日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

聖書研究

2017-06-19 17:50:38 | 大分中央ウィークリー

創世記24章40節である。「主人は、『わたしは今まで主の導きに従って歩んできた。主は御使いを遣わしてお前に伴わせ、旅の目的をかなえてくださる。お前は、わたしの親族、父の家から息子のために嫁を連れて来ることができよう。」と。この言葉は、まだ現実にはなっていない。アブラハムの僕にとって、人間的には、主人のアブラハムから聞く一つの予想であり、一つの仮説である。その反対の結果もありうる性質の言葉であった。

 

しかし、そうであるにもかかわらず、やはり僕の主人アムブラハムは、信仰の人であった。それゆえ彼の不安を払拭すべく、ここで主人アムブラハムが彼に語りかけたのを思い出させたのであった。「主人は、『わたしは今まで主の導きに従って歩んできた。~』」と。それゆえ、「主は御使いを遣わしてお前に伴わせ、旅の目的をかなえてくださる。」という。三段論法である。彼、僕は得心して、その心の内の言葉を感謝して打ち明けた。それゆえ、まさに神ご自身が「旅の目的をかなえてくださる。」という。

 

41節である。「『~そのとき初めて、お前はわたしに対する誓いを解かれる。またもし、わたしの親族のところに行っても、娘をもらえない場合には、お前はこの誓いを解かれる』と言いました。」という。予定通り願いがかなったときも、また実現しなかったときをもといっている。実に丁寧なアブラハムの配慮である。

 

多分、アブラハム自身も、メソポタミヤを出てからの長い間、この唯一の兄弟親族との交流がなかったようである。どのような生活状況であり、どのような心の状態なのか、ただ親族というだけであって、全く予想がつかなかったといってよい。それゆえその結果については、全く僕の彼に責任がないといって、現状復帰を保障している。

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