日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

牧 会 通 信

2017-04-04 22:42:06 | 大分中央ウィークリー

(原 光訳 2000年、沖積舎)

ダンテの「神曲 地獄」編 16歌(カッコ内は筆子、その8)

◯わたしはあなた方の土地のもので、いままでずつとあなた方の働きと尊敬すべき名を、敬愛をこめて口にしかつ聴いてゐたのです。

  わたしはこの苦味を後にし、真実を言ふこの先達の約束した、甘い果実を得に行くのですが、まづここの中心まで下らねばならないのです。」

  「まだ長い間魂がそなたの五体を導き、そなたの名誉が死後にも光り輝くやうに、」と同じ霊が答へた、(前回ここまで)

◯「ところで、礼儀と勇気がかつてのやうにわたしらの市(まち)に生きてゐるだらうか、すつかり消え失せてしまつたのだらうか、

  といふのもすこし前からわたしらと苦痛を共にしてゐて、仲間とともにあすこを行くグイリエルモ・ボルシエレ(フィレンツェの武人)が、その話でわたしらをひどく苦しめてゐるからです。」 (つづく)

 

◯本日、4月2日の日本聖書協会の、「聖書愛読こよみ」の主題は、「永遠の命のパン」という。聖書は、ヨハネ

による福音書6章27~40節である。その27節に、「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、

永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたのために与える食べ物である。父

である神が人の子を認証された(口語訳、「ゆだねられた」)からである。」という。「認証された」との、原語は、

「王が押印した」という意味であり、口語訳の方がわかりやすい。このお方を信じ、そのために働くのが教会の

活動である。人の命に関る問題であるから、この世では特に大事な働きであるこことはいうまでもない。

◯写真は、3月21日、八女伝道所での記念撮影である。前席の空席は富樫史朗書記と南茂が撮影操作中。

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