日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

プロテスタントとカトリック

2015-05-25 22:47:11 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(313)

4.近代の教会の夜明け―宗教改革―スコットランド

また「あなたのみ心によって、あなたの教会を守る教職者を起こしてください」という祈りであった。そして側にいる人々に対しては「死は恐ろしいものではありません。神の独り子は死の力の限界をご存知です。死はむしろ祝福であり神聖である」と語ることを欠かさなかったといわれる。     (ここまで前回)

彼は棺を用意させたのを先に記したが、それから三日目、11月23日主の日を迎えた。教会の礼拝説教がすんだ午後を見計らって、教会に人を遣わして、神の業としての自分の最後を見届けるように呼び寄せてほしいと頼んだ。すぐ集まって来た者たちに、「教会の改革派信仰の困難な状態と戦うこれからの教会のために涙ながら祈った。」といわれている。彼の容態は最悪のまま、その夜を過ごした。翌日、月曜日、いよいよ死の時が来たと知ったのか、彼はコリント一、15章を読んでもらい、「わたしの霊と心と身体とをあなたの御手におゆだねます」と、彼の言葉はもつれながらいったという。このとき彼の目は見えなくなったようで、続く言葉が、「ヨハネによる福音書17章を読んでください。そこにわたしの最後の錨をおろします。」と言い切ったとき、呼吸が乱れ重いうめき声になり、ノックス夫人らが入って来て最後を見守った。11月24日深夜11時ころ発作もなく息を引き取った。歳は(つづく)

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聖書研究

2015-05-25 22:45:20 | 大分中央ウィークリー

創世記21章9節である。「サラは、エジプトの女ハガルとアブラハムとの間に産まれた子イシマエルが、イサクをからかっているのを見て、」という。ここの「からかっている」は口語訳は「遊ぶ」、文語訳は「笑う」という言葉で表しているが、ヘブライ語は「メツァセーク」といって「支配する」という意味がある。この本文「からかっている」が適訳かもしれない。 

ここの資料E典であるが、サラが16章6節の資料J典のときと同じ感情を持続している。子を宿したとき、高ぶるハガルをサライ(後に17章15節で、名を「サラ」と改める)が追い出した。そのときから14~17年ぐらい経っているのに、今度はハガルの子イシマエルがわが子にとった態度が赦せない。奴隷に対する身分の違いであろう。 

10節である。「アブラハムに訴えた。『あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。』」という。「あの女」という呼び方には、あえて名前を呼びたくないというさげすみの感情が込められた呼び方である。原語は「ハ・アマーハゾート」、すなわち「あの(ハゾート) 奴隷の女(ハ・ハマー)」である。 

階級の違いではない。階級の違いを用いた人間としてのあらん限りの憎しみが込められている。人間であること自体の中に持っている、言うも恐ろしい憎しみの罪の実態、その根源である。自分自身の中のこの罪、他人の中のこの罪との闘いの方法はいろいろ、わたしたちの毎日の闘いである。

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牧 会 通 信

2015-05-25 22:35:37 | 大分中央ウィークリー

 (原 光訳 2000年、沖積舎)

ダンテの「神曲 地獄」編 第10歌(カッコ内は筆子、その2)

◯いまやこの都市(まち)の城壁と苦悶の間の秘密の小路(こみち)を、師と師の背後のわたしは進んでいく。

  「おお、異端の圏(かこい)をぐるりと導く、至高の徳よ、」とわたしは口を切つた、「よろしければ、わたしに話してわたしの切望を叶へて下さい。

  これらの墓の中に横はつてゐるものたちは、見られるのですか?すでにすべての蓋が持ち上げられてゐて、いかなるものも見張つてゐませんが。」(ここまで前回)

◯すると答へた、「あの上に残してきた肉体をつけて、ヨサファト(渓谷の名で、最後の審判の行われるところ)からここへ戻つてくるとき、みんな錠を掛けて閉込められるのだ。

