどんどん年賀状を卒業していくんだな。
↓押していただければ幸いです。


みなさまお久しぶりです。
やっぱり短くても毎日書くというのも長文をたまにでも書くというのも明確なモチベーションがないと難しいものです。書かない理由ならたくさん数え上げられる。それに対して書く理由なんて、ほとんどないようなもんだ。
さておき、近況です。
チサトは一歳を超えて毎日元気でご機嫌さんで、かわいさ爆発で過ごしています。「チサトのかわいさというものはない、かわいいと思う心がそこにある」とかなんとか、小林秀雄が良く似たようなことを言ってましたね。っていうかわたしが小林秀雄の言葉をもじって言うてみただけですね。自分が子供をかわいいと思えるのか、ずっと心配だったけれどその心配はなくなりました。かわいいと思う心はそこにある。
そして、
実は最近、事故にあいました。路肩に停車していたら、後ろから来た車が運転席側の側面をミラーやらバンパーやらを破壊しながらこすっていきました。真後ろからぶつからなかったのが不幸中の幸いで、私は助手席に乗り込もうとしていたところだったので衝撃で車から転げ落ちましたが運転席の夫も運転席の後ろのチャイルドシートに乗っていた子供も奇跡的に無傷でした。だけど気が動転していたので、泣きじゃくりながら車から子供を引きずり出しましたけど。こちらが停車中だったので全面的に相手側の過失で、相手方もそれを認めているので事後はもめずに収まりそうです。
それから、年末に引っ越しすることになりました。夫の実家で義父母と同居することにしたのです。いま、わっさわっさ言いながら夫実家の荷物を片付けています。義父はハカイダーのように要らなくなった食器や布団たんすを叩き壊したりしています。でも義父母は基本的に溜め込み体質、わたしは義父母よりは捨て体質のほうが勝るので、捨てる捨てないの嫁姑戦争がすでに始まっております。
義母はほんとに捨てないのです。わたしならかなぐり捨てるものも取って置くのです。片方になった靴下とかまったく使いもしないもらい物の数々とか。でも物理的な居住スペースを確保するためには、今まで溜め込んだかなりの量を捨てなければいけないのは明白なので、鬼嫁の言うことをしぶしぶ聞いてくれていた義母。
でも、今回の事故でこの立場が逆になろうとしてます。事故に遭ったことを聞いた義母は、それ見たことか顔で「使えるものでもぽんぽんほるからバチがあたったんや」と言い放ったよ。まあでも、夫にも「事故になったのはあなたのせいやで!」と責められていますが。
というのは、いつも通るはずのない道、とまることの無い場所に止まっていて、事故に遭ったからです。なぜそんなところにいたかと言うと、わたしが急にウンコがしたくなったので最寄のコンビニに迂回してもらったからです。ウンコがしたくなったらしたくなったところでする、というのはわたしの生活習慣の一つです。
あんなところで急にウンコがしたくなったのもわたし。あそこにコンビニあったなあ、って車通りの多い場所のコンビ二を指定したのもわたしでしたよ。わたしの行動のすべてが事故現場に向かってましたよ。勝間和代も「現在の自分の選択のすべてが未来の自分を決める」って新聞で言ってましたよ。
相手の人も気の毒です。わたしの事故パワーに吸い寄せられたんじゃないか、とか思うものね。考えてみるとへんな気持ちになってきます。「引き寄せの法則」ってこういうことか?とか、本を読んでないからよく知らないけど、思ったり。でも、ものを捨てたバチでは決して無いぞ!
そんなわけで今年もやっぱりみなさんに年賀状を出すことができそうにありません。もしみなさんも年賀状をまだ用意していなかったら、私への賀状はパスしてくださいね。こうやってどんどん年賀状を卒業していくんだな。
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