鳥とあすなろ

一人和歌山活性化計画、育児、雑記

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

お知らせ

2010-09-14 20:44:38 | 和歌山
最近、大人の事情で、こっちで書いてまんねん。
またそのうちこっちに戻ってくるんだけれど、しばらくはあっちでやりますよってに、もしよかったら、見に来ておくれやす。

和歌めし↓
http://www.getsuyusha.com/blog/
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ノスタルジー

2010-02-01 23:27:32 | Weblog
ふと聞いた曲が、わーっと私を木屋町の路地裏に連れ去った。朝までやってるバーのドアを開けて、その明るさと、現実感に打ちのめされながら帰る朝に。いっちょこまえに敗北感やそれに伴う焦燥感を背負って私はそこを歩いていた。大学生だった。

自分は決して無謀な道を進めないのだと思っていたのに、無難な未来をも思い描けなかった。未来は全く予測不可能で、ただ若さだけが根拠のない自信という最強の武器をもたせてくれていた。

根拠のない自信は30を越えたらなくなってしまった。予測不能な未来はいまだ目の前にあるが、酒があればなんとかなることがわかった。酒で乗り越えられないものが、いつか来ることも知っているが、私にはそれに対峙する方法がまだわからない。
コメント (10)
この記事をはてなブックマークに追加

リハビリ

2009-12-07 08:50:08 | Weblog
そろそろ文章を書くリハビリしないと、書くという行為っていうか思考が、なまりすぎていけない。

みなさまお久しぶりです。

やっぱり短くても毎日書くというのも長文をたまにでも書くというのも明確なモチベーションがないと難しいものです。書かない理由ならたくさん数え上げられる。それに対して書く理由なんて、ほとんどないようなもんだ。

さておき、近況です。

チサトは一歳を超えて毎日元気でご機嫌さんで、かわいさ爆発で過ごしています。「チサトのかわいさというものはない、かわいいと思う心がそこにある」とかなんとか、小林秀雄が良く似たようなことを言ってましたね。っていうかわたしが小林秀雄の言葉をもじって言うてみただけですね。自分が子供をかわいいと思えるのか、ずっと心配だったけれどその心配はなくなりました。かわいいと思う心はそこにある。

そして、

実は最近、事故にあいました。路肩に停車していたら、後ろから来た車が運転席側の側面をミラーやらバンパーやらを破壊しながらこすっていきました。真後ろからぶつからなかったのが不幸中の幸いで、私は助手席に乗り込もうとしていたところだったので衝撃で車から転げ落ちましたが運転席の夫も運転席の後ろのチャイルドシートに乗っていた子供も奇跡的に無傷でした。だけど気が動転していたので、泣きじゃくりながら車から子供を引きずり出しましたけど。こちらが停車中だったので全面的に相手側の過失で、相手方もそれを認めているので事後はもめずに収まりそうです。

それから、年末に引っ越しすることになりました。夫の実家で義父母と同居することにしたのです。いま、わっさわっさ言いながら夫実家の荷物を片付けています。義父はハカイダーのように要らなくなった食器や布団たんすを叩き壊したりしています。でも義父母は基本的に溜め込み体質、わたしは義父母よりは捨て体質のほうが勝るので、捨てる捨てないの嫁姑戦争がすでに始まっております。

義母はほんとに捨てないのです。わたしならかなぐり捨てるものも取って置くのです。片方になった靴下とかまったく使いもしないもらい物の数々とか。でも物理的な居住スペースを確保するためには、今まで溜め込んだかなりの量を捨てなければいけないのは明白なので、鬼嫁の言うことをしぶしぶ聞いてくれていた義母。

でも、今回の事故でこの立場が逆になろうとしてます。事故に遭ったことを聞いた義母は、それ見たことか顔で「使えるものでもぽんぽんほるからバチがあたったんや」と言い放ったよ。まあでも、夫にも「事故になったのはあなたのせいやで!」と責められていますが。