霊は肉体とともに死ぬと説く、エピクロ(ギリシャの哲学エピクロス、前三四一―二七〇、エピクロス学派を起こす。使徒17・18以下参照)とともにそのすべての信奉者たちが、こつち側の墓地にゐる。

だからそなたがわたしにした質問と、さらにそなたが言はずにゐる切望は、ここに入るなり満足させられよう。」(つづく)

 

◯2015年5月24日は、今年の第二十一主日。日聖協「聖書愛読こよみ」は、Ⅰコリント15章12~18節、その12節である。「死者の復活などないと言っているのはどういうわけですか。」という。わたしたちの日本国という異教の世界では、ごく普通の質問である。その上にあざけりが伴うから伝道が難しい。しかしこの国を神の霊が説得するであろう。

 

◯写真は、我が家のバラ園が満開になった。薔薇の花が美しい季節に。(5月22日午前十一時ごろ撮影)

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プロテスタントとカトリック

2015-05-21 00:40:52 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(312)

4.近代の教会の夜明け

―宗教改革―スコットランド

(語り終えると感謝して、静かに彼らを引き取らせた。集まった者らは心に大いなる感動で満たされ熱心に祈った後、少数の残った者らに、とくに聖アンドルーズの知事に忠告し、敵対するメアリー女王の徒党に対して、一層結束してこれに当たり、改革教会のために戦うべきことを勧めた。やがて神の審判が女王一味の上に下されるであろうとも言って励ました。  その後時々刻々と彼自身は、自分の死が近づいていることを知った。四日後、十一月二一日(金)彼は自分の棺の製作を依頼した。(ここまで前回)

そののち彼はしばしば自分のために祈ったといわれている。たとえば、「主よ、来たりませ。わたしの身体も魂も御手にゆだねさせてください」という類の祈りである。そして教会のための祈りは、たとえば、「主よ。あなたのお贖いになったあなたの教会と、悩みのうちにある市民がいつも信仰による平和を回復し、確信することができるように、その恵みを祈る」という祈り、また「あなたのみ心によって、あなたの教会を守る教職者を起こしてください」という祈りであった。そして側にいる人々に対しては「死は恐ろしいものではありません。神の独り子は死の力の限界をご存知です。死はむしろ祝福であり神聖である」と語ることを欠かさなかったといわれる。(つづく)

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聖書研究

2015-05-21 00:36:53 | 大分中央ウィークリー

創世記21章8節である。「やがて、子供は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開い

た。」という。この乳離れは、われわれが常識的に考える生後Ⅰ~2年の乳離れの意味ではないようである。「盛大の祝宴」という感覚が不似合いである。盛大な祝宴にふさわしい子供の成長を見たときを定め(サム上1:22~23)、この祝宴を持ったのかもしれない。

 

日本には七五三の儀式がある。人間の社会は、時代が進んだからといっても、変化しないものがある。人間社会の組織や構造は変化し、祝いの方法は時代によって変化するであろう。しかし、生きる形態を保持する文化的なものはそんなに変化しない。子供の成長を祝う親の気持ちは変わらない。「盛大な祝宴を開いた」とは、時代を超えた一種の親しみを覚える。

 

9節である。「さらは、エジプトの女ハガルとアブラハムとの間に産まれた子イシマエルが、イサクをからかっているのを見て、」という。ここの「からかっている」は口語訳は「遊ぶ」、文語訳は「笑う」という言葉で表しているが、ヘブライ語は「メツァセーク」といって「支配する」という意味がある。この本文「からかっている」が適訳かもしれない。

 

ここの資料E典であるが、サライが16章6節の資料J典のときと同じ感情を持続している。子を宿したとき、高ぶるハガルをサライが追い出した。そのときから14~17年ぐらい経っているのに、今度はハガルの子イシマエルがわが子にとった態度が赦せない。奴隷に対する身分の違いであろう。

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