日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

プロテスタントとカトリック

2017-07-27 00:18:32 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(421)    近代から現代へ(宗教改革とその後)

はじめに近代への萌芽として   アウグスチヌス著「神の国」(1968.教団出版)(その61)より

  最終篇に入ります。

第二十二篇 神の国の永遠の浄福に

2.神の永遠に変わることなき意志について。

3.聖徒に対する永遠の浄福

4.人間の地的な肉体を天のすまいに移すこ

  とはできないと考える、この世の知者に対して。

学者や哲学者と呼ばれる人々うちには、前述のごとく、このような信仰と望みをもってあらゆる種類の人々に霊感を与えて来た〔聖書の〕権威の重さに(前回はここまで)逆らおうとする者がいる。彼らはキケロの『共和国論』の第三部に、肉体のよみがえりに対する有力な反論を見いだしたと考える。キケロはヘラクレスやロムルスがどのようにして神とされたかを物語り、こう述べている。「彼らの肉体は天には移されなかった。自然の法則は地から生じたものが地上に留まることを主張する」と。

これは知者の思いである。しかし、「主は人の思いの、むなしいことを知られる」(詩編九四・二)。もしも、わたしたちが霊だけ、すなわち肉体を持たない霊だけで、天に住み、地上の被造物については全く無知であり、あるふしぎな紐帯によって地上の肉体を生きたものとするためにこれと結びつけられるであろうと言われるならば、自然が非物質的本体を物質的鎖によって縛ることを許す、といったことを信じようとはせず、猛烈に反対することであろう。しかし、地は物質的な肉体を住みかとする霊魂によって満ちて (つづく)(「神の国」出村彰訳)

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