というのは、いつも通るはずのない道、とまることの無い場所に止まっていて、事故に遭ったからです。なぜそんなところにいたかと言うと、わたしが急にウンコがしたくなったので最寄のコンビニに迂回してもらったからです。ウンコがしたくなったらしたくなったところでする、というのはわたしの生活習慣の一つです。

あんなところで急にウンコがしたくなったのもわたし。あそこにコンビニあったなあ、って車通りの多い場所のコンビ二を指定したのもわたしでしたよ。わたしの行動のすべてが事故現場に向かってましたよ。勝間和代も「現在の自分の選択のすべてが未来の自分を決める」って新聞で言ってましたよ。

相手の人も気の毒です。わたしの事故パワーに吸い寄せられたんじゃないか、とか思うものね。考えてみるとへんな気持ちになってきます。「引き寄せの法則」ってこういうことか?とか、本を読んでないからよく知らないけど、思ったり。でも、ものを捨てたバチでは決して無いぞ!

そんなわけで今年もやっぱりみなさんに年賀状を出すことができそうにありません。もしみなさんも年賀状をまだ用意していなかったら、私への賀状はパスしてくださいね。こうやってどんどん年賀状を卒業していくんだな。

↓押していただければ幸いです。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 和歌山情報へ にほんブログ村 子育てブログ 乳児育児へにほんブログ村 ハンドメイドブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

行ってきます

2009-08-13 05:37:20 | Weblog
では、毎年恒例の、白浜の家に行ってきます。うっしっし。


そして、和歌めしはじめました。よろしくお願いします。なんのことはない、食べたものを記録しただけのブログです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

生クリームパンをめぐる冒険

2009-08-07 23:57:27 | 和歌山
といっても、特に村上春樹のファンとかじゃありません。

わたしは、生クリームを使ったお菓子やパンが大好きです。パンで生クリームを使ったものというと、やっぱりコロネとかデニッシュとかですかね。フルーツサンドも欠かせないと思うけれど、これは賛否両論ですね。食パンに生クリームとフルーツってなんだか許せない、という人もいるようです。

実家のある海南市に帰ったときに、カワのパン屋の海南店で、生クリームサンドというパンを買って食べるのが楽しみの一つなのですが、最近ぜんぜん見かけないのです。いつもならサンドイッチのコーナーにたくさん置いてあるはずなのに、3回行って3回とも無かったのでお店の人に聞いてみると「夏季の間はお休みしています」とのことでした。真夏に生クリームはやっぱりそぐわないのですかね。

でも、無いとなるとなおさら食べたくなってしまうというのが人の心じゃないでしょうか。「食べたいなあ食べたいなあ」と言っていると、母が「なんか良く似たのが松源にあるで」というのです。で、松源の内原店にさっそく買いに行ってきました。↓これです。



コーヒーブレッドに苺ジャムと生クリーム。見た目は違うけれど、カワのにそっくりです。どっちがオリジナルなのか知らないけれど、同じ内容な気がします。味は微妙に松源の方が甘いような気がするけれど、同じ内容だから同じような味やわな。

で、この松源のパン屋さん、「ダンク」という名前なのです。西ノ庄店に行くと、実際に店舗内にパン屋さんがあります。内原店は、ダンクで作ったパンを持ってきているようなのですが。それはともかく「ダンク」ですよ。初めて聞いたときは、「ダンク?ドンクじゃなくて?シュートなのか?」と思ってしまいました。

だって近鉄の地下には「ドンク」というパン屋さんがありますものね。「DONQ」というつづりです。なのでかどうかわからないけれど、うちの父はこのドンクのパン屋さんのことを「ドンキュー」と呼びます。面白いので、訂正していません。一緒に近鉄に行くと「ドンキュー寄ってパン買うか!」と大きな声で話しかけてくるのですが「お、ドンキューな」とやり返します。別に特に恥ずかしくありません。父が余りに確信的に「ドンキュー」というので、最初、自分のほうが間違っているのかと思ってネットで調べたけどやっぱりドンクでした。

