日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

牧 会 通 信

2017-07-06 22:20:22 | 大分中央ウィークリー

(原 光訳 2000年、沖積舎)

ダンテの「神曲 地獄」編 17歌(カッコ内は筆子、その7)

◯その眼からは悲嘆が噴き出てゐた、あちこちへ手を振り動かして、火の子を払ひ、熱砂を引つ掻いてゐた。

  夏に犬たちが蚤や蠅や虻に刺されるとき、鼻づらや足で身を引つ掻くのにそつくりだつた。

  じりじり焼く火が落ちかかる幾人かの顔に眼を凝らしても、一人も見分けがつかなかつたが、わたしは気づいた、(前回ここまで)

◯めいめいの頸からそれぞれ異る色をし異る紋章についた、財布がぶら下がつてゐて、てんでに眼でそれを食べて生きてゐるらしいのに。

  熟視しながらそのものたちの間に入ると、黄の財布に青く獅子の顔と動作が浮き出てゐるのが見えた。

それから少し向うを見ると、バターよりも白い鵞 (がちょう) 鳥の浮き出た血の赤の財布が見えた。 (つづく)

 

◯本日、7月2日(日)の日本聖書協会の、「聖書愛読こよみ」の主題は「ヨナのしるし」という。聖書はヨナ書1章1~10節である。その1~2節に、「主の言葉がアミッタイの子ヨナに臨んだ。『さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。』」という言葉から始まる。興味深い聖書物語である。全巻、たった4章。この際、一気に全巻を読んでいただきたい。ニネベはアッシリア帝国の首都であったが前612年に崩壊。それ以前のニネベを舞台にしたもので、神の救いの偏狭な民族主義を修正する目的を持つ神学的作品である。物語が書き上げられたのは前5世紀捕囚帰還以後である。

◯写真は、黒色方尖塔石碑(オベリスク)、高さ198cmの塔の様な石碑。1846年に古代アッシリアの首都ニムロデで発見、シャルマナセル三世が周辺諸国に遠征したときのことが楔形(せっけい)文字とレリーフ(浮彫絵)で描かれている。前825頃建立(大英博物館所蔵)

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