日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

牧 会 通 信

2017-05-19 01:33:11 | 大分中央ウィークリー

(原 光訳 2000年、沖積舎)

ダンテの「神曲 地獄」編 16歌(カッコ内は筆子、その14)

◯師は言つた、「わたしが待ちそなたが想像してるものがすぐ上って来て、そなたの眼に見られるだろう。」

  嘘の外観をした真実については、つねにできるだけ口を閉じてゐるべきだ、言へば罪もないのに恥しい思ひをさせられるから。

  だがここで黙つてはゐられぬ、読者よ、長く好意をもって読みつがれるやうにと願つてゐる、この喜曲(コメディア)にかけて断言する、

(前回ここまで)

◯わたしは見たのだ、濃く暗い大気を通して、どんなに落着いた心をもびつくりさせる一つの姿が、泳ぎ昇るやうに浮び上つてくるのを、

  それは、よくあることだが、岩かなにか海中の隠れたものに、ひつかかつた錨を解き放ちにもぐつていつたものが、

  上へ手を伸ばし脚を締めて泳ぎ上つてくるのにそつくりだつた。 (つぎ第17歌、つづく)

 

◯本日、5月14日の日本聖書協会の、「聖書愛読こよみ」の主題は「みことばを語る者」という。聖書はイザヤ

書の6章1~8節である。その1節、「ウジヤ王の死んだ年のこと~」という。預言者イザヤが、自分が召命を受

けたときの状況を語り出している。預言者は歴史家ではないので年代的意識はないが、ここは歴史家のように

前736年と明記しているようなものである。激動の時代の始まりに立つのであった。従って、預言者イザヤは、

字通り彼は預言者としての活動がここに始まった。それゆえ彼の預言の多くは、審判の言葉である。とりわけ

エルサレムの内政上の問題および外交の問題に関する神の厳しい批判の言葉を伝えるのであった。

 

◯写真は、季節の変わり目のたっぷりと降った雨の後、五月一一日(木)、雨が上がって、開花した。朝6時

半、きれいに真横からの朝日に輝いている、牧師館東側の数々の薔薇と薔薇である。

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