で、そのドンキューでいつも必ず買うパンは「フランシェル」という一見地味なパンです。生クリーム挟まってないし。フランスパンのハード系生地で作ったクロワッサンとのことで、香ばしい小麦粉と上質なバターのシンプルな味がします。それだけにごまかしが効かないだろうから、やるなあと思う。ほんと、おいしい。でも、一日で小麦とバターの風味がなくなってしまうのがつらいところ。

それはともかく、このドンキューのHPによるとオリジナル商品だという「ダッチブレッド」というチーズがたっぷり入ったパン。これ、カワに「ダッチーズ」というパンがあって、そっくりなんですよね。表面のひび割れからしてそっくり。味はうちの母に言わせると「近鉄が上!」だそうなんですけれどね。いったいどっちがオリジナルなのか、そもそもそういう定番商品があるのかは知りませんが。パン屋業界ってなんかすごいことになってそうな気がしますよ。


そして唐突に話は、生クリームパンに戻ります。すみません。読みにくい文章で。
でも、生クリームパンにはちょっとした思い出があるのですよ。

小学校の通学路からはずれたところに、なんか火事になった模型屋とか万引きの被害が多いという駄菓子屋とかが雑然とあるわけですよ。たしかその駄菓子屋はクロベエとかいう名前だったような気がします。黒江の町だからクロベエなのかどうかはわかりませんが、小中学生相手に駄菓子とか文房具とか売ってた記憶があります。

この駄菓子屋には「ハラジュク」というお菓子があったのです。今考えるとなんのことはない「原宿ドッグ」です。当時はチーズ味しかなくて、なんの疑問も無くそれを「これが原宿の味か!さすがにおいしいなあ」とか思いながら食べていたわけです。今でも時々無性に食べたくなって、見かけると買うときがあります。注文するときもちょっとかっこつけて「ハラジュク一つ」と言うわけです。そしたらおばちゃんが、おもむろに原宿ドッグをチンしてわたしてくれるのです。

なぜかハラジュクのイントネーションが、一般的な「原宿」とは違い、「ラ」の部分に強いアクセントをつけて発音するというのが今思ってもナゾ。ちょっと外国人みたいな感じです。

ところがあるとき、ちょっと不良っぽいF田さんとY川さんが、ハラジュクを買い食いしているわたしのところによってきて、「オマン、まだハラジュクとか食っちゃあるんか、ハラジュクらもう古いで、今はもう、○○やで!」といって、何かパンのようなものを食べているのです。

その○○がいったいなんだったのかどうしても思い出せないのですが、例によって東京の地名で、おそらく原宿よりはかっこいい場所なんだろう、という感じを漂わせていたんだけれど、シンジュクだったのかなあ、イケブクロ?うーんシブヤ?

あ、ちなみに「オマン」というのは、和歌山弁で「あなた」という意味です。消えつつあるというよりほぼ消えた和歌山弁で残念ですが、県外で言うと間違いなく赤っ恥をかく言葉だよなあ。

まあともかく、そのシンジュクイケブクロシブヤというパンが、食パンの上にたっっぷりの生クリームとその他なにか甘いもの(←なんだったか思い出せない)がたっぷりかけられた、子供にとっては夢みたいなジャンキーなパンだったわけです。

そりゃ、夢中になって食べましたよ。お母さんに怒られながら。あんなのぜったいクロベエのおばちゃんオリジナルだと思うなあ。ネーミングも含めて。

ま、あのパンがわたしの生クリームパンへの思慕の原点かと思うと、なんかちょっ残念だけど等身大って感じ。


↓押していただければ幸いです。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 和歌山情報へ  ブログランキング・にほんブログ村へ
コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

猛暑の妄想

2009-07-17 23:45:32 | 和歌山
同居人と毎日のように城戸朱里のブログを読んでいる。なにせ出てくるお料理が酒飲み嗜好でおいしそうなのと、骨董のセンスが抜群なのと、交友関係が豪華(詩人だけに?)なのと、彼女がパンクで、本人もパンクなブーツを履いていることと、鎌倉に住んでいる、というのが読みどころだ。

