日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

聖書研究

2017-04-21 13:37:25 | 大分中央ウィークリー

創世記24章31節である。「そこでラバンは言った。『おいでください。主に祝福されたお方。なぜ、町の外に

立っておられるのですか。わたしが、お泊りになる部屋もらくだの休む場所も整えました。』」と。兄ラバンの丁

寧なご挨拶である。らくだの数は十頭であった。その「らくだの休む場所も整えました」というのであるから、十

頭のらくだに水を飲ませたリベカの報告がしっかり受け止められていました。

 

ラバンの初対面の挨拶の言葉に「主に祝福されたお方」という。アブラハムの弟のナホルの家に同じヤハウェ

への信仰があったかどうか不明である。もとは彼らの父テラも含めユーフラテス河の河向うの神々を拝んでい

た(ヨシュ24:2)。しかし、アブラハムは一つの神の信仰をもってカルデアのウルを出発して長い旅路に出た

(11:31-12:1)。兄ラバンの挨拶の言葉はアブラハムを意識しての尊敬語のようである。

 

32節である。「その人は家に来て、らくだの鞍をはずした。らくだにはわらと餌が与えられ、その人と従者たち

には足を洗う水が運ばれた。」という。彼、リベカの兄ラバンは挨拶の言葉通り、丁寧に迎え入れた。10頭のら

くだに餌を用意して与える仕事が難なく成されているようにみえるが、その接待は大変な仕事になるはずであ

る。がしかし、それを感じさせない腰の軽さを報告している。

 

次に遠来の客を迎えるに接待の仕方の第二が記されている。「その人と従者たちには足を洗う水が運ばれ

た。」と。足の疲れがいくらか和らぐ、人と人の最初の接待の方法である。家の僕がこれに当たる。そのことに

よって大体その家の待遇の全体が伝えられる。受けた方はこの接待によって全体を把握する。大事な二つで

あった。

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