秋生のEtude

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「わたしを束ねないで」

2017年05月12日 23時51分29秒 | 言葉
いつも読んでいる新聞の1面に載っている〝折々のことば”というコラム欄(?)を、実は楽しみにしています。
時々、ハッとする言葉が載っていたり、なるほどなぁ~と納得してしまう言葉だったり・・・
そんな中、本日の〝言葉”は、詩人の新川和江さんのあまりにも有名な詩の一節でした。
実は、これ、娘その2の中学3年生の国語の教科書に載っていて、その時も感動した記憶があって、懐かしくも思いました。




「わたしを束ねないで」
            新川和江


わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂

わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音

わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちている
苦い潮 ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
,や・いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩



なんという強い意志。
自由でありたいと思う心と、私は自立して生きていくという主張。

おそらくこの詩が書かれた頃は、きっと女性の自立なんて、まだまだ思ったようにはできなかったんでしょうね。
「わたしは稲穂」であり「わたしは羽撃き」であり「わたしは海」であり「わたしは風」であり「わたしは終わりのない文章」であり・・・この比喩の例えも素晴らしい。
特に、最後の「終わりのない文章」というのは、物書きさんらしいし、この先、いくらでもなんにでもなれるという自己の可能性を信じている感が、本当にひしひしと伝わってくる。


・・・そうだよね。
誰かが束ねるんじゃない。
自分が束ねないで、生きていくことが大事なんだよね。
きっと。


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きいて!きいて!
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