そう、鎌倉。

最近、なにもかもが鎌倉を指している。お気に入りのネットショップの実店舗の多くが鎌倉にあるというのはいったいどういうことだ。どうなっているのだ鎌倉。

鎌倉に住むと城戸氏のように毎夜の飲んだくれ詩人になれるのか。この間ふとつけたテレビにも石ちゃんが出ていて、オサレな鎌倉グルメを食べまくっていたな。オーシャンもマウンテンもビューで。城戸朱里がパンクな彼女と歩いてるんじゃないかと思って、思わず目を皿にして見てしまったよ。

これはたぶん鎌倉に行かねばならぬのだろう。いざ鎌倉。

なんだけれど、現実は蒸しあっつい部屋で大汗かきながらぼこぼこガス火で離乳食のストックを作って冷凍するべく小分けにしたりしているのである。ブロッコリーを茹で、じゃが芋を茹で、全く外にも出かけない一日が終わったりする。それだけに、もしかしてドアを開ければそこは鎌倉なのではないだろうか、という気になってくる。どうせ出かけないからこそドアを開ければそこに鎌倉があったってぜんぜんおかしくない。というか、ここ、鎌倉じゃないか。

南海加太線?あれは江ノ電ですよ。
磯ノ浦?あれは湘南じゃなかったか。
満幸商店?潮風の香りのカフェじゃないか?

ぜんぜんおかしくない、和歌山は鎌倉だったのだ。いざ加太。


<追記>
鎌倉、行ったこと、ないんですけどね。


↓押していただければ幸いです。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 和歌山情報へ にほんブログ村 子育てブログ 乳児育児へにほんブログ村 ハンドメイドブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

唯我独尊じゃありませんが

2009-07-08 22:45:23 | Weblog
太極拳に行きました。行く度に楽しくて楽しくて次が楽しみです。

で、いつもはお弟子さんに教えていただいているのですが、今日はちょろっと最初だけ大先生が出てきました。大先生は中国の方です。日本語が完璧じゃないのでよくわからなかったりもするのですが、そこは雰囲気と実技でなんとなく理解してます。

大先生が、右手を上にあげて左手を下におろしてください。それで手のひらを見てみてください。上に上げたほうの手のひらは白くて、下に下ろした手は赤いでしょう?というのです。

で、見てみると、そのとおりなのです。

血が重力にしたがって降りていくから上の手が白くて下の手が赤くなるということなのだけれど、こんな目に見える形で、しかもたった数秒で血流って作用を受けるのだなあと妙に感心してしまいました。ちょっと試してみてくださいよ。

この血の流れを止めないように自然な動きで気を廻すことが重要なのだそうです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ふわり、ふわり

2009-07-05 21:06:22 | 手作り
手芸屋さんのドリームから20%オフのはがきが来たので、ここぞとばかりに普段割引がきかないブランドの布をいそいそと買いに出かけました。伊藤尚美さんの、naniiroシリーズのfuwarifuwariという布。ダブルガーゼで心地よい手触りです。

↓それで、久しぶりに自分の服を作りました。プチ袖つきヨークチュニック。



↓左すそにラベルをつけました。ちょうちょがあまりにかわいかったので、見えないところにつけるのがしのばれたので。



↓後ろ紐で調節することができます。



↓普段買わないお高い綺麗な布なので、耳を利用してぎりぎりいっぱいで裁断しました。そしたら耳はしに印刷された布の文字が背中の見えてしまう位置にきてしまいました。しかも天地が逆で…。



でも、出来上がりには大満足です。


↓押していただければ幸いです。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 和歌山情報へ にほんブログ村 子育てブログ 乳児育児へにほんブログ村 ハンドメイドブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

baby rattle bab bab

2009-07-01 20:43:09 | Weblog
実は昨年、発売の2日後にはもうiphoneを手にしていたのでした。ぜんぜん行列に並ばなくてもすんなり店に入って普通に買えました。都会で即完売の限定品のお化粧品なんかも、和歌山が穴場ってことを知っている人は買いに来ると聞きます。和歌山ってこういうとき便利ですね。

