日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

牧 会 通 信

2017-07-27 00:09:01 | 大分中央ウィークリー

 (原 光訳 2000年、沖積舎)

ダンテの「神曲 地獄」編 17歌(カッコ内は筆子、その9)

◯雄山羊三頭の財布をもって! と。」ここで口を歪めて舌を外へ引き出した、鼻を舐める牛のやうに。

  もつとゐつづけると、すぐ戻れと忠告した師が苛立ちはせぬかと懼れて、わたしは惨めな霊たちから引返し

た。

  先達はすでに猛獣の背に乗つてゐて、わたしに言つた、「さあ肝つ玉太く思ひきつてやれ、(前回ここまで)

◯いまはこれを階段にして下りるのだ、前に乗れ、尾がそなたを傷つけぬやうに、わたしは間にゐたい。」

  四日熱の悪寒が迫つてすでに爪が青ざめてゐるものは、日陰を見ただけで全身が震へ出すものだが、

  わたしもこの言葉を聞くとそのやうになつた、だが勇敢な主人の前で下僕を力強くする、廉恥心がわたしを威

嚇した。(つづく)

 

◯本日、7月23日(日)の日本聖書協会の、「聖書愛読こよみ」の主題は「共に生きる」という。聖書はローマ1

5章1~13節である。その1節、「わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求

めるべきではありません。」という。ローマの信徒への手紙はキリスト教神学の基本である。しかし神学の論理

の上に、その実践が伴わなければなりません。著者のパウロは、12章の「そういうわけで」といって、話を続け

キリスト教信仰の実践生活を語る。15章で、わたしたち心のいよいよ深くに入って来て、すなわち「自分の満足

を求めるべきではありません。」と。「おのおの善を行って燐人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです。」と勧

告し、何としても善を行って「燐人を喜ばせ」という。

◯写真は、先週16日、礼拝後、教会の門の前で、幼稚科の首藤「マナ」ちゃんとお母さんの「さやか」さん、みは祖父の

谷村禎一さん(福岡城南教会員)。

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