ところがわたしのiphoneは初期不良だったようで、しばらくすると前触れなく落ちたり、そしてなぜか設定が初期化されたり、メールが届くのが変に遅くなったり、電波が異様に入らなかったり電池のもちが異様に悪くなったりしてきました。

ソフトバンクの人やアップルの人とああでもないこうでもないと長々しいやり取りの末、無料で交換してもらえることになりました。で、最近になってようやく取り扱い方がわかってきました。そして、アプリとかをダウンロードできるようになってきました。超オクテ。

それで、最近ダウンロードしたアプリが↓これです。baby rattle bab bab


iphoneが赤ちゃんのがらがらになるのです。起動すると、面白い物体が現れます。電話を振ったり傾けたり触ったりすると、この物体が動き回り、互いにぶつかりあってやさしい音をたてるのです。

liteの無料バージョンなので、軽い気持ちで入れてみたのですが、実際チサトに見せてみるとそれまでぐずっていたのが、急に興味を示し、さわったり投げたりなめたりし始めました。電話を壊してしまうのではないかと思うくらいの食いつきでした。赤ちゃんとお暮らしの方にはおすすめします。

やっとiphoneを持っているという実感がわいてきました。遅すぎますか。


↓押していただければ幸いです。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 和歌山情報へ にほんブログ村 子育てブログ 乳児育児へにほんブログ村 ハンドメイドブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

和歌山ルネサンス計画室

2009-06-27 00:50:57 | 和歌山
母が古物屋で買ってきた豆皿に心奪われたり、古い着物を引っ張り出してきてその色柄に見とれたり、昭和のセーターブックのデザインに苦笑しながらも心引かれたり、昔の自分の使っていたおもちゃに思わず歓声をあげたり、古いものに心引かれることが以前にもまして顕著になってきている。

もともと陶芸が好きだから、心引かれる食器を見ればエイヤっと買ったりしていたのだけれど、骨董だけは身代をつぶすのは目に見えているから、あえて見ないようにしていたのに、母が驚くべきことに一番堂なんかで掘り出し物を見つけてきたりするし、これそ!と思う食器があったらそれがやっぱり骨董だったりするので、やはり骨董への道は避けられないものになってきたと思う。

で、同居人が高いワインを買って一人で飲んだりするたびに「あなたがワインを飲んだ分だけわたしも骨董買うで!」などと脅してみたり、わたしが食器を買うたびにまた買うたんか、という顔の同居人に「いやこれは骨董じゃないから」などと言い訳して、徐々に骨董への準備運動などをしたりしている。

たとえば、赤瀬川原平が前衛芸術を追求するあまりいつの間にか千利休にたどりついたように、わたしも新しいものや他にないものを追い求めていたら、いつの間にか古いものにたどりついていたのは、歳のせいだけだろうか。

同じように生まれた場所に対しても心引かれることが多い。海南の実家に戻り、海南の町を車で走るたびに、ここに帰ってきたいと思ってしまう。黒江の古い町並みの家々が、新しい家に取って代わると胸が痛む。買い取って保存しておけるならそうしたい。

復古、復興。わたしのルネサンスは海南にあるのかもしれない。

かつてわたしは、和歌山には文化がない、と言った。だけど今日、黒江の公民館で懐かしい友人ととりとめのない会話を交わしていると、公民館に太極拳や生け花、俳句を習いに来たご老人方が楽しそうに公民館を後にしていた。そんな様子を見ているとわたしの言う文化とはなんぞや、と思ってしまう。自分でもなんだかわからなくなってしまう。

だけど、そんなこんなで、和歌山ルネサンス計画室始動しています。この人この人この人がやっているから、面白いものになるのは間違いないと思う。

ところが最近わたしは「和歌山」うんぬんってのが実はどうでもよくなってしまっているのだ。結局わたしはどこに暮らしていても、今と変わらない生活を送っていると思うから。

だけど今暮らしているのは、紛れもない和歌山、なんだよね。

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加